減少する日本人海外旅行者・・・変化しつつある海外旅行の動機やその価値 ―JTBレポート2010年版の発行に際して―
増え続ける海外在留邦人。その一方で、日本人海外旅行者数や、有効旅券を所有する日本人の数は、減少している。この時代の日本人にとって、海外旅行とは何だろうか。海外旅行の目的も変化する中で、ただ数量的な増減を問うだけでは、その展開が見えない時代に入っている。
磯貝 政弘
2009年の日本人海外旅行マーケット規模は、1,545万人へと3年連続で縮小した。
その原因のひとつが、不況から抜けようかという矢先に起こった新型インフルエンザの世界的流行であることは言うまでもない。2003年のSARSに続く災厄だが、今度は少しばかり様相が違った。
2003年には男性(前年比16.6%減)、女性(同23.2%減)ともに大きく出国者数が減少したのに対して、2009年は男性だけが減って(同9.7%減)、女性は5.0%も前年を上回っている。さらに特徴的な傾向を挙げると、男性のなかでも30代から50代の出国者数がとりわけ大きく減っていることである。
インフルエンザのニュースが毎日のように報道されていた5月、6月だけみても、男性に比べて女性の方の減り方が少ない。男性が5月(同26.2%減)、6月(29.1%減)ともに激減したのに対して、女性は6月こそ前年比20.2%減となったが、5月は同7.1%減にとどまっている。
こうした男女差が生み出された大きな理由として思い当たるのは、インフルエンザの流行とともに多くの企業や団体に広がった出張自粛の動きである。事実、5月、6月の行き先別日本人旅行者数をみると、業務出張関連の男性旅行者の比率が高いとみられる中国で両月とも15%前後も減少している一方、熟年女性を中心に観光目的の女性旅行者比率が高い韓国は、6月こそ0.7%減と僅かに前年割れしたものの、5月は9.8%も前年を上回っている。
新型インフルエンザの流行が企業や団体に出張自粛を促した結果、男性の出国者数だけが減ることになった。そういう見方が成り立つのである。
だが、2009年の業務出張の比率は11.7%に過ぎない。2008年に比べて2.7ポイントの低下である。が、それだけで男女の大きな格差が生まれた理由を説明するには、やや無理があるような気がする。
そう思い悩んだとき、ふと思いついたのが「日本に在住する日本人の状況だけをみていたのでは、この格差は説明しきれないのではないか」ということである。そこでにわかに注目したのが海外在留邦人の数である。当然ながら、彼らは日本のパスポートを所持している。そして、法務省の出入国管理統計には、日本人の出国者、入国者として集計されている。
外務省の海外在留邦人数統計によれば、1990年には62万人に過ぎなかった海外在留邦人数は、2008年には倍近い112万人になっている(図1)。そのうち約12万人が中国に居住しているのだが、これは1996年の数値のほぼ6倍に当たる(図2)。
また、2009年に中国へ入国した日本人は約330万人だが、そのうち商用、観光以外の「その他」目的の人が約130万人もいる。内訳は公表されていないが、大半が留学生や企業などの駐在員が一旦中国を出国した後、再び中国へ入国したケースのようだ(図3)。
さらに、約37万人が徒歩で中国へ入国しているほか、自動車を使って越境したひとも約22万人いる。香港、マカオとの境界付近に居住し、日常的に境界線を越えて往来する日本人も相当数いることをうかがわせる結果とみられる(図4)。
そうした人の存在を差し引き、さらに日中間の距離の近さを考慮し、中国在留邦人12万人が仮に年に5回ずつ日中間を往来しているとすれば、日本人海外旅行者数の中に中国在留邦人の往来分約60万が存在することになる。
中国以外の国や地域に在留する邦人も約100万人いるが、こちらも仮に年1回日本との間を往復するものとすれば、それだけで100万人になる。
2009年の日本人海外旅行者数は1,545万人であることは間違いないが、そのうち日本に居住する人の数がどれだけになるのかは不明である。また、3年連続して日本人海外旅行マーケットは縮小したが、日本に在住する人を対象にしたマーケットだけをみれば、その規模はもっと前から減少を続けていた可能性も考えられる。
最近5年間で有効な旅券を所有する人がほぼ400万人減少したという事実(注)もあるので、その可能性は非常に高いと考えられるが、それはあくまでも仮説でしかない。それを検証するための有力なデータがどこにも存在しないからだ。海外旅行者数2,000万人を目標にせっかく掲げたのであれば、観光庁には是非とも海外在留者と日本在住者の出国者数を明確に区分して把握するための仕組みをつくりあげていただきたいと思うが、どうだろうか。
さて、今年の「JTBレポート2010」では、2009年に海外旅行経験を持つ人に対して、「回答者の年齢層別、初めての海外旅行の目的」を調査している(図5)。
その結果をみると、1985年のプラザ合意後の日本人海外旅行マーケット拡大に弾みを付けた事柄の変遷がはっきりと浮かび上がる。
まず、80年代に入る頃から一般化したのが海外新婚旅行。ちなみにJTBのハネムーン調査で、人気デスティネーションのベスト3を海外が独占したのが1984年のことである。
新婚旅行にやや遅れてやってきたのが卒業旅行人気。そして、90年代前半から半ばにかけて普及したのが子供連れの海外旅行。金融不況が起こった90年代後半になると、留学・語学研修や修学旅行が海外旅行を始めるきっかけとして浮上することになる。
それが2000年代に入ると、初めての海外旅行の動機となる新しいキーワードが出現しなくなる。世界遺産ブーム、韓流ブームはあったが、それらが海外旅行への新規参入を促す動機となったのかどうかはよくわからない。2001年以降、海外旅行経験率の伸びが鈍化していることを考えると、疑わしいとさえいえる。
こうした時代だからこそ、もう一度考え直さなければいけないのは、日本人にとって海外旅行とは何だろうか、ということではないだろうか。
海外旅行の持つ価値とはどのようなものなのか。それは、数量的な回復(あるいは増加)にのみ見出されるべきものなのだろうか。むしろ、そうしたこととは別の視点から日本人にとっての海外旅行の意味とか価値を考えるべき時代に入ったのではないだろうか。
海外旅行の将来ビジョンを観光事業という観点から考えるための糸口を見つけることが、いまこそ求められているはずである。
7月20日刊行予定の「JTBレポート2010」がその一助となることを願うばかりである。
注:詳細は、下記のレポートでご覧いただけます。
「5年間で400万人もの日本人が旅券を手放した!」月刊JTMレポート 2010年1月号
「2009年1年間で約110万減少した有効旅券数」月刊JTMレポート 2010年2月号