SDGs達成に向けた旅行・観光分野の役割 ~「SDGs達成に貢献する旅行」への意識に海外と日本で大きな差~

国連の持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals、以下SDGs)がスタートして4年がたちました。SDGsとは、すべての人が現在および将来にわたって平和と豊かさを享受できる社会を目指した世界共通の目標で、2030年までの達成に向け17の目標が設定されています。本コラムでは、SDGs達成に向けて日本の旅行・観光分野がどのように貢献できるのか、その役割について考察します。

岡田 美奈子

岡田 美奈子 研究員

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目次

国連の持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals、以下SDGs)がスタートして4年がたちました。SDGsとは、すべての人が現在および将来にわたって平和と豊かさを享受できる社会を目指した世界共通の目標で、2030年までの達成に向け17の目標(表1)が設定されています。

SGDsリスト

現在の各国の達成率は「国連持続可能な開発目標進捗報告書」で公表されており、トップはデンマーク、その他上位も欧州の国々が占め、日本は15位です。本コラムでは、SDGs達成に向けて日本の旅行・観光分野がどのように貢献できるのか、その役割について考察します。

1.ランキング上位の国々の目標への評価とSDGsの目標達成に期待される観光分野

2019年の報告書によると、SDGs達成度ランキングの1位はデンマーク、2位はスウェーデン、3位がフィンランドと、トップ20はヨーロッパ諸国が名を連ねていました。日本は15位で、目標5(ジェンダー平等を実現しよう)、目標12(つくる責任つかう責任)、目標13(気候変動に具体的な対策を)、目標14(海の豊かさを守ろう)、目標17(パートナーシップで目標を達成しよう)の評価が低い結果でした。

デンマークは、「達成状態を維持」したのが目標1(貧困をなくそう)、目標10(人や国の不平等をなくそう)、目標16(平和と公正をすべての人に)で、「後退・減少」したのは、目標12(つくる責任かう責任)と目標14(海の豊かさを守ろう)でした。僅差で2位となったスウエーデンは、「達成状態を維持」したのが目標1(貧困をなくそう)、目標3(すべての人に健康と福祉を)、目標7(エネルギーをみんなにそしてクリーンに)で、「後退・減少」したのは、目標12(つくる責任かう責任)と目標13(気候変動に具体的な対策を)でした。上位の国々でも目標の達成が難しいことが示唆されます。

目標達成に向けて観光分野への期待が明記されているのは、SDGsの17の目標のうち、目標8(働きがいも経済成長も)目標12(つくる責任つかう責任)目標14(海の豊かさを守ろう)です(表2)。これは、観光が有形・無形の文化遺産や自然環境に配慮しつつ、地域の雇用や収入を生み出し、その持続可能な発展の推進力となることへの期待を表すものです。

観光にかかわるSDGs指標

また、UNWTO(国連世界観光機関)では、観光によるSDGsへの貢献について、経済的な側面のみならず、社会や貧困、自然・環境、文化・遺産、相互理解や平和の創出といった分野でも大きく貢献できるとし、17のすべてのSDGsに関連する可能性があることを確認しています。

2.観光分野におけるSDGs達成度の評価と国別の動向

では、国内外の旅行・観光分野におけるSDGsへの取り組みはどのような状況なのでしょうか。8、12、14の3つの目標に注目して、国別の評価をみてみます。

同報告書によると、日本は、目標8が「緩やかな進歩」、目標12が「減少・後退」、目標14は「停滞」という評価でした。OECD(経済協力開発機構)加盟36ヵ国中、目標8、12、14について「達成している」という評価を受けている国はありません。特に目標14は、10か国で「停滞」、それ以外の27か国は「減少・後退」と評価されています。

OECD諸国以外でも3つの目標すべてを達成している国はありませんが、エストニアやペルーで、比較的高い評価を得ています。また、目標8を達成しているのは、キューバのみ、目標12を達成しているのは、バングラディッシュ、ラオス、ミャンマー、ネパール、東ティモールです(表3)。

日本のSDGs達成状況

3.観光を通じたSDGs達成への意識や取り組み

日本人のSDGsの認知度は外国人に比べて低く、SDGsやサステナビリティに配慮した旅行に対する意向は、旅行の楽しみを阻害するものと考える人もいる

当社は、「旅行者のSDGsに対する意識調査」を実施しました。その結果、SDGsの認知度やSDGsやサステナビリティに配慮した旅行に対する意向に大きな差があることがわかりました。

