『変革する観光旅行産業-「ニューツーリズム」の時代』 その2:成熟化する観光旅行マーケット
今回は、若者の旅離れや、成熟化する観光旅行マーケットについてふれてみます。 ※この文章は、平成21年5月13日の日刊工業新聞に掲載されたものです。
中根 裕 主席研究員
そもそも日本で国内旅行が一般化した原点は江戸時代の「お伊勢参り」だと言われている。また一箇所に滞在して保養休養をおこなう”リゾート型旅行”も、わが国には古くから「湯治」という習慣があり、現在でも東北地方では湯治が受け継がれる宿がいくつかある。
このように日本人が古くから旅行好きであることは納得できるが、急激な大衆化とニーズの成熟化を果たしたのは、第二次大戦後の高度経済成長期以降である。バブル景気の時期に国内宿泊旅行者数はピークを迎え、以降は横這い状態であるが、この間に国内旅行の内容は大きく変化している。
旅行の形態は団体旅行から個人単位へ移行し、物見遊山の観光から体験する観光へ、さらには宿泊泊数の短期化や消費単価の低下等々、「かつてはお仕着せの旅行でも満足出来ていた日本人は、個人個人の好みや仲間と、自分なりの予算で旅行する」ようになったのである。
さらにマーケットを絞ってみると観光、旅行分野もご多分に漏れず「団塊の世代」が注目の的であり、退職後の過ごし方に対し観光旅行業界から熱い期待が寄せられている。事実この世代の旅行に対する意向は強く、全体の旅行量に占めるシェアも高いが、最近の傾向として世代全体の旅行経験率が低下している点があげられる(図-1)。原因として年金問題など老後の生活不安から好きな旅行を手控えざるを得ないこと等が推測できるが、同時に高額なクルーズ旅行などが熟年層に人気を博している等の実態をみると、熟年旅行マーケットは二層化していることがうかがえる。
一方で最近の業界では「若者の旅行離れ」も話題となっている。「携帯電話の費用負担が大きい」とか「学生は授業とバイトで時間が取れない」等々、これには様々な意見が聞かれるが、客観的な数値を見てみると若者(20代)の旅行経験だけが他の世代に比べて極端に低下しているとは言えない。
少子化により若者の絶対数が減っていることや、旅行先として従来の観光地が若者に選択されていない等で、既存の観光地で若者を見かけなくなったという感覚的なものだけかも知れない。むしろ注目すべきは観光や旅行に対する若者の意識や動機の変化である。基本的に観光、旅行を動機づける3大要因は「休暇」「資金」「意識」である。社会人に成り立ての20代が「休みが取れにくい」「資金的な余裕がない」のは納得できる。
しかしこれまでは、その阻害要因を克服してでも「未知の所へ行ってみたい」という意欲が若者を旅行に駆り立てていた。その旅行に対する意識、意欲の優先順位が若者の生活の中で下がっていることが推察できる。現在の若者は、今の中高年世代の当時に比べれば、子供の頃から観光旅行の場数を多く踏んでいる。つまり旅行は好きだし、時間とお金の余裕があれば出かけるが、決して生活の中で旅行が特別なものではなくなっているようである(図-2)。
さらには観光、旅行への意識が「どこに旅行するか」もさることながら、「誰とどういう時間を過ごすか、その選択肢として旅行がある」という意識が強まっていることが指摘できる(図-3)。
こうした若者層の消費の価値観の変化は、昨今指摘される「若者の自動車離れ」等と相通ずる部分があるのかもしれない。ただし観光、旅行は、耐久消費財と違い「旅」という無形の商品であることが特徴である。若者にとって「価値のある時間の過ごし方」として共感できるか、そして旅行業界や観光地などの供給側とすれば、その価値観やライフスタイルに訴求できる旅行商品が問われている時代なのである。