コロナ禍で新たに注目されるワーケーション ~生活時間やリズム、自然環境の使い方でヘルスケア価値を生み出す方法~

新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下 新型コロナ)の感染拡大によって、広がった新しい働き方。その中でも休暇と併用して旅先で仕事をする、「ワ―ケーション(ワークとバケーションによる造語)」が注目されていますが、多様な働き方が新たな旅行の価値を生み出す可能性があります。 (※ワーケーションに関する講演や出演のお問い合わせは、本文末の注釈をご参照ください)

髙橋 伸佳

髙橋 伸佳 客員研究員

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目次

新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下 新型コロナ)の感染拡大によって、人が集まってできる「密」な環境は、私たちの安全を脅かす重大な要因の1つになってしまいました。その一方で、密を回避するための、テレワークやリモートワークといった新しい働き方が外出自粛期間をきっかけに急速に広がってきました。こうした動きに伴い、人々の生活や仕事、旅行における「場の概念」が変化し、自宅でなくても休暇と併用して旅先で仕事をする、「ワーケーション(ワークとバケーションによる造語)」が注目されるようになってきました。しかしながら、現在、ワーケーションは、労務関係などの制度面のほか、ヘルスケア、つまり健康の維持・増進のための行為や健康管理の視点でも課題がみられます。本稿では、課題と実践例を踏まえながらヘルスケアの視点で活用促進と定着に向けて考慮すべきことを解説します。

1.三密回避しながら生活や仕事、旅行をしたいという価値観が台頭

5月末にJTBと当社が合同で発表した「新型コロナウイルス感染拡大による、暮らしや心の変化および旅行再開に向けての意識調査」では、緊急事態宣言で芽生えた意識として、「働く場所にこだわらなくてもよい」と考えている人が、40代以下の男性や29歳以下の女性を中心に多くなっていることが分かりました。また、総務省が6月末に発表した「5月の人口移動報告(外国人含む)」によると、東京都が2013年以来の転出超過になりました。単月の数値ではありますが、移動制限下の大都市部での傾向は、生活や仕事の場の概念自体が静かに変わる兆しなのかもしれません。一方、当社調査における旅行の目的や行き先の選択の基準も「安心・安全に旅行できる」(新型コロナ前36.4%→これから46.4%)、「密閉・密集・密着が避けられる」(同6.5%→20.2%)という三密回避で選択する傾向が鮮明になってきました。

こうした安全への需要の高まりとともに、テレワーク、リモートワークを超えて、「リゾート地や地方等の普段の職場とは異なる場所で働きながら休暇取得等を行う仕組み」、「新しい働き方」としての「ワーケーション」が急速に注目されつつあります。

2.ヘルスケア面でみたワーケーションの様々な課題

しかしながら、ワーケーションは、具体的なワークとバケーションの両立という以外、具体的な滞在のイメージは殆ど議論されていないのが現状です。普段の生活とは違う休暇(バケーション)の感覚を埋め込んだ柔軟な働き方には、働き方の自由度や経済のメリットなど大きな可能性がある一方、ヘルスケアの視点でみると注意すべき点が多く存在していることを忘れてはなりません。

一つは、ワーケーションは、ワークとバケーションの区別が全くなく、労務管理的な問題に加え、本来“生活や休養にあてるべき時間がワークに浸食される”可能性がある点です。個々人の価値観やライフスタイルの側面はあるとはいえ、そのワークとバケーションの時間配分や精神衛生を両立させた地域での働き方の最適解は未知数であるだけにワークライフバランスの均衡を保つことが難しいところが背景にあります。ワークライフバランスの悪化は、自律神経失調症などの不定愁訴や疾患につながる可能性があります。

Work and vacation balance

ワークとバケーションの時間配分、精神的なバランスを保つのは難しい

もう一つは、テレワークやリモートワークというテクノロジーの活用を主体とした働き方、通勤がない働き方のない籠った状態での働き方がおよぼす影響です。 こうした働き方についてWendy A.SPINKS(2004)などによれば、肩凝り、眼精疲労、腰痛、ストレスなどの主観的な心身への悪影響が指摘されています。緊急事態宣言時の籠った働き方で、「1日の歩数がおよそ30%減少(筑波大学・タニタ,2020)」、「1日3,000歩未満が3割に迫る(リンクアンドコミュニケーション,2020)」といった運動量の減少も明らかになってきました。いずれにせよ、ワーケーションにおいても、こうしたヘルスケア課題が想定できるだけに、地域での受入体制の構築にはハードとともに具体的なヘルスケアに関するソリューションを検討していく必要があります。

3.ワーケーションにリッチな時間と自然環境を利用した運動とリラクゼーションを採り入れる

■生活のリズムは通勤している時と同じに
ワーケーション先ではついだらだらとしてしまいやすい環境にありますが、生活のリズムは通常の勤務時とほぼ同じ時間帯を前提として活動することが肝要です。1日のスタートは日の出とともに起床し、日暮れとともに就寝することが健康学的には妥当であるからです。この点、通常の職場を離れ自己管理型で業務をしていくのは難しいですが、いかにして昼間の時間を有効に活用していくかという観点が必要です。加えて、ワーケーション先で自己管理する生活には、日々の体調を知ることも重要となります。

