公共交通機関等における情報提供・案内のユニバーサルデザイン化

JTB総合研究所 ユニバーサルツーリズム推進チーム

バリアフリー法の整備が進み、新しい建物や道路では段差の解消などで車いす利用者や歩行が困難な人々にとっての「移動に関するバリア」は減少しつつあります。一方、視覚や聴覚などに障がい等があり「情報取得に制約がある人」や、知的障がいや精神障がい、発達障がい、習慣や言葉の違いのある外国人旅行者などの「情報の理解に制約のある人」の情報収集については依然としてバリアがあるのが実情です。国も、2020東京オリンピック・パラリンピックに向けて、障がいの社会モデル*の考え方からコミュニケーションにおけるバリアをなくすにはどうしたらよいかを検討を進めています。本稿では、とくに公共交通機関における情報提供・案内に関して、障がいによりどのような困り事があるのかを現状の対応とともに見てみたいと思います。

1. 情報の取得や理解に制約のある人の困り事

視覚や聴覚に障がいのある人は、主に「情報取得」に制約があります。情報には「プッシュ情報」という意思に関わりなく入ってくる情報と「プル情報」という自ら取りに行かないと取れない情報があります。音声情報はプッシュ情報、画像・文字情報はプル情報とも言われ、聴覚に障がいのある人にはプッシュ情報が、視覚に障がいのあるに人はプル情報が取りにくいと言えます。

1)情報取得に制約のある人
 聴覚に障がいのある人は緊急時の情報に気づくのが遅れがちで、危機感を持っています。緊急時には、音声情報のみが提供される場合が多いからです。その「気づき」と情報を「得ること」への要望があります。この「気づき」のために「プッシュ情報」が有効なのです。また、ちょっとした問い合わせをしたいときに音声だけのインターホンは利用できず、筆談やジェスチャー等によるコミュニケーションという動作をしなくてはいけないという煩わしさがあります。さらには、外見上からはわかりにくいため、周囲に状況を理解してもらえず、対応が遅れるということがあります。見えるからといって、長文や難しい言い回しは苦手な人もいるので、緊急時などの書面は「箇条書きなど簡潔な書き方の方が好ましいと言われています。

視覚に障がいのある人には、現在位置がどこか、目的地までのルート情報等、音声による案内に対する要望があります。ただし、視覚障がいといっても、音声案内と人による誘導案内を必要とすることの多い全盲の人と、みえづらくても何らかの視覚情報を手掛かりにすることのできる弱視の人では、ニーズに差異があることに留意が必要です。全盲の人は、点字ブロックなどの白杖での手掛かりと足裏での感覚などにより移動しますが、あわせて、音声での案内が必要です。弱視の人は、見え方の程度により様々ですが、一定の視覚情報が得られる場合はコントラストを頼りにしたり、タブレットやスマートフォンなどのICT(Information and Communication Technology:「情報通信技術」)を利用して文字を明るく大きくすることで読むことができる場合もあります。また、全盲、弱視の人はともに、白杖や点字ブロック、音声案内などで入口や目的地は見つけられますが、待ち列に並ぶことや空席を見つけることが困難です。

2)情報の理解に制約のある人
知的障がいのある人は、多くの情報や難しい文章等を理解するのが苦手な人が多いため、ポイントを絞ってわかりやすい表現やピクトグラム(絵文字)で記載することが有効とされています。
発達障がいとは、近年に定義された先天性の脳機能障がいであり、複雑な情報を理解するのが苦手な人が多いため、簡潔でわかりやすい情報提供が必要です。
精神障がいも特性は様々ですが、急な環境変化に対する行動や思考が苦手で、疲れやすく、混乱したり、緊張時に文字情報が理解できなくなることなどがありますので、知的、発達障がいのある人と同様にわかりやすい情報提供が求められます。
また、発達障がいのある人と同様に、興奮状態や混乱した際に落ち着ける場所があるとよいと言われています。
外国人は、言語表記の問題に加え、列車の呼称や特急料金、鉄道会社によって料金体系が変わるなどといった文化や習慣など、社会のシステムに不慣れなことに起因する移動の困難さがあります。

2. 日本の公共交通機関における情報提供の現状

公共交通事業者も取り組みを進めています。例えば電車内で、今どこにいるのか、次の駅はどこか、どちらの扉が開くのか、降りた駅で階段やエレベーターの位置はどこかなどの情報を、車内ディスプレイに掲示している車両などもあります。鉄道事業者のアプリで、車内のビーコン等で椅子に座ったまま、ドア上のディスプレイが見えなくても手元で見ることができるものも実用化されています(混雑時などはうまく作動しない場合があります)。このように通常時には視覚情報が、車両内や駅施設内など様々な場所で提示されているようになってきています。しかしながら、自分から情報をとりたいときにこれらの視覚情報は、視覚に障がいのある人には見ることが困難で、アプリでのインストールや読み上げは実用に沿わないものが多いようです。
一方で、電車が事故や故障で停車したり、他社線へ振り替え輸送になったりといった異常時、地震などの緊急時は、音声案内、しかも日本語の案内が中心になるのが現状です。事故処理などに一定程度の見通しがたつと、大方の場合デジタルサイネージやホワイトボードなどに文字情報が記載されるようになりますが、リアルタイムの視覚情報の提示は交通事業者としても難しいことのようです。

3. ICTを活用した対応と人間の役割

このように情報取得や理解が困難な人々の大きな課題は、異常時、緊急時に、今何が起きていて、次に何をすればよいのかについての情報提供が十分でないことです。音声案内のほか、文字情報の提供等ICTの活用で賄えることを充実させることも必要ですが、ICTはアプリがあればよいというものではなく、LINEやツイッター、facebookなど普段から使い慣れているSNSなどを利用して情報が取得できることが望ましいと言われています。弱視の人の中にはコントラストや、端末の文字や画面を拡大することで対応することも可能な人もいますが、全盲の人は端末の音声化対応が実用レベルに作られていないと必要な情報を入手するのは困難です。スマートフォンには音声読み上げ機能が装備されています。なかでも、iPhoneに標準装備されているVoiceOverは十分な機能と言われていますが、アプリによっては、読み上げが正確に機能していないケースも見られるようです。
また、1で述べたように、知的、発達、精神の障がいのほか、外国人にも「わかりやすい簡潔な文章やピクトグラム」は情報案内として有効です。
このように、困りごとやしてほしいことは障がいによって異なりますが、人を介した案内や配慮が必要なことが多くあります。とくに異常時、緊急時などには、対応が遅れがちな「情報に制約のある人」への配慮は、周囲にいる人に一番求められるのかもしれません。
ICTの利用の発達と「心のバリアフリー」が社会に浸透し、情報提供・案内のユニバーサル化が進めば、情報にバリアがある人々にとって、もっと外出しやすい社会になるでしょう。

*障がいの社会モデル:障がいのある人の社会参加に関して「社会に原因がある」とする考え方。これまでは、「本人に原因がある」とする「障がいの医療モデル」が基本として考えられてきました。
平成29年2月20日の「ユニバーサルデザイン2020関係閣僚会議」において「『障害』は個人の心身機能の障害と社会的障壁の相互作用によって創り出されているものであり、社会的障壁を取り除くのは社会の責務である」とされました。

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