ゲーム・アニメが消費や旅行に与える影響
数年前「若者が家でゲームばかりしていて積極的に出掛けない」という議論を頻繁に耳にしたが、この1~2年、あまり聞かない。むしろ、インターネットの楽しみ方の多様化やスマートフォンの浸透などを契機に、消費行動とゲームとの新たな関係づくりを各業界が模索し始めている。今後、ゲームの多様化は、旅行にどのような影響を及ぼす可能性があるだろうか。
河野 まゆ子 執行役員 地域交流共創部長
目次
(1)サブカルチャーアイコンの一般化と他産業への影響
まずは、ゲームとそれを取り巻く環境がどのように変わったかという点から考えてみたい。そもそも、過去長きにわたって消費行動の仮想敵と見なされてきた、ゲームやアニメなどに代表されるいわゆる”オタク的な”「サブカルチャー」は、年を追うごとに大衆化・一般化しつつある。
例を挙げると、埼玉県久喜市(旧鷲宮町)の鷲宮神社における『聖地巡礼』と、それを盛りたてる自治体の取組みが有名だ。ここでの『聖地巡礼』とは、漫画・アニメなどの熱心なファンが、自身の好きな著作物などに縁のある土地を”聖地”と呼び、実際に訪れることを指す。鷲宮神社は、アニメ『らき☆すた』に登場したことから、参拝客(厳密にはアニメファン)が急増した。アニメ放映前の2007年に13万人だった正月三が日の初詣客は、2008年に30万人に急増、2011年には47万人となった。地域に与える経済効果も大きく、『らき☆すた』効果による来訪者増および物販等による経済効果は20~30億円との試算であった。鷲宮商工会は2008年のブームを契機とした鷲宮への来訪者増を一過性のブームに終わらせることのないよう、『らき☆すた』のみにとどまらずアニメファンに対して広く働きかける取組みを推進し続けている。また、機を同じくする2008年頃から、『萌え米』と呼ばれる美少女イラストをパッケージに利用したブランド米が話題となり、2010年頃にかけて、地域ブランドの認知向上を目的として地域の農産物や特産品などに美少女イラストを使用する例が増えた。
記憶に新しいのは、JR東日本が、2011年から営業運転が開始された東北新幹線の新型車両の愛称を一般募集した際、車両のカラーリングがVOCALOID(ボーカロイド)キャラクター「初音ミク」に似ていることがインターネット上で話題になり、「はつね」の応募数が2位になったことだ(15万件を超える応募の中から採用された「はやぶさ」は7位。1位は「はつかり」)。
このニュースをきっかけに「ボーカロイド」というソフトの名称を知った人も多いと思われる。ボーカロイドとはヤマハが開発した音声合成技術および関連製品を指す。簡単に言えば、予めプログラムされたデジタル音声に、曲を自由に歌わせることができるソフトウェアである。代表的な声は例に挙げた「初音ミク」だが、これ以外にも数種類の異なった個性を持つ声のソフトがある。業務用通信カラオケJOYSOUNDの2010年の年間配信数をみると、今や上位10曲のうち5曲をボーカロイド関連楽曲が占める状況で、”生身の”歌手を上回るほどの人気であることがわかる。
「キャラクターボーカルシリーズ01 初音ミク」
キャラクターボーカルシリーズ01 初音ミク
(販売元:クリプトン・フューチャー・メディア/PC用ソフト)
(2)消費者が生み出し、シェアされる情報と体験
前述のボーカロイド関連コンテンツの隆盛を支えたのが、インターネットの高速化および各種デジタル技術の発展・低価格化によるUGC(ユーザー・ジェネレイテッド・コンテンツ)の普及と、それに伴う体験やアイテム・作品を”シェア”するという考え方だ。UGCは、Youtubeにアップロードされている動画や、Twitter、FaceBookなどのSNS、ブログに書かれている文章など、一個人が作ったコンテンツの総称である。ひとつのコンテンツやキャラクターを起点にした”二次創作”は以前から行われていたが、それを他者に対して簡単に公開できるプラットフォームが整ったことにより、狭いコミュニティの中で閉ざされていた楽しみを広く世間に発信し、共有することが容易になった。