実践的観光教育の可能性を考える

最近インターンシップやアクティブラーニング型の授業等、より実践的な教育を積極的に取り入れる大学が増えてきました。今後実践的な教育はどんな方向に向かうのでしょうか?

香取 早太

香取 早太 コンサルティング第四部長

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目次

近年、多くの大学が社会に出てから即戦力となるような実践的な教育(実学)をカリキュラムに取り入れるために、産業界との教育的な連携を広げています。拡大のきっかけともいえるのが2010年に文部科学省が公募採択した「大学生の就業力育成支援事業」でした。当時は、ばらまき予算と批判の声もありましたが、この事業採択をきっかけに様々な産業界と連携する大学が増えた事も事実です。その後2012年には事業に採択された大学が地域のブロック毎にまとめられ、「産業界のニーズに対応した教育改善・充実体制整備事業」という新しい事業に継承されました。当社でもこの動きを背景に、ここ数年大学と包括的連携を進め、観光分野で学生が即戦力として観光業界で活躍できるようカリキュラムの提案や講義の受託等を進めています。本コラムでは観光分野における実践的観光教育の可能性について、社会的な背景を踏まえて考察します。

1. 観光産業で進む急速な人手不足の現状

ここ数年、地方創生の主要となる産業として期待の高まる観光業界において、旅館・ホテル業や飲食業などのサービス産業は深刻な人手不足が大きな問題となってきています。

厚生労働省による一般職業紹介状況調査によると、「宿泊業・飲食サービス業」の新規求人総数は2011年から2015年の5年間で1.58倍となり、関連産業も含めた新規求人倍率は3.26倍~4.37倍と拡大する求人需要を充足できない状況を示しています(図1、2)。また、帝国データバンクによる「人手不足に対する企業の動向調査」では、旅館・ホテル業で正社員が不足している企業は57.6%で前期(昨年7月)の調査以降11.2ポイント増、「非正社員が不足」は59.4%で前期よりも11.3ポイント増と示されました。この調査結果からも、どちらも約6割の企業で人材不足の問題が加速している傾向が明らかとなり、特に旅館・ホテルなどのサービス業においては非正規雇用の割合が高く、敬遠される傾向が見られました。

(図1)宿泊業、飲食サービス業新規求人数

(図2)新規求人倍率(常用・パート含む)
出所:厚生労働省一般職業紹介状況調査よりJTB総研作成
出所:厚生労働省一般職業紹介状況調査よりJTB総研作成(図1、2)

2. インターンシップから考える、実践的観光教育の必要性

当社グループは昨年度兵庫県の「観光産業の人材確保・育成事業」に参画し、地域の大学生・短大生・専門学校生による地元の旅館の視察およびインターンシップを通じて事業者の採用活動における課題の抽出や解決策を導き出すことを試みました。

事前の学生へのアンケート調査結果では、旅館で働くプラスのイメージとして「日本の文化が学べそう」「多様なお客様と接客する事で人間的に成長できそう」などがあげられましたが、一方で「労働時間が長い」、「不規則」、「休みがとりにくそう」といったマイナスイメージも高いことが分かりました。また、図3にあるようにインターンシップ後は「関心がない」および「関心が低くなった」の割合が増加し、「非常に高まった」が減少し、平均的な就職関心度は低下する結果となりました。しかしインターンシップに入る前に実施した旅館の魅力を伝えるセミナーや、インターンシップでの体験から「働いている人の人間関係が良くイメージが変わった」「労働時間が長いと思っていたが大体の時間が決まっていてイメージが変わった」など一部の学生のイメージが変わった事も注目されます。このように実践的な教育として現場を体験することによって旅館就労の現実的な長所・短所の両面に気づきを与えることができ、安定的・長期的雇用者の確保という観点からインターンシップは就職前のミスマッチの回避にも有効に働くものと考えられます。

(図3)就職の関心度の分布(兵庫県事業にてJTB総研作成)

3. 文部科学省が掲げる「専門職大学」「専門職短期大学」とは

2017年3月、「専門職大学」と「専門職短期大学」の制度化が閣議決定されました。本制度は2015年4月の中央教育審議会における文部科学大臣の「個人の能力と可能性を開花させ、全員参加による課題解決を実現するための教育の多様化と質保証の在り方について」という諮問を受けた形で、実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の実現に向け具体的に検討がなされてきたものです。今後国会を通過すれば「専門職大学」と「専門職短期大学」が高等教育機関として設置認可されることになります。この新しい高等教育機関で重要視されている点は以下の通りです。

  • 理論と実践の懸橋による職業教育の充実
  • 産業界・地域等のニーズの適切な反映、産業界・地域などとの連携による教育の推進
  • 社会人の学び直し等、多様な学習ニーズへの対応
  • 高等教育機関としての質保証と国際的な通用性の確保、実践的な職業教育に相応しい教育条件の整備

大学では実践的な教育に対しては根強い反発がありましたが、設置認可される事が決定されれば、今後は実践的な教育が拡大することが予想されます。

「専門職大学」「専門職短期大学」の教育内容を見ると卒業単位の3割~4割はインターンシップなどの実習や演習であり、学生は産業内での実習を2年間で300時間以上、4年間で600時間以上履修する事となっています。必要とされる専任教員体制も5年以上勤務した教員が4割以上と非常に思い切ったものとなっています。このような教育の中で一般的な大学・短大卒業と同等の学士号が取れる事が今回の新しい大学のポイントです。

日本では戦後一貫して第三次産業就業者が増え、現在では7割に至っていますが、裾野の広い観光産業はその主要な産業として期待されています。今回の中央教育審議会の制度化のポイントとしても、成長分野等で求められる人材例の中にIT分野とともに「観光分野での接客のプロとして活躍するとともに、現場におけるサービス向上の先導役を果たす人材」が明記されています。

当社では今後観光分野において、この新しい高等教育機関に認可申請する専門学校や大学が少なからず現れる可能性があると予測しています。そして、将来的には専門職大学、専門職短大や実践的な観光教育を取り入れたい大学などと包括的に連携していくことを視野に、より多くの若者が観光産業に魅力を感じ、就職を希望してもらえるような実践的観光教育を開発・提供していきたいと考えています。