LCCが増加する中、旅行会社の生き残り策とは
昨今、LCCの日本乗り入れが話題になっています。今後国際線LCCは日本の旅行者の心をつかめるのでしょうか?また、これまで既存の航空会社から航空座席を仕入れて旅行商品を造成・販売していた旅行会社にはどのような変化が起きるのでしょうか?ツーリズム・マーケティング研究所が実施したアンケート・面談調査の結果を踏まえ、その将来を占います。
野村 尚司
目次
「東京・クアラルンプール間、片道5,000円から」。
これは2010年12月に就航したマレーシアのLCC、エアアジアXが日本就航記念キャンペーンの一環として発表した運賃です。「安さ」を際立たせる派手なパフォーマンスはメディアの注目を浴びて、「エアアジア」と「LCC」は広く世間に知れ渡ることとなりました。
LCCとはLow Cost Carrierの頭文字をとったもので、「格安航空会社」とも呼ばれています。LCCは航空輸送に掛かるあらゆる費用に対する徹底的な見直しと削減により低運賃を市場に提供することで、その規模を拡大してきました。現在では北米やヨーロッパにおいて約3割の市場シェアを持つまでに成長しています。日本を発着する国際線ではLCC座席数シェアは全体のまだ2%程度であり、今後増加が期待されています。
一方、これまで航空輸送の中心的役割を担ってきた既存の航空会社は「レガシーキャリア」と呼ばれています。レガシーとは「遺産」「受け継いだもの」との意味であり、レガシーキャリアはこれまで積み重ねて来た経営ノウハウを生かして、細かな航空路線網と質の高いサービスを提供することで航空事業を展開しています。
LCCに関する旅行者アンケート
ツーリズム・マーケティング研究所では過去1年間に海外旅行経験のある首都圏在住の男女1000人を対象にした国際線LCCの利用意向に関するアンケート調査(インターネット)と、LCC利用者への面談を実施しました。
1.Webアンケート(インターネット)
海外旅行経験者に対するWebアンケート調査では「LCCの利用経験に関する質問」を行いました。その結果、最も利用されていたLCCはオーストラリアのジェットスター航空で、回答者全体のうち約5%が同航空の利用経験があると回答しています。現時点でのLCC利用経験者はまだ少数派といえます。
また、「海外旅行における航空会社選択理由」(レガシーキャリア・LCCを問わない。複数回答。)として
1位.国を代表する航空会社だから(49%)
2位.マイレージ(ポイント)を貯めているから(43%)
3位.乗務員の対応の良い航空会社だから(43%)
との結果となりました。LCCの特徴である「航空券の安さ」については、17位(9%)にとどまっていました。この結果は、これまで実施したレガシーキャリアの利用意向のアンケート結果と比較しても大きな違いはありません。その理由として、安さに魅力を感じるよりも前に、LCCの利用経験が少ないために具体的な「安い航空券」のイメージが描きにくいことに原因があると思われます。
2.LCC利用者への面談調査
面談調査では実際にLCCを利用した旅客から意見を伺いました。その結果はWebアンケートとは異なった内容となっていました。サンプル数は少ないものの7名全員が「安ければ再び利用したい」と回答しています。その理由として、「日本を夜に出発するLCCであれば機内サービスは必要なく、機内では寝るだけ、と割り切って利用する」。また、「航空運賃は家族4人分ともなるとバカにできない。少しでも安ければ、レガシーキャリア・LCCを問わずに利用したい」との意見が聞かれました。また経験者全員が出発前に「LCCに対して漠然とした不安感があった」また「サービスが悪い」との先入観を持っていたものの、実際利用すると発着時刻の正確さやサービスについて概ね満足していました。さらに航空券の購入はインターネットを通じてLCCのWebサイトで直接購入しているようです。
つまりLCC利用を経験することで、利用前に持っていた不安感は解消され、不要なサービスをカットすることで運賃が安くなるのであれば再利用の意向が高まる結果となりました。どうやら、1)「LCCの利用に慣れること」と、2)「低運賃」こそ、LCC定着のカギとなりそうです。
LCCに関する旅行会社での聞き取り調査
では、旅行会社は航空券の流通や旅行商品造成の面からLCCに対してどのような印象を持っているのでしょうか?
ツーリズム・マーケティング研究所では、LCCを販売する上での課題について旅行会社に対する聞き取り調査も行いました。旅行会社の多くはLCCとの取引に対して否定的な意見を表明しています。その主な理由として、LCCが安価な運賃を提供することで、航空券や旅行商品の「値頃感」が下がってしまうことや、これまでレガシーキャリアと行ってきた予約・決済とは取引方法が異なり余計な手間が発生すること、さらには販売コミッション額の減少などが指摘されていました。LCCとは取引せずにレガシーキャリアと既存の予約・決済方法や取引内容を維持したい、との意見が大勢を占めました。
また2011年1月、日本商工リサーチでも旅行会社に対してLCC利用意向に関する調査を行っています(注-1)。回答した57社のうち、最も多かった内容は「あまり扱いたくない」で20社(構成比35.0%)、次いで「扱いたくない」が12社(同21.0%)と、合わせて32社(同56.1%)が扱いに消極的な姿勢を示しています。その理由としては、「手数料が少ない」、「利益にならない」といった回答が目立っています。事実、旅行会社に支払う販売コミッションのカットはLCCのコスト削減策の柱のひとつであり、旅行者への直接販売がLCC成功の重要な役割を果たしてきた、といえるでしょう。東京・羽田空港に乗り入れるマレーシアのLCC、エアアジアXのCEO(最高経営責任者)は「伝統的に旅行会社が強い日本でも、9割程度はネット経由で販売したい」との意思表示をおこなっています(注-2)。
環境の変化と負の遺産の克服
旅行者の旅行経験が増すことによって旅行に対する値段や質へのこだわりは厳しくなってきました。またインターネットで比較・検討した上で価値の高いものをより安価に入手できる環境が整いました。これからは安価な航空券を求める旅行者の間でLCCを中心とした低価格航空券の直接購入が広がると考えられます。またパッケージツアーなどの旅行商品も同様の低価格志向が進むものと思われます。旅行会社でもLCCの積極利用による旅行商品開発などの新たなビジネスモデル構築が求められているのではないでしょうか。近年レガシーキャリアはコスト削減策の一環として旅客への直接販売推進や、旅行会社への販売コミッション削減などこれまでの流通手法からの脱皮を図り始めています。東南アジアのある大手旅行会社では、レガシーキャリアからのツアー用航空座席割当が減って旅行商品造成に支障が出たり、またパッケージツアーの低価格化が進んだため、レガシーキャリアが提示する価格・コミッション条件では引き合わない状況に陥り、LCCの積極利用・販売を進めることとなりました。
今後も航空会社からの販売コミッションに依存する「レガシーなやり方」に固執していれば、旅行会社は経営上の困難に直面する可能性があります。レガシーとは、単に「遺産」という意味だけでなく「旧来型の負の遺産」との意味合いも含んでいることを忘れてはなりません。
(注-1) 東京商工リサーチ「主要旅行会社57社「海外旅行」アンケート調査 ~円高などで6割の会社が申込み増 LCCには消極的~」,
2011年1月31日。
(注-2) 「日経ビジネス」2011年1月17日号。