【調査の概要】

  • 実施方法:インターネットリサーチ
  • 実施概要 国内
    • 調査対象:全国の20~69歳の男女、各年代100名、合計500名
    • 対象条件:直近1年以内に旅行をした方(国内外問わず)
    • サンプル数:500サンプル
  • 実施概要 海外
    • 調査地域:英語圏(英米豪居住)に住む20~69歳の男女、合計122名
    • 対象条件:直近1年以内に旅行をした方(国内外問わず)
    • サンプル数 :100サンプル

(1)SDGsについての認知度

SDGsの認知度については、外国人が84.2%と高かった一方、日本人は29.8%でした。また、外国人回答者の100%が「SDGsに共感する」と回答しましたが、日本人は85%に留まっています(図1、図2)。

(図1)SDGsに対する認知度(日本人)

SDGsに対する認知度
(図2)SDGsに対する認知度(外国人)

SDGsに対する認知度

(2)SDGs達成に貢献する旅行の必要性と理由

外国人は、「必要だと思う」が96.7%とほぼ全員がその必要性を認識しているのに対し、日本人は75.2%にとどまりました。また、必要だと思う理由について、外国人は73.7%が「社会問題や環境問題について知る、解決につなげたいから」だったのに対し、日本人は39.4%でした。「子どもたちの未来に役立てたいから」は、日本人50.4%、外国人54.2%でした。さらに、日本人の25%は、SDGs達成に貢献する旅行への必要性を認識しておらず、その半数が、「観光は単純に楽しむものであるから」を理由としていました(図3~図7)。

(図3)SDGsに配慮した旅行の必要性(日本人)

SDGsに配慮した旅行の必要性
(図4)SDGsに配慮した旅行の必要性(外国人)

SDGsに配慮した旅行の必要性
(図5)SDGsに配慮した旅行が必要な理由(日本人)

SDGsに配慮した旅行が必要な理由
(図6)SDGsに配慮した旅行が必要な理由(外国人)

SDGsに配慮した旅行が必要な理由
(図7)SDGsに配慮した旅行が必要でない理由(日本人)

SDGsに配慮した旅行が必要でない理由

(3)SDGs達成に貢献する旅行の内容への関心

日本人は、「地産地消をうたっている宿泊施設や飲食店を用いた旅行」、「厳選した食材で必要な量だけ提供される食事メニューを取り入ている旅行」、「自然由来のエネルギーで運営している宿泊施設を用いた旅行」、「公共交通機関を用いた旅行」に高い関心を持つ結果となりました。一方、外国人は、「ツアー中に使用する備品類が、障がい者支援やフェアトレードに繋がる旅行」など、自らの旅行を通して社会問題の解決につながるような旅行への関心が高くなっています。SDGsに配慮した旅行の価格が通常の旅行価格よりも上昇することについて、約9割の外国人は許容する一方で、日本人は7割程度にとどまり、価格が高くなるなら利用しないという回答も少なくありませんでした(図8、図9)。

(図8)SDGsに配慮した旅行の内容で関心のあるもの(日本人)

SDGsに配慮した旅行の内容で関心のあるもの
(図9)SDGsに配慮した旅行の内容で関心のあるもの(外国人)

SDGsに配慮した旅行の内容で関心のあるもの

4.観光を通したSDGs達成に向けた海外と日本の取り組みについて

SDGs達成に向け、海外の旅行会社やDMO、観光協会では、実際にSDGsを意識した取り組みも進んでおり、SDGsの目標達成に取り組むことで、企業価値の向上につなげています。

(1)海外の旅行会社の取り組み

TUI Group(ドイツ)

同グループのアニュアルレポートによると、グループ全体で以下の分野で持続可能性を追求し
ています。

  • 運輸関連の様々なエネルギー効率化
  • 持続可能な観点を重視したホテルの運営
  • サステナビリティの基準を満たした現地ツアーの造成、実施
  • 持続可能な観光のための資金提供やプロジェクトの実施
  • 持続可能な企業として働きがいのある職場環境、社員の性別・国籍・年齢・働き方の多様性の促進

さらに、顧客に対して、持続可能性のある旅行商品の重要性を伝えるとともに、顧客のニーズに対応しうる持続可能性を重視した旅行商品の充実をはかり、持続可能な観光を追求する企業としてのブランド価値向上を目指しています。

