訪日インバウンド市場で存在感を高める、中国やアジア新興国のミレニアル世代

ここ数年急伸している中国やアジア新興国からの入国者は、20代、30代の割合が高くなっています。2000年目前に生まれたこの世代は「ミレニアル世代」と呼ばれ、価値観、社会活動、消費行動において新しい潮流になると近年海外で注目されています。今回は、今後訪日インバウンド市場の中心となり得るミレニアル世代の価値観やライフスタイルをひも解いてみます。

波潟 郁代

波潟 郁代 客員研究員
西武文理大学サービス経営学部 教授

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春節が終わりました。今年にはいって株価下落や元安といった中国経済の減速の懸念が高まり、今年は昨年以上に中国人観光客が日本を訪れるのか不安視する声が春節直前まで多数聞かれました。実際期間中には、都内の百貨店が込み合い通路に人が溢れ動けなかった話や、売れ筋の家電が電気炊飯器のような生活品から美容家電へとシフトした話、あるいは訪問先が地域に広がった、モノ消費から体験消費に変わったなどなど、様々な事象が話題になりました。具体的な数字はこれから明らかになると思いますが、これだけ多くの話題があったということは、国内の売り上げに直結する中国人旅行者への関心がそれだけ高く、また中国経済への懸念もあり、どんな小さな変化の芽でもいち早くキャッチしたい、トレンドに乗り遅れたくないという、私たち日本サイドの気持ちの表れと受け取ることもできます。

ところで、法務省のデータによると、ここ数年急伸している中国やアジア新興国からの入国者は、20代、30代の割合が高いことに気付きます。街を歩くアジア系旅行者からも感じられます。この20代~30代前半の2000年目前に生まれた世代は「ミレニアル世代」と呼ばれ、価値観、社会活動、消費行動において新しい潮流になると近年海外で注目され、当社も日本のゆとり世代を中心にミレニアル世代の調査研究を重ねてきました。

今回は、今後訪日インバウンド市場の中心となり得るミレニアル世代の価値観やライフスタイルを、スペインの大手通信事業者Telefónicaのレポートおよび当社のマーケティングメソッド“旅ライフセグメント5”からひも解いてみます。

1.ミレニアル(新千年紀)世代とは

「ミレニアル世代」の対象となる年齢の定義は世界中で様々ですが、アメリカでは概ね18歳から34歳とされ、ジェネレーションY、ジェネレーション9.11などの名前で呼ばれてきた世代を指します。2014年に開催されたダボス会議(世界経済フォーラム)では、デジタル社会に適応し、今後の消費を大きく変える「新しい消費者」として大きく取り上げられるなど、ここ1~2年でミレニアル世代(Millennials)という呼称が定着すると共に、単なる世代論としてではなく、「新しい潮流」として急速に世界から注目が集まりつつあります。

日本のミレニアル世代を見てみると、学生時代からスマートフォンを駆使し、常に他者とつながりを持つのが当たり前の「スマホネイティブ」です。デジタル機器など技術革新の影響だけではなく、ゆとり教育や長期的な経済の低迷、東日本大震災など、戦後の日本人が経験してこなかった様々な事象を多感な時期に体験した世代でもあり、「今どきの若者」では一概に片付けられない一面があると考えらます。

2.今、ミレニアル世代が注目されるのはなぜか

(1)アジアの新興国をはじめとして、グローバルに市場を担う中核的な存在へ

世界に目を向けてみると、少子高齢化が進みマーケットの縮小が懸念される日本とは状況が大きく異なることに気づきます。全世界で29歳以下の人口が総人口に占める割合は52.4%と、日本の27.9%の倍近くにも上るのです(図1)。さらに、US Census Bureauによれば、ミレニアム世代および、それ以下の年代が世界の労働人口に占める割合は、2015年に約50%、2025年には約75%になると推計されます。

経済発展が目覚ましいアジアなどの新興国において、多くの恩恵を受け始めた世代はミレニアル世代からと言ってもよいでしょう。社会や経済の発展と共に就学率も上昇し、日本を含む外資系企業で働き、高収入を得る若者が増加傾向です。中国では、現在20代~30代の世帯年収が最も高い水準にあり、海外旅行を楽しむ層にも若い世代が多いとされます。アジアの新興国においても同様の傾向が見られることが予想できます。このような背景から、近年著しく伸長した中国や東南アジアから日本への旅行者は、若いミレニアル世代の割合が多いのもうなずけます(図2)。

世界の人口(2010年推計):0歳から29歳までで52%

出典:United Nations, Department of Economic and Social Affairs,Population Division(2013)

性年代別 国別訪日外国人旅行者数:中国、タイでは30~34歳が最多

出典:法務省

(2)デジタル機器に適応しながら成長した世界のミレニアル世代

モバイル端末やSNS(FacebookやTwitterなどのソーシャルネットワーキングサービス)の普及は、情報や他者とのコミュニケーションについて時間と空間のあり方を大きく変えました。スマートフォンを持っていれば、いつでもどこでも簡単に情報を取得したり、ショッピングを楽しんだりするだけはなく、自分の体験を発信したりと、気軽に世界とつながることが可能になったのです。

