国連防災世界会議と観光危機管理<第3回>

第3回国連防災世界会議が3月14日から18日まで仙台で開催された。国連防災世界会議は、10年に1回行われ、世界各国政府の防災責任者・担当者が一堂に集って、今後の世界の防災の取り組みの方向性や枠組みなどを話し合う場である。今回、初めて「観光分野の防災」の重要性が国連に認められたこの会議の意義について報告したい。

髙松 正人

髙松 正人 客員研究員
観光レジリエンス研究所 代表

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第3回国連防災世界会議が3月14日から18日まで仙台で開催された。
同会議では、4年前に国連防災戦略事務局(UNISDR)の中に、「災害リスク低減に係わる民間分野パートナーシップ(DRR-PSP)」という組織が設置され、今回から政府関係者以外に民間企業や非営利・非政府団体なども会議への参加が正式に認められたことが注目されるが、JTB総合研究所も昨年正式にDRR-PSPのメンバーとなり、会議の準備段階から参画した。初めて「観光分野の防災」の重要性が国連に認められたこの会議の意義について報告したい。

第3回国連防災世界会議が3月14日から18日まで仙台で開催された。10年に1回のこの会議には、主催者である国連からバン・ギムン事務総長やウォルストローム事務総長特別代表(防災担当)、日本政府から安倍首相と会議の議長を務めた山谷防災担当大臣の他、187の国連加盟国から首脳や防災担当の大臣、担当者など6,500人以上が参加した。同時に開催されたパブリックフォーラムを合わせると、延べ15万人以上が参加し、日本における今年最大規模の国際会議となった。

国連防災世界会議は、世界各国政府の防災責任者・担当者が一堂に集って、今後の世界の防災の取り組みの方向性や枠組みなどを話し合う場である。今回の会議の主な目的は、神戸で2005年に開催された前回会議で採択された「兵庫行動枠組」の成果と反省を踏まえて、今後15年間の世界の防災の指針となる「仙台防災枠組2015-2030」を検討・決定することにあった。その一方で、災害への対応は、いろいろな意味で官民の連携が不可欠であることから、4年前に国連防災戦略事務局(UNISDR)の中に、「災害リスク低減に係わる民間分野パートナーシップ(DRR-PSP)」という組織が設置され、今回から政府関係者以外に民間企業や非営利・非政府団体なども会議への参加が正式に認められた。

写真:世界のDRR-PSPメンバー(ウォルストローム事務総長特別代表を囲んで)

【個別テーマで「観光分野の防災」が初めて取り上げられる】

DRR-PSPは世界37か国の防災に係わる95の企業・団体(2015年2月現在)で構成されているが、昨年、当社(JTB総合研究所)も旅行・観光業界唯一のメンバーとして参加が承認され、今回の会議の準備を含めた活動に参画した。当社がDRR-PSPメンバーとなり、ことあるごとに観光分野での防災の重要性を謳ったこともあり、UNISDRの官民連携に関する活動方針の中に“Tourism”分野が加えられ、また、今回の仙台での会議の個別テーマの一つに「観光分野の防災」が初めて取り上げられた。世界の観光が急速に成長し、国によっては国全体のGDPの3分の1を観光関連産業が生み出し、また、世界の雇用の11人に1人が観光関連であることから、経済や雇用にとりわけ大きな影響を与えること、それゆえに観光分野の防災が重要であることが国連において認識された結果である。

写真:国連防災世界会議「観光分野の防災」セッション


「観光分野の防災」セッションでは、ドイツ政府代表の基調講演に引き続き、世界の観光分野で防災・危機管理を担当する専門家によるパネルディスカッションが行われた。
冒頭、UNWTO(世界観光機関)の危機管理専門官ダーク・グラッサー氏が、「観光は災害・危機のリスクの最も集中する産業である。なぜなら、観光はさまざまな要素から成り立っている、この世で最も複雑な「商品」であり、危機・災害に対して極めて脆弱だからだ。」と問題提起した。