ボーカロイドを例にとれば、ソフトを購入した人は、曲を作るだけでなく、作った曲を任意で公開できる。公開された曲は消費者から評価され、評価の高いものはカラオケ楽曲やゲーム用の楽曲として企業に買い上げられる。自らボーカロイドを駆使して楽曲を作ることができない人でも、誰かが作ってくれた曲を聴いたり歌ったりする楽しみが再生産される仕組みが成り立っていると言える。 言い換えれば、コンテンツを売るための企業による「仕掛け」が消費者に通用しにくい環境になりつつあるということだ。消費者主役でのムーブメントがSNSやYoutubeなどを契機として巻き起こり、それを後追いする形で産業が追いかけてくるという構造だ。
また、従来のようにキャラクターやコンテンツの版権が特定の企業に属さないUGCは、個人だけでなく事業者にとっても、再生産し活用することが容易だというメリットも見過ごせない。前述の「初音ミク」は2011年5月に米トヨタのCMに起用されたほか、同年末には「Google Chrome」のグローバルキャンペーンCMに登場するなど、”クールジャパン”のアイコンとして引っ張りだこだ。また、2010年から冬期のみ運行している札幌市電の「雪ミク電車」は、初音ミクというオリジナルのキャラクターの髪色や洋服を変更し、札幌の冬をイメージする外見に変更して使用している。このように、キャラクター使用に係る手続きや金銭の負担が少ないことや、キャラクターを自らの地域や商品等の特性に合わせて改変できる自由さが企業からの注目を集めている理由であろう。
(3)位置情報サービスの普及
人が旅行やお出掛けなどの「移動体験」をシェアすることの事例として、位置情報を利用したコミュニケーションやゲームは目下最も注目されているサービスのひとつである。
調査会社のシード・プランニングは、2010年のモバイル位置情報サービス市場規模は推定430億円で、2015年には3.4倍の1470億円に達するという推計を発表した。位置情報サービスとは、GPSを使って自分が今いる場所をソーシャルメディア上に知らせることができるサービスを指す。携帯電話あるいはスマートフォンという、ほぼ全人口が利用しているプラットフォームを活用したこのサービスに対しては、あらゆる業界からの期待が高い。
こうした位置情報サービスを利用した「位置情報ゲーム」は、前述のシード・プランニングによる調査でも伸長が期待されている分野だ。位置情報ゲームは、ある場所で取得したアイテム(電子データ)を他人とシェア(ゲーム内のポイントと交換・販売)できる、自分が移動をしないとゲームが進まない、その土地に行かないと手に入らないアイテムがあるなどの特徴を持つ(例:「ケータイ国盗り合戦(株式会社マピオン)」、「まちつく(ウノウ株式会社)」、「コロニーな生活☆PLUS(株式会社コロプラ)」など)。株式会社コロプラはゲームと実生活における消費行動の連動を推進するため、実店舗と連動した「コロカ」という仕組みを取り入れている。コロカは日本全国の提携店舗での購入金額に応じて入手できるカードで、このカードを使ってゲーム内のアイテムを入手するという仕組みだ。提携店は、”旅費をかけてでも訪れるべき日本の良いものを提供していること、定番品でなく地域性があること”などを基準に選定されており、2012年4月には、提携店は全国137店舗にまで増加した。この仕組みを利用し、2010年4月から10月まで、東京メトロと株式会社コロプラが「東京再発見!食べつくし位置ゲーの旅」を実施し、ゲーム進行と連動する乗車券を販売して話題となった。このほか、ほぼ同時期の2010年5月には株式会社リクルートが運営する国内総合宿泊予約サイト『じゃらんnet』がコロカと連携した宿泊商品の販売を開始している。ゲームをフックとした”その土地にいくべき理由”づくりのひとつとして、位置情報ゲームに向ける観光関連産業の期待は大きい。