スペインの大手通信事業者であるTelefónica がまとめた世界27か国のミレニアル世代(18歳~30歳)についてのレポート(*1)によれば、アジアのミレニアル世代は北米、ヨーロッパなど6つの地域の中で最もスマートフォンの利用率が高く、インターネットによる情報収集も西欧諸国より積極的に行っていたことがわかります(図3~図4)。新興国では、社会インフラや従来型メディアが十分普及する前にインターネットが広がり、先進国がたどってきた過程に比べてデジタル社会への適応が急速に進んでいるといえそうです。

(図3)スマートフォン保有率:アジアが83%で最多、(図4)娯楽についての情報源:インターネットが過半数

出典:Telefónica Global Millennial Survey :Asia Results

(3)デジタル社会で培われた世界のミレニアル世代の特徴

世界共通のミレニアル世代の特徴は、社会経済環境や各国のレポート、独自の調査などから、概ね以下のとおりになると考えられます。
・ リベラルで自由な発想を持つ
・ 保有することに執着しない
・ 社会貢献意識が高い
・ ミレニアル世代自身がメディアとなり、高い発信力を持つ(SNSの活用)

世界中の情報や多様な価値観に日々接することが多いミレニアル世代は、他者の考え方に対してもオープンな傾向があり、比較的リベラルで自由な発想を持ち、新しいモノやコトをあまり抵抗感なく受けいれる度量があります。

現在広がりつつあるシェアリング・エコノミーは、ソーシャルメディアの発達が可能にした、モノ、お金、サービス等の交換・共有により成り立つ経済のしくみです。空き部屋、空きスペース、空き人材など余剰のリソースを、必要な時に必要な人へ提供する合理的な考え方が広がっています。アメリカではミレニアル世代が住宅購入の年代に差し掛かってきたにも関わらず、住宅を保有しない現象起きています。

一方、幼い頃から人間が地球環境へ与える影響について教育を受けてきたこともあり、ミレニアル世代は環境や社会への貢献意識が高いとされます。

3.経済成長の流れの中で、ポジティブに生きるアジア新興国のミレニアル世代

前述のTelefónica の調査レポートからは、世界のミレニアル世代の価値観や考え方に、地域別に異なる傾向も見られます。「自分の国には明るい未来がある」と最も楽観的に考えている傾向が見られたのはアジアのミレニアル世代(79%)とラテンアメリカ(78%)で、西欧(41%)や北アメリカ(47%)と大きく差が開きました。またアジアのミレニアルには、自分を将来成功に導くために学ぶべき重要な分野はテクノロジーだと考えている人が他の地域より多いという結果も出ています。

一方、日本のミレニアル世代はアジアの一員ではありつつも、近隣のアジア諸国と比較して「自分の国には明るい未来がある」とは楽観視できない傾向が顕著に表れました(日本19%、韓国77%、中国93%、アジア全体79%)。調査結果全般で、日本は同じように社会経済が成熟している西欧と比較的近い傾向が見られましたが、自分の国の未来に対する考え方に関しては、EU、経済、移民問題など複雑な課題を抱える西欧よりも悲観的に考えていることは注目に値します(図5)。また、「最先端の技術を駆使している」「自分は自分の地域を良くすることができる」「自分には国内で起業したり成長させたり、アイディアを活用するチャンスがある」ということへの意識の強さから定義された“グローバルリーダー”にあてはまるミレニアル世代の割合は1%と全世界の中で最下位でという結果となりました(世界の平均は11%)。

ミレニアル世代の自国の未来への楽観度:アジアとラテンアメリカは8割弱で最多

出典:Telefónica Global Millennial Survey :Asia Results

4.ミレニアル世代自身が持つメディアとしての発信力の高さに注目

当社のメソッド“旅ライフセグメント5”で日本人ミレニアル世代と今後1年以内に日本旅行を予定している中国人のミレニアル世代を分類してみました。
“旅ライフセグメント5”は、生活者をライフスタイルや旅行への価値観から5つのタイプに分類し、その姿を可視化して具体的に想像しやすくすることで、顧客のターゲティングを容易にするものです(*2)。

(1)日本のミレニアル世代は人目を意識。流行をいち早く押さえ、高い発信力と波及力を持つ

過去1年間に旅行した日本の20代のミレニアル世代(以下日本人ミレニアル世代)で最も多かったのは「共感」タイプ(日本人ミレニアル世代:40.8%、過去1年間に旅行した日本人の平均:26.1%)でした(図6)。共感タイプは、SNSの利用率が高く、人と繋がっていたい、たとえ「1人」でも「みんな」と同じでいたいという意向があり、また、他人の目を意識し、流行を気にする傾向もあります。

