ウィズコロナの旅行再開で見えてきたこと
新型コロナウイルス感染症がパンデミックとなり7カ月が経ちます。本コラムでは、ウィズコロナで再開した今夏までの旅行の動きを生活者・旅行者の観点で整理をしました。日常生活に急速に進んだデジタル化は、オンラインツアーなど新たな動きもつくり出しました。今の起きていることが、今後の旅行・観光にどう影響していくのか、何を考えるべきなのか考察します。
波潟 郁代 客員研究員
西武文理大学サービス経営学部 教授
目次
新型コロナウイルス感染症が世界に拡大し、私たちは日常生活において、これまで想像もしなかった様々な経験をしてきた。特に外出や移動の自由が制限されることの影響は大きく、経済的損失や精神的な負担は計り知れない。今現在もコロナ禍は絶対的な解決策がなく、世界のツーリズムは見通しが不透明だ。国際線のコロナ禍以前の水準の回復も、2024年以降になると言われている(IATA発表)。
しかしながら、日本国内の旅行は、10月からGoToトラベルキャンペーンに東京発着が対象に加わり、ウィズコロナを前提に、一歩一歩需要回復に動いている。当社は、新型コロナウイルスの拡大が始まった今年2月から、旅行・観光回復に向けた意識調査を定点で実施し、生活者の心の変化や生活の変化を見てきた。筆者はここで一旦、今夏までの国内旅行の動きを俯瞰し、それらがどんな意味を持つのか、インバウンドや海外旅行の再開を考える上でも、一度整理をしておきたいと考えた。
整理のポイントはいくつかあるが、本文では、これまでの意識調査の結果も踏まえながら、文量を考慮し、以下3つのポイントに絞って進めていく。
- 足元の旅行は、“新常態の安・近・短”。旅行は“コロナの収束を待つ”から“配慮して行く”に転換。旅の目的は、「日常からの解放」、「休養」で、旅自体が目的に一時的に回帰
- 緩慢に進んでいた旅行者の世代交代が加速。シニア層は意欲の低迷が続く一方、若者は高い
- 日常生活の急速なデジタル化と旅行者との接点の変化。オンラインツアーが持つ意味
なお、本コラムと共に、詳細なファクト集をまとめ、ダウンロードできるようにした。
1. 足元の旅行は、“新常態の安・近・短”:“コロナの収束を待つ”から“配慮して行く”へ意識変化旅行の目的は、「日常からの解放」と「休養」。地域との交流体験が一時的に後退、旅自体が目的に
(1)緊急事態宣言下での旅行再開に向けた当社の予測
当初、足元の旅行再開は、各調査結果や関係者のインタビューなどから、下記の内容のようになると予測していた。
- 新常態での“安・近・短”、つまり「安全安心(三密を避け)、近場、同行者は近しい関係(家
族、親しい友人で小グループ化)、短い期間」 - 自動車利用で、居住エリア内あるいは近隣の地域の温泉観光地・景勝地、日帰りか1泊2日
- 男女20代の若者は旅行再開に積極的、一方、女性は年代が上昇するほど意向は下がり、特に女性シニアは消極的な傾向
上記3番目の、どの年代の旅行意欲が高く、旅行再開が早いか、という点に関しては、男女20代が最も意欲が高い(図1)。その背景には、ここ数年の安定した経済と、好調な雇用環境が追い風となり、若者はコロナ前から積極的に旅行をしていたこと、そして彼らは消費を謳歌したバブル世代を親に持ち、経済低迷期でも幼少期の旅行体験が比較的多い年代で、影響を受けていることが考えられる。一方、これまで旅行消費をけん引していた女性シニア層は、旅行意向が最も低くなり、「国内旅行には、しばらく行きたくない」が32.2%、「海外旅行に二度と行きたくない」が14.6%と高い。今後、時間の変化と共に改善されるのか、意欲が高まるポイントは何か、注視すべき点である。
(図1)移動制限の解除後、いつ頃旅行に行きたい気分か(国内旅行・海外旅行)
(2)ビッグデータと意識調査から見えてきた今夏の旅行
ではこの夏、人々はどのような旅行をしたのだろうか。参考データとして、最大の市場を持つ首都圏(一都三県)在住者の居住地以外への移動を、Agoop社の大型連休期間の県外移動分析で見てみる。
(図2)8月、9月の連休期間中の首都圏在住者の居住地以外の移動先(1日当たりの平均人数)
