With/Afterコロナ時代に期待されるアドベンチャーツーリズム
世界のツーリズム市場を牽引する分野として期待されているアドベンチャーツーリズムは、観光客数の「量」から自然・文化の保全や地域の発展などの「質」の観光への転換にむけた取組みとして、日本でも注目が高まりつつありました。With/Afterコロナの新しい時代の観光振興に、その期待はさらに高まりそうです。
山下 真輝 主席研究員
目次
新型コロナウィルス感染症によるパンデミックは、今もなお、世界の人流を抑制し続けている。国連世界観光機関(UNWTO)よると、2020年は8億5000万~11億人の国際旅客数と9100億~1.2兆米ドルの国際観光収入が失われ、1億~1億2千万人の直接雇用が危ぶまれるという。その一方で、米国シアトルに本部を置くアドベンチャーツーリズム(以下AT)の国際機関であるAdventure Travel Trade Association(ATTA)は8月に、ATTAメンバーであるツアーオペレーターが取り扱う米国の旅行者は、2021年には新型コロナウィルス発生前の水準に戻ると予測を発表した。これは米国旅行市場全体よりも3年早いことになる。
今回のパンデミックで、旅行者の志向は、「少人数」、「都市から離れた場所への旅行」、「自然の中を楽しむ旅行」へと世界的にシフトしている。この傾向を満たし、かつクオリティの高い体験を提供するのがアドベンチャーツーリズムである。当社は昨年関係事業者と日本アドベンチャーツーリズム協議会を立ち上げ、アドベンチャーツーリズムの普及に努めている。本文では、現在の活動とWith/Afterコロナに向けたアドベンチャーツーリズムの可能性について述べていきたい。
1.世界で注目されるアドベンチャーツーリズム(AT)とは
(1)早期回復、さらなる拡大の期待がかかるAT市場
ATTAが定めるATの定義は、「自然とのふれあい/Interaction with Nature」「文化交流/Cultural Exchange」「フィジカルなアクティビティ/Physical Activities」の3つの要素のうち2つ以上が主目的である旅行形態としている。
今回のパンデミックは、世界中の旅行者が、「旅行の価値観」を大きく変えることになったといえる。その中で象徴的なのが、「少人数」、「都市から離れた場所への旅行」、「自然の中を楽しむ旅行」という志向の高まりであり、ATが世界的にツーリズム市場を牽引するとことが期待されている。
ATTAの試算によると、ATの市場規模は2012年で2630億米ドル(約27兆8千円)から2017年には6,830億米ドル(約72兆2千億円)、平均成長率21%で拡大してきたという。今後afterコロナにおいても、早期回復、さらなる拡大が期待されている市場といえる。
(2)単なるアウトドア体験ではない本物のATとは
以下はAT旅行商品に盛り込まれている体験事例であるが、慌ただしい名所旧跡旅行ではなく、1~2週間かけてじっくりその土地を歩き、自然体験や食文化体験を通じて、五感で地域ストーリーを感じる旅行スタイルである。単なるアウトドア体験だけではなく、旅行先の豊かな自然資源や歴史文化を体感し、その土地の生活者との交流を通じて、様々なことを学ぶ旅であるともいえる。
ATは単に車で効率よく移動するものではない。人間が自らの力を使って移動・体験するハイキング、トレッキング、サイクリング、ラフティング、カヤッキングなどは、重要な要素となる。その土地の自然の豊かさを感じながら移動したり、自然の生態系や歴史文化を自らが体験したりするための手段でもある。アクティビティは、特にスキルがなくても参加できる「ソフト・アドベンチャー」、かなりのスキルがなければ参加できない「ハード・アドベンチャー」、そして特定の目的のための「専門的アドベンチャー」に分けることができる。またサイクリングやカヤッキングなどは場所等によっては、ソフトにもハードにもなり得るアクティビティと言える。
ATの考え方の中で大事な点は、地域の中小事業者と地域住民に、経済・社会的な観点でのサスティナブルな効果を残せることや、同時にその効果が地域の自然や文化を保護・活性化することに貢献していることを重要な要素として位置づけていることである。
我が国が観光立国の推進にむけてATに取り組む意義はいろいろとあるが、以下の3点において重要だと考えている。1つ目は、「地方にこそ要素が揃う」という点、2つ目は「資源活用と持続可能性の両立を目指す」という点、そして3つ目は、「ローカル経済を重視していく」という点である。新型コロナウィルス発生前の日本におけるツーリズムの実態は、一部の地域に外国人旅行者が集中し、オーバーツーリズムが社会課題となっていた。これからの観光振興は、自然・文化資源、そして地域を大事にしながらも、観光を通じて地域資源を経済価値に結び付けることが重要で、観光客数の「量」の観光から自然・文化の保全や地域の発展などの「質」の観光への転換を目指す必要があり、ATが目指す持続可能なデスティネーションのあり方は、まさにわが国のこれから目指す観光立国の姿と言える。
