eスポーツのこれから ~新型コロナウイルス感染拡大による影響と見えてきた課題~
ゲーム産業は新型コロナウイルス(COVID-19)による活動自粛下において、「巣ごもりコンテンツ」のひとつとして注目を集めています。しかしそのゲーム産業の一部ともいえるeスポーツは、人と競い合うことにより初めて成立するため、大型大会の相次ぐ中止等に伴い、苦戦を強いられています。本文では世界のeスポーツの現状と共に、ウィズコロナ・アフターコロナにおけるeスポーツのあり方を考察します。
中川 拓也 研究員
目次
1.巣ごもり消費によるゲーム産業への追い風
先月7日、任天堂株式会社は2020年3月期(2019年4月~20年3月)の連結決算にて、売上高は前年同期比9%増の1兆3,085億円、営業利益は同41.1%増の3,523億円、当期純利益は同33.3%増の2586億円、と好調に推移している旨を発表しました(注1)。同社は年末商戦の好調により、1月に営業利益予想を3,000億円へ上方修正したばかりでしたが、その後の3カ月間で予測を500億円も上回ったことになります。この好調要因の1つとされているのが、「巣ごもり消費」です。新型コロナウイルスにおける活動自粛下において、自宅でできる娯楽としてゲームへの注目度が高まったことにより、家庭用ゲーム機「Nintendo Switch」の売上増につながりました。
また外出自粛による「巣ごもり消費」の拡大は、ゲームタイトルにも影響を与えました。新型コロナウイルスの感染拡大が広がりつつある3月20日に発売した「あつまれ どうぶつの森」は発売開始6週間で1,341万本に達する大ヒットとなりました(注1)。本タイトルはまっさらな無人島で自由な暮らしを行うゲームであり、インターネットに繋ぐことでゲーム内でも友人と様々なアクティビティ体験ができるという要素が、外出自粛中のつながり方の1つとして、受け入れられたことがヒットの要因であるかと思います。現実世界で外出することができない中、ヴァーチャル空間において、親しい友人とのコミュニケーションツールとして、ゲームが受け入れられてきていると言えます。
現在世界中で起きている新型コロナウイルスにおける活動自粛は、ゲーム産業にとって追い風であることに間違いありません。ではゲーム産業の一部とも言えるeスポーツ市場においてはどのような影響がみられるでしょうか。
2.新型コロナウイルスのeスポーツへの影響
昨年12月に私はポーランド南部の都市カトヴィツェを訪れました。カトヴィツェは世界最大のeスポーツ大会の1つであるIntel Extreme Masters World Championship(以下IEM)が毎年行われる都市ですが、元は炭田を有する工業都市で、長らく様々な環境問題に苦しんできました。2000年代後半より同市は汚染都市のイメージを一新するために、様々な活動を開始し、2009年にはMICE誘致を目的とした組織であるConvention Bureau Katowice(以下CBK)を新設しました。その後、CBKを中心とした精力的なMICEの誘致活動は成果を出し、2018年には国際連合気候変動枠組条約締約国会議(COP24)を開催するなど、現在では年間約40本のMICE支援を行い、欧州におけるMICE開催都市としての地位を確立しました。
MICE誘致に成功したカトヴィツェ市が最も力を入れているのがeスポーツの世界大会IEMです。IEMはポーランドにとっても最も大きなビジネスイベントであり、同市は2023年までの大会開催における金銭的支援を決定しています。また開催期間中の来場者数が17万人を超えるIEMは、都市の産業にも大きな変化を与えています。2019年においてはカトヴィツェ市の1日の総宿泊キャパシティが約4,000名であるのに対し、現在国際ブランドを含む様々な宿泊施設が建設中であり、その総宿泊室数は1,000室を超え、最終的には10,000名分の宿泊施設の整備を進めようとしていす。工業都市カトヴィツェはeスポーツのイベント誘致により、観光を軸とした大きな方向転換に成功しました。
しかしそのIEM Katowice 2020も新型コロナウイルス感染症の影響を大きく受けることになりました。2020年2月28日から3月1日に開催した上記イベントは、開催前日の27日に無観客開催を決定し、会場観戦用チケットの購入者に対しては払い戻し対応をとることとなりました。この決定はその他のeスポーツ大会にも影響を与え、3月以降は多くのeスポーツイベントが中止、延期、オンライン開催等の決定をしています。オンラインとの相性が良いように見えるeスポーツですが、一人で遊ぶ「ゲーム」ではなく、誰かと競い合うことで初めて成り立つ「eスポーツ」にとって大会の開催が危ぶまれることは非常に大きな問題となっています。
3.eスポーツイベント特有のビジネスモデル事情
そもそもeスポーツイベントには主に2つの誕生経緯があります。1つ目はゲームメーカーがゲームの販売促進を目的としてイベントを開催したケースです。このようなイベントの場合、ゲームメーカーはゲームタイトル自体の認知度が向上することにより、販売本数が拡大することで収益を得ることができるため、イベント自体はプロモーションの1つと捉えています。2つ目はファンがファン同士の交流を目的として開催したケースです。このようなイベントの場合、ファンによる自主開催であるため、多くのファンがボランティアとして関わることで運営しています。上記のどちらのケースにおいても、音楽や演劇、スポーツ等のイベントとは異なり、参加者から入場料や動画視聴料を徴収しない状況下で成長した背景があります。そうした背景により、世界で開催されているeスポーツイベントは、規模拡大による運営費の捻出が課題となっており、現在においても単体での黒字化が出来ていないものが存在している状況です。
