国連防災世界会議と観光危機管理<第2回>
「安心・安全なリゾート沖縄」をめざす沖縄県の取組み(観光危機管理事業)

沖縄県は、県経済における観光の比重が最も高く、観光がまさに「リーディング産業」と位置づけられている。このような観光産業の重要性を背景に、東日本大震災をきっかけとして、その観光を支える観光客と観光産業を危機や災害から守るため、本格的に「観光危機管理」の取り組みに着手した。これまで同県が推進してきた観光危機管理事業の概要を紹介する。

髙松 正人

髙松 正人 客員研究員
観光レジリエンス研究所 代表

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目次

沖縄県は、日本の都道府県の中でも、県経済における観光の比重が最も高く、観光がまさに「リーディング産業」と位置づけられている県だ。このような観光産業の重要性を背景に、同県は、東日本大震災をきっかけとして、その観光を支える観光客と観光産業を危機や災害から守るため、本格的に「観光危機管理」の取り組みに着手した。
今回のコラムでは、過去4年間にわたり同県が推進してきた観光危機管理事業の概要をご紹介し、各地域において観光分野の危機管理を進める上での参考にしていただきたい。なお、この取組は、3月14~18日に仙台で開催された「第3回国連防災世界会議」の関連イベントの中でも紹介される。

観光は沖縄のリーディング産業

「青い海、青い空」をシンボルに、豊かな観光資源に恵まれたリゾート県、沖縄。観光は沖縄県のリーディング産業である。1972年に56万人であった沖縄への観光客数は、2014年には706万人と40年余りの間に12倍強の成長を遂げた。県内の観光収入は4,576億円と県内総生産の12%を占め、約8万人が観光関連の仕事に従事、県内雇用の12%を観光が創出している。

県は、入域観光客1,000万人を目標として掲げ、さまざまな観光振興施策を強力に推進している。また、近年増加の著しい外国人観光客は、昨年89万人を数え、今年は100万人の大台に乗ることがほぼ確実視されている。

沖縄の観光が抱えるリスク

沖縄は、年に何回も大型台風が接近・上陸する台風常襲地域にあり、暴風による観光施設への被害や、航空や陸上交通が長時間運休し観光客が帰宅困難に陥る状況がしばしば発生している。本土に比べると地震の発生回数は少ないものの、過去には大津波で石垣島全体の4割が浸水し、県内で1万人以上が死亡した記録も残っている。

県内で発生する危機だけでなく、2001年の米国同時多発テロ、2003年のSARS、東日本大震災など、県外で発生した事件や災害の影響で、観光客の予約が大量にキャンセルされ、その後も観光客が大幅に減少するなど、観光産業が大きな損失を被った経験もある。

災害や危機により、観光客はさまざまなリスクにさらされる。沖縄では観光客、とりわけ外国人観光客の増加が著しいが、この喜ばしい状況は、翻ってみれば、ひとたび危機が発生すると、より多くの観光客が影響を受ける可能性があるということにもなる。

危機によって観光客が減少すると、県内の観光産業の業績が急激に悪化し、そこで働く従業員、さらにその家族に深刻な影響が及ぶこともある。観光客減少の影響は旅行・観光産業にとどまらず、ホテル等に食材を供給している農水産業や流通業にまで広がる。

21世紀に入り、さまざまな災害や危機を目の当たりにしてきた人々は、観光地や宿泊施設を選ぶ際に、安全性を重視するようになってきた。とりわけ、修学旅行や大型団体などでは、安全な観光地、観光施設であることは最も重要な条件となっている。
観光地の側からすると、「安全・安心」な観光地であることが、観光地としてのブランド価値や競争力を高めるために、より重要な要素となってきたのである。

