旅行需要は持続するのか
2012年の海外旅行人数および訪日外国人数の推計値が日本政府観光局より発表され、海外旅行人数は1,849万人と過去最高を、訪日外国人数は836.8万人と過去2番目の人数を記録した。政権交代や連日円安、株価上昇などの社会・経済環境の中で、今後の観光や旅行消費はどうなるのか。2000年以降の海外旅行人数の推移や経済統計から考えてみたい。
守屋 邦彦
目次
景気回復の期待のもと、消費刺激の手立てとは
2012年末の衆議院選挙で3年3か月ぶりに政権交代が行われた。新政権発足以降、金融緩和措置などへの期待感から円の対ドルレートは、12月の80円台前半から現在では93~94円台と円安ドル高が進んでいる。これにより、いくつかの輸出企業は為替差益により業績を上方修正し、また株価も上昇傾向にあり景気回復への期待が高まっている。
とはいえ、現段階では企業の収益増は、競争力強化に向けた投資のための内部留保に資金が回り、賃金上昇に至るまでには時間がかかると思っている人も多いだろう。実際、2000年以降の日本ではGDPは増加しても給与は減少を続け、企業の内部留保は増加している。一方、アメリカやイタリアではリーマンショックや財政危機によりGDPが下がる事態となっても平均給与は下がっていない。
先日、大手コンビニエンスストアが、従業員の所得拡大のため、内部留保を原資とした年収の引き上げを表明したが、こうした所得拡大策を国も企業も積極的に広げていくことが消費の活性化、更には経済の活性化にとって重要であろう。
2000年以降の海外旅行動向から読み取れること
こうした社会・経済環境の変化の中、近年の海外旅行人数の動向から、何が読み取れるのか。
2012年の海外旅行人数は、8月までは前年同期比+10~20%のペースで推移していたが、9月以降は中国、韓国との国際関係の影響もあり、前年同期比で韓国では最大-24.8%、中国では-31.4%と大きくマイナスに転じた。これにより、海外旅行人数全体の大きなマイナスも予想されたが、ヨーロッパやハワイ、東南アジアなど他方面が前年同期比でプラスとなり、9月以降の海外旅行人数は各月数%のマイナスにとどまった。その結果、年間では前年比+8.8%の1,849万人となり、これまで最高であった2000年の1,782万人を大きく上回った。
こうした過去の状況をみると、現在の円安傾向は歴史的にみればまだ円高といえ、また、当面現在の傾向が続いたとしても、海外旅行人数の減少につながるとは言い切れない。ただし、行きすぎた円安は、輸入原材料の上昇が家計に影響を与える懸念とともに、行き過ぎた燃料コストのアップが旅行消費へ影響する懸念も拭えない。景気回復が進めば2014年4月に予定している消費税率8%への引き上げが実施される見込みも高く、消費意欲の減退や耐久財などへの支出に一部が回る可能性もある。また、年金受給開始年齢の引き上げも、シニア層の旅行消費に対しての不安要素と考えられる。
海外旅行の年齢別の変化と行き先の変化
海外旅行人数自体は堅調な推移が見込まれるが、その構成は年々変化している。まず、海外旅行者の性・年齢別構成の推移をみると、2000年以降2012年にかけてでは20代男女の旅行者比率が大きく減少する一方で、60代男女は年々大きく増加している。2012年においても20代女性は大きなマーケットであるが、2000年ほどの割合ではない。
次に、2000年以降の主な海外旅行先の訪問者の推移をみると、韓国、台湾への2011年の入国者数は2000年を100とするとそれぞれ+33.0ポイント、+41.3ポイントと大幅に増加している。一方、ハワイ、スイスやスペイン、イギリスといったヨーロッパへの訪問者は大きく減少している。
また、海外旅行人数と可処分所得の推移をみると、可処分所得は2000年以降減少傾向だが、海外旅行人数は2009年以降増加傾向に転じている。これは特に韓国、台湾が増加に転じたことが大きな要因である。
一方、パッケージツアー利用者の旅行参加費をみると、東アジアでは減少傾向であり、可処分所得が下がっても価格が下がれば旅行消費が後押しされることがわかる。一方、ハワイやヨーロッパでは旅行参加費は横ばい~上昇傾向にある。これらの傾向から、旅行参加費用が抑えられる韓国や台湾など近場の訪問先へのシフトが進んでいることがわかる。
以上のことから、行きすぎた円安は家計、さらには旅行消費へ影響する懸念はあるものの、景気の回復が所得拡大へとつながっていけば、近場の旅行先だけではなく、ヨーロッパやハワイなどへの旅行需要も更に高まり、海外旅行人数は引き続き堅調に推移していくものと考えられる。
訪日外国人数は過去2番目。「観光立国 日本として」韓国や台湾との国際競争へ
2012年は東日本大震災と原発事故の影響から徐々に回復をみせ、6月には震災前(2010年)の同月を上回るまでに回復した。しかし、国別にみると韓国やフランス、ドイツからの訪問者は震災前の水準には回復しておらず、また、尖閣諸島国有化の影響により9月以降は大幅に中国からの訪問者数が減少した。しかし、タイ、マレーシアなど東南アジアの国々からの訪問者数の増加により、年間では2010年についで多い前年比+34.6%の836.8万人となった。一方、近隣国のインバウンドの状況をみると、2012年の訪韓旅行者数は1,114.0万人(前年比+13.7%)と一千万人を突破、また訪台旅行者数も731.1万人(前年比+20.1%)と大きく増加してきている。
