産業観光を通じて地域を観る
地の工場見学や閉山した鉱山跡地を利用した鉱山観光などを考えれば、産業観光自体の歴史は決して新しいものではありません。では改めて注目されている産業観光は、従来の施設や取り組みと何が違うのでしょうか?
中根 裕 主席研究員
週刊トラベルジャーナル誌 ・執筆 2008年9月29日号
産業観光の歴史は決して新しいものではありません。では、最近、改めて注目されている産業観光は、従来の施設や取組と何が違うのでしょうか。
『歴史的・文化的価値のある工場等やその遺構、機械器具、最先端の技術を備えた工場等を対象とした観光で、学びや体験を伴うものである。産業や技術の歴史を伝承すること、現場の技術に触れることは、当該産業等を生んだ文化を学ぶことであり、将来的な産業発展のためにも重要な要素である。』
これは2007年6月に閣議決定された「観光立国推進基本計画」の中で記述された産業観光の定義です。各地域がニューツーリズムに取り組む中で、新しい地域資源として産業観光が注目されており、実験的なツアーも数多く取り組まれています。しかし各地の工場見学や閉山した鉱山跡地を利用した鉱山観光などを考えれば、産業観光自体の歴史は決して新しいものではありません。
では改めて注目されている産業観光は、従来の施設や取り組みと何が違うのでしょうか?
まず第一に産業観光と言われる資源の範囲はどこまでかが頭に浮かびますが、須田寛氏の『産業観光読本』(交通新聞社)によれば、産業観光の範囲として
- 産業の歴史を物語る産業文化財(産業遺産)
- 高度な技術を有する産業現場(工房等)
- 近代的設備を有する産業現場(工場等)
- 農林水産業の(観光対象となる)現場(農場、漁業)
- 鑑賞価値のある産業製品(美術工芸品等)
と位置づけられています。これは産業観光の対象となる産業を広く捉えられており、「4.農林水産業の現場」や「5.鑑賞価値のある産業製品」は、確かに地域の第一次産業や伝統産業であることは事実ですが、「グリーンツーリズム」や「伝統工芸」として取り組まれているテーマです。「産業遺産」と「工房」、「工場」等の産業現場との違いは、今、形は残されるものの稼働していない”静態資源”と、現在も実際に稼働している”動態資源”であるかの違いといえます。また現実に稼動している産業現場にしても、重厚長大産業の技術力やスケールを伝えるものから、中小企業でありながらも、地域伝統の”匠”を継承している産業まで様々です。共通していえるのは、第一次産業であれ、二次産業であれ、その地域に拠点を据え、あるいは発展してきた所以があるはずですから、その工場なり産業現場の中の見せ方や伝える内容だけの議論でなく、立地する地域と産業とがどんな関係や経緯をもって今日に至ったのか?訪れた地域の生活や文化、伝統などの中に、その産業との関わりが、どう息づいているのか?を伝えることが、いま「地域を魅せる観光」と言われる時代に、踏み込むべき課題なのかも知れません。
観光の語源が「国(地域)の光を観る」ことであると良く指摘されますが、まさに地域と共にある産業の姿は規模の大小に関わらず、産業観光を通じて地域の光を観ることに繋がるからです。産業観光の中で”現在も地域で稼動している地域らしい産業”を見ることが、どんな産業遺跡や遺産よりも観光客にとって奥が深く魅力的だと私は思うのです。
一方、こうした産業観光を旅行商品化を図る上では課題があります。大規模な工場の一角を企業が公開するのであれば、一定の観光客を受け入れ、旅行商品として企画旅行に組み込むことも可能でしょう。しかし地域の匠を継承するような中小産業では、手狭な作業現場や限られた企業の体制などで、まとまった観光客を受け入れ困難であるケースが多々あります。あくまで産業が成り立っての観光なのですから、その再現現場を別途確保するなり、企業の許容できる人数やペースに合わせた利用スタイルに制限するなど、いわゆるマスツーリズムにはなじみ難いことを踏まえるべきです。
東京都の大田区は2011年の羽田空港国際化を控え、区の観光計画の策定に乗り出しました。大田区は従来から機械工業を中心とした3、4人規模の中小企業の街として知られており、尚かつ技術的に世界から注目されている企業も息づく街です。特に昔から「仲間まわし」と呼ばれ、一軒の部品を次の一軒がさらなるパーツにし・・という地域全体が一つのラインのようなシステムを作りで発展してきました。大田区の観光を考える上で当然「大田区の産業観光」が注目されています。しかし述べたように各産業現場は3、4人規模の中小企業であり、バスで観光するような所ではありませんし、観光で大田区の中小企業に直接的な経済効果が生まれるとは言えませんが、観光を通じて、大田区の産業が注目されることで、地域で頑張っている経営者や従業員、家族の張り合いややりがいに繋がることが大切なのだと思います。地域の産業のペースを維持しながら、大田区なりの産業観光の見せ方が問われています。
【前回の記事はこちら】
>「費用」対「効果」が問われる『ヘルスツーリズム』