観光危機管理事業の立ち上げ

沖縄県が観光危機管理に本格的に取り組むようになったきっかけは、東日本大震災であった。被災地の様子を見て、「これは他人ごとではない。海に囲まれた沖縄でもありうることだ」との思いから、当時の県観光政策統括監、下地芳郎(現琉球大学教授)が動いた。筆者は、震災から1か月後の2011年4月に下地を沖縄県庁に尋ね、「沖縄の観光地における災害時の危機管理について」と題したメモをもとに、観光分野の危機管理の必要性を議論した。下地はただちに関係者に働きかけ、6月補正で観光危機管理モデル事業の予算を確保、同年秋には事業を立ち上げ、その業務を当社が受託した。

観光危機管理モデル事業

下地の熱い思いが形となって実施されたこの事業は、「安心・安全な沖縄の観光」の実現をめざす3か年のモデル事業であった。事業には、実態調査、先進地調査、地域支援、海抜表示・誘導看板の設置、指導者育成などの項目が含まれる。以下では、それらの概要を紹介する。

    1. 実態調査
      県内の市町村、観光協会、観光関連事業者等を対象に、観光危機管理に関する定期的なアンケート調査を行った。
      アンケート結果から明らかになってきたことは、県内の市町村や観光関連事業者が、台風と火災への防災・減災対応はある程度できているものの、地震・津波への備えは必ずしも十分でないこと、危機発生時の外国人対応に関する課題が多くあることなどである。また、危機時の避難誘導計画やマニュアルがあっても、それを実行できる職員が一部だけに限られるという回答も多かった。
      こうした調査結果を踏まえ、その後の事業は、地震・津波からの観光客の避難誘導、および外国人観光客や国内外への情報発信を中心とした内容となった。
    2. 先進地調査
      沖縄県としての観光危機管理対策を検討する上で、先進地の取り組みを参考にするため、タイのプーケット、オーストラリア、ハワイなどでの現地視察調査を行った。プーケットでは、2004年のインド洋津波当時に最前線で観光客の対応を行ったホテル関係者、病院、観光協会等から、当時の状況や被災した観光客への対応などをヒアリングするとともに、プーケット県庁で観光復興とその後の防災対応に関する説明を受けた。
      オーストラリアでは、世界観光機関(UNWTO)主催の「観光と危機管理の統合に関する国際フォーラム」に参加し、同国の国、州、民間事業者等の連携による総合的な観光防災の体制づくり学ぶとともに、沖縄での取組を紹介し、会議参加者から数々の貴重な助言をいただいた。
      ハワイでは、ハワイ観光局(HTA)やホノルル市危機管理局、太平洋災害センターなどさまざまは機関・団体を訪問・視察した。ハワイ州政府と観光局、民間事業者の防災担当者の普段からの連携と、危機・災害発生時の対策本部の機能と役割、さらに危機発生に備えた運用訓練などに関する、貴重な学びの機会となった。

      ハワイ観光局でのヒアリング

      これらの調査結果は、現在策定中の「沖縄県観光危機管理基本計画」や「同実行計画」にさまざまな形で反映されている。
  1. 地域支援
    地域支援は、本事業のひとつの目玉となる取組である。各年度数か所の観光地域(必ずしも市町村単位とは限らない)を選定、専門家を派遣して、ワークショップ形式で、その地域の状況や観光特性にあった危機発生時の避難誘導計画や、コミュニケーション(危機時の情報収集・発信)計画を検討した。ワークショップには、地元市町村の観光及び防災担当者、観光協会、観光関連事業者が参加し、安全確実な避難誘導方法を議論するとともに、避難ルートを実際に歩いて、地図上で検討したルートの安全性・実用性を確認するなどした。

