【特別寄稿】世界経済フォーラム東アジア会議に参加して~社会のあらゆる人、組織を巻き込む、新しいツーリズム“Inclusive Tourism”の可能性を考える~
世界経済フォーラム(WEF)は、年間を通じその活動は幅広く、地域別、産業別にと様々な会議が世界各地で開催されている。WEF東アジア会議がミャンマーで開催されたが、同国はASEAN会議の議長国になるなど、急速な発展と共に国際社会への復帰が注目を集めている。本会議はミャンマーでは近年初めての世界中の産官学の識者が集結する国際会議であった。
日比野 健
目次
JTBグループは、2013年からWEF年次総会(ダボス会議)、続くラテンアメリカ会議へと参加をしているが、今回の東アジア会議参加の目的の1つが、WEF Travel & Tourism High Level Meeting(ツーリズム会議)への参加であり、東南アジアにおけるツーリズムの現状・課題などを把握し、今後の同地域への当社グループとしてのツーリズムを通じた貢献および事業展開に関する示唆を得ることであった。折しも2013年6月に現地の旅行会社Myanmar Polestar Travels & Toursと合弁会社「JTB POLESTAR COMPANY LIMITED」を設立し、ヤンゴン国際空港とヤンゴン市内を結ぶ空港リムジンバスの運行をミャンマー国内で初めて開始したところである。
会議への参加は、東南アジア各国が2015年のASEAN共同体の設立を見据え、一体化を急速に進め、インドや中国などとの競争を意識してグローバル化を推進していることを改めて実感できるものであった。また多くのセッションで「インクルージョン」という言葉が多用され、ツーリズム会議でも「インクルーシブ・ツーリズム」が新しい考え方として提言されたが、ミャンマーをはじめ、今後、カンボジアやラオスのような国々のツーリズム産業の発展のあり方、ひいては当社グループが推進しているDMC*という考え方について、その意義と方向性を再認識する場となった。
*DMC:デスティーネーションマネージメントカンパニーの略。豊かな地域の自然、生活、文化などの資源を活かし、ツアーやイベント、体験、輸送、そして物流などを地域のオンリーワンの価値としてデザイン、提案することに長けた専門性の高いサービスを提供する会社。JTBグループはこの考え方のもと、地域交流ビジネスを事業の柱の1つとしている。
ミャンマーの可能性とツーリズムへの期待
首都ネピドーは、21世紀にはいってから、前の軍事政権により新行政首都として建設がすすめられ、2006年に遷都され、現在も開発が続いている。大地を覆う森や農地の中に新しい世界が急に出現したという表現があてはまる都市で、広い幹線道路や、コンベンションホール、高級ホテル群と共に、ヤンゴンのシュエダゴン・パゴダを模したパゴダが並ぶ不思議な光景に、キャメロン監督の映画「アバター」が脳裏に浮かんだ。ミャンマーは軍事政権の20年間で経済成長が停滞し、貧困世帯の比率や電気・通信などの普及率においてはASEANの近隣諸国に大きく遅れを取っている。また、貧困や少数民族等の問題が影響し、4人に1人の子どもたちが中等教育を受けずに学校を離れているという現状がある。さらに、300万人ものミャンマー人がよりよい職や自由を求めて国外で生活しているそうだ。現在はテイン・セイン大統領のもと、政治改革が進められ、ASEAN第2の広大な国土、豊富な天然資源などとともに、社会インフラや教育制度の整備などが今後の成長を促す要因として注目され、世界中の企業がミャンマーへの投資、進出に積極的に取り組んでいる。
観光面においても、ミャンマーの豊かな自然や独特な文化は、デスティネーションとしての大きな可能性を秘めているといえる。同国政府も観光を経済の主要な柱として位置付けており、WEFの期間中に観光マスタープランを発表したのも、観光を重視していることの表明とも言えるだろう。
会議のキーコンセプト「インクルージョン(Inclusion)」
WEF東アジア会議全体を通して「インクルージョン」という言葉が強調されていた。これは「社会のあらゆる人、組織を巻き込み、国やコミュニティ全体として取り組む」ことを意味している。その背景には、これまでの経済活動が特定のセクターや一部の層を中心に行われてきたために、その利益や恩恵が社会の一部に偏ったり、農村と都市との間の格差が拡大したり、女性活躍の機会をむしろ逸失したりという、バランスを欠いた状況を生んできたことへの反省がある。
ミャンマーの発展に、この「インクルージョン」という考え方を導入することにより、社会全体としてのよりバランスのとれた成長が可能になるとともに、地方や農村、女性などの持つ資源やパワーが、成長の新たなエンジンとして期待できる。
Travel & Tourism High Level Meetingに参加して
