漫画・アニメを活用した地域活性化の可能性
数年前から、「聖地巡礼」という言葉は新たな意味を持つようになった。漫画・アニメなどの熱心なファンが、自身の好きな著作物などに縁のある土地を”聖地”と呼び、実際に訪れる現象のことである。しかし限られたマーケットを対象とした「聖地巡礼パターン」からの脱却が、今後、漫画・アニメを通じた地域活性に課せられたテーマでもある。
河野 まゆ子 執行役員 地域交流共創部長
目次
旧来型の「聖地巡礼」からの脱却
数年前から、「聖地巡礼」という言葉は新たな意味を持つようになった。漫画・アニメなどの熱心なファンが、自身の好きな著作物などに縁のある土地を”聖地”と呼び、実際に訪れる現象のことである。
この言葉が広く有名になったのは、埼玉県久喜市(旧鷲宮町)の鷲宮神社がアニメ「らき☆すた」の主人公の友人の実家として登場したことで参拝客が急増したことによる。アニメ放映前の2007年に13万人だった正月三が日の初詣客は、2008年に30万人に急増、2011年には47万人となった。地域に与える経済効果も大きく、「らき☆すた」効果による来訪者の増加、および物販等による経済効果は20~30億円と試算されている。
鷲宮神社の事例は作品やキャラクターに惚れ込んだコアファンが主な客層であったため、これを参照した他の多くの地域は、「萌え絵」と呼ばれる、男性アニメファンが好みそうな絵柄を物産のパッケージやポスターに採用するなどの試みを積極的に行ったが、それはマーケットからは「二番煎じ」と捉えられかねない。限られたマーケットを対象とした「聖地巡礼パターン」からの脱却が、今後、漫画・アニメを通じた地域活性に課せられたテーマである。
既存作品を活用することの限界
長崎県五島市を舞台としている漫画「ばらかもん」は、福江に移り住んだよそ者と地元の大人や子供とのなにげない交流にスポットがあてられている。漫画は独自に刊行されていたものだが、アニメ化にあたり、作者側の意向で五島市のロケハンが実施された。2014年に公開されたアニメには、空港の自動ドアに貼られたステッカーなど、現地を実際に取材しないとわからない小ネタが多く散りばめられ、地域住民にも好評を博した。
景勝地の素晴らしさをアピールするのではなく、島に流れるゆったりした時間やライフスタイルを描くことで「地域の本質的な魅力を伝える」という側面において、地域を舞台とした漫画・アニメの新しいあり方を提案したものと評価される。
市(行政)は、五島市と都内におけるアニメの先行上映会に際して告知費用の一部を負担したり、渋谷で実施された「ばらかもん展」において物産販売や観光プロモーションを行うなど、民間事業者主催のプロモーションを活用した柔軟で積極的な協力を行った。一方、地域行政の独自の活用メニュー設計の難しさ、安易に地域活性や宣伝活動のツールとすることに対する製作者や読者の心理的抵抗感、著作権・版権の複雑さ等が効果的な活用のハードルとしてあげられた。
単純明快なメッセージ作りの難しさ
ならば地域主導で漫画を作ってみよう、と考えた自治体もある。島嶼部にあるH市は、きれいな海や海産物のイメージが一定程度浸透しているものの、個々の資源を繋ぐストーリーや、「この島といえば○○」というキーメッセージを持たないために観光地としての認知度が低い、という課題を抱えていた。
島の子供たちは、高校卒業後その90%が島外へ進学・就職する。市は彼らを広報特使と捉え、彼らが容易に島を紹介することができるプロモーションツールの作成を検討した。そこで、島の魅力をストーリーやビジュアルで理解し、伝達することができる最良のツールとして、漫画が選ばれたのだ。
その具現化のために県、市、観光連盟、地域の歴史に詳しい有識者、地域の出版社等をメンバーとして検討チームが設立された。しかし、豊富にある素材を繋ぎ合わせて地域の単純明快なイメージを構築し、これに純粋な読み物として読者の共感を呼ぶストーリーを添わせることは専門的な知見なくしては不可能との結論に達し、計画は頓挫してしまった。
漫画・アニメを地域にとってのプロモーションツールとして活用するにあたり、地域の最も重要な役割は単純明快なキーメッセージとキービジュアルの検討と構築である。出来上がったツールが、個々の素材を繋ぎ合わせた紙芝居にならないようにすることが重要だ。
女性もターゲットに
これまで男性中心であった誘客ターゲットを拡大するにあたっては、キーメッセージに合致したターゲットを予め把握、想定しておくことが効率的であるのは言うまでもない。
漫画・アニメに触れる頻度をみると、現在でも「週1回程度は観る・読む」が四分の一程度存在する(図表1)。また、漫画・アニメに登場した場所・風景への興味関心度については、男性は若年であるほど興味関心度が高いが、女性は年代に応じた差異はあまり見られず、熟高年層においては、男性より女性の方が興味関心度は高い(図表2)。
漫画・アニメに登場する場所・風景に興味を持ったきっかけをみると、「自然風景」「街並み」「歴史文化的な見どころ」が高い。キービジュアルをきちんと読者の心に届かせることができれば、コアファン以外の層も地域への興味を抱く可能性は大きい(図表3)。
これを性・年代別にみると、20代は男女問わず、「作品・作者のファン」というコアファン層の比率が比較的高いものの、全体傾向として、男性は自然風景や建物に興味を示し、女性、特に20~30代は食材・料理や物産など、地域での消費行動に繋がりやすいコンテンツに対して興味を示している(図表4)。「漫画・アニメで登場した場所へ実際に行ったことがある(図表2)」20・30代女性が、他の層より比較的多いことと無関係ではないことが伺える。(男性60代でも同様の傾向が見られる。)
