航空業界 激動の10年と2014年以降の業界地図を予測する

2012年は航空業界にとって一大転機の到来を告げる年となった。日本にも、いよいよローコストキャリア(LCC)時代が訪れたのだ。 では、こうした時代の大きな変化を受け止めて、日本の既存航空会社はその存在価値をどのように再構築し、LCCの襲来に立ち向かっていくのか。また、既存航空会社とLCCが、日本の航空業界をどのように進化させていくのだろうか。

野村 尚司

野村 尚司

印刷する

目次

1. イベント・リスクや原油価格高騰に翻弄されたこれまでの10年間

この10年間ほどの航空業界を振り返ると、2001年の9.11同時多発テロを皮切りに、2003年のイラク戦争とSARS、2008年の国際金融危機と数々の大事件、災厄、経済危機に直面し、その都度翻弄されてきた。そうしたなかで東日本大震災と福島第一原発事故が日本を直撃した。訪日旅行者数の激しく落ち込みは、2011年前半の航空業界を大きく揺さぶった。かつてない数多くの苦難が立て続けに発生し、その都度、航空業界は危機と直面した。日本航空の経営破綻、デルタ航空とノースウェスト航空の合併など、業界に激震が走ったことも事実だが、その一方で、新生日本航空、新生デルタ航空などを含めて多くの航空各社が、経営のスリム化を進めつつ、危機への対応能力を身に付けていったのも事実である。
しかし、そうした航空業界にもまだまだ未解決の危機がある。原油高にともなう燃料費の高騰である。
2000年代に入って急激に高騰した原油価格に対処するため、航空各社は2001年に航空貨物を対象にした燃油サーチャージ(燃料価格の水準に応じて航空運賃に上乗せされる燃油付加特別運賃)を導入し、さらに2005年になると旅客に対しても燃油サーチャージの徴収を開始した。
原油価格の高止まり状態が続いていることもあり、燃油サーチャージはいまだに廃止される気配がない。当然ながら、利用者の不満は解消されない。こうした利用者の不満をないがしろにして、燃油サーチャージを値上げし続けることができるのか。
中東情勢の緊迫化により、さらなる原油価格の高騰をも予測される昨今、国際航空運送協会は、原油価格が1バレル135ドル以上になった場合、世界中の航空会社が赤字に陥る可能性があるという試算を示すとともに、「2012年の最大の経営リスクは欧州債務危機から急激な原油高に変わった」と警告している。

2. LCCは今後一気に定着する

世界的な航空の自由化の風に乗って、LCCは低コスト運営によって低価格運賃を実現し、それを武器に欧米や東南アジアなどで大きく躍進した。
日本でも、オーストラリアのジェットスターが初のLCCとして2007年に関西空港に乗り入れた。その後も韓国、フィリピン、中国など近隣諸国からLCCが乗り入れを果たしたものの、国際線総提供座席数の約3%を占めるに過ぎない状況であった。
しかし、2010年に茨城空港へ就航した春秋航空が、就航記念として売り出した「茨城・上海往復4,000円」という破格の運賃は大きな話題となったことは記憶に新しい。実態を超える過大な注目が、この一件だけで掻き立てられたといってもよいだろう。
LCCが驚異的な低運賃を前面に押し立てて派手なPRをすることは、春秋航空に限らずLCC各社が一般的に行っていることである。
この「LCCイコール破格の低価格」というイメージが、マスメディアにとって格好のテーマとなったことは、昨今の新聞、テレビのニュース番組や記事をみれば一目瞭然である。マスメディアに取り上げられる機会が増えるにしたがって、当然ながら「LCC」という言葉は日本でも広く定着していった。
そうしたなかで、2011年になると3社の国産LCCが相次いで設立された。これら3社によって、LCCが日本でも本格的に事業を開始することによって、新たな需要が開拓されるのではないか、より多くの旅客を生み出すのではないか、という期待が膨らんでいくことになった。2011年が「日本のLCC元年」といわれる由縁も、その期待の大きさにあるといってよいだろう。
確かに、国内線で一定のシェアを得ているスカイマークを含めた日本のLCCの保有機材数は、2016年までに中小型機を中心に約80機となる予定である。それに対して、JALとANAが保有する同規模機材(B737、A 320、MD90)が、2016年の段階でも現行の約150機(JAL 2011年6月時点、ANA 2011年3月時点)のままであるとしたら、中小型機におけるLCCのシェアは、供給座席数で約35%となる。そうなったときに何が起こるのかは容易に想像できる。LCCとJAL、ANAとの路線競合は避けられず、競合する路線では運賃の低下が進むはずである。

3. 国産LCC成功の条件:運営上の独立性確保

日本よりも一足早くLCCが市場に参入したことで航空運賃の低下が進んだのが欧米の航空業界だったが、21世紀に入ってそこに燃料コストなどの上昇が加わると、既存の航空会社にとってコスト削減は喫緊の課題となった。
アメリカの大手ユナイテッド航空やデルタ航空、またヨーロッパのブリティッシュ・エアウェイズなどでは、ビジネス客を中心とするプレミアム路線を運航する既存航空部門とは別に、レジャー路線を中心とした低コスト運航を目指すLCCを新設し、この危機を乗り切ろうとした。しかし、こうして設立されたLCCの多くが事業として長続きしなかった。そうなった理由を整理すると、次のようになる。

