MICE分野におけるニューノーマルとは
コロナ禍におけるMICEの運営において、主催者・運営事業者・開催施設・都市は、どのような対策を講ずる必要があるのでしょうか?オンラインとリアル開催の融合に進むMICE事業の今後の在り方を紐解きます。
藤田 尚希 主任研究員
目次
1.はじめに
MICEは、「企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)」の頭文字をとった略称です。多くの集客交流が見込まれるビジネスイベントだけではなく、地域の産業振興策の手段の1つとして注目されています。20年7月に開催予定だった東京オリンピック・パラリンピック競技大会にあわせ、各地域でも新たなホテルやコンベンションセンター等の開業が予定され、企業会議や学会、展示会等の開催の準備が進められてきました。しかし今回の新型コロナウィルスの感染拡大で、不特定多数の人々を集めることが不可能となり、リアルなMICEは中止に至っています。
一方、コロナ禍をきっかけに、オンラインを活用したデジタル会議やデジタル展示会が世界中で行われるようになりました。オンラインによる会議や展示会は、より多くの人々に紹介できる機会であることが証明され、今後も進化すると考えられますが、もともとリアルなMICE誘致に力を注いできた開催地は、どのように新しい生活様式(ニューノーマル)を取り入れ、MICEの価値を訴求していくべきなのでしょうか。この点について、考えてみます。
2.広がりつつあるオンラインMICE
コロナ禍以降、様々な展示会がオンラインで開催されるようになりました。現在の構成は、自社製品やサービスの紹介動画を流し、テレビ会議システムを活用して商談を行うなどが主流のようです。会場運営費などのコストの軽減やデジタルデータとして記録化などメリットがあり、将来5Gが普及し、コンテンツの工夫がすすめばオンラインMICEはより魅力的に進化すると考えられます。
参加者はどんな目的でオンライン展示会に参加し、どんな評価をしているのでしょうか。筆者が、あるオンラインの展示会主催者に話を聞いたところ、参加者の目的には、市場情報などの収集や、製品の確認、出展企業からの説明、出展企業との商談など、リアル開催の展示会とほぼ同等の目的がありました。この内、出展企業からの説明や出展企業との商談などは、オンラインでも十分に対応可能との意見が多い一方、市場全般の最新情報を収集したり、製品を体験し、反応をみたりするという、自分の関心にあわせた確認という点については、オンラインでは難しいという意見が多く寄せられました。市場情報などの収集については、一見オンライン開催でも満たせそうですが、リアルの場で行われるFace to Faceから得られる情報(例えば、担当者の考え等)は、偶然性から生まれる情報であり、これはオンラインではなかなか得られるものではありません。日進月歩で進むデジタル技術の進化で、決め細やかに個人の志向や関心に応えることが可能になりつつあります。今後、オンラインMICEも、製品の現物確認や他社の出品製品との横断比較、また、偶然性により得られる新たな情報などコンテンツについても進化していくことが期待されます。
さて、JTBが6月に、企業向けにオンラインイベントの開催に関するセミナーをオンラインで行い、参加者に対して、「オンラインイベント開催の検討状況」についてアンケートを実施したところ、50%以上の企業・団体が、「検討している」、「これから検討する」との回答があり(図1)ました。企業のオンラインMICEの導入予定はまだまだ“これから”が大半のようです。
3.リアルなMICEにおけるニューノーマルの対策について
観光分野におけるニューノーマルについては、観光庁が「旅のエチケット」を発表し、啓発活動を既に始めていますが、MICEに関しても、業界団体がガイドラインを策定しています。
ポイントは、リアルで開催する以上、安心安全な対策は必要不可欠な要素です。国内最大のMICE団体である一般社団法人日本コンベンション協会(JCMA)は2020年6月に、新型コロナウィルス感染拡大防止のためのMICE開催ガイドラインを策定し、安心安全な運営手法についてとりまとめました。MICE開催にあたっては密閉、密集、密接のいわゆる3密を避け、開催前から感染リスクに応じた対策の検討が必要としており、「接触感染」と「飛沫感染」のリスクを、整理しています(図2)。
図2:「接触感染」と「飛沫感染」のリスク
主催者・運営事業者・開催施設側には求められることは、上述のリスク要因を事前に洗い出し、MICEの流れの中で、「会期前・準備段階」、「会期中」、「会期後」における参加者のカスタマージャーニーを踏まえ、リスクに対する対策を検討することです。しかしながら、実際のところ会場における衛生面を維持することは、相当な時間とコストを擁することから、開催地のコンベンションビューローは、主催者に対して、安心安全な運営を支援することが必要です。これまでも、開催地の支援施策として、開催補助金や参加者数に応じた宿泊費支援、アフターMICEなどで活用するシャトルバスや伝統芸能の提供など、運営に関する支援施策が一般的でしたが、今後は安心安全な開催のための公衆衛生対応も、支援施策として優先順位が高くなります。
図:新型コロナウィルス感染症禍における参加者の行動と、主催者・運営事業者・開催施設側の対応
4.リアル開催の意義の再確認
MICEをリアルで開催する意義や目的は、これまで以上に重要な要素になります。MICEの本質は、「人が集まる」ことによる交流から派生する効果ですので、主催者は、「その地だから得られる効果」に期待をする以前に、想定する参加者に、なぜ、その開催地で、リアルで行う必然性があるのかを理解してもらうことが前提です。近年は、地域産業や研究実績、文化・観光資源など、多様な要素との関わりの中で開催地を決定する傾向がより強くなってきています。ある産業に関する集積やノウハウが蓄積している地域において関連分野のMICEを開催することで、参加者は地域の産業界とのネットワーキングを図ることができます。例えば、グローバルMICE都市の神戸市では、同市が戦略的産業として位置づけている医療産業関連のMICEを積極的に誘致しています。実際に国際会議の現場においては、神戸市内に拠点を置く医療関係の企業が出展をしていますが、同時に、市の医療産業クラスターのテクニカルツアーが行われ、会議参加者に対して情報発信を行っています。その情報をもとに、後日企業の担当者が見学に来られ、企業誘致に成功した事例も多くあります。一方、地域の産業界にとっても、最先端の情報に触れる機会に繋がり、イノベーションの創出につながる可能性があります。そのため、開催地側は、MICE主催者に対して自分たちの地域で提供できる独自強み明確にして伝える必要があり、地域におけるMICE戦略を策定することがこれまで以上に重要になります。
前述のとおり、MICE分野におけるニューノーマルは、オンラインとリアル開催の融合が進みますが、いずれの場合でも、MICEで得られるビジネス機会やイノベーション創出、研究促進、地域活性化など、経済発展の牽引役として大きな役割は変わらず期待することができ、その実現に向けた具体的な戦略や施策を、開催地の皆さんとこれから一緒に考えていきたいと思います。