Wonderful Copenhagen(デンマーク)

コペンハーゲン市を含むデンマーク首都圏におけるビジネス観光と余暇観光のプロモーションと開発を担うDMOである Wonderful Copenhagenは、2017年に「THE END OF TOURISM」という観光戦略、2018年には、サステナブル観光の推進に向けた新たな戦略「Tourism for Good」を立ち上げ、観光によるSDGsへの貢献も目指した取り組みが進んでいます。

  • 大規模複合施設の100%、大型ホテルの90%が第三者のサステナビリティ認証を取得する。
  • Global Destination Sustainability Indexで90%以上のスコア3位以内を維持する。
  • 食料・飲料のオーガニック転換率を2019年までに30%、2020年には60%、2021年までに90%にするなどの目標が定められている。

トンプソンオカナガン観光協会(カナダ)

カナダ・ブリティッシュコロンビア州にあるトンプソンオカナガン観光協会では、特に、目標8,11,12,17に注力して、観光を推進しています。年間350万人の観光客が訪れる同エリアは、90の村落、33の地域コミュニティから成りたっています。年間を通じた観光客の分散による経済効果や雇用の促進、電気自動車の充電ステーションの拡充、環境・社会・文化面における持続可能性の原則の遵守などを通して地域コミュニティの発展を支援しています。事業者やコミュニティを巻き込む観光の推進は、SDGsの17の目標すべてに貢献するものです。

(2)日本の旅行・観光業界

SDGsへの取り組みが組織内での取り組みにとどまる傾向に

一方、日本の旅行や観光業界においては、SDGsへの取り組みは、CSR活動の一環や従業員の就労環境の改善などの取り組みにとどまり、事業として発展しているとは言えない傾向にあります。

当社で、旅行会社、宿泊事業者、交通・輸送事業者、自治体を中心に観光に関連したSDGsへの取り組みについての調査を実施しました。その結果、多くの事業者では、CSR活動の一環として、環境問題や雇用問題への取り組みは行っているものの、SDGsに正対する活動はほとんど実施されておらず、十分に浸透していないことがわかりました。一部の旅行会社では商品開発が試みられていますが、大手旅行会社の多くは従業員の就労環境改善など内部的な取り組みが主で、SDGsを事業として成立させるまでには至っていません。

宿泊施設では、アメニティの節約やシーツ等の清掃関連に対する理解促進など「つかう責任」に基づく取り組みが中心となっています。交通・輸送関連では、エネルギー消費や環境への配慮に関わる対応は進んでいますが、直接的に観光行為に影響を与えるような取り組みには至っていません。また、観光地を有する自治体では、持続可能な地域の基盤となる産業創出や地域内ネットワークの構築など雇用創出による移住促進関連の動きはあるものの、観光を主体としたSDGsへの取り組みは、一部に動きがある程度でした。

5.SDGsの達成に貢献するために期待される観光業界の役割とは?

調査の結果から、日本人のSDGsの達成に貢献する旅行への理解や関心、その必要性についての意識は、外国人と比べて全般的に低いことがわかりました。特に日本では、観光とは「単純に楽しむこと」と考える傾向が高く、また、「楽しみ」と社会課題、つまり「サステナビリティやSDGsの推進」は相反するという潜在的な意識に違いがあることが分かりました。しかしながら、日本人でも20代を中心とした若い世代や50代、および、世帯年収が比較的高い層を中心に、社会問題や環境問題への意識は高く、そうした問題の解決につながるような「SDGs達成に貢献する旅行が必要」と考える傾向が強くみられました。こうした層には、単純な楽しみだけではない観光へのニーズが存在することがわかります。

世界的には、SDGs達成に貢献する旅行への関心向上に伴い、商品やサービスの提供が広がっています。日本においては、SDGsに対する観光業界側の取り組みも旅行者の意識も、十分浸透しているとはいえませんが、旅行市場を支える訪日外国人、20代および50代の日本人旅行者のエシカル消費志向を背景に、今後、SDGs達成に配慮した商品やサービスへの需要が高まることが予想されます。旅行者のニーズに着目し、適切な商品やサービス提供することで、ビジネスチャンスは広がります。楽しいことと持続可能性は対立するものではありません。旅行者が旅を楽しみながら、持続可能な社会に向けた多様な発見やポジティブな行動につながるように導いていくことが、2030年のSDGs達成に向けた旅行・観光業界の役割であるといえるでしょう。

参考資料