コロナ禍における富裕層の意識の変化 ~生活も旅行も、サステナブルがメインストリームへ
ウィズ/アフターコロナを見据えた、世界の富裕層の旅行再開に向けた意識を、ILTM (International Luxury Travel Market)による調査結果から読み解きます
岡田 美奈子 研究員
目次
ラグジュアリー層を対象とした旅行展示会としては最も影響力が強いとされているILTM (International Luxury Travel Market)によると、コロナ危機以降、富裕層の多くは、これまでの高級品の消費志向から、健康と財産保護を重視し、よりローカルで環境に配慮する、「グリーンリビング」への意識が高まっています。特に女性や若者の間では、生活においても、旅行においても「サステナブル」がキーワードといってよさそうです。本文では、ILTMが毎月発表しているトレンド分析「Global HEATMAP」から、富裕層の間でより意識が強くなっているサステナブルな生活や旅行について述べていきます。
1.富裕層の価値観の変化と旅行への高い意欲
ILTM (International Luxury Travel Market)とは、フランス・カンヌで2002年から毎年12月に開催されている、富裕層を顧客とする旅行会社(バイヤー)と高級ホテルや観光施設等(出展者)との商談会です。厳格な審査により選ばれた組織・事業者のみが参加でき、富裕層を対象とした旅行展示会では最も影響力が強いとされています。主催は、Reed Travel Exhibitions社(本社:ロンドン)。新型コロナ感染症拡大以降の富裕層の旅行意識について、ILTMは、トレンドを調査分析するレポート「Global HEATMAP」を毎月発表しています。今年10月に発表された調査は、世帯収入中央値40.4万ドル、投資資産の中央値11.1万ドルの英国、米国、フランス、中国の富裕層 580人を対象に実施されました。下記の傾向が明らかになっています。
- グリーンリビング(環境に良い暮らし)の拡大
- ・全体の約40%が、高級品の消費に疑問を持ち、健康と財産保護への意識が向上している。
- ・35%は、グリーン購入や持続可能な地元産の商品の購入に重点を置いている。
- <回答者の声>
- ・「経済的に未知の事態に備えるために、より意識的な支出をするつもり。これまでの消費とは異なる選択肢を優先する」フランス人、18~39 歳
- ・「地元で生活し続ける可能性が高い」-イギリス人、40歳以上
- ・「価値、品質を重視する」 イギリス人、18~39歳
- <回答者の声>
- グリーンリビングへの関心を持つ年齢層の拡大
- ・コロナ危機以前は、グリーンリビングや持続可能性、ローカルなものに対して、主にミレニアル世代(18-40歳)が関心を持っていた。コロナ危機以降は、40歳以上の女性、一部のベビーブーマー、X世代(概ね1965~80年生まれ)にも関心が広がっている。
- グリーントラベルへのシフト
- ・コロナ禍において、贅沢品は必需品ではないが、旅行や体験は必需品だと感じている。
- ・全体の約4割が、渡航制限が緩和されれば、再び海外旅行を検討する可能性が「非常に高い」と回答している。安全に配慮した適切な環境で旅行をするために、追加の支出をしてでも旅行をしたいという熱意を持っている。
- <主な回答>
- ・「贅沢品を持ち歩くよりも、安全で清潔なフライトやホテルの方が重要」である。
- ・個人旅行が大幅に増加。旅行の際は、20%はプライベートの運転手を有し、17%はプライベートヨット、ヘリコプターやジェット機を利用したい。
- ・43%は、ホテルやリゾートでの滞在を安全で快適にするために、「宿泊施設の宿泊人数を最低限にする必要があると要望。
- ・38%は、ホテルやリゾートでの滞在に、コロナ危機前と同じ金額を使う予定。25%は、コロナ危機前より、お金かけてもいい。追加予算で、完全にプライベートではなくとも、自然に囲まれて、人と離れた環境を得ることを重視する。
- ・飛行機の利用意向が低下。45%は、コロナ危機前よりも、レジャーでの長距離便の利用を減らす、38%は、レジャーでの短距離便の利用を減らす意向。
- ・3分の1は、個人の旅行予算を変更する予定はない。39%は、飛行機を利用したレジャー旅行の予算を減らすことは考えていない。32%は、ビジネスでの短距離航空便利用の予算を減らす予定はない。
- <主な回答>
