「観光立国推進基本計画」と地域づくり

観光立国推進基本法の理念の冒頭に「...地域の住民が誇りと愛着を持つことのできる活力に満ちた地域社会の持続可能な発展...」と記述されている。これは長引く不況や高齢化など多くの課題を抱える日本の地域社会に対し、観光を通じた地域活力の再生を目指すことと言い換えられる。日本の地域づくり視点から「'改定'観光立国推進基本計画」について言及する。

中根 裕

中根 裕 主席研究員

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目次

1.観光立国推進基本計画は何が変わったか

2012年3月30日、「観光立国推進基本計画」が閣議決定された。これは平成19年1月に施行された観光立国推進基本法に基づき、同年6月に策定された同計画が、5年の計画期間を経て改定されたものである。
観光立国推進基本法の理念の冒頭に「…地域の住民が誇りと愛着を持つことのできる活力に満ちた地域社会の持続可能な発展…」と記述されている。これは長引く不況や高齢化、逼迫する地方自治財源など数多くの課題を抱える日本の地域社会に対し、観光を通じた地域活力の再生、さらには豊かな日本の国土の創造を目指すことと言い換えられる。ここでは日本の地域づくり視点から「’改定’観光立国推進基本計画」(以降「改定基本計画」と呼ぶ)について言及してみたい。

改定基本計画は全体構成で大きな変化がみられる。平成19年基本計画では「第1.基本的な方針」「第2.目標」に続き「第3.観光立国の実現に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策」として4つの柱のもとに11の施策があげられていた。対して今回の改定基本計画では、「第3.観光立国の実現に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策」において、「2.観光庁が主導的な役割を果たすべき主な施策」と「3.政府全体により講ずべき施策」とに分けて記述されている。観光が様々な分野や産業と密接に関連し、総合的施策として推進すべきことは既に言われているところであり、平成19年基本計画の時点から考え方は変わっていない。しかしあえて改定基本計画で、その役割や施策の性格を整理したことは、観光庁としてより主体的に推進する施策を明確にしたと捉えることができる。

「3.政府全体により講ずべき施策」は、施策が他の省庁にまたがり、あるいは他省庁が主体的となる施策であるが、単純に施策の数でいえばこちらの方が多く多岐にわたっている。ここで問われてくるのが「施策の一体的推進」であろう。第一次産業、製造業、商業、都市計画、自然環境保護等など、観光は様々な分野にまたがるため、いわゆる「縦割り行政」と称される施策の推進でなく、連携施策として一体的な推進が求められる。今般の改定基本計画を機に、他省庁にまたがる施策のコーディネート機能の強化を期待したい。
コーディネート機能の強化については国、観光庁の側だけの問題ではない。限られた財源や人材の元で取り組まざるを得ない地域にとってこそ、様々な施策や事業を有効に重ねあわせ一体的に推進することが問われている。その意味で改定基本計画の中で記述されている「観光地域づくりプラットフォームの形成」は、「観光圏」の「市場との窓口機能」に限った問題ではない。民間主体による地域横断、産業横断的な一元的組織として、行政組織と連携を図り、これらの複合的な施策を戦略的かつ実践的に活用していく母体としてどの地域にとっても重要な課題である。

2.東日本大震災と観光

平成19年基本計画から今回の改定基本計画の間の5年間で、日本にとって最大の出来事は2011年の東日本大震災であろう。改定基本計画でも冒頭の「1.はじめに」「2.基本的な方針」の中で「観光を通じた震災からの復興」を重要課題として掲げている。
今般の東日本大震災を通じ、他の地域の観光関係者にとって学ぶべき点を2点指摘したい。一点は「大震災という負の歴史的事実を伝えることも、地域にとっては観光の一つ」ということ、もう一点は「観光から交流へ」という視点である。