この共感タイプはこれまでの当社の研究結果から、他のタイプへ情報を伝える波及力が高いことがわかっています。LCC(低コスト航空会社)が日本に登場したばかりの時も“押さえておくべき流行の一つ”として、最初に共感タイプが利用し、その後、フォロワーである「メリハリ消費」タイプや「合理派」タイプに波及しました。

日本人ミレニアル世代は合理派タイプも他の世代に比べて割合が多い結果となりました(日本人ミレニアル世代:29.9%、日本人旅行者平均:22.6%)。合理派タイプは、「無駄のないシンプルなものを好み、無駄なものにお金をかけたくなく、旅先での体験より同行者との時間楽しむことを重視」という傾向が見られます。LCCなど新しい交通インフラや、廉価でも楽しく面白い体験ができる宿泊施設の登場が、若い世代の国内旅行の後押しをしている調査結果もうなずけます(*3)。

(2)日本への旅行に関心のある中国人ミレニアル世代は「高アンテナ」「体験重視派」タイプが多い
合理派は少なく、あくまで自分の個性を表現し、自分の価値観で主体的に動く

今後1年以内に日本へ旅行をしたいと考えている中国人に対して分析を行ったところ、中国人ミレニアル世代で最も多かったのは共感タイプ(28.0%)で、日本人のミレニアルよりかなり少ない結果でしたが、その分、「流行に敏感・人より‘早く’知り、経験したい。自分の個性を表現する商品を好む」高アンテナタイプが多くなり(中国人ミレニアル世代:16.5%、日本人ミレニアル世代10.0%)両者を合計すると44.5%の中国人ミレニアル世代が流行を意識した、情報感度の高い層が多いということがいえそうです。

また日本のミレニアル世代と比べて「合理派(無理しない、無駄なものにお金をかけたくない)」タイプはわずか8%でした。一方、「体験重視(流行に捉われない。知的好奇心が高く、体験を重視し、話題になっている場所より人が知らないところを積極的に開拓する)」タイプが20.3%とかなり高い結果となりました(日本人ミレニアル世代:5.5%)。

日本への旅行がブームである今、情報感度の高い層からフォロワーへと旅行者層が広がりつつあり、爆買い行動が注目されるのもうなずけます。しかしながら、中国のミレニアル世代は、日本人のミレニアル世代のような「KYを恐れ、周りから取り残されるのを嫌う」タイプとは違う、あくまでも行動の主体は自分自身。自己表現としてのトレンドを追う高アンテナか、あるいは自身の価値観でまだ見知らぬ本物の文化や生活体験を追うか。‘今は爆買い’でも、当社のタイプ分析からみると、中国人ミレニアル世代にも質的な転換が予想より早く訪れる可能性がありそうです。その時の旅行に日本を選んでもらえるような、‘きらり’と光る魅力があり続けるか、が今後のカギといえるでしょう。

一般的な旅行者とミレニアル世代の旅行者の価値観タイプの違い:ミレニアル世代は共感型タイプが多い

(3)ミレニアルの消費や移動を後押しするのはSNS。影響を受け、影響を与える。

前述の図4で示したとおり、ミレニアル世代にとって娯楽などの情報源は、テレビよりインターネットの方が多いという結果となりました。中でも、SNSは消費や旅行に大きな影響を与えているといえるでしょう。日本人のミレニアル世代に、SNSを通じて経験したことを聞いてみると、「昔の知り合いとつながって再び交流するようになった(28.9%)」、「投稿を見て、行ってみたいと思った場所に出かけた(28.4%)」、「SNSで知った情報で、いいと思ったものを購入した(19.9%)」など、SNSがショッピングや旅行・おでかけ消費のきっかけとなっていることが明らかとなりました。またSNSでの発信自体が消費や外出のモチベーションとなる「SNSで発信したいと思い、話題の場所にでかけた」も全体平均では4.4%でしたが、ミレニアル世代では8%と比較的高い傾向となりました(図7)。

SNSを利用していて経験したこと:昔の友人と再び交流するようになったが最多

5.ミレニアル世代がもたらす、変わる顧客と企業との関係性

SNSが人々の消費行動に影響をおよぼすことで、企業の商品開発や顧客へのアプローチの方法にも変化が生まれてきました。

最近は日本の企業もユーザーの発信内容に注意を払い、口コミサイトや自社のInstagramなどへ投稿を促し、投稿が商品価値を高めることで新たな購買に結びつけるサイクルを創り出す戦略があたりまえになりました。まさにユーザーが広報マンという時代が来ているのです。

このように商品の魅力だけではなく、SNSを通じてユーザーが新たな楽しみ方を提案していくことによって、双方向に商品やブランドの価値を上げていくマーケティングのあり方は、ミレニアル世代の特質に合致しているものと言えるのではないでしょうか。

“旅ライフセグメント”による顧客分析に関する問い合わせ先:
JTB総合研究所 企画調査部(担当早野、波潟)
contact@tourism.jp