観光と食文化研究レポート ~日本酒の海外展開について~
日本酒は全国の都道府県で製造され、地域の特色に応じた地酒が存在し、旅行先での飲食は楽しみの一つといえよう。近年では蔵元見学なども観光のコンテンツとなりつつあり、海外からの人気も博している。世界の酒として日本酒を確立するために、日本酒の海外進出における課題を整理し、今後の展望について考察してみたい。
宇井 透
目次
1.はじめに
お屠蘇、成人式、花見酒などの日本の年間行事には日本酒が欠かせなく、古来より日本人の生活や文化に深く関わりのある「食」の一つである。日本酒は全国の都道府県で製造され、地域の特色に応じた地酒が存在し、旅行先での飲食は楽しみの一つといえよう。近年では蔵元見学なども観光のコンテンツとなりつつある。
しかし、若年層のアルコール離れ、日本人の欧米志向により日本人の日本酒消費量は減少の一途をたどり、それに伴い生産量、製造者である蔵元の数ともに減少し、古来より守られていた杜氏と呼ばれる制度、技術製法やノウハウが失われつつある。
データ(図表1)によれば日本酒の国内消費量は、2003年(平成15年)には焼酎の消費を下回り、2008年(平成20年)には1989年(平成元年)のほぼ半分程度の消費量となっている。
一方で海外では、日本食ブームが起こり、寿司と日本酒を楽しむことが世界中に広まってきている。
一方、政府は、日本再生戦略に農林水産物・食品の輸出拡大を掲げ、日本酒や焼酎など「國酒」に大きな期待をかけている。
ここでは、世界の酒として日本酒を確立するために、日本酒の海外進出における課題を整理し、今後の展望について考察してみたい。
2.海外展開に向けた日本酒を取り巻く環境
日本酒の定義は、酒税法から「米・米麹及び水を原料として発酵させて、こしたもの」とされている。また、日本酒は、図表2のとおり、特定名称酒に分類(酒類業組合法)されている。
近年では、図表3のとおり、純米酒、純米吟醸酒といった高価格志向の愛飲者も増え製造量も増加している。
日本酒製造業者数は以下の図表4のとおり減少の一途であり、1989年(平成元年)には2,400場数以上あったものが、2010年(平成22年)には、1,700場数程度と、約30%近くの製造者が消えていることになる。
その一方で、焼酎については、製造者は400場数程度と安定的となっている。
焼酎と比較しても、日本酒の国内市場は衰退化の傾向にあり、新たな開拓先展望のために海外進出が急務と言える。
製品の特性から考えた日本酒輸出を阻害する要因の一つに、大量生産向け商品ではなく、品質が変化しやすく管理が難しい商品ということがある。
海外へ輸出する際には、小ロットの輸出で行わねばならず、品質管理が充分でない状態で味の劣化した日本酒を流通させ、日本酒の本来の味わいを楽しませることができないリスクが常に存在する。
また、日本酒は、生産地域や醸造手法により多種多様な商品であり、「この日本酒は地域の魚や料理にあう」といった専門知識や日本酒醸造の背景や歴史などの説明を受けて味わうのは格別のもてなしと言える。
品質が充分の状態で輸出できたとしても、海外での日本酒の専門知識をもった人材がまだ少ないことから、日本酒の趣向を外国人に充分に説明できていない現状にある。
海外における日本酒輸出は、図表5のとおり焼酎に比べ2倍の程度の規模で拡大が図られているものの、日本酒の蔵元は中小企業が多く、単独企業での海外物流・販路拡大は容易ではない状況にある。
当研究所では 「観光と食文化」について研究会を主催している。3回目となるセミナーでは、日本酒をテーマとし、フランスで日本酒ソムリエとして、日本酒の吟醸ブームに尽力されている宮川氏を招聘し、当社主催のセミナーにおいて講演して頂いた。
3.第3回観光と食文化研究会特別セミナー基調講演(要約)
フランスにおける日本酒事情
パリ市内では、日本酒専門店「カーブ・フジ」が1991年に出店し、「日本名門酒会」の銘柄を中心に最大で150銘柄の日本酒を取り扱っていましたが、2003年末に閉店してしまいました。その後、同店で取り扱われていた日本名門酒会の日本酒は、日本食料品店の「京子食品」に移管され、小売販売が継続されています。そのほか、「JFC」 は卸しとして日本酒と焼酎などを販売,日本食料品店「十時や」、「WorkshopIssé」などでも日本酒と焼酎などを販売しています。
近年は地元小売店やカーブ屋でも日本酒の販売が始まっています。百貨店では、ボンマルシェの食品館「グランド・エピスリー」とギャラリーラファイエットデパートのグルメ館「ラファイエット・グルメ」で、それぞれ日本酒が取り扱われています。
2007年に高級食材店の立ち上げに参画したことで、昨今の吟醸ブームの先駆けが始まりました。SAKE からGINJO という言い方に切り変えて販売して来たことが本当に良かったと思います。
また、日本での日本酒の売上げ推移を考察してみると、量の時代から質の時代に変革しているのは事実であると感じます。これからは吟醸酒の高級化商品で世界の人を魅了する世界を作りたいと思います。
選択と集中
日本酒販売は現在2極化しています。パリでは吟醸や純米酒と言われる商品を高級フレンチレストランやホテル、日本食レストランを主として販売するパターンと、大手メーカー商品をハイパー&スーパーにて販売するというパターンも始まってきています。
海外での日本酒販売では味より香りがキーワードになっています。
お米が原料という商品特性が有る為、海外で比較されるワインに比べると香りと味のベクトルの変化がワインに比べ低い為、香りの飛び抜けた個性が大事であると思います。「何れを飲んでも同じ様に感じてしまう!」と外国の方からいわれている日本酒からの脱却の必要を感じます。
各種蔵元の商品が多く、もっと商品アイテムを搾り込む、集中して良いものを造ることが必須であると思います。基本は普通酒の割合を減らすことです。精米歩合は値段と質のバランスが良い55%が鍵というように感じます。
日本販売の極意とは!