■ワーケーション先の自然環境を活用しながらメリハリをつけて仕事をする
日々の体調管理をしていくうえで、血圧を測定するなどの健康チェックから1日をスタートさせると良いでしょう。その日の体調に合わせ、ヨガや柔軟体操などストレッチをし、ウオーキングなどの有酸素運動を実践するという流れが考えられます。筆者も参画した社会実験「交通の健康学的影響に関する研究(国土交通政策研究所)」において、仕事前のウオーキングなどの運動負荷が業務スタート時のストレスを低減し認知機能を高めたという実験結果もあるだけに、労働生産性の向上とともに生活習慣病予防的な観点以外でも理にかなった一日のスタートだと考えられます。
朝から身体を動かしたことに伴う空腹感によって実感する美味しい朝食をとってから、いよいよ仕事をスタートさせます。午前中は、集中力を高めながら創造的な業務に集中。そして、気分転換には周囲の環境を楽しむべく軽くカラダを動かすことでほどよい空腹感が得られ、昼食がとても美味しく感じられるはずです。
昼食後は眠くなる時間帯に入ります。そこで、思い切って短時間の昼寝をする時間にするのも、午後の仕事の効率をあげる一つの手です。ワーケーション先の豊かな自然環境の中でハンモックに揺られてうとうとできたら、さらに気持ち良いかもしれません。午後は、再び活動モードに入りリモート会議などのコミュニケーションや作業に没頭していき仕事を終了させます。
なお、実践例では仕事の合間に運動のメニューを主に加えましたが、身体活動の観点で観光地めぐりや農作業、料理などを合間に挟むのも有効となるかもしれません。

■仕事後は一気にリラックスモードに
仕事後は、例えば夕日をみながらサイクリングするなどして軽い気分転換をします。その後は、ゆったり入浴してリラックスモードに入っていきます。そして、静まり返った中で風の音や虫の声を楽しみながら夕食。
その後は座禅や筋弛緩法(リラックス法)、読書などでゆったりとした時間を過ごし、交感神経優位から副交感神経優位のモードに切り替えて就寝へと入ります。適度な疲れと都会の喧騒から逃れた素晴らしい自然環境の中での心地よい睡眠が期待できるかもしれません。

図表1  自然環境を利用したリゾートワークにおける運動とリラクゼーションの実践例
Exercise and relaxation in resort work

4.健康的なワーケーションのために、自然療法的な発想を加える

わが国には豊富な自然資源が存在します。この自然資源を医学的、健康学的に活用していく「自然療法」という考え方があります(図表2も参照)。欧州から始まった予防医学的な考え方でもあり、まだ国内ではヘルスツーリズムなど特化した仕組みを展開している地域に取組みは限られているのが現状です。しかしながら、自然資源があれば、どこでも実践可能な「お宝」です。自然環境を利用したワーケーションの基本概念として、この「自然療法」を知り、それぞれが応用していくことで転地する妙味がでてくるものと考えられます。前述の実践例のようなプログラム構築とともに、自然療法を組み合わせていくことで地域ならではの価値を創出することができます。

この自然療法の基本となっているのが「気候療法」です。「日常と異なった気候環境を利用して休養・保養、健康の増進を図る」というものです。居住地を離れてどこかにでかけること自体に価値があるといっても過言ではありません。エビデンスが豊富にある訳ではないですが、筆者がかかわった「旅と健康に関する調査研究プロジェクト(日本旅行業協会)」の研究結果でも言及されましたが、旅が免疫力を高める観点での研究結果も散見されています。加えて、地域ならではの固有の地形、温泉、森林、海洋など自然資源を利用していくことで、さらなる健康価値を生み出す療法を体験することが可能です。これらは提供者側である地方からすれば地域らしさが創出でき、参加者側においても自分自身の状況に応じた健康体験が選択できるようになるともいえましょう。

図表2  自然療法の主な種類

自然療法の主な種類

5.ヘルスケアの概念をとりいれ、より多くの人に広がる、あるべきワーケーションとは

現在のワーケーションは、三密を回避し、「仕事の時間」や「場所にとらわれない」概念として主に捉えられていますが、多くの人に活用され、定着を図っていくには受入れの地域と採用する企業双方で滞在におけるソフトを組込み、充実させていくことが必要であると考えられます。本稿でご紹介したように、例えば、ワーケーションにおいては時間軸や時間配分を意識し、自然環境との付き合い方の概念を加えるだけで、心身に配慮したヘルスケアという価値を生み出すことができます。

また、もう一つ重要な観点があります。それは、ワーケーション先の地域の人とワーケーションに訪れた人たちの交流の場をいかにして創出するかという点です。関係人口づくりでは地域でのボランティアや副業といった観点が議論されていますが、もっと同じ目線で気軽な交流の場や時間を過ごせる仕組みを創出することで双方に大きな価値を生み出すものと考えられます。

日本人全員がこのような多様な働き方ができる訳ではありませんが、コロナ後の社会変化とともに、こうした新たな旅行の可能性を引き出し新たな取組みが都市圏への一極集中の流れを本格的に変える一つにつながるのかもしれません。

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JTB総合研究所 企画調査部
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