前者については、被災された地域の生活基盤を少しでも早く復旧そして復興させることが第一であるが、地域の方々はサービス産業である観光の復興を二の次とは考えていない。観光を通じた誘客、消費により現金収入として被災地の経済復興に繋げることは勿論だが、地域にとって「悲惨な事実」でありながら、そこから目を背けず、きちんと伝えていこう、という取り組みが被災地の各所で始まっている。今回の被災地の1つ、岩手県田野畑村のNPO法人体験村・たのはたネットワークは、いわゆる着地型観光への取組みで、震災前から全国に認知度が高まりつつあった。地域の漁業者が名勝・北山崎のリアス式海岸を「サッパ船」で海から案内する体験プログラムであるが、今回の震災と津波でサッパ船はおろか関係者の住宅までも被害を受けた。しかし震災の翌月4月には、このサッパ船ツアーの一日も早い復活が漁業関係者の会合で決議されている。そして生活基盤の復旧もままならない中で、船の調達に始まり様々な苦労を経て2011年7月にサッパ船ツアーは復活された。漁業者にとって海は生活の基盤であり、災害が起きれば脅威でもある。しかし、それが田野畑村の海であり、そこから逃げることに目を背けることはできない、という想いがあったという。また、それと並行し新たな体験プログラムとして「大津波ガイド」への取組がはじめられた。被災を受けた地域の有志による語り部体験である。その実施に至った根底には、経済的期待もさることながら、やはり地域の人々の強い想いがあったからだという。「過去にも田野畑村は津波の被災を受けており、その際に先人達がきちんと実態と防災の知恵を伝えてくれたから今回はこの被害で済まされた。自分達もこの事実と教訓を残して伝えねば」という想いである。

全国各地で「着地型観光」が取り組み出されている。そして着地型観光は地域の人が地域を見つめて地域を伝えることが基本である。大げさなようだが地域の人の地域に対するこの想いこそ、着地型観光を支える力の源泉なのだろう。

また旅行する側としても、今回の大震災と津波を被災した三陸地域の実態と復興への姿は、誰もが一度は訪れて目に焼き付けておくへきでないだろうか?広島の平和記念公園は、終戦から60年あまりを経た今でも修学旅行先のメッカであり日本人ならば一度は訪れている場所である。今般の東日本大震災も同様であり、観光を通じ次世代に伝承していくべき日本の歴史であり地域ではないだろうか。

後者の「観光から交流へ」という視点を持つということについては、改定基本計画の「2.基本的な方針」の中で、ボランティアや地域交流の促進が謳われており、狭義の観光旅行だけでなく、「観光交流」という表現で旅行者と地域との接点を拡げた仕組みづくりをあげている。これは決して東日本大震災の地域に限られたことではない。旅行者にとって地域に「観光」で訪れているか「交流」か「体験」なのか、といった概念に当てはめることは重要ではない。地域を訪れて「何をしたいか」「どんな時間を過ごしたいか」という視点が大切なのである。特に改定基本計画の中の「国内観光の拡大」で「若者旅行の促進」が指摘されているが、「若い人達にとって充実した時間とは?地域で充実した時間の過ごし方とは?」を従来の観光・旅行の概念だけに当てはめず、若者の価値観や生活意識からイメージすることが必要なのでないだろうか。今回の震災地域に対するボランティアや交流事業に多くの若者が時間を割き精力的に訪れ取り組んでいる実態がある。他の国内観光地にとっても学ぶべき点があると考えられる。

3.観光立国の実現に関する目標

改定基本計画の目標設定にあたっては、平成19年基本計画で掲げた基本的な目標数値の達成状況を評価しつつ、新たな目標数値が設定されている。この目標設定の中で、新たに掲げられたのが「2-(2)観光の質の向上」である。考え方そのものは突然出てきたものではないが、国の方針や目標数値として「質の向上」を掲げたことは注目すべきである。観光の質の向上を測る指標として「観光地域の旅行者満足度」をあげ、総合満足度で「大変満足」ならびに再来訪意向で「大変そう思う」をいずれも25%(2016年)に設定している。もちろん観光の質の問題をこれだけで語ることはできないが、宿泊観光客の実人数は伸びなくとも滞在化、リピート化してもらうことで地域の観光は持続できるか?そのために地域の観光の何を変えるべきなのか? そろそろ受け入れる地域の側も、自分の地域に相応しい「観光の質」とは何かを本気で問い直すべき時期であろう。

また観光客の満足度を高めると共に忘れてならないのが、観光地の住民から見た満足度である。
神奈川県の鎌倉市は全国に知られた歴史都市であり観光地であるが、同市が策定した「第2期鎌倉市観光基本計画(平成19年2月)」では、現状の観光客数1,840万人(当時)に対し10年後目標を「現状値以上」とだけ設定し、あえて数値を掲げていない。一方で「観光客の満足度アップ」と共に「観光都市に対する市民の満足度アップ」を目標として挙げ、目標数値を設定し、毎年アンケート等でその数値を捕捉し公表している。

