地域の個性とコミュニティを観光に活かすために~北海道礼文島~
家族旅行で初めて訪れた礼文島での「人と島の暮らし」との印象的な出会いがきっかけとなり、大学時代には長期のアルバイトを、大学院では礼文島をフィールドとした研究を行いました。滞在の中で、島で暮らしていくための工夫や、暮らし続けることに対する考え、その奥深さを学び、観光を通じて地域の活性化ができないかと考えるようになりました。本コラムでは地域の魅力を地域の活性化や地域の個性の維持に生かすために、観光を通じて何をしたらよいかを考察します。
小坂 典子 研究員
目次
礼文島の概要
礼文島は北海道の北端の稚内の西方約50kmに位置し、人口2,668人(平成28年4月現在)の日本最北の有人島です。標高の低い寒冷地であるため本州では高山に咲く高山植物を島内の各地で観察することが出来ます。暖流の対馬海流と寒流のリマン海流の潮目に位置し豊かな漁場が形成され、観光産業と漁業が主要産業です。
人口は1956年頃をピークに右肩下がりが続き、昭和55年から平成22年にかけて、全国では約9.4 %増加しているにもかかわらず、礼文島では約46.8 %減少。高齢化も進行しており平成22年時点で総人口に対する高齢者の割合は30.7 %、全国平均の22.8 %を7.9ポイント上回っています。集落の過疎化を背景に集落コミュニティが衰退傾向にあり、それを支えていた暮らしや伝統行事による住民同士の関わりも失われつつあります。
観光産業に関しては、観光資源が高山植物に特化していることで課題が生じています。観光シーズンが夏の高山植物の開花期に集中し、閑散期が年の半分以上、加えて観光形態は1970年代に礼文島で観光が盛んになった頃の流れを汲み、現在でも旅行会社が造成した花をメインとした団体ツアーが主流です。観光客が島民との交流や礼文島ならではの生活文化に触れる機会は乏しく、島へのリピーターの創出も難しいと考えられます。
(図1)礼文島の位置
(出典) 樹商事株式会社ウェブサイト、 国土地理院
礼文島の総人口、および65歳以上人口の推移(S55 – H22)
(出典)国勢調査(総務省)
地域の個性の持つ意味
地域の個性は、外部の人にとって大きな魅力であり観光資源と成り得ることはよく言われることです。また、そこで暮らす住民にとって大切な資源は何であるのかを知ることも、島の暮らしや地域の個性を維持するために重要です。過去に礼文島の島民に実施した調査(*1)では(アンケート調査n=70、ヒアリング調査n=20)、島民が大切に思っている資源の多くが、島の暮らしの中での「自然との関わり」や「人と人の結びつき」であるということがわかりました。それらは自然に適応した暮らしの中で生み出されてきたものでした。
住民にとって礼文島の大切なモノ・コト(住民に対するアンケート調査とヒアリング調査をもとに記載)
「自然との関わり」
- 自然環境に対する誇り:礼文島の人々は春から秋にかけて次々と咲き誇り、その様相を変えてゆく山の花々や、島を取り囲む海を背景に生活を送っており、それらに対して、場所や時期異なる個々人それぞれの誇りを持っている。
- 日々の生活の中での海・山との関わり:住民は口々に「島の山には何でも豊かにある」と語る。礼文島では気候が厳しいために産業として農業を営むことは難しかったが、自家菜園や山菜等で賄ってきた。子供達の遊びも海や山でツブやアワビ、木の実をおやつとして収穫することであったが、近年は護岸工事や海岸や山の利用の規制、生活様式や遊びの全国的な均一化に伴い、日々の生活の中での自然との関わりが希薄化している。これらは必要に応じた変化ではあるが、一方で島民の中では、島ならではのかつての自然との関わりを懐かしむ声や危機意識が伺える。
「人と人との結びつき」
- 漁労・生業での関わり:漁業に伴う陸での作業は集落の人々がほぼ毎日顔を交わす機会であり、体調の良し悪しに至るまで、この機会が近隣住民同士の見守り機能ともなっていた。
