注目されるナイトタイムエコノミー(夜間経済) 外国人の生活様式・文化背景の視点で見る日本のナイトライフのあり方
ナイトタイムエコノミーとは、夜間(一般には、日没から日の出まで)の経済活動のこと。消費やビジネスチャンスの広がりを期待して、世界各国で様々なナイトタイムエコノミー(夜間経済)への取り組みが進められています。日本でも、特に訪日外国人旅行者によるナイトタイムの娯楽利用が期待されています。一方で、「日本には深夜まで営業している娯楽・文化施設、交通機関が少なく、夜を楽しめない」という声も。本コラムでは、2018年度に東京都が実施した「東京のナイトライフ観光に関する調査」をもとに、日本のナイトライフのあり方について考察します。
安藤 勝久 主任研究員
目次
1.東京のナイトライフ観光に関する調査
東京都は、都内のナイトライフ観光の現状を明らかにするために、お酒やダンス、音楽が楽しめるナイトクラブなどのサービスだけでなく、夜景観賞や文化施設見学を含むレジャーやエンターテインメント、飲食、ショッピング、交通、情報発信にまで分野を広げて、ニーズの実態や海外の取組事例について2018年度に調査をおこないました*1。都または日本独自の夜間行動、消費様式や、都を訪れる旅行者の行動パターンが考慮されています。
調査結果から、日本人と外国人との違いだけでなく、例えばロンドンやニューヨークなどの欧米の都市の住民と、上海やソウルなどのアジア圏の都市の住民との間で、ナイトライフに対する関わり方に違いが見えてきます。地域住民のナイトライフとの関わりには生活様式が大きく影響するため、ナイトライフ観光の振興策や制度の導入に関しては、文化的背景の違いを考慮する必要があるでしょう。
2.調査結果にみるナイトライフ観光の振興のためのヒント
調査結果を細かく見てみましょう。ロンドンやニューヨーク、シンガポールのビジネスシーンでは、基本的に残業がなく、週48時間勤務が定められています。そのため、仕事帰りにいつもパブに寄ったり(イギリス)、帰宅後にあらためて外出してミュージカル、夕食といったナイトライフを楽しんだり(ニューヨーク)といった傾向があります。欧米でのナイトライフは、仕事から離れてプライベートに過ごすケースが多く、仕事仲間と一緒に飲食することが多い日本とは異なる文化となっています。
日常生活において0時過ぎまでナイトライフを楽しむ割合は、ロンドンやニューヨークが日本のおよそ3~4倍となっています。日本人は海外旅行の際も、ロンドンやニューヨークの人々の日常よりも早い時間にホテルに戻る傾向があります。日本人にナイトライフが定着していないのは、交通やインフラが不十分というだけでなく、生活様式の違いも大きな要因とみられます。これには経済的なものではなく、文化的な違いが影響していると考えられます。欧米ではナイトライフはプライベートな時間を過ごすもので、自宅の近くにナイトライフを楽しめる場所があるのに対し、日本ではどちらかというと仕事の延長としてナイトライフがあり、職場の近くにナイトライフの施設が多くあって、少なくとも最近までは男性をメインにしたビジネスとしてとらえられてきた経緯があります。このため、日本ではナイトライフのイメージが定着しにくく、レジャー施設や動物園などの夜間営業にも違和感を覚える傾向があると考えられます。
飲食では、東京でのナイトライフの中で「居酒屋」が大きな位置を占めています。日本人は30%から40%ほどの利用率ですが、東京を訪れる外国人のうち、特にアジア圏の人々は利用率が40%を超えています(上海・ソウル)。外国人の居酒屋に対する印象には、長く滞在できる、リラックスできるなどがあり、これは日本人にも共通するものとなっています。一方でメニューの豊富さは、日本人には「選ぶのが大変」「高くつく」などマイナスにとらえられているのに対し、外国人にはいろいろな料理を少しずつ楽しめるとしてプラスにとらえられています。情報提供事業者の意見にもみられるように、居酒屋は日本的なコンテンツとして固有のポジションを確立しているといえるでしょう。一方で、ロンドンやニューヨークからの訪都外国人は、バーやパブの利用も多いです。
都内のナイトライフを充実させる上で、どのような飲食店を拡充すべきかという点に関しては、いくつかのヒントが得られています。日本料理のレストランに関心を持つ外国人は多く、日本には観光に来ているので、自国にあるようなバーやレストランにそれほど魅力を感じないという意見があります。一方で、欧米系の外国人は慣れ親しんだバーやパブで時間を過ごす割合も高くなっています。都内のナイトライフの充実に向けては、これら二つを切り口として、日常と非日常それぞれに重きを置いた方向性が考えられます。
日本人にとっての日常的なものを外国人に提供する際には、異文化に楽しく触れられるように工夫すべきだし、バーやパブなどの外国人が日常慣れ親しんでいる施設では、違和感のない店舗運営が必要となるでしょう。居酒屋や日本料理店のような、外国人にとって非日常的な場所では、日本人客がいることも演出効果になりえます。
3.まちづくりの視点から考えるナイトライフのあり方
外国人旅行者の取り込みに関しては、日本国内の大都市圏のみならず、世界の都市間で競争が起こっています。ナイトライフの活用についても、ナイトタイムエコノミーという考え方で「時間市場」をどう開拓するかにおいて、各国際都市間でしのぎを削る競争が繰り広げられています。取り組みの一つとして特筆すべきはロンドンで、ロンドン市長(サディク・カーン氏)が、オリンピック後のナイトタイムエコノミーを創出すべく「ナイトメイヤー(夜の市長)」を選出しました。行政と民間の架け橋として利害調整をおこないながら、夜間帯で新たな市場を創出することに成功しています。
日本では、東京、大阪などの大都市圏に多くの外国人が訪れるようになっていますが、オーバーツーリズムのような局所的または部分的なイシューばかりが取り沙汰され、ナイトライフの活性化が制約されている面もあります。夜間、特に深夜の活動により、安全安心神話が崩れるのではないかという懸念が日本人の中にあることも否めません。
また、今後日本社会が外国人旅行者だけでなく、多くの外国人労働者を受け入れて多様性を伴った社会になることを想定すると、単にナイトライフだけではなく、都市・街をどのようにデザインするかという「まちづくり」の議論も必要になります。サービスの課題だけではなく、それを運営する人材の確保、近隣の住民の理解など、一企業の努力で解決できる範囲を大きく超えた課題が多々あります。例えばロンドンのように、ナイトライフに関する方針と具体的な施策について、国や都市が協力して足並みを揃え、民間の各事業者と連携する必要があるでしょう。単にナイトタイムエコノミーだけの視点ではなく、近隣住民とともに楽しめる場の創出を目指す「まちづくり」というテーブルの上で、ナイトライフのあり方を検討することが求められます。日本の「夜の顔」をどのように内外に魅せていくことができるか。それぞれの都市・地域ならではのアイデアを生み出すことが必要となるでしょう。
*1 東京都「東京のナイトライフ観光に関する調査」東京都ウェブサイト