日本におけるアドベンチャーツーリズムの可能性

アドベンチャーツーリズムという言葉で、みなさんはどんな光景を連想するだろうか。北海道でのカヌー体験、関東近郊でのラフティングやバンジージャンプといった自然の中で楽しむスポーツアクティビティやキャンプといったアウトドア体験を思い起こす人が多いのではないかと思う。実は今、海外では、日本によくある数時間で数千円のオプショナルツアー的なプログラムではなく、終日~数日間かけて、カヌー、トレッキング、グランピングなどのアクティビティを本格的に楽しむプログラムが多数あり、富裕な欧米人に支持され、高額だが付加価値の高いタイプのアドベンチャーツーリズムとしてマーケットが確立している。当社は、国内ではあまり知られていないこういったスタイルのアドベンチャーツーリズムが日本の観光政策や地域活性化を進めるうえで、「質の向上」に大きな貢献を果たすと考え、関係者と日本アドベンチャーツーリズム協議会を設立することとした。本文では、筆者は設立準備に携わるメンバーの一人として、日本におけるアドベンチャーツーリズムの可能性について考察したい。

國谷 裕紀

國谷 裕紀 主任研究員

印刷する

目次

1.世界的に注目されるアドベンチャーツーリズム

アドベンチャーツーリズム(以下AT)とは、Adventure Travel Trade Association(以下ATTA)による定義では「アクティビティ、自然、異文化体験の3要素の内、2つ以上で構成される旅行」のことをいう。もともとは1980年代にニュージーランドで急速に発達した観光の1つであり、シーカヤック、ラフティング、トレッキング、山登りといった、海、山、川を生かした様々なアウトドアのアクティビティの総称であった。自然をテーマとした観光には「エコツーリズム」などもあるが、アクティビティの有無、異文化体験の有無などがATTAの定義におけるATとの相違点である。

ATは、自然や異文化といった軸では「エコツーリズム」や「グリーンツーリズム」と共通項を持つものの、レジャーとしての「楽しみ」の要素が中核にあるため、観光客がより積極的にお金を費やすだけの魅力が備わり、市場が他者より大きく拡大してきたと考えられる(図1)。

観光用語集「アドベンチャーツーリズム」

 

アドベンチャーツーリズム、エコツーリズム、グリーンツーリズムの考え方、相違点

(図1) アドベンチャーツーリズム、エコツーリズム、グリーンツーリズムの考え方、相違点
出典:ATTA HP・データ、UNWTO 「Global Report on Adventure Tourism」、
国土交通省「着地型旅行の市場概要」よりJTB総合研究所作成

 

2.アドベンチャーツーリズムの市場規模

AT市場をエリア別に現地支出の大きさを見てみると、市場規模が大きいのは、北米、南米、欧州でこの3エリアの2017年の総市場規模およそ6400億ドル*1に対してAT市場は4500億ドル*1と推計。2012年から2017年にかけての年平均成長率(CAGR)は、総市場が6.2%に対して、AT市場は11.4%*1と高い成長を見せている。2016年の三極別の市場規模ではヨーロッパがおよそ2800億ドル*1と最も大きく、北米と南米が続いている(図2)。

また、一人当たりの現地支出額は北米が最も多く、3,290ドル(2017年)*1となり、南米が2,198ドル*1と続いている。欧州では1,722ドル*1と北米・南米と比較して小さいが、これはATの概念が既に広く普及し裾野が広がっている分、相対的に低くなっていると考えられる。それでもこの3エリア共々、AT市場の顧客単価は、一般的な旅行市場より1.7~2.5倍程度高くなり、高額(ラグジュアリー)な市場であることが分かる。

日本国内におけるAT市場の規模の把握は難しいが、米国のOutdoor Industry Association(OIA)が採用するアクティビティ10項目(1.キャンピング 2.フィシッシング 3.野生生物観察 4.ハンティング 5.トレイルスポーツ 6.自転車スポーツ 7.スノースポーツ 8.ウォータースポーツ 9.モーターサイクル 10.オフローディング)のうち、日本での市場規模の把握が難しいもしくはアドベンチャーツーリズムに含まれないと想定される9,10を除いた8項目を対象として分析を行い、現在2.3兆円*1と推計した。その内訳としてはギア(用具・装備関連支出)が1.1兆円、トリップ(旅行関連支出)が1.2兆円であり、欧米諸国と比べるとギアに対するトリップ関連消費額が相対的に小さいが、日本国内でのAT市場には今後大きな伸びしろが残っていると考えられる。
(*1:データ出所:Adventure Travel Trade Association資料、 *2:JTB総合研究所による推計)

