観光型MaaSの発展に向けて
旅行者の欲求と地域の事業者の諸課題の両方に応える「観光需要喚起型のMaaS」。1月に実施した実証実験で得られた旅行者の動きの一部をまとめました。
松本 博樹 主任研究員
目次
MaaS(Mobility as a Service)は様々な交通手段を組み合わせたシームレスな移動サービスの概念で、アプリなどを通じ誰でも便利に効率よく移動できることを目的にしています。既に国内各地で鉄道会社など交通事業者を中心とした実証が進められていますが、何を目的としたMaaS実証実験かはサービスの統合状況で異なるようです。
当社は「千葉大学・地方創生戦略研究推進プラットフォーム」に共に参画している小湊鐵道株式会社、国立大学法人千葉大学と共に、千葉県小湊鐡道沿線エリアの活性化に向けた「観光需要喚起型MaaS」の実証事業を行いました。この観光需要喚起型MaaSは、「旅先で自分の志向や希望に合う情報をもっと簡単に取得したい」、「効率よく移動したい」という旅行者の欲求と、地域の交通事業者や観光関連事業者側の諸課題の、両者に応えることを目的としています。本文は、実証で得られた旅行者の動きの一部をまとめたものです。
1.デジタル化が旅行者の意識や行動にもたらしたこと
ここ数年のデジタル化の波は、私たちの日常生活を大きく変え、スマートフォン1つで今までは想像もできなかった様々な活動を可能にしました。旅行においても、旅行者の志向は多様化し、若い世代を中心に、SNSなどを通じてニッチな情報も得ることが可能になり、思わぬものが観光資源として認知され、行動範囲は拡大していきました。自由に情報が得られる一方で、溢れる観光情報の中から、どう自分に合ったものを選択していいか分からないという人もいるようです。当社の調査(注)で、最近、国内旅行について感じることを聞いたところ、「情報が溢れ旅行をどう選ぶかわからないことが増えた」と回答した人が20.7%ありました。一方、「SNSであまり知られていない旅行先の情報を得られるようになった」も16.5%となっています(図1)。
デジタル化の影響は旅行の情報取得や旅先を選ぶという行動にも表れていることがわかりますが、「インターネットによる検索は手軽で便利だが、情報の数が多く、自分に合うのか分からず、決められない」というのが実態ではないでしょうか。また、旅行の際にどこに立ち寄るかは、その観光スポット自体が目的となるような場所ならば、事前に予約する可能性も高いと考えられますが、実際は当日移動しながら決めることが大半ではないでしょうか。このように旅行者が旅行中に行動を決定する際の背中を押し、さらに移動の効率をあげるという根本的な問題に目を向けたのが、「観光需要喚起型MaaS」です。
2.「観光需要喚起型MaaS」の実証実験について
(1)専用アプリの機能
実証段階のため、細かいサービスの付帯は限定されていますが、大きく2つの機能を持つ専用アプリを用意しました。
- 観光リコメンデーション機能
旅行者が入力した同行者、目的、気分、などの情報に基づき、最適な周遊ルートや観光スポットをプッシュ配信する。必ずしも有名な観光地だけではなく、知られていない観光地や旬のスポットを個人の志向に合わせ提案する。同時に最適な移動手段を推奨する(図2)。 - デマンド型乗合タクシー配車(ライドシェア)
乗客の要望に応じて配車できるタクシーの長所と、乗合による低料金設定の路線バスの長所を融合し、ルートを固定せず運行する。
(2)「観光需要喚起型MaaS」に期待される地域側の効果
旅行者にとってのメリットは前述しましたが、プッシュ型の情報発信により、地域側にとっても交流や消費促進について期待されるポイントがあります。
- 当該域内の観光地をより広範囲に紹介し、より訪問数を増やすことができる
- 観光客を分散化し、混雑緩和を促すことができる
- 域内の滞在時間が増えることにより、昼食などの消費額の拡大が期待できる
(3)千葉県小湊鐡道沿線エリアの実証事業
実証実験は下記の通り行われました。参加者はHPなどで、アプリ利用モニター158名と、非アプリ利用モニター59名を募集し、アプリ利用の有無で比較できるようにしました。
場所:養老渓谷エリア
モニターの条件:8時 五井駅に集合 養老渓谷駅までは往復小湊鐵道利用、10時頃〜17時頃 養老渓谷滞在
- アプリ利用モニター(158名)→アプリ、乗合タクシーを利用して自由に観光
- アプリ非利用モニター(59名)→アプリ、乗合タクシーは利用せず、自分で観光情報を検索して、路線バスなどを利用して自由に観光
3.実証実験のデータ結果
(1)参加モニターと利用したサービスについて
募集した参加モニターには、❶アプリ利用モニター、❷非アプリ利用モニターがいました。アプリ利用モニターには、自由な時に自由な場所でアプリを利用してもらいました。それぞれ享受したサービスのフローは図のようになります(図3)
(2)ログ解析およびアンケート結果
① 観光リコメンデーション機能の入力傾向について
お薦めルートを提示してくれる機能への延べ入力カウント数は約1800でした。「同行者」では「家族」が最多で、「一人」、「カップル」と続きました。「目的」の入力では「自然」が大差で最も多く、「気分」は「楽しい」、「自然豊かな」がほぼ同数で多くなりました。また同行者によって、「目的」や「気分」の入力傾向にどんな違いが出るのか、相関関係を図表で示しました。友達や家族で来ている人は、「自然」目的が多く、どんな体験をしたい気分かに「自然豊かな」や「楽しい」を選択する人が多いことが分かります。またカップルは「アート」を目的とする人が多く、「感動的な」、「美しい」といった気分を期待する人が多いことが分かります(表1)(図4)。
② 観光リコメンデーション機能の入力別周遊ルートのリコメンド(推奨)回数と実際の行動
観光リコメンデーション機能で、入力した項目別にリコメンド(推奨)されたルートの上位10は表の通りとなりました(表2)。アプリ利用者と非利用者で平均訪問箇所数は、アプリ利用者が4.2箇所。非利用者が3.4箇所と違いが明確に出ました。消費金額もアプリ利用で観光リコメンデーション機能を利用した人が非アプリ利用者より多いことが分かります。また満足度が高いと消費金額も上がる結果が見られました(図5、6)。
③ 観光リコメンデーションのセッションと乗合いタクシーの関係
説明の行われた朝8時台を除くと、乗合タクシーのデマンド(依頼)が高まる時間帯の1~2時間程度前に観光リコメンデーションの検索が行われていました。目的地を観光リコメンデーションで決定→乗り合いタクシーでデマンド(依頼)→乗車、という関係があったことが明らかに推察できます(図7)。
④ 観光リコメンデーション機能の満足度
満足度は以下の通りです。2日間合計では、全体の40%が満足と答えましたが、初日、2日目と満足度に大きな差が出ています。これは初日が雪模様で、天候に合わせた推奨のサービスができていなかったことに起因すると考えられます(図8)。
4.今後の観光型MaaSの展開に向けて
今回の実証結果から、アプリの利用は、訪問スポット数や消費額の拡大に貢献できることが分かりました。観光リコメンデーションに満足した理由で最も多かったのは「自分の知らなかった観光スポットに行けた」でしたが、こういった機能は地域が中々伝えきれない場所の認知を高めるために有効です。今後、天候など環境による推奨の精度を高めると同時に、他の公共交通機関の情報などとの連動で、小湊鉄道沿線の里山地域以外にも都市型観光にも展開を目指したいと考えます。