【対談】地域観光プロデューサーの先達に聞く(2)

地域観光プロデューサーの先達が実際に地域に入っての実感や苦労談、やりがい等、通常は書籍や文献等で得られないような話も収録 ー第2回ー

中根 裕

中根 裕 主席研究員

印刷する

目次

【JTM企画】地域観光プロデューサーの先達に聞く(2)
地域に入っての印象、予想と現実とのギャップ、期待・やりがい・発見・収穫は?


中根 実際に地域に入ってみての印象はどうだったのでしょうか。予想していたものとのギャップ等はありましたでしょうか。あるいは思ってもいなかったような期待・やりがい・発見・収穫のようなものはありましたでしょうか。

浅井 先程の渡邊さんのお話の中にありました、地域における役割では同じことを感じています。私はそれを「よそ者・わか者・バカ者」と表現しています。やはりよそ者でないとできないことがあるでしょう。地域に入って初めてわかったことは「横並び意識」。ちょっとでも出ると叩かれる。地域の中には人材やアイディアがないのではなくて、地域の中で皆なでつぶしあいをしている。よそからきた者は、地域の中の人材やアイディアをひっぱり出すことが役目である、と着任早々に感じました。

中根 地域の人々は、地域の中で先祖代々から暮らしており、これからも住み続けるしがらみもあるので、そこまでの覚悟での丁々発止のやり取りは難しいのでしょうね。

渡邊 本当にできないと思います。生活が掛かっていますからね。

村上 自分達ではできないので、公募で観光プロデューサーにそれを求めている。外から言わせているのですよ。地域の中でも変えたいと思っている人が観光プロデューサーについてきてくれると巧くいく。下田でも2人の方がついきていただき、3人で地域の観光を変えようとして取組んだのです。

中根 コンサルタントとしての最大の仕事は、地域に言いづらいことであっても、ダメなことはダメということを明確に告げることであると思っています。私は地域外に足場があるので、まだ客観性を担保できますが、皆様方は地域にお住まいになり地域の方々と同じ目線で活動されながら、外の目線も持ち続けるというのは大変ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

浅井 田舎は保守でしょう。保守というのはどのようなことなのかを理解するのは、実際に地域に住んでみないと分らないのですよ。保守の意味を理解することが大切です。地域には歴史もあるし、人の層もある。それをよそ者の言葉で動かしていこうとするのは大変なことでした。先程、村上さんが仰ったように酒を飲み交わすことなどで、地元の人と打ち解けあうことが大切なことなのだと感じました。
館山の観光プロデューサーに公募で採用されましたが、実は論文ではトップの人は女性で、私は次点だったのですよ。しかし、観光プロデューサーは力仕事の面もあるのでということで私になったらしいのです。

渡邊 私は、力仕事もデスクワークも何でもしないといけないのですよ。

浅井 飲ミュニケーションはいかがですか。

渡邊 夜の会議も多いですが、誘われれば顔を出すようにはしていますよ(笑)。

中根 外から来た観光プロデューサーとしての難しさは何処でもあるでしょうけれども、逆に東京で仕事していた時には味わえないような良さ・収穫のようなものはありますでしょうか。個人的な感想でもかまいませんが。