ATの特徴は、高付加価値な旅行商品と長期滞在旅行のスタイルにある。日本国内の体験ツアーにおいては、一般的に数千円程度のものが多いが、海外のAT先進地の体験ツアーは、全体的に高額傾向である。(図2)日本の場合は、日本型の団体旅行やパッケージ旅行のように旅程表が前提のスケジュールの合間を埋める構造で設計されているが、海外の場合は、長期滞在を誘引する高付加価値な体験ツアーを設計しており、その体験への参加が旅行目的になっている。日本が観光先進国に発展していくためには、ATが目指す「高付加価値の商品開発」と「長期滞在旅行」につながる受入体制づくりをしっかり取り入れていく必要がある。ただし「高付加価値」は 「ラグジュアリー」ということではなく、その土地でしか体験できない特別感や演出、ガイドによるストーリーテリングなど、豪華な仕掛けが求められているわけではない。

 

日本と海外における体験ツアーの価格比較(一般例)

(図2) 日本と海外における体験ツアーの価格比較(一般例)

 

アドベンチャーツーリズムの市場規模

(図3) アドベンチャーツーリズムの市場規模
出典:ATTA資料、Euro-Monitor、各種データよりJTB総研作成

 

ATTAの調査によると、ATを目的とした旅行者の平均年齢は35歳、一般的な旅行者の平均年齢42歳より若く、自身にとって初めての地域を訪れ、人との出会いや地域の文化に溶け込もうという意識が強く、高学歴で高収入層が多いという結果が出ている。観光振興の立場でいうと、ATは観光客数を追及する「量的な観光振興」ではなく、地域での経済効果や自然環境保護による持続可能な観光振興を追及することを可能とし、「質的な観光振興」を目指す取組となり得る。世界的にオーバーツーリズムが問題視される昨今であるが、「観光先進国」を目指す日本が今後考えるべき観光施策としても注目すべきと考える。

ところで、近年のラグジュアリー市場のトレンドとして「体験的ラグジュアリー(Experiential luxury)」へのシフトが挙げられる。国際的コンサルティング会社であるボストンコンサルティング(BCG)社の調査によれば、2022年にはラグジュアリー市場全体の3分の2を“Experiential luxury”が占めると想定(2015年は“Experiential luxury”は全体の3分の1程度)されている(図4)。

AT市場の成長は、モノ消費からコト/体験型消費への移行や、自然回帰のトレンドに後押しされていると考えられ、北米を中心とした欧米諸国で先行しているものの、今後アジアでも高学歴・高収入層を中心に拡大していくと想定される。また、観光による地方創生との親和性が高いため、 AT市場は日本の観光戦略を考える上で魅力的な参入市場の一つであると考えられる(図5)。

 

ラグジュアリーマーケットと体験的ラグジュアリー

(図4) ラグジュアリーマーケットと体験的ラグジュアリー
出典:BCG “Metroluxe: Countering Complexity in the Business of Luxury,”

 

ラグジュアリー市場とAT市場の位置づけ

(図5) ラグジュアリー市場とAT市場の位置づけ

 

3.アドベンチャーツーリズムの国際機関ATTA(Adventure Travel Trade Association)

ATTA(Adventure Travel Trade Association)とは、アドベンチャートラベルの持続的な発展を目標として、様々なネットワークやソリューションの提供を行っていくことを目的とした団体であり、1990年に設立された世界最大のアドベンチャーツーリズム組織団体である。各国・地域のメディア、政府観光局、観光協会、DMO、ツアーオペレーター、アウトドアメーカー等で構成され、およそ100か国から1,400会員を擁している。業界の発展のための各種活動(調査分析・会員間のコネクション構築・データベース構築等)を行っており、UNWTO(国連世界観光機関)と共同でGlobal Report on Adventure Tourismを発行するなど世界で最も権威のあるアドベンチャーツーリズム組織団体として認知されている。またATTAの特筆すべき特徴は、会員専用ウェブ(HUB)上で広報が出来ること、ナショナル・ジオグラフィックやフォーブス誌に関わる一流のライターや写真家、映像作家、BBCなどの放送局関係者などのメディア関係者が多い点である。

ATを推進する国・地域に対して、ATTAは様々なソリューションを持っており、カンファレンス、トレードショー、またメディアやツアーオペレーターを招請する視察旅行の実施などにより、ATデスティネーション開発を支援している。ATTAでは、年に一度世界のATメンバーが集まって、カンファレンス、セミナー、また国・地域間の情報交換やネットワーキングを行うアドベンチャー・トラベル・ワールド・サミットを開催しており、開催国・地域のATの推進に大きく貢献している。(図6)

JTB総合研究所では、ATTAとのパートナーシップにより、日本国内におけるATデスティネーション開発を進め、欧米諸国からの訪日外国人旅行者の増加や地方への周遊促進への取組みを進めていく。