日本人が日本人やフランス人に売るやり方は中の中で、現地の人間が現地のお客様に売るというのが上の上だと思います。これをサポートして販売する事がこれからの海外での課題となるように思います。日本人が日本人に販売する時代を早く終わらせて、フランス人が販売する時代を創造したいと思います。弊社も今、そのようなプロの養成の準備を始め、日本人が教えるのは最初の1回で、後はフランス人自らがフランス人に教える。こういったやり方が非常に効果的だと考えます。
新しい日本酒セミナー
今迄の日本酒セミナーを聞いて感じることは、「日本酒が農作物だと思わない!」話が多い事です。この造りの話に半分以上を当てていることが問題で、フランスでのセミナーでも同じです。フランスでワインの作り手さんから学ぶ事が多いのですが、土地、ぶどう、年代の話から始まり、よっぽどのプロでなければ後は試飲のみとしています。今迄の日本酒セミナーで語る時間配分はバランスが非常に悪いと感じます。最近、私が開催する場合には、まず、今年の年(とし)の話題から、お米の出来について語り、之を凌駕する技の話題に持っていきます。そして、蔵の持つ土地柄や日本酒の個性を説明しながら試飲をしてもらい、マリアージュを話すという進め方が多いです。
國酒の行き先は、「文化を育ててください。」
古川国家戦略相が今年2012年4月14日、日本酒や焼酎を「國酒」と位置づけ、
海外展開を後押しする方針を明らかにされました。日本酒や焼酎の蔵元は中小企業が多く、単独で海外に売り込むのは容易ではないです。
政府がブランド化や情報収集、海外でのPR活動に取り組み、販路を広げる支援をして頂けるとの事です。これは非常に意義のある事だと思いますし、私個人としても海外から応援していきたいと強く思います。ただ、私が今後のために國酒として心配しているのは原料、アルコール添加、焼酎の色の3点です。特に文化創造業である日本酒と焼酎のアグリカルチャーとしての文化という定義は、
- その土地と触れ合う事が文化
- 造る人が五感を使う事が文化
- 収穫を楽しむことが文化
その中で、やはり大切なのは原料です。少なくても國酒である場合はなおさらだと思います。
最後に
日本は商標法の枠組みの中で地域団体商標を導入していますが、日本の食文化と伝統を守り発展させていくのに制度として果たして十分であるのでしょうか?
また、国際的に適切に認知され得るのでしょうか?
生産基準や管理措置に裏打ちされた地理的表示制度が世界標準になりつつある時代に日本は貿易立国として世界標準とかけ離れていてよいのでしょうか?との疑問があります。
もう少し、原点である日本酒&焼酎は農産物であるというところに今一度立ち返って、またお話が出来る日を夢見て居ります。
ご清聴有り難うございました。
4.まとめ
政府は、海外輸出に向け、関税の撤廃、外国への証明書の発行、WEBページの充実などを図っており、一方、国内での酒税等の負担率は、焼酎の約半分程度の負担割合と酒税の中での税制措置による保護も限界にある。
政府が「日本酒の國酒化」を進める上で、2012年9月4日「國酒等の輸出プログラム」が公表された。そのプログラムの中では、マーケティング戦略の構築、ブランドの確立、産業の基盤強化、酒蔵ツーリズム創造による地域活性化など輸出を図るための重要な施策が並んでいる。
日本酒業界においては、蔵元の保護や販路拡大は急務であるため、迅速に施策を推し進め、オールジャパンで官・民が連携して、輸出産業として世界を席巻できるよう望む。
日本酒は、農林水産省が進める「日本食文化の無形文化遺産登録」においても保護・継承すべき文化の一翼を担っている。
日本酒は、5℃~55℃と広範囲な温度でさまざまな味を楽しめる類稀な酒である。その点に着目し、他の酒類と大きく差別化が図られるのではないかと思う。
また、味噌、醤油など日本の他の食料品の醸造技術も世界に類を見ない高い技術を持っているため、大きく醸造文化「日本の蔵」の発信といった更なる海外進出も考えられるのではないかと思う。