渡邊 稲取に行く時に、どのような活性化のプロセスを採るかといったイメージはもっていました。しかし、どのような方がいらっしゃるのか、あるいはどんな風土の地域なのかは全く分らずに着任いたしました。それまで稲取とは何の縁もなかったので、まっさらな状態で地域に入り、まずは人を知るところから始めました。
地域観光プロデューサーの先達に聞く
私の目指そうとしたものの一つは、既存の枠組みを崩すことにありましたので、既存の観光協会の予算を使わずに、個人的な活動としてボランティアを募集するという荒々しい方法を採りました。自費でちらしを作って、役場の回覧の仕組みを使わせていただき独力で全戸配布をし、58名の方々に集まっていただきました。メンバーは20歳から70歳台までの方々で、旅館のオーナーさん、居酒屋さん、クリーニング屋さん、大工さん等、職業も多岐にわたっています。そしてこのメンバーの間だけは、立場に縛られず何でも話し合える場としてやっていきましょう、ということだけを決めました。稲取という地域は、小さな地域であり、皆が下の名前で呼びあうような地域なのですね。これは、先程申し上げました大変な面もありますが、一方では、親しみ、結束力、団結力等のパワーにもつながる良さもあるんです。
着任してまだ3ヶ月位でしたが、着地型旅行を売り出そうということで、第三種旅行業の組織を設立しようとする機運が高まり、観光協会とボランティア組織とが核となって地域の方々に声をかけたところ、たった10日間で50社以上から900万円の出資が集まった。今月末には登記となる予定です。今後はこの会社でどのように収益をあげていくかという新たな課題に直面することになると思います。

村上 さすがスピードが速いですね。私の時代は4月に着任して半年間は何も事業をしていませんでしたからね。

中根 皆さんが厳しい状況の中で稲取の有志から900万円という金額はすごいですね。観光だけでなく、広くまちづくりに参画したいといった潜在的な力があったのでしょうね。ボランティアグループも含めて新しい組織には、これまでの観光とは関係のなかった分野の方々が参画されているわけでしょう。国内の観光も、農業・漁業、商業、教育などの観光業でなかった資源や人材が鍵を握るようになってきていると思います。そういうテーマ・素材や人との出会いというのを浅井さんも感じておられるのではないでしょうか。

浅井 3年間の活動では仕事の上では大きな成果は見込まれないだろうと見切って、ボランティアグループの組織化から入りました。着任して2ヶ月で始め、70~80人の参画を得ました。現在も館山と縁が切れないのは、活動を通してその時参加いただいた方々の生き方まで変えてしまうことになってしまった、そういうこともあったためです。地域との連帯感を感じ、それがベースになっています。

中根 渡邊さんの「組織としての行動ではなく、まずは個人として動き、相手もこれまでは観光と無縁であった方々がボランティア活動として行動する」という話にもあったように、外から入ってこられた皆様方の活動を支えていただいているのは、このような方々の支援が大きかったのですね。まちづくりに対する意気込みや熱意がマッチングしたということなのでしょうね。

村上 着任して3年間地元の有線放送の番組でTVに出ました。「下田を斬る」という番組をもっていました。番組のタイトルからも分ると思いますが、番組では辛口のことをいうことが要請されました。市民からはエールを送っていただく反面、別の筋からは不評でしたが・・・。よそ者の目とは言え、市民の皆さんも感じていることを代弁しているにすぎない面もあるのですがね。地域の中にも何か変えないといけないという機運はあったように思います。

渡邊 地域では言いたくても言えない人がたくさん暮らしておられるのですよね。観光協会の事務局長は、地域の声を聞く役割でもあると思っています。

中根 渡邊さんは、時節柄と女性であるということから、登用された時からマスコミの注目を浴びていたから大変だったでしょう。

渡邊 2年限定であること、観光協会の予算を削って私の年棒に当てているということを考えるとイベント的な全国公募であったと思います。
ここに住みつづけようと思うと、言わなければならないことも遠慮して言えないということにもなりかねない。2年で区切りをもって結果を出すと考えれば、荒々しい手法ではあってもスピードアップして取組まないといけないと思っているのです。本来的には、1~2年間の時間をかけてボランティアを養成してから、人と組織を作って事業を組み立てることが良いと思います。2年で結果を出すと決めたことが逆に、地域の中で鬱積していたパワーを結集させることにもつながったものと思っています。

浅井 2年間であれば、普通なら、トライアルできる機会は1回か2回しかないでしょう。

渡邊 4月に入って事業費の支援をいただける事業として、経済産業省と国土交通省、静岡県の事業に企画書を提出し、採択を得て支援いただいているような状況です。準備の期間がありませんでしたので。

連載 第3回へ→