統合型リゾート(IR)構想~MICE Japan 2016 11月号再掲~
昨今、統合型リゾート(IR)についての議論が再び注目を集めている。10月12日に衆議院第二議員会館多目的会議室において、国際観光産業振興議員連盟(通称IR議連)総会が開催された。統合型リゾート(IR)を推進するための法案「IR推進法案」は、ここ数年継続審議を経て成立しない状況が続いてきた。自民党、民進党等の超党派議員連盟による議員立法を目指している。2020年に4000万人、2030年に6000万人を目指す観光立国を担う政権与党としては、この法案成立は重要課題と位置付けている。MICE産業界においても無縁ではなく、早ければ11月中にも法案通過というシナリオもある。統合型リゾート(IR)とMICEとの密接な関係について、改めて紐解きながら考察してみたい。
太田 正隆 客員研究員
目次
IR推進法案は正確にいうと「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」といい、直近では平成27年4月28日に議案提出がなされている。過去にも国会に提出されていたが、審議の遅れなどにより成立に至っていない。共産党を除く会派が超党派で議員連盟を構成し(必ずしも全議員ではない)、成長戦略、税収増加、雇用創出、訪日観光推進、観光振興、地方創生等の大きな経済波及効果が期待できるとしている。最大の争点は、ギャンブル依存症増加、青少年への悪影響、治安の悪化等社会的な影響が想定されることである。これには日本弁護士連盟をはじめ各種の団体が反対をしていることも事実である。本稿では、MICE産業に携わるものとして、統合型リゾート(IR)に対する基礎的な理解と共にレクリエーション施設、宿泊施設だけではなく会議場施設、展示場で構成されるMICEに絞り込んだ考察を行う。
保養地から統合型
カジノ(CASINO)ゲームの原型はヨーロッパ生れである。元々は王侯貴族等の有産階級が好んでおこなった紳士淑女の遊び場というイメージ、米国等の新大陸では金をもった人々が一攫千金を狙ってだれでも参加できるイメージが強い。また、保養地等に併設された一施設でモンテカルロやドイツ・バーデンバーデンのような温泉保養地の立地し規模も小さいのが欧州型、ラスベガスに代表される複数の大型施設が乱立し、劇場や各種エンターテイメントも併設されたまさに統合されたリゾートの原型が米国型カジノである。
その後、カジノを含む会議場、展示施設、ショッピングセンター、レストラン、劇場、各種エンターテイメントを兼ね備えた統合型リゾート(Integrated Resort)として成長し、代表的なものとしてシンガポールにあるマリーナベイ・サンズ(Marina Bay Sans・2010年開業)やワールド・リゾート・セントーサ(World Resort Sentosa・2010年開業)である。
マリーナベイ・サンズには巨大な国際会議場と展示場が設置され、レジャーのみならずビジネス客をも取り込み成功を収めている。また、ワールド・リゾート・セントーサではユニバーサル・スタジオ・シンガポール(Universal Studio)を敷地内に展開し、巨大水族館マリーナ・ライフ・パーク等を併設することでレジャー色の強い統合型リゾート構成している。
シンガポールは1965年の建国以来、カジノを禁止していたが、社会へ及ぼす負の影響と経済的な効果を考慮し住民の合意形成を構築することに腐心、観光産業の低迷を期に2005年から単なるカジノではない「IR」という概念が登場し、これを導入することとした。ポイントはマリーナベイ地区とセントーサ地区の二箇所に限定することと、カジノが占める割合を敷地面積の5%以下と規定したことである。
IRとMICE
シンガポールに於いて2005年から検討されたIR(カジノを含む統合型リゾート)は、その後前述したようにカジノが占める割合を敷地面積の5%以下と規定、また会議場や展示場等の施設を併設する提案等を活かすことで欧州型や米国型、またマカオ等とも異なる新たな統合型リゾートとして発展することになる。1998年の香港返還あたりからLCC(Low Cost Carrier)等の格安航空の台頭、アジアにおける大交流時代ともいえる国際観光の発展と、重症急性呼吸器症候群(SARS)等によりシンガポールにおける国際観光の訪問数やホテル稼働率は低迷時代を迎えている。しかしながら2003年をボトムとしてV字的に回復をみせ2009年のリーマンショックを除き右肩上がりとなっている。
