ボーダレスな仕事と旅の形を考える
このコラム原稿は2020年5月後半に執筆したものであり、新型コロナウィルス感染症(以下「新型コロナ」と呼ぶ)に対する国による緊急事態宣言が全国で解除され、その後の感染防止策と共に、経済の回復策が注目されているタイミングである。当然、新型コロナから身を守る行動は継続して問われることとなり、「3密を避ける行動」や「県境をまたぐ移動の自粛」が叫ばれている。「おもてなし」や「誘客」を是としている観光地としては「今は来ないで欲しい」と叫ばざるを得ないことは断腸の思いであっただろう。この全国さらに世界規模で生命の危機に対する戦いの中で、県境や国をまたぐ観光旅行分野が、新型コロナが一定の終息を見た上の問題として位置付けられていることは止むを得ないところである。ただし新型コロナの終息宣言で、すべて元に戻るわけでない。新しい生活様式や価値観を通じて、何が元通りとなり何が変わるかについて、観光の分野でも今から想定し、準備しておくことが重要である。利用者側は「自身や家族を守りながら、どんな旅行をしてみたいか」をイメージし、受け入れ側は新型コロナに対応しつつ観光客をもてなし、事業を継続するにはどうすべきか」という狭間で新たな観光・旅行のモデルが問われることとなる。ここでは決して守りの姿勢だけでなく、新型コロナを契機とした「新しい生活価値観と旅のスタイル」という新たな観光・旅行モデルの可能性を考えてみたい。
中根 裕 主席研究員
目次
(1)オーバーツーリズムと新型コロナの共通点
今回の新型コロナが発生する直近まで、我が国の観光問題として「オーバーツーリズム」が大きく取り上げられていた。京都市や鎌倉市を筆頭として、多くの観光客が一定時期、一定地区に集中することによる地域住民の生活・環境に対する悪影響や、一部観光客のマナー等に対する問題である。観光地としてみれば、観光により地域の産業や経済に対する多大な効果を期待することは変わりないものの、「来て欲しい」しかし「やめて欲しい」の狭間に立たされ、「断る観光」を謳わざるを得ない状況であった。鎌倉市などは2019年4月1日に「鎌倉市公共の場所におけるマナーの向上に関する条例」を施行し、一定の地区での食べ歩きや、マナーに反する行動の禁止を要請した。これも今回の自粛要請と同様、法的規制力はなく、お願いに留まる条例である。新型コロナのように生命に関わる程でないものの、地域の生活や環境を守り観光地としての質を維持するための「自粛要請」であるが、「断る観光」としては共通している。地域としてお断りせざるを得ない観光の行動やスタイルを打ち出すことは、正に観光を“量”から“質”へ、その内容を変化させることに他ならない。
(2)あらためて問われる「リゾートライフ」
では観光客、マーケット側の意識はどう変わるだろうか?緊急事態が続く最中ならば「怖いから我慢しよう、自粛しよう」となっていたが、行動自粛解除の後の観光・旅行に対し「どんな旅がしたいか」「どんな所にいってみたいか」という意識、行動にどのような変化が生まれるだろうか? この旅行スタイルの一つの変化として期待されるのは、「滞在型旅行(リゾートライフ)」の広がりである。先日、トラベルズー・ジャパン(株)が発表した自主調査結果によると、「緊急事態宣言解除後、試してみたい旅のスタイルは?」と聞いたところ「コテージやヴィラ、離れなど独立した客室への滞在」が38.9%と最も高い数値となっている。