写真:ダーク・グレッサー氏


それを受けて、オーストラリア緊急事態管理研究所のキャロライン・トンプソン氏が、「オーストラリアでは、国家的な総合防災・危機管理計画の中に、観光が位置づけられている。オーストラリアを訪れる外国人に対する危機管理のみならず、海外旅行中のオーストラリア人に対して災害・危機の情報を提供し、万一の場合に迅速に必要な保護や支援を提供できる体制ができている。」とオーストラリアでの観光危機への対応体制について述べた。

写真:キャロライン・トンプソン氏


続いて、キューバ代表が「キューバで起こりうる観光危機は、洪水、サイクロン、油による海洋汚染、山火事、地震、感染症など多様。サイクロンで観光は影響を受けるが、人的被害は出さない。人身保護を中心とした徹底した対策があることで、危機の影響を低減している。」と「防災大国」と呼ばれるキューバの取り組みを紹介した。
サモアの代表からは、「GDPの30%を生み出す観光は、サモアの重要産業であり、また持続可能な経済発展の核となる。しかしながら、新しい産業分野であるため、観光面での防災はこれからの課題。気候変動により、観光分野への災害リスクは高まってきている。」と、観光依存度の高い島嶼国に特徴的な、地球温暖化が観光危機のリスクを高めるという今日的な問題が表明された。

【日本における観光危機管理への取り組み事例、沖縄県の観光危機管理事業を紹介】

こうした議論を受けて、筆者は、「観光には力がある。東日本大震災のとき、各地のホテルや観光施設が自社の利用客の安全を確保しただけでなく、地域の人々の避難場所としてホスピタリティを提供した。震災後、気仙沼では観光を梃子にして、水産業を含む地域の産業全体を復興させようと『観光復興戦略』を策定した。観光業以外の住民が委員会に参画し、Build Back Betterをスローガンに計画を検討した。これも観光の力。そして、今、沖縄では今後起こりうるさまざまな災害や危機に備えて、県の観光危機管理計画を策定している。地域や民間事業者を巻き込み、地域防災計画を補完する形で、観光客と観光産業を災害や危機から守る計画となる。」と、日本における観光危機管理への取り組みの事例とともに、今後の地域としての観光危機管理のモデルとなる沖縄県の観光危機管理事業を紹介した。

写真:「観光分野の防災」セッションで発言する筆者


筆者は、この他、GIZ(ドイツ国際協力事業団=日本のJICAに相当)が主催した「ホテルの防災評価システム」に関するセッションにも参加した。これはUNISDRの事業活動のひとつとしてGIZがPATA(太平洋アジア旅行協会)と協働で、アジア・太平洋地域を中心に推進しているパイロット事業を紹介するセッションである。パネリストとして登壇した筆者は、「このような評価システムが導入されることで、旅行者が防災への備えのできているホテルを選択するようになれば、ホテル経営者に対する防災対応へのインセンティブになり、その結果、地域全体のホテルの防災レベルの底上げになる」と発言、取組を全面的に支持した。できれば、日本のどこかの地域でテスト導入し、全国の宿泊施設の防災レベルの向上のきっかけとしたいものである。

【観光分野の危機管理の必要性・重要性を広くアピール。今後の国の観光危機管理の取り組みや、自治体での観光危機管理体制強化の必要性を考えるきっかけに】

この会議に参加したことは、自分自身にとって意味が大きかった。ひとつは、人的ネットワークが飛躍的に拡大したことである。スピーカーあるいはDRR-PSPのメンバーとして、会議を通じて国内外の多くのキーパーソンと知り合い、また、観光危機管理との関連の深いさまざまな企業・NGO・国際機関等との接点ができたことは、今後の観光危機管理事業を進化・発展させるきっかけとなる。もうひとつの意義は、会議の参加者に対して、観光分野の危機管理の必要性・重要性を広くアピールすることができたことである。この会議の参加者のほとんどは、防災の専門家であっても、これまで観光分野に接点のない人たちであった。こうした方々が、観光分野の防災セッション等に参加し、そこでの議論に触れることを通じて、今後の国の観光危機管理の取り組みや、自治体での観光危機管理体制強化の必要性を考えるきっかけになったのであれば、これに勝る成果はないだろう。