6月5日、翌日のオープニングセレモニーに先立ち、東アジア会議参加の主目的であるTravel & Tourism High Level Meeting(ツーリズム会議)に参加した。当会議のテーマは“Building Myanmar’s Travel & Tourism Industry: Driving Growth and Job Creation”「ミャンマーの旅行・観光産業の育成:成長と雇用創出の牽引役として」。アジア・太平洋各国およびミャンマーのツーリズム関係者、観光大臣・閣僚等が参加し、共同議長にSimon Cooper(マリオット・アジアパシフィック社長)、Tony Fernandes(エアアジアグループCEO)、U Htay Aung(ミャンマー ホテル・観光大臣)、Sonu Schivdasani(ソネバ・リゾート創業者、社長)が並んだ。
主たる議論内容は、「ミャンマーの観光振興の課題抽出と課題解決に向けた提言」に始まり、ワークショップ形式で「継続可能な観光への道筋」、「インクルーシブ・ツーリズム:人々への投資」といったことについてであった。
ツーリズムへの期待
ツーリズムは、ASEAN域内で2,500万人の雇用を提供しており、また、他産業に比べて周辺分野への経済波及効果も大きいことから、持続的な成長のけん引役として期待が高まっている。Air Asia等のLCCが提供する運賃や新規路線は、経済発展による中間層の増加により、これまで国外への旅行など考えてもみなかったような人々や若者を旅行に駆り立てている。ミャンマーを始めとする途上国では、観光政策の目玉として観光関連インフラ(空港、道路、ホテル等)など目立つ部分の整備を、海外からの投資の誘致に加えて、ODAや国際機関の支援も探りながら積極的に進めようとしている。一方、二次交通、ランドオペレーション、ガイドなど、ツーリズムの振興や品質維持・向上のために必要な、しかし目につきにくい分野への対応は、民間任せで後回しになっている。また、ガイド、ホテルスタッフ等の観光人材の育成が追い付いていないことも課題ともいえよう。実感高まるASEANの一体化・統合
会議に先立ち、インドネシア、カンボジア、フィリピン、タイ、ミャンマー各国間における「スマート・ツーリズム」の導入に関する合意書署名式典が行われた。ASEANは、現在参加国間の国境の壁を低める方向で動き出している。その象徴ともいえるのが、1つは2015年のASEAN経済共同体の設立であり、もう1つはT & T High Level Meetingの目玉のひとつとなった「スマート・ツーリズム」の導入である。
「スマート・ツーリズム」の第一段階は、ASEAN各国相互ビザ免除により域内の人的交流の拡大であるが、次の段階では、ASEANのうち1国へのビザを取得した域外からの旅行者は、他のASEAN諸国にも入国できるという、欧州のシェンゲン条約と同じような仕組を想定している。
一方、現在建設中のインド・ミャンマー・タイ間の高速道路が2015~6年頃までには開通の見通しという。インドと国境を接しているミャンマーはいずれインドとインドシナ半島との国々との連携に地政学的に重要な役割を果たすようになるであろう。ビザや入国審査の簡素化に向けた相互協力やインフラの拡張により、人流、物流の両面においても、ASEANの一体化は着実に進んでいる。当該地域への事業拡大は、日本と「対各国間」との関係に加え、共同体として「対ASEAN」を意識する必要性を再認識した。
「インクルージョン(Inclusion)」と「持続可能性(Sustainable)」
前述のとおり、「インクルージョン」という言葉が「社会のあらゆる人、組織を巻き込み、国やコミュニティ全体として取り組む」という意を持って、今回の会議で頻繁に使われたことが非常に印象的だったのだが、ツーリズム会議では”Inclusive Tourism(インクルーシブ・ツーリズム)”という考え方が新たな観光振興のあり方として提言された。「インクルーシブ・ツーリズム」とは一般的には障がい者を排除しないで包括する、ユニバーサルデザインともいえるツーリズムとして知られている。しかしながら本会議では、観光振興が一部の地域や観光従事者だけに利益や恩恵が偏ることなく、地域やコミュニティ全体、農業などの他産業の従事者を巻き込み、さらに女性の社会進出の支援を促すべきという意味で、インクルーシブ・ツーリズムの重要性が説かれていた。この考え方は、まさに当社グループが推進しているDMCの考え方そのものだと、大いに共感を得た。
また「持続可能性」については、従来の観光地だけでなく、コミュニティでの体験などを通じて地域のナマの文化に触れる観光プログラムを開発し、そこに地域の観光関係者以外の住民を巻き込んでいくことの必要性が論じられた。