一方30年余り前となるが全国に「リゾートブーム」に沸いたことを覚えていられる方もいるだろう。しかし当時のリゾートブームは需要と供給共に失速し、1987年に国が定めた「総合保養地域整備法(リゾート法)」がその失敗の原因であるとの指摘もある。しかし筆者は「需要(ニーズ)が未熟なときに、バブル経済に乗った供給側(開発・地域)が先走った」ことが失敗要因の根幹であると考える。その後、官庁関係を中心として世の中から「リゾート」という言葉は禁句のように葬られた。しかし欧米では古くから「リゾートライフ」はひとつの休暇の過ごし方として定着している。わが国でも限られた層であるが、別荘やコテージ、会員制クラブなどで一定期間滞在して保養を楽しむ旅のスタイルは存在しているものの、一般家庭や平均的サラリーマンには、その費用負担や休暇制度などが壁となり広がっていないのが実態である。そのリゾートライフを一般にも手の届くものとするうえで、最も大きなネックは宿泊滞在施設であろう。一般的な宿泊機能を滞在型か否かと金額費用でみると、これまで欠落していたのが「滞在型×一般化」を満たす宿泊機能である。リゾートホテルと銘打っているホテルでも、2~3万円/人泊では、「家族で一週間」など手が届く話ではない。一方でキャンプ場や貸別荘ならば低廉で滞在も可能となるが、滞在中に温泉にも入りたいし、時には自炊でなくプロが調理した食事もとりたくなるのは人情である。高根の花と思われている別荘や会員制クラブが、一般にも手が届くシステムやビジネスモデルとなるか、貸別荘やキャンプが単価を抑えつつも一定の質の高い施設サービスとして普及するか、あるいは既存の旅館ホテルが滞在化に対応した転換が図れるかがポイントとなるだろう。
(3)テレワークからリゾート・ワーケーションへ
ここで利用者の立場から新しい滞在化の可能性を考えてみたい。新しい旅のスタイルとは、観光、旅行の場面だけでなく利用者の生活価値観の中で、新しい仕事のスタイルや新しい生活や家族のライフスタイルまで広げて可能性を考えるべきである。今回の緊急事態宣言の中で、大きく注目されたワークスタイルとしてテレワークがあげられる。また学校の臨時休業に対するオンライン授業なども試行錯誤されている。つまりオフィス、学校に集まらずに自宅でオンライン業務、学習を行うことが、新型コロナ終息後もでも定着するかの問題である。テレワークにはメリットもありながら企業側には管理、評価、コミュニケーション等々、課題もあり業種による可否も指摘されている。しかし今回の「やむを得ずテレワーク」という経験の中から、企業側と働く側双方にとって「テレワークでも可能だ、テレワークの方が良い」という感触は広がったのでないだろうか?
テレワークは「自宅でオンラインを活用し仕事をする」のがベースであるが、全国がオンラインでつながる時代を背景に、観光地やリゾート地で仕事をする、遊びや休暇の合間でも仕事をこなす働き方である「ワーケーション」という新たなライフスタイルが提唱されている。仕事とプライベート(観光・旅行)とがボーダレスとなり、休暇先でも仕事が可能となり、認知されることである。このワーケーションという新しいライフスタイルには、山梨大学の田中教授のコラムをご参考頂きたい。
私が着目したいのは一人だけの問題としてのテレワークでなく、家族の旅の過ごし方と、それぞれのワーケーションを持ち寄る可能性である。共働きが当たり前の時代となり、子供たちの学校や塾の授業もオンライン授業が広がる可能性もある。「父親はリゾート先でテレワークする、その間子供と母親は外で楽しむ」でも良いが、「家族それぞれでお仕事タイムと学びタイムを決め、遊ぶ時は揃って楽しむ」、そんな家族のワーケーションライフが実現しても良いのでないか?
この仕事や生活と旅のボーダレス化の可能性は、仕事を旅行先に持ち込むスタイルだけではない。居住地だけでなく観光地でのサイドビジネスを探したり、趣味、ボランティア活動を探す、というライフスタイルも生まれても良いだろう。
受け入れ側としてみれば、リゾートライフとワーケーションをビジネスとしても成立させるにはハードルも高い。しかし今般の新型コロナショックで国民一人一人が本音で自らの仕事と生活、そして家族との時間を見直し、前向きな行動に結びつけられること。さらに観光地の側は従来の施設、サービスモデルを継続するだけでなく、新たなライフスタイルに応じた旅先の過ごし方を提案し提供する、そしてそのビジネスモデルにチャレンジする契機として、この難局をプラスに乗り越えてもらいたいものである。