  1. 販売・予約・サービス面で既存航空会社が実施してきた手法を単に流用するにとどまるなど、対応がともすると場当たり的なものとなって、本質的なコスト削減が実現できなかった。
  2. 運営方針やターゲットとする顧客層が曖昧になり、LCC本来の戦略が十分に実現されなかった。
  3. 既存航空部門との相乗効果が発揮できなかった。

これらの失敗を経て、LCCを失った航空各社は、残された既存航空事業そのものの低コスト化を本格的に推進する方向に転換した。
かつて日本でも、JALがジャパンエアチャーターを1990年に設立したことがある。
同社設立の目的は、チャーター便の運航や親会社のレジャー路線運航を請け負うことであったが、それを実現するために賃金の安い外国人乗務員の雇用や運航ベースを外国に置くことなどによるコスト削減であった。しかし、提供サービスの内容や販売手法はJAL本体と大差がなかったため、十分なコスト削減効果を得ることができなかった。結局、2010年にJALに吸収合併されその幕を閉じている。
2011年になると、日本でLCCを巡る新たな動きが見られることになった。
JALが豪州のLCCであるジェットスターと共同して「ジェットスター・ジャパン」を設立し、ANAがマレーシアのエアアジアとともに「エアアジア・ジャパン」を設立したのがそれだ。これらの新規LCCは、あくまでも独立企業として事業展開することを目的としており、JAL、ANAそれぞれの本体内部にLCC事業を取り込んだ、といった類のものではない。
ところで、従来は既存航空会社がビジネス、レジャー、親族訪問など全てのマーケットからの需要を一括して引き受けてきたが、今後はレジャー、親族訪問など低価格を志向する傾向が強いマーケットからの需要は主としてLCCに任せて、既存航空会社はビジネス客やマイレージプログラム会員などを中心としたプレミアムマーケットからの需要の引き受けに専門特化する戦略に経営資源を集中させる、としている。
過去の失敗を繰り返さないためにも、LCC事業の独立性確保とその事業モデルの根幹にある”原理”を徹底できるよう、既存航空各社は親会社として子会社であるそれぞれのLCCに対して、「カネは出しても、口は出さない」姿勢を貫き通すことが求められるところである。

4. 複雑化する事業モデル - スカイマークの挑戦

スカイマークは2011年秋から成田発着の路線を開設した。同社社長西久保愼一氏は発表記者会見の席上、LCCのビジネスモデルを本格導入する旨のコメントを出している。これまで同社は機材をボーイング737型機に統一し、サービスの簡素化や低価格販売を推進してきた。これを一段と強化し、LCCとしての戦略をさらに明確にするというのが、その発言から汲み取れる内容である。
ところが同社はLCC戦略とは異なった事業モデルの展開も発表している。2014年より国内幹線にエアバス330型機を導入し、2クラス・サービスを提供すると発表したほか、長距離国際線に超大型機エアバス380型機を投入し、高品質な機内サービスを提供することも表明している。
今後のスカイマークは、保有機材をボーイング737型機1機種から3機種へ増加するとともに、サービス面でも現行のエコノミークラスだけの1クラス体制から、国内線ビジネスクラス(エアバス330)、ビジネスクラス、プレミアム・エコノミークラス(エアバス380)の4クラス体制となる。シンプルなLCC事業モデルに加え、既存航空会社の事業モデルが並立することとなるのだ。
前述の通り、過去の数々の失敗事例があるにもかかわらず、スカイマークの新たな挑戦のゆくえには目が離せない。

5. 終わりに

日本の航空マーケットは成熟化が進んでいる。
航空会社の事業戦略は、利用客の成熟化とともに変化してきたし、今後も変化を続けるだろう。
当社で実施したLCCに関するインタビュー調査で、「短距離便ではサービス削減は気にならない。サービスと引き換えに削減されたコストを反映して、運賃を下げてもらいたい」、とか、「必要なものは自分で好きなものを購入するほうがよい。だから、余計なサービスはやめて、そのコスト分だけでも基本運賃を値下げして欲しい」といった考えが、多数を占める結果を得た。旅客ニーズの細分化が進むなかで、一律のサービスを提供することは、むしろ迷惑であろう。LCCのビジネスモデルが日本のマーケットにも受け入れられる条件は、まさしく揃ったのである。
ただし、にわかに脚光を浴びるLCCだが、それは「打ち出の小槌」や「魔法」ではない。
LCCは航空輸送の本来あるべき姿、その提供すべき旅客サービスのあり方をゼロベースで見直し、その基本に立ち戻っただけであると考える。
今後は、LCCも「普通」の航空会社として日本人に広く受け入れられていくのではないだろうか。そうした状況を受けて政府の規制緩和が進めば、国内線と近距離国際線を軸に、欧米並みの約3割のシェアをLCCが占める日が到来する可能性は高い。
そうしたなかで、既存の航空各社はどこにその存在感をマーケットに対して印象付けることができるのか。どのような方向に舵を切ろうというのだろうか。今後も、そのゆくえを注視していく必要があるだろう。