2. (一社)日本アドベンチャーツーリズム協議会(JATO)の設立
昨年7月、ATTAをアドバイザーに、世界水準のアドベンチャーツーリズムを日本に広げるべく産官学連携で(一社)日本アドベンチャーツーリズム協議会(英文名:Japan Adventure Tourism Organization、略称JATO)を設立した。主な活動内容は、日本国内でのATの認知向上と普及、高付加価値・高品質・高額なAT商品の企画と流通支援、人材育成、主要市場である欧米を中心としたAT旅行者の日本誘致などである。
昨年は都内はじめ全国各地でシンポジウムや講演会を開催した。北海道、長野県、九州、沖縄県におけるAT推進にむけた戦略策定や人材育成等を支援してきた。またATTAが主催するATの世界大会「Adventure Travel World Summit(ATWS) 」の誘致を支援し、2021年は北海道開催が内定した。現在は、ATWS開催時に北海道を中心に全国数か所で実施されるATTA関係者が参加する視察ツアーの企画や受入体制づくり、ガイド育成等を支援し、受入地域と連携して、世界中のAT専門家を受入れる準備を進めている。JATOのホームページでは、国内外のATのキーパーソンのインタビュー、AT人材育成のための教材動画の配信、ATTAが発信する世界のAT関連情報等の紹介等を行っている。
今年7月に政府が発表した「観光ビジョン実現プログラム2020」では、「地域の自然、気候、文化の魅力を生かした体験型アクティビティの充実」の施策として「アドベンチャーツーリズムの推進」が掲げられた。環境省でも国立公園満喫プロジェクトの施策の柱としてATを掲げており、国の政策としても推進され始めている。JATO の活動を通じて、AT推進をさらに加速させ、国内の自治体、DMO、事業者等とATネットワークを形成し、ATを通じた地域観光の発展に貢献していきたいと考えている。
3. 次世代の旅行者が求めるアドベンチャーツーリズム、日本での可能性と期待
欧米中心に発展してきた“ADVENTURE TRAVEL”とは、単なる“冒険旅行”という意味ではないと考えている。日本国内においては、アウトドア・アクティビティを楽しむ旅行というイメージを持たれているが、ここでの“ADVENTURE”は、「冒険する」ということではなく、「自然や地域の文化に向き合い、自分の人生を豊かにする上質な時間を過ごす」という意味合いに近いと言えるのではないかと考えている。
ATTAは、ATを嗜好する旅行者、いわゆる「アドベンチャー・トラベラー」が旅行を通じて求める体験価値として、以下の5つのキーワードを示している。
- The Novel and Unique
他の場所で味わえない、その場所ならではの体験であると感じることができるか? - Transformation
自己が成長・変化していくと感じることができるか? - Challenge
身体的・心理的にさまざまな意味合いでの挑戦ができるか? - Wellness
旅行前より心身ともに健康になったと感じられるか? - Impact
文化や自然に対する悪影響を最低限に抑えられていると感じられるか?
ATTAの調査によると、アドベンチャー・トラベラーが旅行に求めるモチベーションは、「Transformation(自己変革)」が最も高く、その次に「Expanded Worldview(視野を広げる)」、「Learning(学ぶ)」が続く。AT旅行者は、旅行を通じて視野を広げ、様々なことを学びながら「自己変革」を求めていることが分かる。
一般的に欧米におけるAT旅行者は、進歩的かつオープンマインドで、健康や自然への意識が高い傾向にある。高学歴かつ所得水準の高い層である、いわゆる富裕層のカテゴリーであるといえる。しかしながら高級品や贅沢品を好む「クラシック・ラグジュアリー」層ではなく、新しいことへの挑戦や自分にとっての意義を重視し、贅沢より本物の体験を求める、いわゆる「モダン・ラグジュアリー」層といえる。この層は20~30代のミレニアルズ、まさにデジタルネイティブのZ世代に多くみられる傾向である。
ATTAは、米国内において、AT市場が米国旅行市場全体より早期に回復するとの見方を示すとともに、特にZ世代が、旅行市場の再構築にむけて重要であるとの見方を示している。今後の日本国内においても同様にZ世代が、ツーリズム産業復活の鍵であり、With/Afterコロナの旅行スタイルとして、ATは国内旅行においても定着するのではないだろうか。来るべき訪日インバウンドの復活を目指しつつも、国内旅行の多様化や付加価値向上にむけて、AT推進の意義は大きいといえるのではないだろうか。