データから見る「長寿時代」におけるこれからの高齢者の旅行について
現在の日本は長寿化による高齢化と出生数の減少による少子化が同時に発生し、急速に少子高齢化が進行しています。生産年齢人口の減少や社会保険料増加への対策の一環として昨年は「外国人労働者の受け入れ拡大」の方針決定や「人生100年時代構想会議」の構想がとりまとめられました。本コラムでは「長寿時代」におけるこれからの高齢者の旅行を題材に、オープンデータやアンケートデータなどを組み合わせ、市場がどのように変化するのかを読み解いてみたいと思います。
蓬田 崇 主任研究員
目次
1.これからの高齢者を取り巻く環境
現在の平均寿命は年々伸びており(図1)、2017年には男性が81.09歳、女性が87.26歳となりました(厚生労働省プレスリリース:2018年7月20日)。国立社会保障・人口問題研究所によると今後も男女共に長寿化が進み2065年(約45年後)には、男性は84.95歳、女性は91.35歳まで平均寿命が延びると推計されています。
日本政府も「長寿時代」の到来に備えて2018年6月に「人生100年時代構想会議」におけるまとめとして発表した「人づくり改革 基本構想」においても高齢者の雇用の促進を盛り込み、2018年11月の未来投資会議の中間報告では「70歳までの就業機会の確保を円滑に進める」とし、企業や個人の自由度を認めつつ段階的に法制度を整備すると明記しています。
日経リサーチが18年10-11月に実施した郵送世論調査(2019年1月21日の日経新聞)によると70歳を過ぎても働く意欲を持っている人が3割を占めているという報道がありました(図2)。今後、高齢者の労働参加は進み、近い将来には70歳まで働くことが当然の社会になっていくと考えられます。
就業期間が長期化することにより収入は増え、経済的なゆとりも生まれ様々な消費について好循環が見込めるのではないかと考えます。ただし、健康寿命については現時点の平均からすると70歳以降を老後とした場合、リタイアした後に元気に自立して過ごせる期間は男性の場合は2年、女性の場合は4年しかないことになってしまう点についてはマーケットを読み解くうえでは配慮が必要であると考えます。
日本FP協会の調べによると60代以上における老後の楽しみは旅行・レジャーが最も高く(図3)、高齢者は「旅行・レジャー」への関心が高いことが伺えます。次章では関心の高い「旅行」に関する行動について読み解いてみたいと思います。
2.これからの高齢者の旅行について
これまでも重要な市場であると考えられている高齢者マーケットですが、弊社独自調査の結果を基に現在の高齢者に関心の高い「旅行」に関する特徴が今後どのように変化するのか考察してみたいと思います。
※健康寿命の延伸等により高齢者の定義に関しては議論があり(世界保健機構では65歳以上を高齢者と定義しています)がここでは前章を踏まえ70歳以上を高齢者ととらえ記載させていただきます。
(1)旅行先
旅行先については海外旅行では出国者の多いアジアやハワイよりも遠方のヨーロッパを好む傾向にあり、国内旅行では大都市(首都圏)を避ける傾向にあります(図4)。この特徴は、旅行の志向が多様化し、旅行先が個々人の興味に応じて様々に分散化していることなど、「時代背景」によるトレンドも関係していると考えられますが、年齢に起因する要素として、就学している子供の有無や自身の就業状況による「ライフステージ」が影響していると考えられます。就学している子供がいない状況であれば、子供の休みや希望する旅行先にあわせることもなく、比較的旅行代金も手ごろな時期に遠方や自身の興味関心がある旅行先に出かけることができるからではないかと推察します。ライフステージに起因する状況は今後も劇的には変化しにくいと考えられることから、これから高齢者となる世代も人気の方面については類似した傾向になると予想できます。
(2)旅行の時期
旅行の時期については高齢者の場合、8月のピーク時を避けて10-11月に旅行をする人が多く、海外旅行は混雑時期を避けた6月、国内は過ごしやすい気候の5月に旅行をする人が多いという特徴があります(図5)。旅行先と同様に就学している子供の有無や自身の就業有無など「ライフステージ」が影響していると考えます。
(3)旅行商品
旅行商品については宿泊施設や交通機関を個別に手配する個人手配の割合が最も多いですが、現在の60代以上は他の年代に比べて国内旅行、海外旅行ともに添乗員付ツアーを好む傾向が強く、特に海外旅行については個人手配と同規模の3割強を占めています(図6)。
