熱き思いを伝える「地域伝承の観光」

産業観光や歴史観光など、日本の地域が持つ文化、歴史、産業と、その生き方を次世代に伝えたいという志や使命感、更には地域に生きる誇りや地域の元気の源泉となるという希望に裏付けられて取組まれている活動をご紹介したい。

中根 裕

中根 裕 主席研究員

印刷する

新しい観光のテーマやスタイルの一つとして、「産業観光」が注目されている。一口に産業観光といっても、以前からある工場見学ツアーから伝統技術の継承や、産業遺産としての施設、地区の保存などタイプは様々である。

先日、大阪府の東大阪市を訪れる機会があった。失礼ながら東大阪というと全国的には花園ラグビー場か中小企業工場の町程度の認識であったが、近年、”ものづくり工場”の経営者達が観光に燃えている。お会いしたのは、その熱き経営者の代表格㈱アオキの青木社長であった。「ものづくりの町、東大阪から人工衛星を」というニュースをご記憶にあるだろうか?宇宙航空研究開発機構や大学との連携により2009年1月「まいど1号」と名付けた小型人工衛星を種子島から打ち上げに成功させたものである。青木氏は、ものづくりの町工場の技術を宇宙開発に、という夢を現実とした牽引者である。夢を実現させた背景には「ものづくり」を営んできた地域、中小企業、経営者たちのこだわりがあり、不況で苦しみながらも「ものづくり」に対する誇り、こだわり、心意気がひしひしと伝わってくる。そして近年、東大阪の町工場が教育旅行の受入れに取り組み始めている。これは観光ビジネスとして地域活性化を、という一面もあるが、彼らの持つ「ものづくり」を産業・技術・文化として、次の若い人達に伝えなければ、わが町そして日本の中小企業はダメになるという使命感からの行動である。

話は関東に変わるが千葉県館山市にNPO法人安房文化遺産フォーラムという団体があり、その代表である愛沢伸雄氏は、高校教師であった立場を辞職され、NPO活動に専任された方である。館山市は海水浴や花の観光地として有名であるが、実は昭和初期から帝都東京を守る東京湾の軍事要塞として位置づけられ、大規模な地下軍事施設が残されていることは意外に知られていない。同NPO法人は、そうした歴史的事実と遺産に対し”臭いモノに蓋”をするのでなく、きちんと地域に、若い世代に平和観光として伝えたいという使命感を持って活動され、教育旅行の視察・研修の受入れが増加している。

産業観光と歴史観光、一見接点がないようにみえるが、共通するのは「日本の地域が持つ文化、歴史、産業と、その生き方を次世代に伝えたい」という志と使命感、そしてそれが「地域に生きる誇りや、地域の元気の源泉となるはずだ」という希望に裏付けられていることである。その伝承の手段として観光があり、子ども達の教育旅行受け入れへと繋がっていることである。これは農業体験のグリーンツーリズムなどでも同じ思いで取れ組まれている方は少なくない。どちらも教育旅行ビジネスが取って代わって地域の生業にと考えている訳ではない。しかし地域の伝承活動を持続させるために、観光ビジネスとしてきちんと取り組もうとしているのである。両氏の志や思いが実を結ぶには時間を要するかも知れない。しかし例えそれが次世代となろうとも、取り組む意義と使命感が、お二人を動かしている。

観光立国が打ち立てられ、閉塞感から抜けきれない地域の活性化策として観光が注目されている。そして即効性のある経済効果や活性化策が求められている。しかし「国の光を観る」という観光の語源を勝手に解釈すれば、「地域の誇りを次世代に伝える志」それこそが国の光であると思う。地道であり、時間がかかるかも知れないが、こうした志と取り組みを持続し、拡げていく活動こそ見過ごしてはいけないのだろう。

別れ際に青木社長は夢を語られた、『いつかは国連で日本の中小企業を講演したい』と。私には決して大洞話とは思えなかった。この地域に対する熱き思いを次世代に伝承することこそ、国内観光に求められているのでないか。

出典:日経MJ  2010年7月19日掲載のコラムを加筆したものです。