ツーリズムの視点で「ロングステイ」を概観する ~滞在型観光により、国内地域活性化を~
ロングステイはシニアだけではなく、新しいライフスタイルを考える若い30代~40代の層が関心を持つことで最近マスコミに取り上げられることが多い。そして既に海外ではロングステイ関連企業群がグローバル産業に拡大しつつある。本コラムでは、ロングステイマーケットの現状分析に加え、グローバルロングステイ産業について考察する。
古川 彰洋 一般財団法人 ロングステイ財団 事業部長
目次
ロングステイはシニアだけではなく、新しいライフスタイルを考える若い30代~40代の層が関心を持つことで最近マスコミに取り上げられることが多い。1980年代バブル絶頂期に、スペインやハワイ、オーストラリア等海外移住やそのための不動産視察ツアーが流行した時代があった。それから30年余りが経ち、東日本大震災を経験した日本人は、海外はもちろん国内のロングステイを検討するようになった。
滞在して住み暮らするのだから観光とは似ているようで異なる。よって旅行会社はもちろん、各国観光局もほとんどがしり込みする分野である。なぜなら、住み暮らすための情報は観光で要求されるものとは異なるからである。たとえば、宿泊施設の問い合わせはホテルではなくコンドミニアム・アパートがメインになり、また、医療や治安、言葉が三大心配事である。
近年、日本人のロングステイのマーケットは拡大している。団塊世代の完全退職と東日本大震災以降の日本人のアイデンティティとライフスタイルの見直しがロングステイを後押ししている。そして既に海外ではロングステイ関連企業群がグローバル産業に拡大しつつある。特に、ASEANを中心にアジアの経済成長が進む一方で、高齢化を見据え、ロングステイ産業が拡大していくことが予見される。
筆者がロングステイ財団(以下財団)の中で最もマーケットに近い場に身を置き半年が経過した。本寄稿がビジネスヒントとなれば幸いだ。
1.ロングステイの歴史とロングステイ財団の活動
「ロングステイ」という言葉は当財団による造語で、以下のように定義している(注1)
海外:生活の主たる源泉を日本に置きながら海外の一箇所に比較的 長く滞在し(2週間以上)その国の文化や生活に触れ、現地社会での貢献を通じて国際親善に寄与する海外滞在型余暇
国内:主たる生活の拠点のほかに、日本国内の他の地域にて比較的長く(一週間以上)あるいは繰り返し滞在し、その滞在地域のルールを遵守しつつ地域文化とのふれあいや住民との交流を深めながら滞在するライフスタイル
ロングステイは英語にはない造語であるが、この言葉を用い、今から21年前の1992年に、当財団は日本発の海外滞在型余暇を進め始めた。その直前に通産省が推進した「シルバーコロンビア計画」も海外滞在型余暇を推進するものであったが、海外移住に重きを置いたためにアメリカやオーストラリアから「老人まで輸出するのか」と不当な批判を浴び、国内のマスコミもそれに追随した。以来、移民・移住ではなく観光でもなく、日本に主たる生活の拠点を置きながら海外に余暇で長期滞在するロングステイを財団は経産省とともに進めてきた。その後ロングステイ・ツーリズムとして、新しい海外観光のスタイルとしても紹介されたり(注2)、長期滞在型旅行との比較で類型化が図られてきた(注3)。ロングステイの歴史は当財団の歴史と言ってよいだろう。
当財団は、ロングステイ普及のため日本や海外でフェアやセミナーを開催するほか、ロングステイメンバーズ会員を組織してロングステイヤー育成のため情報提供してきた。また、ロングステイアドバイザー講習は、滞在国の慣習文化を尊重し、消費活動以外の貢献を意識しながらロングステイを満喫できるような「優良なロングステイ」を広める人材を養成するもので、延べ1,000人、現在約300人が登録ロングステイアドバイザーとして活躍している。旅行会社の他、ファイナンシャルプランナーや留学専門家が受験しているが、ライフスタイルの提案が必要だと考えているからだろう。
今年8回目を迎えたロングステイフェア(2013年11月2日開催)は、この種のものとしては日本最大のイベントで、シニアに加え、20代~40代の家族・夫婦等ロングステイに関心を持つ人たちで賑わった。一般向けセミナーは、政府観光局や事業者が実施するものを財団が共催・後援するもので、年間に約2万人が参加しているほか、財団独自主催のロングステイカフェも今年から小規模ながらはじめた。そして本年4月、一連の公益法人改革により一般財団法人として財団が運営されることとなった。
2.海外ロングステイのマーケット
当財団の調査統計2013によると海外での長期滞在旅行者は147万人と推計され、過去30年で約6割増加している(図1)。