8月のお盆期間中の首都圏在住者の域外の移動者は、前年の55.9%に留まった(日帰りも含む)。7月末から8月にかけて、新規感染者数が再び増加し、GoToトラベルキャンペーンから東京発着が除外されたことや、東京都が都民に対し、お盆期間中の都外への旅行・帰省の自粛を依頼した影響が大きいと考えられる。移動先は、自動車での移動が比較的可能な首都圏近郊の関東および長野県に多かった(図2)。Agoop社の他のデータによると、お盆期間中の軽井沢、箱根などの観光地は、首都圏在住以外の旅行者の減少がより大きかったことを示し、首都圏からの旅行者はそれ以外からほど大きく減少はしていなかった。
一方、9月は新規感染者数が減少し、10月からGoToトラベルキャンペーンに東京発着が加わることが決まっていた。こういった動きを受け、9月の連休期間は一都三県在住の移動者が前年の92.3%となり、8月から大きく改善した。なお、2019年の9月連休期間と2020年とを比較すると、首都圏近郊の群馬県、栃木県、茨城県、そして長野県への1日あたりの平均移動者数は、前年より多いことが分かる(図3)。これらの県は首都圏から近く、箱根、軽井沢、日光など、多くの観光客が訪れる有名観光地があり、旅行者の受け入れに比較的寛大なイメージが持たれていたことが考えられる。
(3)旅行をすることへの意識の変化と、コロナ禍での旅行の目的や期待すること
(3)-1 9月の連休旅行がウィズコロナを受け入れて旅行する意識の転換期か
9月の連休期間の旅行が大きく改善したことは、人々の意識の変化からも理解できる。「今後、どんな状況なら旅行に行くか」という同じ質問を2月から9月まで行い、心の動きをみた。9月の調査で初めて、旅行先や旅行商品に関わる状況、「観光地が混雑していない」、「良い/安いプランや宿泊施設がとれれば」などが、新型コロナ収束に関する状況と逆転した。「ウィズコロナを受け入れつつ、旅行をする」という意識の転換期とも受け取れそうだ(図4)。
(3)-2 今、旅行に期待することは、「休養・リラックス」、「日常生活からの解放」。旅すること自体が目的に
ここ数年、地元に根差す生活文化体験、まち歩きなど、有名観光地ではない地域での新しい観光振興の取り組みが進んでいたが、コロナ禍でオープンファクトリーなどの交流イベントが相次ぎ中止になった。旅の目的や期待の中で、近年、若者を中心に徐々に浸透していた、「現地の人や生活に触れる」、「(地場産業や農業を)旅先で学ぶ」などの「内省面や自己研鑽」を求める気持ちがコロナ禍で少し後退した。一方「コロナ対策(安全安心、三密回避)」と共に、「休養・リラックス」、「日常からの解放」を望む気持ちが高くなった(図5)。これはコロナ禍の長期化によるストレスで、少し前の時代のように、旅すること自体が目的化しているとも読み取れる。箱根、軽井沢などは、都心から自動車で行きやすく、自然に囲まれ、観光客が来る場所であるということが、近しい同行者と安心して過ごせる場所として選ばれていると思われる。
ただし、若い世代は本来、旅先の交流のあり方が上の世代とは違う志向がみられ、旅行は自己実現の手段として、有名観光地ではなくても、思い入れのある地域で一緒に何かをしたいと望む人が多い。今後、感染防止対策を含めた地域の観光への理解と、交流再開の体制が整えば、生活文化を資源とした新しい観光への関心は、また復活すると考えられる。それまでファンの維持と接点づくり、信頼できる情報発信が必要だ。
(図4)今後、旅行に行きたいと思う状況とは(2月~9月の意識の推移) (複数回答)
(図5)コロナ禍前まで重視していた旅行の目的とこれから重視したい目的 (複数回答)
2. 緩慢に進んでいた旅行者の世代交代が加速、シニア層は意欲が低迷し、若者は高く維持
(1)4月~9月の旅行実施状況
緊急事態宣言下での国内旅行の意欲は、男女20代の若者が高く、一方旅行消費をけん引していた女性シニアが低いという傾向が見られた。現状把握のために、4月~9月までの半年間の旅行経験を調査した。全体では1回以上旅行に行った人の割合は25.9%だった。ちなみに、通常は6割以上の人が1年に一回以上の旅行をする。全年代を通じ、最も実施率が高かったのは、Z世代、ミレニアル世代である男女20代で、共に30%を超えていて、予測通りだった。しかし今後の雇用環境次第で変化がないとも限らない。「若者は旅行をしない=見聞を広げられない」状態は社会をあげて防ぐべきである。