世界経済フォーラムによる旅行・観光の競争力指数を日本、韓国、台湾についてみると、総合順位(Overall rank;139か国中)で日本は22位。韓国(32位)、台湾(37位)より上位にある。
日本は「規制の枠組み(T&T regulatory framework)」、「人的・文化的・自然的資源(T&T human, cultural, and natural resources)」の指標では韓国、台湾を上回っているが、交通やICTインフラといった「ビジネス・環境インフラ(T&T business environment and infrastructure)」指標では韓国、台湾をともに下回っている。更に、詳細な項目をみると、国内における観光に対する理解・受容度(規制や政策を除く)や価格競争力では韓国、台湾の競争力が高い(観光に対する受容度:日本131位、韓国120位、台湾68位/価格競争力:日本137位、韓国96位、台湾17位)。価格競争はともかく、特に各産業界や一般の人々の観光に対する理解度・受容度をより高め、観光分野においても、日本の国際競争力を高めることが必要なのではないか。
旅行関連の組織・企業の捉え方
本コラムの最後に、業界紙やHPに掲載されていた観光庁、4業界団体、16主要旅行会社トップによる今年の年頭所感で使われている言葉をテキストマイニングでまとめ、キーワードを拾ってみた。
頻度高く使用されていた名詞は以下のとおり(件数=組織 1組織で1回以上の使用で1件とする)。
「お客様(顧客)」の期待感やニーズの変化に機敏に対応できるか
今回の年頭所感で最も使用されていた言葉は「お客様(顧客)」である。「お客様」という言葉に最も強く結びついていた言葉は「変化」であった。お客様の嗜好や旅の形、流通の変化に対応し、感動や喜びをサービスや商品を通じて提供していくという言及で、観光を取り巻く環境「変化」への対応が急務と考えていることが伺える。
「経済」環境から見る旅行消費の見通し
「経済」については、各社の文章中の多くで、見通しは依然不透明であるとしているが、2012年の旅行動向が、東日本大震災からの回復に伴う需要、円高、スカイツリー開業などが後押しして、個人消費が堅調に推移したこともあり、2013年も旅行の需要や消費は根強いと予測している。時節柄、前向きな表現が多いが、その背景には、各種消費意向調査で旅行への消費意向が根強いこと、シニア消費への期待や、アジア新興国の経済成長を背景とした交流の活性化から、観光全般に関わる消費への期待が大きいことが伺える。
意外に少なかった「LCC」への言及
昨年は「LCC(格安航空会社)元年」と言われ、日系格安航空会社が就航したが、LCCについて言及した文章は21件中6件とあまり多くはなかった。当初は直販志向が強まり、旅行会社にとってメリットの享受はあまりないとされていたが、文章中では概ねLCCの拡大により、新しい客層が見込まれると前向きにとらえているようだ。実際、年末年始のLCC含む主要航空会社およびJR各社の利用人員はいずれも前年を超えていた。LCCの利用者は路線拡大と共に利用者が増え、年末年始には航空機利用者の全体の4.6%であった。時間に余裕がある層を中心に、LCCを乗り継いで国内旅行をするという想像し得なかった旅の形も広がりそうだ。今年さらに、中部国際空港と地方空港など、路線拡大の中で、交流人口の全体の拡大に期待が寄せられている。
国内経済の活性化や成長戦略として期待が高い「訪日」 グローバル化は進むか?
「訪日(インバウンド)」に関しては、観光庁、JNTO、各業界団体はすべて言及していたが、旅行各社では温度差があった。
テキストマイニングの結果から分かるように、国内経済の活性化や経済成長に訪日の需要を創出することが危急の課題であることはいうまでもない。特に今年は「日・ASEAN友好協力40周年」ということもあり、東南アジア市場への期待の大きさが伺えた。また、訪日やグローバル事業に関して既に積極的に展開を進めている企業については、アジア地域の強化について、拠点拡大などより具体的な施策をもって意思表明がなされていたことが印象的だった。
「グローバル」や「海外戦略」という言葉の使用は「訪日」より更に少なかった。すでに世界の観光産業は、日本の失われた20年の間に、グローバル化が潮流となり、世界有数の旅行会社はM&Aを経て、市場の拡大および仕入などの流通網としての拡大を図り、多国籍企業として展開している。そのような環境下で、日本を含むアジア市場に彼らのビジネスモデルを持ち込み、競争に参入している。その点からみれば、日本の旅行会社をはじめとする観光産業のグローバル化はサービス業の中でも特に遅れているといえよう。
「業界」の「発展」という言葉も多用され、業界として地域や経済の活性化に貢献し、有用性を高めたいという表現も見られた。世界経済フォーラムの指標である、「国内における観光に対する理解・受容度」を上げるという意味でも、足元のマーケットや商品サービスに留まらず、長期的かつ広い世界観で、社会における役割を見つめ直し、発信することも必要であると思われる。