また、ロングステイを希望する国はマレーシアが7年連続1位。ベスト10にアジアの国が6か国が入っており、「安近暖」安くて近くて暖かい国・地域の滞在を好む傾向になっている。20年前はハワイ、カナダ、オーストラリアが上位1位であり、大きく変化したといえよう。これは、シニアはロングステイするのに年金が主たる収入源であるので、昨今の年金の減額からより生活費の安いアジアへ人気が移っているといえる。また、観光旅行で行きたい国と異なるのは、一過性の観光とは違い、住民らしく生活するのでその選択軸が違うからである(図2)。 ロングステイヤーは、海外に関心をもつアクティブな退職前後の50代~70代夫婦が多い。加えて30代~40代の家族が子女教育のためにマレーシアを訪れる他、女性のおひとり様ロングステイも増えている。ロングステイの最大の目的は、老後ゆったりと質の高い生活をすることであるが、現地での観光や学びの希望も多い。例えば、クアラルンプールを基地にして近隣諸国に安いLCCを活用し観光をする人がいる。その国の文化や語学を学んだり、現地で交流するニーズも多い。バリでの舞踊学習、セブへ語学留学、チェンマイへ日本語ボランティアなどと目的も多様化している。
ロングステイの効用の1つに、世界の人々や文化と接しグローバリゼーションに興味を持つことがある。何よりも自己啓発になり交流範囲も広がるということがあると聞く。確かに、今までの会社生活の延長で元同僚との交流で同じネットワークの中で暮らすことなく新しい交流を深めることは、刺激的で、退職後の新生活の区切りにもなることだろう。
滞在費用は、10万~15万の年金の範囲で十分おさまらせたいとの希望が多いが、実際に使った費用は5万~10万という兵のロングステイヤーも存在する。
海外で暮らす不安3大要素は医療、治安、言葉である。医療はアジアでのメディカルツーリズムの急速な発展で安心して受けられるし、治安も経験者へのヒアリングでは問題なかったという回答が多い。対日感情のいい国が滞在国として多いからだと思われる。言葉の問題も日本でもネットで割安に学習できる環境が整いつつあるし、現地の語学学校を日本とは違い低廉な価格で最初に利用することで解消できる(図3)。
3.産業としての海外のロングステイマーケット
ロングステイの推進には政府の政策が欠かせない。海外から富裕層を取り込み経済や交流を活性化しようと動いているマレーシア、タイ、フィリピン等ASEAN諸国を見ると理解できる。なぜマレーシアが人気NO.1なのか。それはマレーシア政府が観光省に大きな予算をつけて、ロングステイ査証により中国や日本等世界の富裕層の誘致に努めているからである。マレーシア政府のMM2H(マイマレーシアセカンドホームの略で、一定以上の資産を持つ富裕層が10年間滞在可能なロングステイ誘致のための査証制度)の査証取得数は一昨年から日本人が世界でNO. 1である。この査証は55歳以上では約1050万円を持って一か月35万円以上の収入があると10年間自由に出入国できる。成長著しいマレーシアで投資、資金運用することも視野に、日本の物価の3分の一と言われるマレーシアでロングステイする。国際教育をさせたい若い家族にとっても大いに魅力的だ。
フィリピンは退職庁の管轄下で退職者ビザによるロングステイの振興を進めてきたが、最近は英語教師のレベルが世界一高いが割安であることが高じて、韓国からの語学留学が多い。日本からもグローバル人材の養成のために企業が送り込んでいるし、個人で行くロングステイヤーも増えている。
タイ政府は1998年からロングステイビザを発給し、ロングステイ法を2001年制定して、査証制度の整備や受入のためのワンストップサービスセンターを設置してロングステイ拡大により外貨獲得をしようしてきていた。今年5月にはタイのインラック首相と弊財団の理事長がロングステイ誘致で意見交換をしたのは、海外各国のロングステイヤーの誘致による経済活性化への大きな期待による。
オーストラリアは、500万豪ドルがあればだれでも移住できる査証など、超富裕層の誘致もための査証をいくつか用意している。
次に、ロングステイに携わる事業者はだれかである。日本国内は送り込む側として、情報提供や滞在先や語学学校の手配をする事業者としてロングステイ専業会社や旅行業者がある。しかし、その国での生活情報の発信は日本の広告代理店や旅行業者が得意とするところではなく、既存ビジネスモデルの旅行業者や広告代理店はキープレイヤーになり得ていない。一方、着地側である海外の滞在施設のコンドミニアムの売買・賃貸業者、ロングステイヤー施設、ビザ取得代行業者、語学学校・大学が積極的に事業化している。また、長い滞在となるので病院も関心が高い。海外のメディカルツーリズムのターゲットは日本人ロングステイヤーである。他に、長期滞在なので地元のスーパーや食料品店、外食産業、あるいはスポーツや趣味に関連する事業者などへの経済波及効果も期待できるが、さらにLCCなどを活用して気軽に行ける範囲の観光地の観光業、交通インフラにも効果が期待できる。活動範囲が観光客より時間軸でも空間軸でも広いので及ぶ範囲は大きいと言える。
4.国内およびインバウンドのロングステイマーケット
日本人の国内ロングステイは、東日本大震災以降財団への問い合わせが増えてきた。2013年の調査では国内での希望都道府県は以下の通りで、沖縄、北海道、京都がベスト3、そのあとに常連の長野が続き、東京、神奈川が順位を上げている(図4)。