一方年代が上昇するほど旅行実施率は下がり、女性60歳以上のシニア層は全体で最も低い17.4%で緊急事態宣言下の意向と同じだった。注目なのは、男性60歳以上の実施率が低かったこと。当初の旅行意欲は、他世代の男性と変わらず高めだったが、実施率は男性の中で最も低かった(図6)。男性シニアは生活や収入に変化がなく、国内旅行を控える明確な理由は不明だ。同行者である配偶者が旅行に消極的であること、本来夏場のピークより春・秋に混雑を避け旅行する傾向があること、コロナ長期化による気分的な変化など考えられるが、しばらくは注視が必要である。
(図6)20年4月~9月の間の国内旅行経験
(2)加速する旅行消費の世代交代
(2)-1 健康なシニア層は旅行復活を促す努力を、同時に卒業を見越して次世代の対策を
コロナ禍での旅行消費の特徴は、消費をけん引していたシニア層が慎重であることだ。ここ何年かで団塊世代が70代に入り、海外旅行から卒業する人が徐々に増えていたが、コロナ禍でその下の60代のシニアまでが、国内・海外共に旅行意欲が低めだ。海外旅行に関しては、国際線がコロナ以前の水準に戻るのは2024年とされている。それまでは路線が少なく、航空運賃が高額で、海外旅行に行きにくい状態が続き、シニアはそのまま復活せずに卒業という可能性もなくはない。しかし、特にシニア女性は旅行同行者が、配偶者、娘、三世代家族、友人と多岐に渡り、本来旅行機会が多い人たちである。健康で過去の旅行頻度が高い人を対象に、海外なら早い復活が期待される東アジア、あるいは国内旅行へと、健康維持の観点からも旅行復活を促す努力が必要である。
(2)-2 次世代シニアは現シニアと同じではないと考える
これまでの世代研究で、団塊世代とその下の60代、さらに次世代シニアの50代とでは旅行消費に違いがあることが分かっている。60代シニアは若い頃にスキーやテニス、ドライブといった多様な消費を体験した初期の人たちである。男性は海外出張の経験もあることから、パックツアー利用の割合はこの年代から大きく減少する。またインターネット利用が広がったのは40歳前後であり、旅行商品のネット購入も抵抗がない。50代以上は、ウェブサイトは旅行会社のサイトをOTAより利用する傾向がある。50代男性は航空会社・ホテルの直販も多い。今起きているシニアの旅行消費の世代交代は、これまでの世代交代と違うと考え、商品の購入だけではなく、旅行を通じて享受したい体験価値が違うことを前提に考えることを勧めたい。
3. 日常生活の急速なデジタル化と旅行者との接点の変化、オンラインツアーが持つ意味
緊急事態宣言下での外出自粛生活は、それ以前に徐々に進んでいた日常におけるデジタル化を、半ば強制的に進めることになった。最たるものが、オンライン授業やリモートワーク、そして観光では今後の期待として話題になっているワーケーションだ。しかし、今回のコロナ禍で登場し、広がった旅行スタイルという観点では、オンラインツアーがあり、今後の消費を考える上でも多くの示唆がある。
(1)コロナ禍のオンラインツアーの利用率
コロナ禍でのオンラインツアーの大きな流れを見ると、早くから知られていたのが、世界中が緊急事態宣言で外出自粛生活を送っていた時のHISアメリカ(H.I.S. U.S.A HOLDING,INC.)のオンラインセミナーだ。海外在住者を講師に、オンラインでセミナーを行い、参加者が広がっていった。外出制限が解除後、まだ旅行をためらう人も多く、現地の観光地とライブで繋がり仮想で観光体験を楽しむオンラインツアーが増えていった。国内観光地のオンラインツアーは8月の夏休みの旅行シーズンに花盛りだった。当時、新型コロナの感染者が再び拡大していた頃で、遠方や離島への旅行が難しくなった時に、地元のバス会社や観光事業者、旅行会社により数多く企画された。またC2Cのシェアリングエコノミーのサイトでは個人のオンラインツアーの提供が多く見られた。