観光庁のビジョン冒頭に「住んでよし、訪れてよしの国づくり」が謳われている。地域の観光関係者だけでなく一般市民からみても、わが町の観光に対してどれだけ満足し、自慢できる地域となっているかは、地域で観光に取り組む立場として忘れてはならない視点である。
「第2期鎌倉市観光基本計画の目標」

4.連携と体制づくり

改定基本計画の「第3-2 観光庁が主導的な役割を果たすべき主な施策」では「2-1 国内外から選考される魅力ある観光地域づくり」があげられている。この中で地域にとってポイントとなるキーワードは「連携」と「プラットフォーム」であろう。

地域の観光分野には「観光地間の連携」、「地域の幅広い産業間の連携」および「国・地方公共団体と民間主体間の連携」3つの連携が課題とされている(観光圏の整備による観光旅客の来訪及び滞在の促進に関する基本方針より)。特に複数自治体にまたがる広域連携による推進が問われており、その一元的窓口機能や事業推進母体として「観光地域づくりプラットフォーム」の形成が望まれている。観光分野で広域連携による取組みは従来も行われてきた。しかしながらその目的の大半が国、県等からの事業受託の受け皿のためというのが実態で、協議会の設立程度の連携で終っていた。それゆえ本来あるべき利用者の目線に立った連携の範囲や事業実施まで踏み込めず、成果としてもせいぜい広域観光マップの制作やキャンペーン実施に留まっていたのが実情である。「観光地域づくりプラットフォーム」は、観光関係者に留まらず多様な分野のメンバーも一緒になり、形だけでなく実行力を持った地域の横串し機能といえる。

ここでプラットフォームが実行力を持った組織として機能し持続していく上で広域連携に対する1つの提言をしたい。それは民間主体のプラットフォームと併せて、自治体側も広域観光行政の一部一元化にチャレンジすることである。観光地域づくりプラットフォームは、行政界、業界を横串にした民間主導の推進母体として観光圏を中心に取り組みが始まっている。一方で自治体行政側も広域観光行政について、今一歩踏み出すべきではないだろうか?広域連携の事業・組織に対し、複数自治体が負担金を出損している事例は幾つかある。しかし金の負担に留まらず複数自治体の観光行政機能を、一部分でも一元化しようとする取り組みが生まれてきても良い。観光地域づくりプラットフォームが民間主体の機能ならば、カウンターパートとして行政機能のプラットフォームを設立し、財源に留まらず人材、機能の一元化を図ることで、広域観光を官民が両輪となって推進することである。

ただし観光行政機能をすべて一元化する必要はない。むしろ各町の観光の資源や魅力を大切に磨き上げる単位は、極力小さいまとまりの方が適切である。広域連携と言っても60点の利用者満足度しか得られない観光資源や観光地を、そのまま広域で寄せ集めても100点にはならない。大切なのは基本である一つ一つの資源・施設・サービスを磨くことが「観光の質の向上」の原点であることを忘れてはならない。観光行政機能の具体的一元化としては、プロモーション業務や民間主導では荷が重い公益性の高い事業などを、行政のプラットフォームが分担することが想定できる。例えば各市町村が限られた予算の中で、自分の町だけの観光パンフレットを作りカウンターに並べて良しとしている姿は、そろそろ脱却すべきだろう。

地方自治体の行動基準は地方自治法にあり、その抜本改正に対する論議が総務省において継続して取り組まれている。ただし、こうした地方観光行政の一部一元化は現行地方自治法の元でも可能である。「一部事務組合(地方自治法第284条~第291条)」や「広域連合(地方自治法第291条の2~第291の13)」などの制度がそれである。これまで上下水道や福祉などの住民サービス分野で一部事務組合が設立されていたが、積極的な観光分野において活用されても良いのでないだろうか?かつての平成の大合併で全国の市町村は半分近くに統合されたが、合併まで至らなくても観光地単位の行政体は残しながら、広域連携・協業化に向けて行政機能を一部一元化することは、新しい地域の仕組みづくりへのチャレンジとして検討されて良いのでないだろうか?