- 行事での関わり:厳島神社例大祭をはじめとした伝統行事は、島民のアイデンティティを築くとともに、島民同士の関係構築の機能を担ってきた。漁の繁忙期であるにも拘らず祭の練習・準備には約1か月を割き、準備から祭の当日までの過程の中で普段の生活では築くことの出来ない人と人の関係も構築される。「神輿を担ぐと新たな気持ち、特別な気分になる。少し偉くなったような気分になる。」、「祭がなくなったら、どうするんだ、祭が一番の楽しみ。そのために島に住んでいるようなもの。」という声に表れているように、祭の空間には特別なものがあり、祭に携わる中で連帯感、同郷意識が生じている。現在も継承されている厳島神社例大祭であるが、縮小傾向にあることは否めず、担ぎ手不足や日程の縮小となっている。この祭が住民にとって非常に重要な位置づけであることは事実であり、今後如何に継承していくかは課題である。
- 集落の小学校による関わり:各集落の小学校の存在は集落の人々を繋げる大きな役割であり、学校行事は児童・生徒だけではなく、集落全体の行事であった。過疎・高齢化により、島内の5つの小学校が廃校となり、それらの集落では、「小学校がなくなってから集落のまとまりがなくなった」という声が多くある。
観光の力―観光を利用して地域の個性を維持する
地域において自然と人々の関わりの歴史の中で構築されてきたモノ・コトは、地域の個性を形成する要素であるとともに、住民が大切に思う地域のモノ・コトです。今回は礼文島を例に取り上げましたが、このことは、どの地域にも同様です。一方で現在は、人口減少や過疎高齢化、生活スタイルの変化等によって、こうした住民の心に響く大切なモノ・コトが失われつつあります。こうした状況のなか、前述のような資源(地域の個性を形成し、且つ住民が大切に思う地域のモノ・コト)を観光によって活用することは、それらによって保たれていた地域に対する誇りや、コミュニティを維持していくことの一助になると考えます。例えば、礼文島では、コンブ干し作業の担い手の不足に近年悩まされていますが、この作業自体を観光体験として活用することによって、担い手の補充だけではなく、人々の交流の場を保つことにも繋がります。また、日常の景観や食事についても、観光資源として磨き、地域外の人々からの評価を受けることにより、自分の地域に対する自信や誇りを持つことに繋がります。
地域を時間的・空間的に把握するフェノロジーカレンダー
地域の個性を表現する手法として、フェノロジー(*2)カレンダーを紹介します。フェノロジーカレンダーとは地域における自然と人々との関わりを1年間の時間の経過に沿って表現するものです。フェノロジーカレンダーと資源分布マップを組み合わせることによって、礼文島の人々の自然環境との関わりを時間と空間の両方から把握することができ、「いつ」「どこ」という観光においても必須となる情報を得ることが出来ます。
フェノロジーカレンダーの縦軸には、気象条件や自然環境の変化と人々の生活、祭・行事等を設定し、その地域での自然環境と人々の相互作用が把握できるようにしています。また、年間の観光入込客数等と組み合わせてみることにより、観光戦略を立てるためにも役立つといえます。例えば、礼文島においては観光入込客数が最も多い夏期には高山植物だけではなくコンブ干し作業やその他の祭等とも時期が重なっています。コンブ干し等を体験プログラムとして旅行プランに組み込ませるということも十分可能性が出てきます。一方、入込客数が落ち込む冬期でも島でのウインタースポーツや冬の海の幸があり、そこに観光創出の可能性が見出せます。
フェノロジーカレンダーの活用によって、地域の観光の基礎情報が可視化されると共に、それぞれの資源の地域との繋がりの理解が深まり、潜在している資源を観光資源として活用する可能性を検討することが出来ます。自分たちの地域を再認識し、住民にとって大切な資源は何で、それを今後どのように継承・活用していくか、ということを改めて考える機会を設けることもこれからの観光振興に求められるのではないでしょうか。