これはシンガポールにおける国際観光を国家目標として挙げ、積極的に統合型リゾート開発や国際会議誘致等のMICE推進を行った結果である。シンガポールにおける統合型リゾート開発の考え方は「カジノではなくIRである」という概念によって、カジノを含む会議場、展示施設、ショッピングセンター、レストラン、劇場、各種エンターテイメントを兼ね備えた統合型リゾートを形成し、民間からの投資により導入するとした。中でもMarina Bay Sansの提案では、10万平方メートルを超す会議場、展示場等のMICE施設の他にレクリエーション、美術・科学博物館、屋上庭園とプール、宿泊施設等が統合されたまさにIRそのものである。SANSグループがラスベガス等で成功したレジャーとビジネスを統合した成功事例でもある。
日本のIR・MICE
シンガポールの成功を受けて2010年に発足した「国際観光産業振興推進議員連盟」(IR 議連)から遡ること10年余り、1999年に東京都知事に立候補した石原氏が公約として掲げたのが「お台場カジノ構想」である。自民党が掲げる「総合政策集2016 J‐ファイル2016年6月」では、4百数十項目に渡り細かく公約を掲げているがMICEに関連する部分を抜粋すると以下の通りである。
- #20 クール・ジャパン戦略の推進
大規模展示会場や国際会議等のMICE施設の建設促進 - #40 観光立国の推進
国際会議等の誘致・開催やカジノを含む統合型リゾート(IR)の推進 - #392 スポーツ基本法に基づくスポーツ立国の実現
各競技団体の国際連盟役員の倍増支援、各競技の招致の取組 - #397 スポーツの産業化の推進
スポーツの産業化を推進する。現存のスタジアム、アリーナの施設整備の在り方を根本的に見直し、コストセンターからプロフィットセンターへの改革推進
この間に政府では、2013年新成長戦略「日本再興戦略」において観光振興、訪日観光促進、MICE推進だけだったものが、2014年改訂版「日本再興戦略」では、明確に「統合型リゾート(IR)については、観光振興、地域振興、産業振興等に資することが期待される。他方、その前提となる犯罪防止・治安維持、青少年の健全育成、依存症防止等の観点から問題を生じさせないための制度上の措置の検討も必要なことから、IR推進法案の状況やIRに関する国民的な議論を踏まえ、関係省庁において検討を進める」と進化している。カジノを含むリゾートだったものが、カジノを含む統合型リゾートと進化し特にMICE産業に関わる我々にとってもこれらの議論にも積極的に参加すべきと思量する。
まとめ
公営ギャンブルの中に「TOTOくじ」がある。主管は文部科学省である。カジノとは全く収益構造が異なるが、収益の2/3をスポーツ振興に1/3を国庫に納めている。シンプルに言えば以下の通りである。
- くじの売上金から、当せん払戻金及び経費を除いたものが収益。
- 収益の2/3はスポーツ振興の事業資金、1/3スポーツ団体、1/3地方公共団体等へ助成
- 収益の1/3は国庫納付。
(納付金相当額は、教育・文化振興、自然環境保全、青少年健全育成、スポーツの国際交流に関する事業等に充当。)
元々は日本に於けるスポーツ振興の目的のために「スポーツ振興くじ」として発足したものである。対象とするスポーツを)日本プロサッカーリーグをスポーツ振興投票対象試合開催機構として指定した。2020で使用される新国立競技場の財源のひとつとして数百億円が供出される予定となっている。統合型リゾート(IR)とは目的も形態も全く異なるが、スポーツ振興同様に、将来出来るであろう統合型リゾート(IR)からの収益のうち、国庫へ納付される収益等の一部が日本のMICE産業の更なるレベルアップや国際化に資するような事業に充当できないだろうかと思うこの頃である。法案成立から実施法成立にあたっては、MICE産業関係者の積極的な議論や参加を促すと共に、今後の動きを見守りたい。
※本稿は、「MICE Japan2016 11月号」への寄稿の再掲です。
<参考>
- 自民党・総合政策集2016 J‐ファイル455項目(2016年6月)
- 衆議院議案名・特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案
- 日本経済新聞記事(2015年4月2日)
- 横浜市・IR(統合型リゾート)等新たな戦略的都市づくり検討調査報告書(2016年3月)
- 大阪府・カジノを含めた統合型リゾート(IR)の立地(2014年4月)
- 北海道庁・北海道へのIR導入による社会的影響と経済効果
- 苫小牧市・IR構想へのチャレンジについて
- 釧路市・統合型リゾート(IR)可能性調査・検討結果報告(2016年5月)
- 長崎県・長崎IR構想骨子(案)
- カジノIRジャパン・業界関連団体及び地方誘致団体リスト
- 日本カジノ健康保養学会
- 日本弁護士連合会・いわゆる「カジノ解禁推進法案」に反対する意見書
- JETRO・シンガポール経済の動向(2013年)
- 「日本再興戦略」改訂2014
- 内閣官房副長官補付(特命担当) 非常勤職員募集要項
- 日本スポーツ振興センター・スポーツ振興事業部