金融機関における観光産業への投融資の現状と課題

金融機関における観光産業への投融資は、課題を抱えながらも新たなフェーズに入ったと言える。金融機関自らがプラットフォームを構築するための投資を行い、観光産業のみならず、他産業への波及効果を狙う事例も出てきている。また2018年1月に施行予定の住宅宿泊事業法は積年の課題であった長期滞在マーケットの構築を促し、金融機関の新たな投融資の広がりにつながるはずである。
※本コラムは、金融ジャーナル社発行「金融ジャーナル7月号」(2017)に掲載された原稿を許可を得て再掲するものです。

篠崎 宏

篠崎 宏 客員研究員

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目次

金融機関における観光産業への投融資の課題

2014年6月24日に閣議決定された「日本再興戦略」には、地域金融機関等による事業性を評価する融資の促進が盛り込まれ、それまでは財務データや保証・担保等で融資可否を決定したのに対し、いわゆる事業性評価による融資が行われるようになった。この間、訪日外国人観光客は伸び続け、2016年には2,404万人に達し、各地で宿泊施設の不足が聞こえてくるようになった。宿泊事業者は、商圏(観光形態、観光地のタイプ、ビジネス需要、顧客層)、観光需要の潜在力(対象エリアの観光資源量、集積度、観光資源のタイプ)、長期展望(持続的・恒常的な観光需要、持続的・恒常的なビジネス需要)により新規進出エリアを決定するが、三大都市圏では土地を確保するのが難しくなっており、地方圏への積極的な進出を図っている。
好調な宿泊産業への金融機関の投融資意欲が高まる一方で、観光産業全体への事業性評価による投融資は目論見通りには進んでいない。事業性評価へのシフトは理解しつつも、現場レベルからは「小規模事業者が多い観光産業では事業性評価による投融資の判断は非常に難しい」という声をよく聞く。観光は事業者単独の努力のみならず、行政や観光協会の効果的なPR戦略やエリア内事業者との連携等が成功への不可欠な要素となっており、地域一体となった事業戦略があって初めて金融機関の事業性評価による投融資が実現すると言ってもよい。すなわち金融機関が参画して策定した地方版総合戦略の確実な実行があってこそ事業性評価が機能するのであり、金融機関は事業者のみならず、地方版総合戦略の立案者でもある行政へ、その着実な実行を促す必要がある。

観光産業への投融資の課題

  • 金融機関の現場レベルでの事業性評価への対応力の低さ
  • 小規模事業者が多い観光事業者の新たなマーケット適応力の低さ
  • 観光産業への事業性評価の前提となる地方版総合戦略等の実行力の低さ

金融機関における観光産業への投融資

事業性評価による事業者への投融資が徐々に広がる中で、金融機関自らの投資により新たなプラットフォームを構築する動きも出てきている。
福岡銀行が出資する株式会社福岡キャピタルパートナーズ、静岡銀行が出資する静岡キャピタル株式会社は、シニアを対象としたインターネット旅行販売を行っている「ゆこゆこ株式会社」の全発行普通株式の取得を行った。福岡と静岡に拠点を持つ金融機関グループが、連携して融資先である宿泊事業者の販路拡大につながる投資を行った事例であり、今後は旅行のみならずシニアのライフスタイル全般へ事業を拡大することにより、宿泊事業者以外の融資先への波及効果も期待できる。
農業分野でも新たな取り組みが行われている。鹿児島銀行は、福岡県の北九州青果、鹿児島県の鹿児島中央青果、鹿児島共同倉庫、園田陸運と共同で生産から販売までを手掛ける農業法人を設立、タマネギ栽培からスタートし、将来は植物工場での栽培を検討している。あわせて農業を軸としながらも観光事業者へのシナジー効果も狙っており、鹿児島県の基幹産業である農業による観光開発を視野に入れている。

変革期に入った宿泊マーケット

2017年3月10日、「住宅宿泊事業法」が閣議決定された。訪日外国人観光客の急増により、世界各地で展開しているAirbnbなどの民泊サービスが日本にも進出、施設周辺住民とのトラブルも散見されることから、新たな法整備が必要になってきたというのがその背景である。
長年、日本における長期滞在の阻害要因として、企業の長期休暇の取り難さが指摘されてきたが、最大の阻害要因は宿泊費の高さであった。1泊7,000円の宿泊費は決して高いとは言えないが、家族4人で1週間宿泊すると196,000円となり、近隣国への海外旅行も可能となる金額となってくる。民泊サービスの本格的な導入により、訪日外国人観光客の宿泊キャパシティの増加はもちろん、2016年度は年間2.28泊しかない日本人の観光の大きな伸びも予想される。フランスのバカンスを例に挙げるまでもなく、欧米では1週間で2ベッドルームが30,000円など、多様化した宿泊施設による長期滞在は既に定着しており、日本でも住宅宿泊事業法により宿泊マーケットに大きな変革が起こるはずである。2013年に総務省が実施した住宅・土地統計調査では、総住宅数6,063万戸のうち空き家が820万戸と空き家率が13.5%に達している。グローバルレベルでの交流人口および日本人の宿泊数の増加により、日本社会を象徴する空き家問題に新たな改善策が生まれるはずである。これらの動きにあわせて、金融機関は新たな投融資先として住宅宿泊事業法施行により空き家の活用が進む宿泊マーケットに着目するべきである。

総住宅戸数、空き家数及び空家率の推移

出典:総務省統計局

1人当たり年間宿泊数

出典:観光白書をもとにJTB総合研究所が作成

住宅宿泊事業法概要

(1)住宅宿泊事業に係る届出制度の創設
  1. 住宅宿泊事業※1を営もうとする場合、都道府県知事※2への届出が必要
  2. 年間提供日数の上限は180日
  3. 地域の実情を反映する仕組み(条例による住宅宿泊事業の実施の制限)を導入
  4. 住宅宿泊事業の適正な遂行のための措置(宿泊者の衛生の確保の措置等)を義務付け
  5. 家主不在型の住宅宿泊事業者に対し、住宅宿泊管理業者に住宅の管理を委託することを義務付け

※1 住宅に人を180日を超えない範囲で宿泊させる事業
 ※2 住宅宿泊事業の事務処理を希望する保健所設置市又は特別区においてはその長

(2)住宅宿泊管理業に係る登録制度の創設
  1. 住宅宿泊管理業※3を営もうとする場合、国土交通大臣の登録が必要
  2. 住宅宿泊管理業の適正な遂行のための措置(住宅宿泊事業者への契約内容の説明等)と(1)[4]の措置の代行を義務付け

※3 家主不在型の住宅宿泊事業に係る住宅の管理を受託する事業

(3)住宅宿泊仲介業に係る登録制度の創設
  1. 住宅宿泊仲介業※4を営もうとする場合、観光庁長官の登録が必要
  2. 住宅宿泊仲介業の適正な遂行のための措置(宿泊者への契約内容の説明等)を義務付け

※4 宿泊者と住宅宿泊事業者との間の宿泊契約の締結の仲介をする事業
出典:観光庁ホームページ

まとめ

地方創生における金融機関の役割の重要性は疑う余地はない。その一方で事業性評価へのシフトはスピーディに進んでいるとは言い難い。金融機関が新たな投融資モデルを模索する中で、2018年1月に施行する住宅宿泊事業法は、続伸している訪日外国人観光客のみならず、日本人観光客の宿泊マーケットに大きな変革をもたらすはずである。日本人の年間宿泊数はOECD加盟国の中でも最低クラスに位置しており、欧米並みの年間宿泊数を実現するためには、法整備と並行して金融機関の積極的な投融資が重要となってくる。