その解決策として、自治体による観光振興を目的としたMICE誘致支援が欠かせないものとなっています。IEMにおいてもカトヴィツェは数千万円の金銭的支援を行っており、また周辺都市との無料送迎バスの運行や当日の運営支援等、イベント主催者であるESLとカトヴィツェ市が一丸となってイベント成功に向けて取り組んでいます。そのため安定したクオリティのイベントを供給し続けるためには、リアルイベント開催による自治体との連携が必要不可欠であり、今回の新型コロナウイルスの感染拡大はeスポーツ市場単体で見れば逆風が吹いている状況となっています。
新型コロナウイルス感染症のeスポーツへの影響は大会の中止や延期の他にもう1つあります。それはリアルのイベントがヴァーチャル空間に置き換わっているということです。現在多くのイベントが開催を危ぶまれ、特に世界的なスポーツ大会等が中止となる中、様々なイベントがヴァーチャル空間上で時にeスポーツを利用した大会として開催されています。例えばF1世界選手権の開幕戦として2020年3月15日にオーストラリアでの開催を予定していた2020 Australian Grand Prixは、スタッフ1名が新型コロナウイルスに感染したことがきっかけとなり中止となりましたが、開催を予定していた同日に、レースゲーム「F1 2019」を利用したオンライン大会2020 Not The Australian Grand Prixがインターネットで配信されました。急遽開催した大会ではあったものの、現役 F1ドライバーのランド・ノリスが参加を表明し、リアルとゲームの融合的大会として話題となりました。もちろん実際の大会と同じ扱いとして行うわけではありませんが、大会が開催できない間のファンを繋ぎとめる施策の1つとして、世界中で同様の取り組みが進んでいます。これまでeスポーツは世界においても一部の若者を中心とした流行として扱われていましたが、リアルイベントのオンライン開催は、国や自治体等の様々な団体が本格的にeスポーツへ注目し始めるきっかけとなっているのです。
4.アフターコロナにおける日本のeスポーツ市場とは
では日本のeスポーツ市場はどのような状況下にいるのでしょうか。そもそも2020年は、一般社団法人日本eスポーツ連合(JeSU)の発足し、日本中でeスポーツが話題となり始めた2018年から数えて3年目の年です。eスポーツを文化として根付かせることができるかという点において重要な1年となる予定でした。当社ではeスポーツ市場の状況を調査するため、JeSU発足から約1年が経過した2019年3月および、国体終了後の11月に15歳以上-60歳未満を対象としたインターネットリサーチを2回実施しました。
上記2回の調査で見えてきたのは、日本のeスポーツ市場において、eスポーツに対して「興味を持つ層が増加していない」ことが市場拡大のボトルネックとなっているのではないか、ということです。約8カ月後に実施した2回の調査において、eスポーツの認知度は69.7%から79.5%へ9.8ポイント上昇しているのに対し、興味を持っている割合は、23.4%から24.5%とわずか1.1ポイントしか上昇していませんでした。高校生を対象としたeスポーツ大会である全国高校eスポーツ選手権や茨城国体など、様々なニュースを通してeスポーツを知ることができる状態にあっただけに、認知度が10%程度上昇していることは理解できますが、eスポーツと関わりの無い層にとっては、興味の対象として認識されていない状態が続いていることがわかります。eスポーツという言葉自体の知名度が一定水準を超えた3年目においては、興味の無い層に対していかにアプローチをしていくか、が市場拡大への最も重要なポイントとなるのです。
日本のeスポーツ市場にとって、コロナウイルスによる活動自粛は異なりチャンスであると言えます。なぜならコロナウイルス拡大により、リアルイベントのオンライン化が進むことは、eスポーツに興味が無い人々に対して、その魅力を伝えることができる、まさに千載一遇のチャンスであると言えるからです。確かにコロナウイルスにおける活動自粛が、eスポーツ市場の成長にブレーキをかけているのは事実です。実際、日本においても「INTEL World Open in TOKYO 2020」(7月)の延期、「東京ゲームショウ2020」(9月)の中止(オンライン開催を検討)、「かごしま国体・大会文化プログラム「全国都道府県対抗eスポーツ選手権 2020 KAGOSHIMA」」(10月)の延期等、既に多くの国内イベントが中止や延期を決めています。しかし現在の日本におけるeスポーツの課題に対しては、リアルイベントのオンライン化はeスポーツの価値や魅力を伝えることができる機会を与えられていると捉えることもできるのです。新型コロナウイルス感染症による活動自粛により、ゲーム及びeスポーツへの注目度が増している今だからこそ、その後の存在価値が問われる大きな岐路となっているのです。
5.終わりに
6月に入ったことで日本国内においては約2か月間の活動自粛を経て、漸く少しずつ元の生活に向けて動き始めてきたように感じるようにもなりました。プロ野球やJリーグ等様々なイベントも再開に向けて動き出し、有観客での開催を目指して徐々に動きが活発になっていくことと思います。環境に大きな変化があったとはいえ、やはり今年はeスポーツ市場にとって勝負年であることには変わりないのです。アフターコロナをむかえた際に、eスポーツが更なる成長を続け、自治体側に観光的側面でMICEの重要な1つであるという認識を抱いていただくためにも、ウィズコロナである現段階において、いかに様々なリアルイベントとの共存を検討するかということが重要なのではないでしょうか。甲子園や夏のインターハイの中止等、完全なアフターコロナ社会をむかえるまでにまだ時間を要する今だからこそ、eスポーツがより多くの方にとって気持ちの助けとなるような身近な存在となることを期待したいと思います。
出典
(注1)株式会社任天堂「2019年度 第80期(2020年3月期)決算説明資料」