「海外旅行先として新たなスタート地点に立つ韓国」
数年間の日本人の韓国旅行に対する意識について、未発表データの一部をまとめ、考察しました。この旅行者の意識の変化を通じて、私たちが日本の観光を考える上でのヒントを紐解きます。
波潟 郁代 客員研究員
西武文理大学サービス経営学部 教授
目次
- 韓国への日本人旅行者は2012年の過去最高の352万人から、15年は184万人とほぼ半減(韓国観光公社)。海外旅行の復調傾向やMARSの影響がなくなり、16年は回復の兆しが
- 13年以降韓国旅行を控えている韓国旅行経験者、控えた理由は「日韓関係」が31.4%だが、
「関係が改善されたらまた行きたい」は16.4%に留まる。一方、3割が「一度行ったので、しばらく行かなくてもいいと思った」 - 韓国への日本人旅行者の動向から、訪日外国人旅行者の動きを読み解く
2016年7月に発行した「JTB REPORT 2016 日本人海外旅行のすべて」(発行JTB、編集JTB総合研究所)では、ここ数年海外旅行に消極的な層が7年ぶりに減少したという結果が出ました。実際12年をピークに低迷していた日本人の出国者数も16年1月以降5月以外は前年を上回り、海外旅行の回復が見えてきました。
注目すべきは、韓国を訪れる日本人旅行者の動きです。旅行者は09年~12年の4年間連続で年間300万人に達し、12年の352万人をピークに15年には184万人まで減少していましたが、今年になり上向き始めました。円高が進んだことやLCCの定着、日韓関係がやや進展し、日韓両国民の相互認識も改善されたこと(*1)が韓国旅行を後押ししていると考えられます。しかし「韓流」の勢いはかつてほどなくなり、韓国の安価でユニークな化粧品が日本でも購入できるようになり、再び300万人になるには‘訪れる価値のある魅力’を改めて考え直す必要があるのではないでしょうか。
本文では、数年間の日本人の韓国旅行に対する意識について、未発表データの一部をまとめ、考察しました。この旅行者の意識の変化を通じて、私たちが日本の観光を考える上でのヒントが見えてきます。
【調査概要】
調査方法:インターネットアンケート調査
本調査対象者:スクリーニング調査対象者の中で、2014年1月以降に海外旅行(ビジネス、観光問わず)をした経験者3,399名(うち観光旅行者は2,936名)
調査期間:2016年5月16日~5月20日
韓国を旅行先に選択する主要要素と他の人気国との比較
14年以降に海外旅行を経験した人で、直近の旅行先を決めた理由を聞いたところ、韓国では「好きで繰り返し行っている場所(35.6%)」「価格が安い(30.8%)」が上位でした。調査対象者が韓国旅行の低迷した14年以降の旅行者ということもありますが、韓国はリピーターに支えられている身近な旅先といえます。一方「ずっと行ってみたい場所だった(14.6%)」はハワイ、台湾、タイと韓国と同様に日本人旅行者に人気のある国と地域より低い結果となりました。
同じように日本から近い台湾への日本人旅行者は12年の143万人から15年の163万人へと約20万人増加しました(出所:台湾 交通部観光局)。台湾の選択理由は「ずっと行ってみたい場所だった(34.9%)」、「価格が安かった(33.8%)」が上位となりました。「好きで繰り返し行っている場所だった(22.3%)」が韓国やハワイ、タイよりも少ないことから、日本人旅行者の関心が台湾へ移り一定度旅行者が流れたと推察できます。16年1月以降も台湾への旅行者は毎月2ケタ増と好調に推移しています(表1)。
(表1)直近の海外旅行の行き先を選んだ理由 (複数回答)
韓国に旅行した人の目的やきっかけの変化
下記表は、それぞれ年ごとに調査対象者が韓国に行ったきっかけや目的を示したものです。韓国への旅行の目的は、どの年も「本場の韓国料理が食べたい」、「買い物がしたい」が不動の1、2位となっていますが、他の事由にも注目してみます。
(表2)韓国旅行をしたきっかけや目的 (複数回答)
韓流の影響:04年以降に大ヒットドラマの誕生で始まった韓流ブームは、韓国への関心を高め、旅行の直接的なきっかけを一定度つくってきました。ブームの当初は「ロケ地巡り」が人気でしたが、現在は、韓国の俳優やアーティストのコンサートやイベントへの参加、いわゆるファンミーティングにシフトし、16年にはいって韓国旅行をした人の目的の11.4%を占めています。ファンミーティングは15歳~29歳以下の男女、および30代~50代までの女性を中心に人気が広がっています。ただし、当社によるインタビューでは、コンサートやイベントの参加で韓国旅行をするのは必ずしも韓国に関心があるからではなく、俳優やアーティスト近しく交流を持てる内容が魅力で、ハワイなどで行われればそこに行くという人もいました。いずれにせよ韓流は韓国という国に対する情報接点の機会をつくった点で大きな役割を果たしたといえます。