 

ATTAが取組むアドベンチャーツーリズムの国際大会「Adventure Travel World Summit」

(図6)  ATTAが取組むアドベンチャーツーリズムの国際大会「Adventure Travel World Summit」
(以下は2017年10月に開催されたアルゼンチン・サルタ大会)

 

4.日本国内におけるアドベンチャーツーリズムの取組

2017年度より日本国内のAT先進地を目指してATTAの協力のもと、阿寒湖を中心として北海道・道東エリアにおいてATの取り組みが始まった。広大なアジアにおける亜寒帯エリアの大半が気候の厳しい亜寒帯乾燥気候であるのに対し、阿寒をはじめとする北海道エリアは、多くの積雪を伴うものの比較的過ごしやすい亜寒帯湿潤気候に属し、ATニーズを取り込み易い環境といえる。また北海道は夏季も快適な温度、湿度であり、通年でのATの取組を可能とする。このことは、今後拡大が予想されるアジア諸国の顧客獲得に向けて、気候的にも地理的にも北海道に属する道東が大きな優位性を持つことを意味している。

一方、ATにおける「異文化」の定義は柔軟かつ幅広いものであるため、必ずしも伝統文化を必要とするわけではないものの、アイヌ文化は日本国内でも珍しいユニークな先住民族文化であり、それに触れられることはアドベンチャーツーリズムにおける道東エリアの一つのアドバンテージに繋がっていると言える(写真1)。

昨年9月に、道東エリアでのATの取組を道内全体に広げていくべく、ATTAの公式イベントである「アドベンチャー・コネクト(Adventure Connect)」を札幌にて開催した。アドベンチャー・コネクトとは、ATTAがATを軸とした地域活性化を実現するため開催する、AT関連事業者間の情報交換・ネットワーキングを目的としたイベントで、欧米を中心に43回の開催実績がある。中東を除くアジアでは初開催となった。Adventure Connectの札幌開催では、世界1,400のATTAメンバーのみならず、月間16,000PVを誇るATTAのHPで告知され、全世界に北海道がアピールされる機会になった。2018年9月18日に2回目のAdventure Connectが札幌で開催され、100名以上の道内関係者が参加し、ATの取組強化にむけた機運醸成を改めて行った(写真2)。

 

アイヌコタンのチセ(小屋)内で伝統楽器の演奏を鑑賞するATTA関係者

(写真1) アイヌコタンのチセ(小屋)内で伝統楽器の演奏を鑑賞するATTA関係者
(個人撮影)

 

2017年9月Adventure Connect札幌の様子

(写真2) 2017年9月Adventure Connect札幌の様子
(個人撮影)

 

5.日本アドベンチャーツーリズム推進協議会設立について

ATの取組は自然や文化や地域を大事にしながらも、経済的な成り立ちの重要性を理解しており、地域資源を観光振興により経済価値に結びつける取組であると言える。ATの3要素である「自然」「異文化」「アクティビティ」は、地方だからこそ、自然やその土地ならでは作物や食材、伝統文化などが溢れており、ATに必要な三要素が全て揃うと言える。

またATの取組みは、自然や文化が持続していくためにも「保護」と「活用」を両立させる好循環を実現されることを目指しており、さらには地域経済が観光で潤うことを重視している。地域の中小事業者が経済的に持続可能であることを重視しており、まさに観光先進国を目指す我が国において、ATの取組みは地域活性化の取組みとしても注目されている。しかしながら、我が国においてATを推進していくためには、ATTAとの連携により、AT旅行商品として受入体制づくりを進めていく必要がある。

北海道・道東エリアの取組に加え、本年より長野県においてもATの取組みが開始され、まずは宿場町の風情が楽しめる中山道を中心に独自性の高い旅行商品を開発して信州の観光ブランド力を高めていくことになった。その他地域からもATへの関心が高まってきていることから、ATを推進する地域のネットワーク組織として2019年4月に「日本アドベンチャーツーリズム協議会」の設立を目指している。本協議会は、日本のAT観光地、AT関連事業者等のハブとなり、欧米を中心としたAT顧客層に対して、日本のAT観光地を訴求するとともに、日本のAT観光地化を推進する支援をしていくことを主な役割としている。ATTAのCEO Shannon Stowell氏、アジア地区部長Jake Finifrock氏を外部アドバイザーに迎え、同組織が持つノウハウや国際ネットワークを活かして、日本がアジアを代表するATデスティネーションとして認知されていくよう活動を進めていきたい。

プレスリリース『「日本アドベンチャーツーリズム協議会」を設立』

 

日本アドベンチャーツーリズム推進協議会の組織イメージ

<日本アドベンチャーツーリズム推進協議会の組織イメージ>