『住んでよし、訪れてよし』は実現しているか?
~ JTB地域パワーインデックス調査にみる 先進観光地の観光客と住民の満足度のギャップ~ JTBは2012年2013年に独自のアンケート調査「JTB地域パワーインデックス調査」を実施した。これは全国200以上の主要観光地、都市に対する消費者のイメージ、満足度をインターネット・アンケートで調査したもので、2016年度は第2回調査を250カ所の観光地と県庁所在地に対して実施中である。現在、その半数125地区の結果が集計されたので、その結果を通じた特徴と傾向を述べたい。
中根 裕 主席研究員
目次
本調査は対象地に対する認知、関心(行ってみたいか)、訪問経験者に対する再訪意向、イメージ等と、3年以内訪問経験者に「トータル満足度」「地域の料理・食材」「まちの景観」など12項目で満足度を聞いている(図1)。ここまでは他にも類似のアンケート結果は見られるが、本調査では、観光客の満足度と共に各地区の住民に対して「観光客は満足していると思うか」即ち、住民が自分の地区をどう見ているかについても聞いているのが特徴である。ここでは観光客の満足度と住民が考える満足度との間のギャップについて着目してみた。
(図1)
1.観光客満足度上位の地区
各地区のトータル満足度について主要地区の結果を示したものが図2である。「沖縄本島・リゾートエリア」や「石垣・八重山諸島」が上位にあり、次いで「函館市」温泉観光地の筆頭として「草津」がそれに続いている。この調査の対象地は観光地、リゾート地だけでなく、県庁所在地を含む主要都市についても聞いているが、「長崎市」「札幌市」「福岡市」などに対する観光客の満足度が高い。「京都市」も高い部類であるがそれらの後塵を拝している。これらの上位の都市の「トータル満足度」を支える項目が「地域の料理・食材」に対する満足度の高さである(図3)。函館市、札幌市などは料理・食材に対する個別満足度は70%を超えている。長崎も料理・食材に対する満足度は高いが、併せて「まちの景観・雰囲気」という項目に対する満足度も高いのが特徴である(83%)。前出の沖縄の2地区の個別満足度をみると「地域の自然」「まちの景観・雰囲気」「宿泊施設」といったリゾート地としての複数の資源・コンテンツに対する満足度の高さがトータル満足度を支えている。対して世界的な観光都市である「京都市」が68.5%と若干低い数値なのは、このグラフ数値は宿泊客だけでなく、日帰り立ち寄り客にもきいているためで、宿泊客だけに絞った京都の満足度は世代によらず80%に至る満足度を示している。京都市は歴史的資源に支えられる観光地であると共に、人口150万人の都市である。昼と共に夜の賑わいや風情も含めた奥の深さが宿泊してこそ堪能できるのだろう。
(図2)観光客の満足度と住民が考える観光客満足度(※)
※住民に対して「観光客が満足していると思うか」を聞いた結果
(図3)項目別の観光客満足度
2.住民が考える観光客満足度
一方、訪れた観光客が自分の地域に満足していると思うか、という住民への質問に対して最も高い数値が出たのは岐阜県の「高山市」であった(82.8%)。ちなみに2012年の調査の結果では熊本県「黒川温泉」の住民アンケート結果が100%でトップだったが、今年度の調査では黒川温泉は後半の調査対象地に含まれ今回の中に含まれていない。高山市は観光客満足度でも72.8%と札幌市と同等の高い満足度であったが、住民の観光に対する自信・自負心には並々ならぬものがある。では高山市の住民は12の個別項目の中で何に観光客が満足していると考えているのだろうか?図4に示すように「地域の料理・食材(82.8%)、「まちの景観・雰囲気(94.3%)」、「地域の自然(86.2%)」と3項目が80%を超え、これらの項目について、住民は観光客は満足してくれているはず、と思っている。こうした地域の多様な資源に対する住民意識の高さは、観光を単に限られた観光産業・分野だけの問題でなく、都市計画やまちづくりの一環としてとらえ地域をあげて取り組んできた結果でないだろうか。前出の観光客満足度の高かった函館市、長崎市、札幌市、福岡市なども住民が考える観光客満足度は決して低くはなく70%を上回っている。一方、沖縄や草津などは観光客満足度と住民の考える満足度に若干ギャップがみられる。こうした自然資源や温泉資源という天賦の資源に抜き出た地域の住民は、日常見慣れているせいなのか、さらに自分の地域の資源が本当に無二のモノであることを見直す必要があるのかもしれない。
(図4) 項目別の観光客満足度と住民が考える満足度
3.都市を観光の視点で見直す
本稿でピックアップした上位の函館市、札幌市、京都市、福岡市、長崎市は、観光地であると共に地域の拠点都市である。地方都市で観光客が多く訪れている地域の住民は、おおむね観光客は自分の都市を満足していると思っているようである。対して県庁所在地レベルの都市の中で、都市観光という位置づけが薄い都市の住民は、観光客は自分の都市に満足していないと思っているケースが見られる。中部圏北陸の富山市、金沢市、松本市をみてみると、富山市を訪れた観光客の満足度63.4%は決して低くないが、富山市民は45.7%と半数以上の住民が自信を持てていない。隣の金沢市の存在が観光面で住民意識の上でもあるのだろうか?その金沢市でも観光客72.4%に対し住民意識は64.8%となる。対して長野県の松本市は観光客満足度は61.7%とまずまずであるが、住民の考える観光客の満足度は金沢市と同じ64.8%と観光客を上回る結果であることが興味深い。同様に3市の住民が考える観光客満足度を項目単位で見てみると(図4)、金沢市、松本市の住民は食、景観・雰囲気、自然など複数の項目でバランス良く高い数値を示しているが、富山市では「地域の料理・食材(81.0%)」は高いものの他の項目総じて低い結果となっている。はたして富山市には金沢市の街並みや松本市の松本城といった著名な観光資源がないから都市として魅力がないのだろうか?壮観な北アルプスと富山湾に挟まれ、他の県庁所在地にはない自然と都市との景観を持ち、食だけでなく、市民の生活に根付いた生活文化資源があるはずである。
ここで東京、大阪などの大都市住民と観光客の満足度に対する評価をみてみると、概ね住民の自負心の高さが伺える。東京の「浅草・上野」と大阪の「梅田」「難波・心斎橋」そして「神戸」をあげてみたが、住民の考える満足度の方が高い傾向がある。ただし大都市への観光客は、様々な機能や施設が集積する大都市の一部分の経験から答えているため、全体でみれば満足度が上がらない可能性がある。
以上の例だけですべて語るわけにはいかないが、評判の高い観光地や都市は住んでいる住民の意識や自負心も高いと言えるだろう。勿論、住民の自地域に対する過信による観光客満足度とのギャップのケースもあるかも知れない。しかし自負心と過信とは紙一重ながら違うはずである。常日頃から、外の眼や価値観も取り入れて、観光業界だけでなく「まち全体として」自分の地域の魅力を見つめ、その価値に地域全体でこだわることが自信や住むことの意味、即ち「住んでよし」につながるのでないだろうか。