浮動票に支えられた韓国旅行ブーム:食事、買い物に次いで多かった韓国旅行の目的や結果に「何となくみんなが行っていたので興味が湧いた」があります。04年は前年のSARSからの回復やテレビドラマの大ヒットで日本人旅行者は前年比35.4%増となり、さらに09年は前年比28.4%増で初の300万人台を達成しました。今回の当社の調査では「何となくみんなが行っていたので興味が湧いた」を目的やきっかけにあげた人は04年~06年の間で17.6%、07年~10年には20.9%、11年は14.3%となっています。旅行者が高いペースで増える時は、観光コンテンツそのものの魅力だけではなく、「みんながやっているから興味を持つ」という、あまり強い主体性を持たない同調派、いわゆるフォロワー層が多く動いていると推察できます。逆に旅行者数が底をついた15、16年の韓国旅行者では「何となく~」の層は10%程度となっています。韓国旅行ブームは浮動票に支えられて伸びてきたといえそうです。
なぜ13年以降韓国旅行をしなかったのか
過去における韓国旅行の経験者で13年以降韓国へ旅行をしていない人に‘行かない理由’を聞いたところ、最も多かった理由が「日韓関係(31.4%)」でした。日韓関係を理由にあげた人は60代、70代の男女が多くなっています。
2番目に多かった行かない理由は「一度行ったので、しばらく行かなくてもいいと思った」でした。特に15歳~29歳の女性(43.9%)、30代男女(38.4%、38.7%)が高い傾向が見られました。前項でリピーターに支えられていると述べましたが、実は人によって旅行満足度が分かれているとも考えられます(図1)。
(図1)韓国旅行経験者が13年以降韓国に行かない理由 (N=1016 複数回答)
今後の韓国旅行への意向を聞いたところ、行かない理由で最も多かった「日韓関係」の31.4%に対して、「日韓関係がよくなったらまた行きたい」は16.4%に留まりました。最多は「他のところに行きたいので行かないと思う(33.3%)」でした。数年続いた低迷は、もともと浮動票で拡大してきた旅行者の韓国旅行への関心をも低下させてしまったようです(図2)。
(図2)また韓国旅行をしたいか(13年以降未経験者) (N=1016 複数回答)
買い物の魅力:日本では、中国人旅行者数のペースダウンと日本での消費額の低下が注目されています。日本製品の人気から‘越境EC’が中国市場で拡大し、話題は‘爆買い’から‘越境EC’に移りつつありますが、今回の調査にも同様の話が見られます。13年以降日本人が韓国に行かない理由に「日本国内でも韓国の化粧品が買えるようになったこと」が15歳~29歳(14%)以下と30代の女性(9.7%)に多い結果が出ました。買い物は韓国旅行の重要な目的です。私ごとですが、ソウル訪問のたびに低価格でお洒落な眼鏡を複数個つくっていましたが、今は日本でも低価格でつくることが可能です。買い物の目的が強まる程、化粧品しかり、日用品などは、いずれ自国で手軽に購入可能になる可能性も多く、旅の主目的として長く持続しないと考えた方がよさそうです。
日本人と中国人のショッピングエリアを比べると、日本人の方がより広いエリアで活動し、また小規模店舗も利用しています。旅慣れて、リピート回数が増えるにつれ個人旅行化が進み、活動範囲が広がります。買い物はモノを買う行為だけではなく、お気に入りを探して街中の店を散策することも楽しい経験です。少し遠方でも足を運んでもらえるよう、街の魅力と共にモノの魅力や背景なども生活文化として伝えることも必要ではないでしょうか。
(図3)日本人と中国人のショッピングエリア比較 (複数回答)
海外旅行先として新たなスタート地点に立つ韓国
今年にはいり、円高、LCCの定着など韓国旅行が復調する条件がそろってきましたが、さらにいえば、今改めて人を惹きつけるような新鮮で魅力的なテーマが必要ではないでしょうか。実は、安い、近い、「何となくみんなが行く」という‘浮動票’で伸びてきたこと、13年以降韓国旅行を控えている人の3割が「一度行ったので当分行かなくていい」と考えていることから、旅行者が好調に推移している時にこそ再訪意向を含む満足度評価の詳細な分析と対応をすることの必要性を教えてくれたように思います。現在は韓国も日本同様中国人旅行客に支えられていますが、この旅行者の行動や価値観を見ていくことはどの国でも自国の本質的な魅力を考える上で必要と考えられます。
韓国は当社の価値観タイプの「共感型(マーケティング用語のアーリーアダプター)」が他の国より多く、さらに「高アンテナ(イノベーター)」も多い結果でした。販促やPRには「共感型」にターゲットとするところが多数ですが、主体的に新しいことを追い求め、深堀する傾向のあるイノベーターの活用も再生韓国旅行の新たな一歩として考えてはどうでしょうか。
写真は当社の研究員が学会で訪れた全州市の旧市街です。ソウルから高速鉄道で約1.5時間、ソウル市内とは違う、ゆったりと落ち着く、韓国の伝統や生活文化を感じられる時間を過ごせる、金沢のような印象とのこと。国内旅行の選択肢が少ない韓国での旅行先として近年注目されているそうです。ここで有名なのが手作りのチョコパイの店「PNBプンニョンチェグァ」。上品で不思議な食感でソウルからわざわざ来る人も多いそうです。日本人にとっては、ソウル、そしてプサン以外の韓国の地方への旅行はなじみにくい現状もありますが、宿泊しなくてもソウル拠点で訪れる地域を充実させていくことも一つの手立てといえそうです。
(写真1)全州韓屋村
(写真2)PNBプンニョンチェグァ(豊年製菓)