これは、国内でのロングステイの希望条件のNo.1が気候であることと関連する。今夏は特に暑かったし、また竜巻や暴風雨等天候が不順であるので、避寒避暑目的でのロングステイヤーが多くなっていこう。(図5) 沖縄ではリゾートマンションを購入する人が増えているが、実際滞在するのは年に1~2週間という人が多く、不在の間賃貸に出すビジネスも順調と聞く。暮らすのでキッチンが付いた宿泊施設、即ちマンション、アパート、一軒家の希望が多いが、温泉付き旅館に対する要望も多い。ゆったりと自炊しながら温泉でゆったり、健康回復やリハビリに努めるヘルスツーリズムを希望する人も多いと考えられる(図6)。 今後は、日本国内におけるロングステイ・ツーリズムは、日本人対象と訪日客対象のインバウンドと両輪で考えることが重要になってくる。1つの好事例として北海道のニセコがあげられる。雪質が気に入ったオーストラリア人が倶知安町にコンドミニアムを購入して一躍有名になった。冬にスキーでロングステイする外国人は多いが、それ以外の期間はほとんど来ない。そこであいた時期に借りあげたコンドミニアムを日本人に賃貸に出すビジネスモデルが誕生し、現在ニセコに13程度のマネジメント会社がある。倶知安町観光協会では、今夏昨年の400組を上回る約500組日本人が平均1か月半避暑のために滞在したという。その間、広域観光圏の着地型ツアーを催したり、地元やロングステイヤーの交流会をしたり、倶知安観光協会はおもてなしに奔走した。その努力が着実に実りつつあり、インバウンドだけでなく、日本人のロングステイ・ツーリズムで地元が活性化しつつある。5.グローバル産業への期待
拡大する海外ロングステイマーケットともに国内のロングステイあるいはインバウンドマーケットは今後新しい産業になることが予見できる。ロングステイによる経済活性化は、発展途上あるいはこれから発展する国にとってツーリズム産業と同等以上に経済効果がある。欧米人のツーリストは滞在日数が多く一日当たりの消費単価は少なくてもトータルでは日本人のそれを凌駕するというデータが出ている。また、ロングステイヤーになれば、家を買ったり車を買うこともする。もちろん電気製品やその他も生活用品も買う。長い滞在で外国人が消費する金額は大きい。
また、日本にとっては政治的にも重要なASEAN諸国は距離的にも一番往来が多く期待できる場所である。ロングステイにより日本と40周年を迎えたASEANの経済活性化だけではなく、民間レベルの友好がさらに広がっていくことが期待できる。
今後、LCCがさらに拡大していくと人的移動はさらに拡大していく。自らの国のだけに留まることなく「住んでもよし」のところに移動するための与件は下がるので、さらにロングステイ産業はグローバルに展開する産業となり大いに拡大するだろう。
また、学生や若者のロングステイは、留学・ワーキングホリデー・インターンシップになるが、若い日本人の内向き志向、特に男性のそれが気にかかる。グローバルに活躍して相手も文化を理解できる日本人の養成に文部科学省も乗り出しているので、その親世代のロングステイヤーをグローバルに送り出してきた財団のこれからの役割はさらに大きくなろう。
6.グローバルロングステイ産業への課題
最も重要なことは、インバウンド・ロングステイ振興のための国の政策、制度である。国の取り組みは喫緊の課題である。訪日外国人観光客についての査証が徐々に緩和されつつあるが、前述のようにロングステイヤーに対する査証の政策はほとんどない。
また、宿泊業界にはホテルや旅館で高級なものから低廉なものまで多くあるが、外国ロングステイヤー向けのキッチンのついたサービスアパートメント、コンドミニアム、アパートなどの宿泊インフラは、欧米と比較すると多様ではない。56年前ぶりの2020年東京五輪を前に長期滞在するインフラ整備が必須になろう。宿泊事業者は、ロングステイヤーの長期滞在に耐えうるハードとソフトの構築が課題である。最低一週間以上の低廉な料金が必要になるし、サービスをしないことも需要なおもてなしだと考える発想が必要だ。
ホテルや旅館、バスや電車、ショッピングなどの観光施設での接触では本当のふれあいは生まれにくいが、暮らすとロングステイではまさにふれあいそのものが実現できる。昨今の近隣諸国との摩擦を回避するためにも文化的社会的側面からの効果が観光旅行より絶大に大きいと考えられる。一人でも多くにインバウンドロングステイヤーが日本に来て暮らしてもらえるように、国の総合的な政策とそれを補足する自治体それぞれの特性を生かした「暮らす」コンテンツ開発とPR、国民一人一人の積極的な「おもてなし」が求められている。
- 注1 ロングステイ ロングステイ財団の登録商標
- 注2 ロングステイツーリズム 小野真由美 山下晋司編『観光文化学』新曜社2007
- 注3 長期滞在型旅行における誘因の考察『地域政策研究』(高崎経済大学地域政策学会)2012
■参考文献
ロングステイ財団 ロングステイ調査統計2007~2013