    ワークショップの様子

    観光危機管理の計画を検討する際に重要なことは、ピーク時の最大人数を正確に想定し、その人数がいるときに危機や災害が発生しても対応できるようにする、言い換えれば「想定外」を作らないことである。ワークショップの参加者は、地域で発生する可能性のある危機の洗い出しと、観光のピーク時やイベント開催時に、いつ、どこに、何人の観光客がいるかの想定を課題として与えられる。これが意外に難しい。○○まつりの5日間に、合計2万人の来場者がある、ということはすぐにわかるが、「では、そのまつりの期間中のどの日の何時ごろ、一番たくさんの人がいるのか?それは何人か?」と具体的に想定しようとすると、答えがなかなか見つからないことが多い。ピーク時の人数がわかれば、あとは、その人たちをどこに避難させるか、どのルートを通って避難させるか、だれが誘導するか、自分の足で素早く避難できない人を、だれがどのように手伝うか、などを順に検討していけば、基本的な避難計画が徐々にまとまってくる。しかし、時には議論が息詰まることがあった。たとえば、ビーチで1万人以上の人が集まる花火大会の最中に地震が発生し、30分で最大10mの津波の第一波が到達することを前提に避難誘導方法を検討したとき、時間内に全員を津波から安全な場所に避難させることが難しいことがわかり、議論が止まってしまった。また、避難場所である山側の高台に誘導しようとしても、その間に幅が広く交通量の多い幹線道路があり、どのようにしたら避難する観光客を安全に横断させられるかの解決法が見つからないこともあった。このようにワークショップの中で答えが出ないことも、実は「成果」である。つまり、現在の場所で現在の規模でイベントを開催している限り、そこにいる何千名の安全が確保しきれないという事実が、ワークショップを通じて初めて明らかにされたのだ。これを機に、開催場所の安全面でのインフラを強化する、災害時を想定して避難誘導体制を増強する、開催場所をもっと安全なところに変更するなど、抜本的な対策を検討することができるからである。
  2. 海抜表示・誘導看板
    その土地になじみのない観光客にとって、津波からの避難の際に自分が海からどのくらいの高さにいるのかを知るのは難しい。観光客でも、自分がどのくらいの海抜にいるのかが一目でわかるよう、県内の主要観光地や観光施設内に海抜表示を設置した。海抜5mまでは赤、5mから20mは黄色、20m以上は青と色分けし、海抜表示の色で津波からの危険度が直感的にわかるようにした。海抜表示を設置すると、「ここは海抜が低く、津波のときは危ないということはわかるが、では、どちらに避難したらいいかが海抜表示だけではわからない」という声を受けて、現在では、海抜表示に避難場所の方向と距離を示す誘導標識を併設するようにしている。

    海抜表示の例

  3. リーダー育成
    観光危機管理の取組を全県に広めるためには、この分野のリーダーを養成し、県内各地の官、民の分野で観光危機管理体制づくりを率先垂範する必要があるとの考えから、本事業の一環として観光危機管理指導者研修を実施した。参加したのは、県内のホテル、観光コンベンションビューロー、旅行会社、コンサルタントなどさまざまな分野から11名。講師は、フロリダ大学観光危機管理研究所から二人の研究者を招聘した。

    観光危機管理指導者研修の修了者たち

    受講者は、観光危機管理の基礎から始まり、危機の影響を軽減する「減災」の方策、危機発生時に迅速かつ的確に対応できるための「備え」、具体的な観光危機時の対応、そして観光の危機からの回復を早めるための手立てなどを、5日間かけてみっちり学んだ。 研修後は、それぞれの立場で観光危機管理のリーダーとして活躍している。

次のステップに向けて

2011年からの3年間の「観光危機管理モデル事業」を通じて、ここにご紹介したような個別具体的な対応は進んできたが、観光危機管理は住民の防災のように法的な根拠(災害対策基本法)や、観光振興のように施策の根拠となる計画(沖縄県観光振興計画)がないため、将来にわたり継続的に施策を実施する保証がなかった。そこで沖縄県は、2014年度に「沖縄県観光危機管理基本計画」、2015年度に「同実行計画」を策定し、これらの計画にもとづき、県内の市町村や観光関連事業者の観光危機管理に対する取組を促進することとした。都道府県が観光危機管理に関する総合的な計画を策定するのは、全国でも初めてであり、また、これは国連防災戦略事務局が推進している「国・地方レベルの総合的な防災計画に観光分野を取り込む」という方針を先取りする画期的な計画である。

「沖縄県観光危機管理基本計画」の概要は、次回のコラムでご紹介することとしたい。