消費者が国内旅行をするとき、主目的のひとつとして必ず上位に上がるのが地域ならではの食事、食べ歩きであり、食は地域への誘客の大きなポイントとなっている。また、食は漫画のテーマとしても定番で、かつては「美味しんぼ」、昨今は「孤独のグルメ」などの人気漫画が次々と登場している。消費者が気軽に感動や非日常を味わえる有効な素材として、食の持つポテンシャルは高い。このように、「食」をキーとした地域プロモーションツールのひとつとして漫画を活用する試みが徐々に展開されはじめている。
地域発、「食」コンテンツを漫画で発信
従来、地域における紙媒体による食のプロモーションと言えば、ポスターや観光ガイドブックへの店舗紹介とメニュー掲載が主流であった。これに対し、札幌市が仕掛けた漫画によるプロモーションが注目を集めている。
有料(各巻税別100円)で販売されている漫画「札幌乙女ごはん」だ。札幌商工会議所内に「マンガコンテンツ活用委員会」を設置、市内在住の漫画家と北海道内の漫画出版社の協力を得て、2015年3月現在、第4巻まで刊行されている。13年11月発行の第1巻は初版3,000部のところ、即時完売し3,000部を増刷、読者は観光客から市民まで幅広い。
既存作品の版権に囚われず、自由な発想で地域密着型の漫画を作るという趣旨に対して、作者や出版社との強力な連携体制が構築されたことが成功の一因だ。主人公は、先のデータに見るとおり、食に興味のある「アラサー女子」。日々の生活を取り巻くストーリーを縫って、主人公が市内のレストランで提供される食事を通じて元気をもらう。同年代の女性でなくとも、広く共感を呼ぶ内容となっている。地域密着型だからこそ綿密な取材に基づいたディテールの表現も可能となり、来店者は“漫画に出てきたとおりだ”という追体験を楽しめる。
従来の誘客ツールとの大きな違いは、「それ(札幌乙女ごはん)を見て、体験することで、こんな気持ちになれる」ということを重点的に伝えている点にある。店の来歴やメニュー写真だけでは伝えきれない、消費者の気持ちをくすぐるキーメッセージを丁寧に入れ込むことができるのが漫画の利点であるとすれば、それは食以外のコンテンツに対しても応用可能な手法であると考えられる。
地域ブランドと漫画・アニメのテーマの連動
地域の素材をプロモーションすることだけが漫画・アニメの役割ではない。漫画・アニメで取り上げられた趣味・スポーツに関する意識と行動(図表5)をみると、男性で比較的影響度合が高く、具体的にはサッカーや野球などのスポーツのほか、囲碁など、これまで親しみがなかったと推測されるものにチャレンジしているケースもみられる。漫画をきっかけに趣味や娯楽の裾野が広がるケースもあり、一例として挙げれば、クラシックをテーマとした漫画「のだめカンタービレ」のヒットで、作中に取り上げられたピアノ曲の売上が増加するなど、2005年頃から若年層におけるプチ・クラシックブームを巻き起こしたことは記憶に新しい。
スポーツツーリズムにおいては、宇都宮市の「自転車のまち推進計画」があげられる。1990年、世界選手権自転車競技大会ロードレース(UCI Road World Championships)が宇都宮市で開催され、同選手権の2年後から毎年ジャパンカップサイクルロードレースを催行、2008年には地域密着のサイクルロードレースチーム宇都宮ブリッツェンが設立されている。
機を同じくして連載が開始されたサイクルロードレースをテーマとした漫画「弱虫ペダル」が人気となり、ロードレーサー市場もそれに応じて拡大。同市は13年から、ジャパンカップサイクルロードレース開催期間中の「弱虫ペダル」とのコラボイベント開催やグッズ販売、作者の招致などに取り組んできた。
ジャパンカップはイベント開催期間中の来場者が延べ10万人を超え、経済効果は二次効果を含め20億円以上と推定される盛況なスポーツイベントに成長。国内最高峰のプロフェッショナルレースでありながら、スポーツ関連部局ではなく、観光交流課が主管を担っているということが、宇都宮市の姿勢を明確にしている。
同市の取り組みは、単に来場者増を目的に漫画とコラボレーションするのではなく、漫画・アニメを活用することで、新規の客層に対して地域ブランドのイメージを浸透させる「ターゲット拡張戦略」と捉えることができよう。
伝えるべきは「地域の顔」と「疑似体験」
漫画やアニメは、まだ知らなかった風景や体験に出会うための窓であり、その窓は読者の感情を引きずり込み、窓の向こうの景色に読者は自分を重ねる。そこに行ったら、それを体験したら、自分は漫画の中に描かれているような気持ちになれるのだろうか、という想いを抱く。
旧来型の「観光資源カタログ」のような広報型プロモーションツールは、消費者が詳細な旅行計画を検討する上では効果的だが、そこを訪ねようという気持ちを抱かせる窓にはなり得ないだろう。
窓の向こうに見えるキーメッセージとキービジュアルを通じて、読者はその風景の中に溶け込んでいる自身を想起できなければならない。漫画・アニメを材料として「○○な気分になれるところ」「○○といえばここ」を提案する窓を作る際は、既存の作品のキャラクターや舞台、世界観に拠るのではなく、地域主導で発信したいメッセージがあってこそ効果的に実現されよう。
※本稿内の調査結果はいずれも、「漫画・アニメに関する意識調査」より。
実施主体: 株式会社JTB総合研究所、株式会社バルク
調査期間: 2015年2月6日~2月9日
調査方法: インターネットアンケート調査
対象者: 日本国内在住の20~69歳までの男女 計717名
(男性 361, 女性 356/20代 144, 30代 137, 40代 150, 50代 146, 60代 140)