このように、新型コロナ感染症拡大により、富裕層の間では、環境に配慮した持続可能でローカルなものへの意識が一層高まっています。特に注目すべきは、この傾向が従来のミレニアル世代を超えて、X世代や40歳以上の女性層にまで拡大していることです。しかしながら、調査からは、富裕層におけるサステナブルでローカルなものへの価値観の変化は、地域に対する感謝の気持ちからというよりも、彼ら自身の健康や財産保護から生まれたものと読み取ることができ、この先の不安感から、この傾向は一層強まっていくことが想定されます。
2.ミレニアル世代富裕層がリードするサステナビリティ ~モード界からファッション業界全体への動きへ
富裕層ミレニアル世代を中心に、こうしたサステナブルを意識する傾向は、コロナ禍以前からみられていました。この意識をいち早く察知し、対応したのがモード界です。今では、ミレニアル世代の富裕層にとどまらず、「持続可能なローカル・ラグジュアリー」がファッション業界全体でのトレンドとなっています。
(1)近年のラグジュアリーブランドのターゲットはミレニアル世代の富裕層
世界の有力ラグジュアリーブランドは、ミレニアル世代を最大のターゲットに据えて、数年前から本格的に取り組みを進めてきました。新進気鋭のクリエイティブディレクターの登用やストリート系ブランドやアーティストとのコラボレーションによる商品の刷新、彼らに影響力のあるアンバサダーの起用、そしてデジタルコミュニケーションの強化等が主な取組です。
一方で、環境効率の高いビジネスモデルを確立する取り組みも推進してきました。2019年には「ファッション協定(The Fashion Pact)」に調印し、気候、生物多様性、海洋の分野において具体的な共通目標の実現に取り組むことを誓約しました。同協定は、2019年8月26日、ビアリッツで開催されたG7サミットで発表されたもので、ケリング・グループのフランソワ=アンリ・ピノー会長兼CEO率いるファッション業界の約30人のCEOによって委員会が結成されました。「シャネル」、「バーバリー」、「ナイキ」、「アディダス」、「ザラ」を擁する「インディテックス」、H&Mヘネス・アンド・マウリッツグループなど多くの主要ファッション企業からなる多国籍企業によって構成されています。2020年11月現在、14カ国から60の署名者が集まり、200以上のブランドが協定のもとでの取組を進めています。特にグッチの取り組みは注目に値します。
●グッチの取組
グッチをはじめとする、サンローラン、バレンシアガ、ボッテガ・ヴェネタからステラ・マッカートニー、プーマなどと、世界的ブランドを傘下に持つグローバル・ラグジュアリー・グループのケリング・グループ(本拠地フランス)は、2018年時点で、売り上げの3~4割、をミレニアル世代が占めているとのことです。なかでも、「新生グッチ」は世界中での大ブレイクに繋がっています。
富裕層において高まるサステナビリティへの関心を背景に、グッチは、サステナビリティをビジネスの中核に据えた展開を進めています。環境に配慮した新たな素材の開発、クモの糸のDNAを使った「生地」やキノコの細胞を使った「革」など、将来的に革やコットンが使えなくなった事態に向けて、それに代わる新たな素材を長い目で見つける努力を続けています。このような取り組みも含めて、グッチでは、2020年4月22日にサステナビリティに関する10の取り組みを発表しました。
<「グッチ」がこれまでに実現してきた10の主要な取り組み>
- 自社およびサプライチェーン全体でカーボンニュートラルを実現
- 「CEO カーボンニュートラル チャレンジ」を提唱
- 動物が登場する広告キャンペーンに関して、媒体費の0.5%を国連開発計画(UNDP)主導ライオンズシェア基金に寄付
- 環境損益計算書で環境への影響を透明性の高い状態で公開
- 2025年までに環境への負荷の40%削減を目指す
- ショップ、オフィス、倉庫でクリーンエネルギーを活用
- サステナブルな素材の開発と調達
- 「グッチ アップ プログラム」で循環型アプローチ(レザーテキスタイルの端切れをアップサイクル)
- レザー加工の工程を最小限にする「スクラップレス プログラム」
- パートナーやステークホルダーとの協業
