継続可能な成長率にシフトダウンしつつある訪日旅行需要

2015年に訪日客の急成長をリードした中国からの短期滞在者数の伸び率がスピードダウン、更には消費も減少している。筆者は一過性の日本ブームの終了ではないと考えます。なぜ、この訪日旅行需要の減速が起こったのか紐解いていきます。

黒須 宏志

黒須 宏志 フェロー

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目次

訪日旅行需要の減速が鮮明に

訪日旅行者数の成長の勢いに衰えが見えて来ました。今年1月~7月の伸び率は26.7%で、前年2015年の47.1%はもちろん、全前年2014年の29.4%も下回っています。法務省のデータによれば2015年に訪日客の急成長をリードした中国からの短期滞在者数の伸び率は今年6月に12.4%まで下がりました。旅行者数よりも更にスピードダウンしているのが訪日客の消費です。訪日客一人当たりの消費額は2016年第1四半期以降、2四半期連続で前年割れとなっています(第1四半期▲5.4%、第2四半期▲9.9%)。

(図表1)
訪日旅行者数の伸び率(グラフ)

旅行者数の変調は“想定内”

旅行者数の減速はなぜ起きたのでしょうか。一過性の日本ブームが終わりを告げつつあるということなのでしょうか。そうではないだろうと筆者は考えています。このレベルの伸び率の低下は想定の範囲内にあるからです。

JTBは昨年12月に2016年の訪日旅行者数を前年比19.0%増の2,350万人と発表しました。これは今年1月~7月の伸び率26.7%よりも低い数値です。この時、成長率の低下を予想した最大の理由は中国を始めとするアジア各国の経済成長が15年より減速する公算が高かったことにありました。経済成長率が下がれば各国の海外旅行者数の伸びが鈍り、それが訪日客数にも影響してくるというわけです。実は、現状の伸び率低下は、予想通り減速してきた各国の海外旅行者数でほとんど説明がつくのです。JTB総合研究所ではこの各国の海外旅行者数と、その中で日本への旅行者数が占める割合(日本シェア)の動向に注目していますが、これまでのところ、中国などの主要マーケットにおける日本シェアは昨年より高い水準を維持しており、日本人気の低下といった事態が起きているとは考えにくい状況です。

(図表2)
主要4市場の海外旅行者数 及び日本シェアの動向(グラフ)

ショッピング消費変調、だが化粧品・香水の購買は堅調

その一方で訪日消費、特にショッピングの変化は思いがけない速さです。円高で高額品の購買減が顕著だが日用品は比較的堅調といわれています。訪日客一人当たりの消費額が前年割れしているのは高額品消費が減少しているためであり、これには中国での帰国旅行者に対する課税強化も影響したようです。

観光庁のデータから今年1月~6月における購買品目別の単価を前年と比較してみると、ブランド品を含む、服・かばん・靴や、カメラ・時計などの購買額が大きく下がっており、人気だった電気製品も落ちています。高額品を中心に消費が鈍っていることは間違いないようですが、消費単価は幅広い品目で下がっており、単純に低単価の商品に売れ筋がシフトしたということだけでもないようです。例えば化粧品・香水は今年に入っても購買額が伸びています。これは訪日旅行者に占める女性の割合が次第に上昇していることとも関係がありそうです。また今年に入って団体ツアーより個人旅行の比率が上昇しています。個人旅行者の買い物は、お土産品や頼まれたものを幅広く買う団体客とやや異なって、自分自身が良いと思うもの、自分が使うものを買う傾向が強いことから、こうしたことも間接的に化粧品・香水の購買増に結びついているのではないかと思います。

(図表3)
訪日客のショッピング支出(グラフ)

為替の変動や越境ECの発達といった環境の中で、今後、訪日客に何を売っていくべきなのでしょうか。やや穿ちすぎかもしれませんが、化粧品・香水の購買が堅調であることの背景のひとつとして、デパートなどの販売員が一人ひとりの肌の特徴をみて相談に乗ったり、実際に試してみて良さを確認したりできるということが、あるのではないかと思います。わざわざ日本まできて買う価値のある商品とは、こうしたソフト面における付加価値があるもの、ということになるのかもしれません。

今後の成長はこれまでよりも穏やかなものに

2015年の成長があまりに急であったことが今年に入ってからの需要減速を際立たせています。2014年から15年にかけての驚異的な旅行者数の伸びはビザ緩和やアジア市場の高成長、そして円安などの複数の要素が重なり合ったことで起きたと考えられます。日本のインバウンド旅行者数がまだ少なかったということも、単年で旅行者数が約1.5倍になった背景のひとつといえるでしょう。訪日需要は今後も成長を続けていくと予想されますが、2015年のような高い成長率が毎年続くということはあり得ません。インバウンド旅行者数の伸び率は年率10%であっても世界的にみれば高成長の部類に入ります。このあたりが継続可能な成長率として現実的な水準なのではないかと筆者は考えます。

消費額についても2015年の水準が高すぎたという見方ができるのではないでしょうか。2014年~15年の2年間で消費単価は4万円以上も上昇しました。その大半がショッピングによるものであり、これが中国人の“爆買い”というやや特殊な消費に支えられていたことは周知のとおりです。“爆買い”の特殊性は高額品から日用品までの幅広い品目が買われたということと、一握りの高額購買層だけでなく多くの旅行者が活発に買物をした点にあります。中国の消費水準が急上昇しつつあったことや越境ECが発展途上にあったことなども特異な状況を生み出した要因であり、円安も重要な背景だったと考えられます。“爆買い”の特殊性を構成した要素の一部は、既に失われつつあるといえるでしょう。

今年に入ってショッピングへの支出が急減する一方で交通費や現地でのレジャー消費などの支出が少しずつ伸びていますが、“爆買い”の消費水準が異常に高かったためにショッピングの目減りを埋め合わせるには到底及ばない状況です。筆者は訪日消費単価が2015年の水準を上回るような時はこれからもやってこないのではないかと想像しています。
2016年の訪日需要は継続可能な成長速度にシフトダウンしつつあるところといえそうです。