今後、スマートフォンの普及によって、位置情報サービスはさらに浸透することが予測できる。発信できる位置情報の精度が増し、サービスの利用者が増加するにつれ、人が「いまここにいる、という情報」は価値を持ち始める。移動行程における情報の取得に価値が置かれた場合、目的地までの早くて簡便な移動、という従来の旅行ニーズ自体に変化が生まれることもあり得る。すなわち、交通機関の発達によりこれまで重きをおかれなかった移動行程自体への興味や重要性が増す可能性がある。 例えば、留守番中の子供や高齢者の安全情報をチェックできるサービスが発達すれば、「ちょっと行ってみてくるか」といった親族のお出掛けへのニーズを後押ししてくれることになるかもしれない。チェックイン機能の発達により、ある観光地に滞在する不特定多数の人が有用な情報交換をしながら濃密な街歩きをすることができるかもしれない。消費者の移動経路や行動履歴のモニタリングを新たな商品開発に活用できるかもしれない。旅行という側面からみた場合、位置情報サービスが旅行市場にとっての有効なコンテンツとなるための鍵は、誰かが「いまここにいるという情報」を、本人およびその人を取り巻くコミュニティ(家族・偶然同じ場所にいる人・ソーシャルメディアで繋がっている人など)にとっての「安全・安心」や「一人ではできない楽しみ」「場所と縁を結ぶ楽しみ」にどのように繋げていけるかという点にあるのではないかと推測する。
「人がある特定の場所にいること」「人が移動すること」に生じる価値、およびそれらに関する情報をシェアすることに対するニーズの高まりは、今後も継続することが推測されており、各産業は、そのニーズを吸収するための様々な仕掛けや商品を検討していくこととなるだろう。
その際、企業の仕掛けだけでは動かなくなった消費者を動かすには、彼らが共有し信頼をおくプラットフォームを厳選し、基盤となる場を提供することが必要である。その場は、「人の移動」を軸とした体験や情報の共有が”自由に””簡便に”でき、体験の共有を通じて自分ひとりでは決して生み出せない「新たな価値」を創出できるものであり、これによって、人が集まり、消費が促進されることが期待される。早くて簡便な移動、という従来の旅行ニーズ自体に変化が生まれることもあり得る。すなわち、交通機関の発達によりこれまで重きをおかれなかった移動行程自体への興味や重要性が増す可能性がある。 例えば、留守番中の子供や高齢者の安全情報をチェックできるサービスが発達すれば、「ちょっと行ってみてくるか」といった親族のお出掛けへのニーズを後押ししてくれることになるかもしれない。チェックイン機能の発達により、ある観光地に滞在する不特定多数の人が有用な情報交換をしながら濃密な街歩きをすることができるかもしれない。消費者の移動経路や行動履歴のモニタリングを新たな商品開発に活用できるかもしれない。旅行という側面からみた場合、位置情報サービスが旅行市場にとっての有効なコンテンツとなるための鍵は、誰かが「いまここにいるという情報」を、本人およびその人を取り巻くコミュニティ(家族・偶然同じ場所にいる人・ソーシャルメディアで繋がっている人など)にとっての「安全・安心」や「一人ではできない楽しみ」「場所と縁を結ぶ楽しみ」にどのように繋げていけるかという点にあるのではないかと推測する。
「人がある特定の場所にいること」「人が移動すること」に生じる価値、およびそれらに関する情報をシェアすることに対するニーズの高まりは、今後も継続することが推測されており、各産業は、そのニーズを吸収するための様々な仕掛けや商品を検討していくこととなるだろう。
その際、企業の仕掛けだけでは動かなくなった消費者を動かすには、彼らが共有し信頼をおくプラットフォームを厳選し、基盤となる場を提供することが必要である。その場は、「人の移動」を軸とした体験や情報の共有が”自由に””簡便に”でき、体験の共有を通じて自分ひとりでは決して生み出せない「新たな価値」を創出できるものであり、これによって、人が集まり、消費が促進されることが期待される。