しかしながら、「コミュニティーツーリズムが大切」という総論はあるが、ミャンマー以外の東南アジアの国々も、ユニークで豊富な観光資源(自然、歴史、文化)をまだまだ生かし切っていないように感じる。従って、地域の観光資源を生かした観光商品開発が必要となり、当社グループが主張し、実践しているDMC機能が必要なのである。特に、シンガポール、タイ、マレーシア以外はデスティネーションマーケティングの余地が大きいのではないか。
WEF東アジア会議最終日にPACI-ATT Strategic Dialogue Seriesというセッションに参加した。WEFは、経済成長や国際競争力に悪影響を及ぼす汚職の撲滅に戦略的に取り組むことを宣言しているが、手始めに他産業に比べて汚職の可能性が低いと思われる航空・観光分野をモデルに、具体的な検討を行うための会議が開催された。まだ、ブレーンストーミングの段階であり、今後、何回かのミーティングを経て枠組み案を作り、2014年のダボス会議で提言するという計画である。ホテルの開発、航空機の営業、空港の運営等は、汚職の可能性が比較的高いという共通認識を持つ一方、「寄付」と「賄賂」の線引きや、汚職が根付いた社会がもつ慣性力を止めることの難しさなどが挙げられた。ファムツアーもある意味では「賄賂」ではないか、との指摘もあった。「営業・プロモーション」と「汚職・賄賂」との線引きは、これから産業を育成しようとする国での問題のみならず、訪日旅客数を拡大し、世界からの観光客を呼び寄せようとしている日本においてでも、意識しなければならない課題である。
最後に
ツーリズム会議への参加を通して、高い投資対効果が期待でき、雇用創出力の高いツーリズム産業は、ASEAN諸国の成長の柱として世界中から注目されていることを再認識した。しかしながら一方で、会議翌日に、共同議長たちが、旅行・観光分野以外の参加者に、持続可能な観光開発・振興についてポイントを共有したのだが、その多くが、観光インフラ整備や航空路線の話が中心で、観光人材開発以外のツーリズムのソフト部分への言及がほとんどなかった点には少々落胆した。その観光人材開発の話も、ホテル中間管理職育成の話が中心で、旅行会社やガイド、地域の観光振興などに携わる人材育成は、あまり具体化していない印象をもった。とはいうものの、ミャンマーが、約20年間の停滞期間を経て、旅行・ツーリズム産業をほとんど白紙状態から成長させようとしている今日において、インフラやICTの整備だけに注視するのではなく、生活者が犠牲を強いられることなく、コミュニティ全体で生活を守りながら取り組む「インクルーシブ・ツーリズム」の必要性について議論がなされたことは評価できると考える。ミャンマーがDMCの概念を取り込み、これまでの新興国とはひと味違う、今後の観光振興の先がけとなるような「明るいモデル」として発展することを願わずにはいられない。
(参考)会議概要
(1)開催日: | 2013年6月5日~7日 |
(2)開催地: | ミャンマー ネピドー市(首都) |
(3)会議のテーマ: | “Courageous Transformation for Inclusion and Integration” 「インクルージョンとASEAN統合へ向けた勇気ある変革」 |
(4)参加者: | ミャンマー、タイ、ベトナム、カンボジア、インドネシア、シンガポール、フィリピン、香港、インド、オーストラリア、米国、日本等の経済・政治・社会分野のリーダー約1,000名 |
(5)主な参加者: | ミャンマー大統領、フィリピン大統領、ベトナム首相、ラオス首相、タイ副首相、ブレア英国前首相、UNCTAD事務総長、UNDP総裁、アウン・サン・スーチー氏、PATAクレイグCEO、エアアジア フェルナンデスCEO、ジュメイラグループ社長、マリオット・アジアパシフィック社長、ICTPリップマン会長 (参考 日本からの主な参加者) 三菱商事小島会長(会議の副議長)、竹中平蔵 慶応大学教授、グロービス堀社長、カゴメ渡辺常務、JICA荒川副理事長、GEアジアパシフィック熊谷社長、全日空 芝田アジア戦略部長、品川女子学院 漆校長 |
(6)参加セッション: (抜粋) |
【6月6日】 ●Vision for East Asia’s Networked Future ●Myanmar: What Future ●Mapping Risks: An East Asia Context(ワークショップ)【6月7日】 ●Private Meeting with President Thein Sein ●Chasing the Next Big Idea ●A Blueprint for Sustainable Tourism ●PACI-ATT Strategic Dialogue Series【セッション以外の1対1対談】 ●インドネシア Pangestu観光・創造的経済大臣 |