サプライチェーンの労働者の支援やファッション産業の透明化を目指す英国のNPO、ファッション レボリューション(FASHION REVOLUTION)が毎年発表している「ファッション透明性インデックス (Fashion Transparency Index )」の2020年度版で「グッチ」は、ラグジュアリーブランドとして最高スコアで評価され、2年連続で1位を獲得しました。また、インターブランドによるグローバルブランド価値評価ランキング「Best Global Brands 2019」の最も成長率の高いブランドランキングでは「グッチ(GUCCI)」がトップ5に入りました。グッチが「自己表現や男女平等、多様性などをブランドで体現し、ソーシャルメディアを通じてミレニアル世代を魅了している」と評価されています。
※参考資料
https://www.gucci.com/jp/ja/st/our-commitment
https://hypebeast.com/jp/2020/4/fashion-revolution-2020-transparency-ranking
(2)Z世代への広がり ~ミレニアル世代とは大きく異なる消費意向
グッチは、ミレニアル世代の間で圧倒的な人気を博していますが、現在、グッチの中でもっとも急成長しているセグメントはZ世代です。様々な調査から、2025年までに、ミレニアル世代とZ世代は、高級品の総支出の45%を占めることが想定されています。一方、ミレニアル世代とは異なるZ世代の消費志向も注目されています。
例えば、米広告代理店 Barkley 社は、「車や家などのモノより個人的な経験・体験を重視する傾向にあったミレニアル世代に対し、Z世代は、もっと上の従来型世代のように、金銭・教育・キャリアにおける成功やモノの所有を目指して真剣かつ懸命に取り組む傾向にあり、こうした特徴・傾向は社会及び市場に今後大きな影響をもたらす」とし、ミレニアル世代と同様Z世代も「極めて重要な世代」と位置付けています。
3.ミレニアル世代の富裕層がリードする新たな旅の価値と観光業界への期待
富裕層の今後の旅行支出に関連して、前述のILTMの「GLOBAL HEATMAP: HOW COVID-19 WILL SHAPE 2021調査(2020年10月発表)」では、今後1年間の富裕層の旅行意向について、以下の傾向が示唆されています。
- 今後1年間の旅行支出は、2020年第3四半期以降、回復を示唆
- ・2020年以前の意識:1年以内に旅行にもっとお金をかける予定であると答えた割合は約45%、削減を計画していると答えたのは約10%のみ。
- ・2020年前半の意識:ウイルスが急増したことで、旅行にもっとお金をかけると答えた割合は28%に低下、旅行費用の削減を計画している回答者は45%に急増。
- ・2020年第3四半期の意識:旅行費を削減する予定の割合は40%、より多くの旅行支出を予定しているのは30%で、アジア(41%)が大きく牽引していた。
- サステナビリティを重視
- ・過去3四半期連続で、「サステナビリティが重要」と考える回答者は上昇。
- ・2020年第3四半期には、「サステナビリティが重要」とする回答者は56%、「どちらかといえば重要」との回答は31%と、9割近くを占めた。
- ・2020年第3四半期には、35%が「持続可能なブランドとサービスに追加のお金を10%支払ってもよい」と回答し、男性のほうが若干その割合が高い。
- <回答者の声>
- ・「私はまだ海外旅行をしたいし、クルーズにも行きたいです。しかし、安全のために、別の種類の休暇を選ぶかもしれません」(アメリカ人、40歳以上)
- ・「企業が持続可能な方法で行動するかどうかを慎重に調べ、そうでない企業からのサービスや商品を購入することは避けます」(イギリス人、40歳以上)
- <回答者の声>
しかしながら、現在欧米でも感染者拡大が収束しない現状では回復は遅れるものと考えられます。日本政府観光局(JNTO)によると、世界の旅行需要回復を牽引するのは、富裕層やミレニアル層であるといわれています。これらふたつの層には、本物の体験を求め、自分の趣味や意義があると思ったことには惜しむことなくお金をかける傾向がみられます。
数々の調査から、富裕層の間で「良い」と認められたものはマス層の憧れになる傾向があります。富裕層に認められたブランド、流行したトレンドは「憧れ」となり、すべての人に影響・波及し得ることが示唆されています。デジタルパイオニアと言われるミレニアル世代は、SNSなども活用するものの、判断や選択の際には、慎重な下調べをするため、「量より質」のコミュニケーションが求められます。富裕層の市場を支えるミレニアル世代のニーズを理解し、新しい価値観を醸成、促進するアプローチにより、旅行需要の回復の面だけでなく、社会における観光や旅行自体の意義や位置づけが向上するとともに、観光に携わる人々の価値も向上することが期待されます。