『変革する観光旅行産業-「ニューツーリズム」の時代』 その3:観光は地域再生、活性化の切り札か?新たな人の流れを創生
前回までわが国の観光について、国策として「観光立国」へ至る経緯、そして旅行マーケットの動向を述べてきたが、今回は旅行先となる観光地側の動きをご紹介したい。(この文章は、平成21年5月20日の日刊工業新聞に掲載されたものです。)
中根 裕 主席研究員
観光、旅行業界では、最近「着地型旅行商品」とか「地域主導型の観光」あるいは「ニューツーリズム」といった言葉が良く聞かれる。かつて国内旅行は効率的に、転々と周遊するいわゆるパッケージ旅行が主流であった。もちろん現在でも旅行会社の店頭には、観光地の”いいとこ取り”をしてまわるパンフレットは数多く見られるし、今後も無くなることはないだろう。しかし旅行者が経験を積み、より地域をじっくり見たいと要望するようになると、駆け足旅行でなく個人の興味やペースに合わせ丁寧な観光が求められてきている。
これに対しパッケージ旅行により成長してきた大手旅行会社は、マーケットである大都市に商品造成の拠点を置いているため、各地域のきめの細かい多彩な資源情報を集め、更新し、機敏に旅行商品に取り込むことが難しくなっているのが現状である。
一方で受け入れの地域の側では、観光は一部の限られた観光事業者や団体組織が行う産業と位置づけられていた。しかし旅行者の興味が地域の第一次産業や伝統文化、地場産業などといった地域全般に拡がることによって、地域の観光産業以外の分野や人達が観光の表舞台に上がるようになってきた。そして他産業も含めた「地域ぐるみの観光」に取り組むことによって、地域を活性化させる有効な手段として観光が認知されるようになったのである(図-1)。
もちろん地域が抱える様々な課題に対し、観光が万能薬とまで考えるのは戒めるべきだが、観光に取り組むことの効果は、その経済的側面だけではない。外部の眼から評価され訪れてもらうことによって、地域の人々が自らの自然、産業、文化などの価値を再認識し、誇りや愛着が生まれ、元気になることが数字に表れない観光の効果である。国が推進する観光立国に「住んでよし、訪れてよしの国づくり」と謳われている所以はここにある。
こうしてみると観光資源がないと思われ、観光地と位置づけられなかった地域でも、地域ぐるみで観光に取り組むことで、新たな人の流れを生み出す可能性を持っている。グリーンツーリズムの先進地域とされている「南信州観光公社(長野県飯田市)」等がよい例である(図―2)。天竜川への一般の観光も見られるが、飯田市周辺の農業、農家と子供達の体験学習旅行が結びつき、近年急速に利用が伸びている例である。
同時に観光旅行の個人化、ニーズの多様化は、熱海、別府に代表されるような老舗温泉観光地に対し、観光の構造的改革を強いることとなった。なかでも国内旅行の大衆化や団体旅行中心の時代に大規模化、装置産業化した温泉地の日本旅館では、個人旅行化への対応転換がままならず、経営破綻に陥るケースが未だ少なくない。
また大規模化により旅行者が宿泊施設の外の街に出ない、出さない状況が続いたことで、街としての温泉地の魅力や情緒が失われることとなった。今改めてこれら老舗温泉観光地も、宿泊事業者だけでなく地域を挙げた魅力ある観光地へ転換する取り組みが始まっている。既存の温泉観光地の中には、かつてバブル期までの成功体験やビジネスモデルを引きずり、構造的転換に二の足を踏んでいる側面もある。しかし温泉地とか日本旅館は、日本ならではの「癒し」や「もてなし」を伝承する拠点である。単に地域産業としてだけでなく、日本の文化的資源としても、魅力ある観光地へ再生することを期待したい。