旅行商品の選択については高齢者が好むヨーロッパ方面や高齢者向けの添乗員付ツアー商品が多いことによる影響に加え、「世代」による影響も受けていると考えます。現在の60代以上は、バブル景気に後押しされ、学生時代から海外旅行を楽しんだ現在の40-50代と比べ、レジャー目的での海外旅行の経験率が少なく、現地でのガイドなしに海外旅行をすることに不安を持つ人が多かった点なども影響していると考えます。
これから高齢者となる世代は海外旅行の経験率も高く、予約の簡便化も進んでいる時代背景を踏まえるとより一層個人手配の構成比が高くなり、添乗員付きのツアーの構成比は減少していくのではないかと推測します。
(4)旅行の予約方法
旅行の予約方法については国内、海外ともにPCを利用したインターネット経由が最も多く、高齢者については他の年代に比べて電話を好み、店頭やモバイル経由による予約を好まない傾向が特徴的です(図7)。この違いはPCの普及やWebチャネルの充実等による「時代背景」とITリテラシーが高まったことによる「世代」の影響と「ライフステージ」(身体的な課題)による体力の低下(店舗への訪問が億劫など)が影響していると考えます。
これから高齢者となる世代はインターネットに親しんでいる世代のためPCやモバイル・アプリ等のインターネットによる予約利用者は増える一方で電話や店頭での予約は減少していくのではないかと推測します。
(5)まとめ
60歳から74歳を対象にした調査(博報堂生活総合研究所ニュースリリース:2016年6月24日)では気持ち年齢は実年齢よりも平均で14歳、体力年齢はマイナス7歳、見た目年齢はマイナス5歳という結果や歩行速度について高齢者の身体機能が10歳ほど若返っているという論文なども発表されています。高齢者といわれている年齢の方と実際にお話をすると気持ちも体も実年齢よりも若いと驚かされることが多いのではないでしょうか。
また、急激に普及し生活環境に大きな影響を与えているIoTにおいても「外出」という領域は注目されている分野の1つと言われています。これからの高齢者はテクノロジーによる恩恵も期待できます。上記の様な背景からも高齢者の関心が強い旅行市場は今後、より一層活発になっていくのではないかと考えます。
項目 | 現在の高齢者 | 変化の要因 | これからの高齢者 |
---|---|---|---|
旅行先 | 海外旅行はヨーロッパを好み、国内旅行は大都市を避ける傾向。 | 「ライフステージ」(自身の状況)による影響が大きいため現在のトレンドが継続すると推察。 | 人気の旅行先については大きな変動はないと考えられる。※1 |
旅行の時期 | ピーク時期を避けて、気候が温暖な時期を好む。 | ||
旅行商品 | 国内は個人手配が主流だが海外旅行は添乗員付ツアーを好む。 | 「世代」(過去の経験)による影響が大きいため現在とは異なるトレンドになると推察。 | 海外旅行についても個人手配が主流になっていくと考えられる。 |
予約方法 | PCと電話予約を好む。海外については店頭も利用している。 | 「世代」と「時代背景」(現在の環境)による影響が大きいため現在とは異なるトレンドになると推察。 | 店頭、電話チャネルは減少し、Web(PC・モバイル等)チャネルが増加していくと考えられる。 |
※1 高齢に起因する点に限ります。人気の旅行先については連休の長さやGDP、海外旅行の場合は為替や空路の就航状況、国内旅行の場合は人気の観光地トレンドに影響を受けます。
3.最後に
業界や取扱商材によって市場や顧客のセグメントや特性は異なると思いますが市場や顧客の理解を深めるためには集計された数字に含まれている要素を分解・推察し、仮説による論理的なストーリーを組み立て考えることが非常に重要な要素であると思います。
今回のように簡単なクロス集計やニュース記事、オープンデータ等を組み合わせるだけでもアイディアレベルであればいろいろな仮説が導き出すことができるのではないかと思います。マーケティングの実務担当者の方の仮説やアイディアを導き出す際の参考に少しでもお役にたてば幸いです。
「弊社独自調査の調査概要」
調査方法:インターネットアンケート調査
実施期間:2018年12月18日~12月22日
調査対象者:
(スクリーニング調査)日本全国の人口動態に基づく20歳から79歳までの男女40,000名
(本調査)スクリーニング調査回答者のうち、直近1年間で旅行経験のある方。国内旅行経験者7,385名、海外旅行経験者4,576名