日常生活における環境への意識変化とツーリズム

世界自然遺産の北海道・知床では、9月初旬に痩せこけたヒグマが目撃され話題になった。異常気象や海水面上昇、生態系への影響など、地球温暖化の影響ともいえる環境問題は、社会問題として広く認識され、私たちの日常生活においても、環境に配慮した生活への意識の高まりがみられる。環境意識の高まりはツーリズムにどのような影響をもたらすのかを考えてみる。

加藤 典嗣

加藤 典嗣 営業企画部長(当時)

印刷する

目次

環境に配慮した日常生活に関する消費者の意識・行動変化

環境省は、国民の環境問題についての認識や取り組みに関する意識、環境行政に関する意識等を測る調査として、1997年度より「環境にやさしいライフスタイル実態調査」を実施している。
環境保全活動への参加状況を問う設問のうち、「観光・余暇活動の際にはなるべく自然を破壊することのないように気をつけている」の回答は、第1回調査時点でも87.9%と高く、その後の調査でも80%代後半で推移している(同選択肢は2003年度調査までで終了)。観光地で自然破壊をしないように気をつけることは以前から一般的なモラルとして周知されていた。
一方、「物・サービスを購入するときは環境への影響を考えてから選択する」という回答の推移を見ると、1997年度調査で24.4%であったものが、2003年度調査29.9%、2010年度調査34.9%と増加している。2000年代以降、消費活動においても「環境配慮」がある程度定着してきているということができる。

環境省「環境にやさしいライフスタイル実態調査」各年度より

東日本大震災による意識の変化

当研究所では、震災直後の2011年4月~7月と、一年後の2012年5月に、震災が人々の旅行行動や消費意欲にどのような影響を与えたかについて調査を行った。復興支援に対する意識として、「資源の節約(節電・節水)をしたい」が11年24.6%→12年26.8%で、最も意識が高く、1年後に増加していた。環境保全に貢献しつつ、自身にも経済的メリットがある「節電・節約」への関心が高いといえる。一方、防災に関して「東日本大震災後に初めて経験したことは」という設問に、高い割合を示した項目は「食材・水などの安全性を確認して購入した」(26.7%)、「自分が居住する地域の災害予測、被害想定を調べた」(22.9%)といった、自分に直接関わる食糧や水、住居の安全性確保に関わるものだった。
震災や原発事故を通じてエネルギーや資源、水や土壌の汚染という身の回りの環境の意識がより身近になり、考え方や消費行動に影響を及ぼしつつあると考えられる。

 

ツーリズムと「環境」

ツーリズムにおける「環境」は、大きく2つに分けられる。
A:環境学習旅行やエコツアーといった、目的としての「環境」
B:観光行動の様々な場面における「環境への配慮」
Bの観光行動における「環境への配慮」で、観光の各場面毎に例示したものが下表である。これらはいずれも、この10年位の間に、様々な取組事例を見聞きすることが増えてきた。

 

「エコツーリズム」への関心度

自然環境などの地域資源を観光の対象としつつ持続可能性を考慮するという「エコツーリズム」は、世界的な環境問題についての関心の高まりと並行して普及してきた。1998年にエコツーリズム推進協議会(現・日本エコツーリズム協会)が設立され、エコツーリズムの普及促進の活動を開始している。また、2007年には環境省、国土交通省、文部科学省及び農林水産省を主務省庁として、エコツーリズムに関する総合的な枠組みを定めた「エコツーリズム推進基本法」が施行されている。
「エコツーリズム」という言葉の認知度は、2010年度で69.6%(環境省「環境にやさしいライフスタイル実態調査」)となっており、この10年間で定着してきたといえる。しかし、財団法人日本交通公社の調査(「旅行者動向」)によれば、参加経験率は2001年~2009年を通じて5%前後で大きく変化しておらず、なかなか実際の参加には至っていないようである。なお、今後の参加意向は微増となっており、徐々にではあるが関心が高まってきているといえる。

(財)日本交通公社「旅行者動向」各年度より

地域での取組~滋賀県での例

人々の「環境」意識の高まりや、「エコツーリズム」という概念の普及を受け、日本各地で様々な取組が進められてきた。滋賀県(琵琶湖周辺)もその例である。
日本一の湖であり、近畿の水瓶とも呼ばれている琵琶湖とその周辺の自然は、古くから人々の生活に密着した関わりを持ってきた。高度経済成長時に琵琶湖の水質が急速に悪化したが、その後の住民運動などにより回復したことなどから、滋賀県は国内でも環境意識の高い「環境先進県」と呼ばれている。県内には他に目立った集客資源があるわけではないが、国際観光都市・京都に近いことや大都市圏に位置しているという立地を活かし、派手さはないが自然や生活文化を活かしたゆるやかな取組が県内各地で行われている。
特に、琵琶湖の西部に位置する高島市を中心とした湖西地区は、2000年代はじめ頃から、自然、歴史、風土など地域固有の魅力を掘り起こし、環境学習や体験交流の場として活用する仕組みを構築。美しい里山風景や、自然の湧水を生かした「かばた(水路)」のある暮らしなどが写真集やTV番組等で紹介され、2004年には環境省のモデル事業地区にも選定されている。
また、大津市北部の雄琴温泉地区では、従来の歓楽地のイメージから脱却する取組として、各旅館での施設リニューアルや駅名の改称(雄琴→おごと温泉)などと共に、環境配慮型の観光地づくりを推進している。2006年には7件の旅館が共同し、各施設同時に環境マネジメントシステムISO14001の認証を取得するなど、地域を挙げての取組を継続している。
さらに、琵琶湖で観光船を運航している琵琶湖汽船は、周辺各地の取組と連携したエコツーリズム事業を展開しているが、その一環として環境学習船「megumi」を2009年に就航させ、学校団体の環境学習や各種イベント、旅行会社のエコツアー商品などに活用されている。

 

おわりに

これまで見てきたように、ツーリズムの様々な場面で「環境」を意識することは、この10数年の間に、消費者と受入地域の双方に対して、かなり定着してきた。以前までの過度なエネルギー消費を前提とした生活スタイルを見直し、自然と共存し人と人との絆やコミュニティを重視した暮らしへの転換が、改めて意識されることになった。震災後一年を経て、やや意識の揺り戻しの感も見られるが、省エネや消費を通じた社会貢献という考え方は、震災以前に比べ浸透しているということはできる。
環境に配慮した日常生活や消費活動が「当然のこと」となれば、旅先での過ごし方や旅行手段の選択も、それが当たり前なものになってくる。旅行者を受け入れる地域や流通に携わる関係者は、そのことをこれまで以上に意識することが必要になると考えられる。