「ニューツーリズム」は国内観光、地域振興の切り札か
近年、「ニューツーリズム」という新しいながらも個性的なテーマ性のある観光が注目されている。従来の観光旅行の対象であった観光資源や観光施設にとどまらず、「エコツーリズム」や「グリーンツーリズム」等々、よりテーマ性や目的性の強い観光スタイルである。その事業性の課題と可能性について、考察したい。
中根 裕 主席研究員
海外からの観光客誘致、つまりインバウンド旅行は、国の積極的な施策展開もあり、国内各地で東アジアを中心とした観光客を多く見かけるようになってきた。一方で国内旅行そして受け入れる地域、観光地の側は、未だ閉塞感から脱却しきれていない状況といえる。そのなかで近年「ニューツーリズム」というテーマが注目されている。雑ぱくに言うと、従来の観光旅行の対象であった観光資源や観光施設にとどまらず、「エコツーリズム」や「グリーンツーリズム」「産業観光」「ヘルスツーリズム」等々、よりテーマ性や目的性の強い観光スタイルである。
2009年度まで3ヶ年、観光庁では「ニューツーリズム創出・流通促進支援事業」を展開してきた。その間に各地域の観光関係者だけでなく、第一次産業やNPO団体等が主体となって、約140余りのニューツーリズムが取り組まれ、様々な可能性と課題が浮き彫りとなってきた。
2008年、山陰の松江市で「松江ゴーストツアー」が地元NPO法人の主催で催行された。松江市といえば松江城と宍道湖そして近年では堀割の遊覧船などが知られる観光都市である。加えてラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の旧居と記念館も観光資源として知られているが、今回のツアーは地元の語り部ガイドから、小泉八雲にまつわる怪談話を聞きながら夜の松江市を散策するものである。「単に怪談話を聞きながらの町歩きにお客が集まるのか?」と思いがちだが、18回の開催、400人の募集定員に対し、360名の集客という結果であった。また参加者の居住地でも1/3は県外から来訪を得ている。
全国各地で「ガイド付きツアー」が取り組まれている中で、これだけの成果が得られたのは、第一に小泉八雲の曾孫にあたる小泉凡氏(島根県立大学短期大学部准教授)を中心とした地域民俗学に対する取り組みが背景にあることが指摘できる。まさにホンモノであり、地域の歴史文化に根ざしたニューツーリズムの典型といえるだろう。
このツアーは現在でも継続されているが、ニューツーリズムという新しいながらも個性的なテーマ性のある観光が、事業的に自立・継続できるには様々な課題が浮き彫りとなってきた。まずあげられるのが「マスツーリズム」に馴染まないテーマ、資源が多く、一回の効率性や収益性が高まらない、という点である。白神山地や屋久島のように保護価値の高い資源の場合は当然であるが、このツアーのように、語り部から五感を通じた体験に価値がある場合も、一回の人員規模には限界がある。もう一つはマーケット誘致圏とプロモーションの問題があげられる。ゴーストツアーの場合は、内容と取り組みが個性的であったため、新聞などによる取材、編集記事で取り上げられたことが広域圏からの誘致に効果をもたらしている。しかし概ねニューツーリズムの誘致圏は、意外に足元の地域内や県内といったマーケットが中心となっているケースが多い。ゴーストツアーの誘致圏が三分の一が県外と述べたが、裏を返せば参加者360人の2/3は、人口70万人余りの島根県民ということである。関東、近畿の大都市圏は最大マーケットであるが、意外に地域の中にニューツーリズムに対するニーズが潜んでいるのである。
ニューツーリズムはテーマ性が強く、万人にうけるとは限らないため、余程の資源価値がなければ、当初から全国誘致力を持つのは困難なケースが多い。また地域で扱う主体はNPOやボランティアなどが多く、全国へ向けてプロモーションを展開する資本力やチャネルに制約がある。しかし地域の範囲であれば的を絞ったプロモーションは可能だし、地域マーケットであれ、持続していくことで認知度が高まり、広域からの誘客や商品化に繋がっていくケースも考えられる。地域に根ざして「継続は力なり」をいかに実践するかがニューツーリズムの勘所と言えそうだ
出典:日経MJ 2010年7月5日掲載のコラムを加筆したものです。