図7は今夏までの国内オンラインツアーの利用について、スクリーニング調査で聞いた結果である。全体の利用率は11.3%。20代の利用率が最も高く、25.3%だった。60歳以上では3.4%だった。旅行頻度で傾向をみると、年3回以上行く人は14.4%と平均より高く、また再利用意向も69.8%と高かった。今年の4月~9月の旅行経験別に傾向をみると、実際の旅行をした人の23.1%がオンラインツアーを利用し、旅行に出かけていない人は7.1%。現時点ではオンラインツアーは旅行経験の多い人ほど経験し、再利用意向も高いことが分かった。
(図7)国内旅行オンラインツアーと今後の利用意向(利用者・非利用者別)
オンラインツアー自体については別の機会に述べたいと思うが、現時点では、オンラインツアーはリアルとバーチャルの旅行の競争にはなっていないと考えられる。旅行に関心の高い消費者にとっては、オンラインツアーに数多く参加することで、楽しみながらコロナ後の旅行選択の参考にし、関心が高まれば今後リアルの旅行に出かけるという構図が成り立ちそうだ。また、当初は参加無料のプロモーション的な企画もあったが、現在は有料が定着している。企画側には無料では継続に限界があり、参加者にとっても、旅行するより安くつき、さらには地域を応援するという実感に繋がると思われる。
現在の主催者はほとんどリアルの観光を生業にしている事業者、旅行会社だ。今後、旅行がさらに回復すれば、本来の事業に戻り、ライブでのオンラインツアーは減少する可能性がなくもない。しかしオンラインツアーがこれだけ広がった現状を踏まえると、リアルに来てくれる(買ってくれる)人だけが本当のお客様で、オンラインは別と分ける必要もないと考えらえる。オンラインでの参加によりマーケティングも可能である。近年、マーケティングでは“OMO(Online Merges with Offline オンラインがオフラインを融合する)”として、“すべての顧客接点はオンライン起点で、リアル(オフライン)はその中に包含される”という考え方が広がっているが、観光の分野でも加速すると考えられる。当分リアルの旅行ができない海外旅行は、高頻度で高品質(“豪華、質が高い”ではなく、“共感できるような”、に近い)の接点とファンづくりが必要だ。
4.まとめ ~変化はコロナ禍前から起きていることが多い、背中を強く押されている状態
本文は、ウィズコロナでの旅行再開で見えてきたことを記したが、世代交代やデジタル化による新しい旅行スタイルは既に何年も前から変化が始まっていて、コロナ禍により外圧のごとく背中を押された状況であると理解している。
コトラーの「マーケティング4.0」(朝日新聞出版)には、新しい顧客基盤として、「若者」、「女性」、「ネティズン(NETWORK+CITIZEN)」を挙げている。「若者は新しいものを率先して使う人」、「女性は最適なものを調べ、そして広げる人」、「ネティズンはネットワーク上で国籍にこだわらず活動する人」という。かつては、「男性」、「年配」、「権力者」だそうで、お金を持ち、消費を引っ張っていた人たちである。新しい顧客基盤は、自身が消費を引っ張るというより、他者に影響を与える力が大きいと考えられるが、今までは、中々そちらに意識をシフトすることは抵抗があったのではないかと考える。
最後に1枚のグラフを参照してほしい。コロナ禍前と比較し、自分の考え方で変化したと思うことを選んでもらった。自分の考え方に変化がないと答えた人は、男性で、年齢が高いほど多かった。一方、テレワークを体験した結果、働く場所にこだわらなくてもよい、テレワークやテレビ会議で済ませられる仕事は多い、とデジタル化に柔軟だったのは、若い世代だ。その一方で、若い世代は「対面や直接のコミュニケーションは大切だ」と考えている。若い世代はオンライン(デジタル)から得られる合理性、利便性を前提に、リアルの良さを求めているのだ。
コロナ禍はまだ収束がみえないが、未来を見据えて何か考えるなら、コトラーのいう、「人間中心」で、次世代、次々世代にとって人間的価値を支持し、表現するサービスやしくみ、文化を考えることが大切で、それがアフターコロナの未来の旅行・観光の革新につながると考える。
(図8)新型コロナ影響前と比較した、自分の考えの変化(性年齢別)
関連情報:2020 旅行・観光とコロナ禍の調査