プレーヤーの想いと学生による築地場外市場の賑わい創出の試み ~ポストコロナにおける観光・交流・地域づくりの考察~

コロナ禍の築地場外市場で学生による賑わい創出プロジェクトが進んでいます。場外市場の食のプロたちの想いをベースに新たな感覚で人と人がつながる空間を創り出そうとしている学生たちの取り組みから、ポストコロナにおける観光・交流、地域づくりについて考察します。

吉口 克利

吉口 克利 主席研究員

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目次

2019年10月に中央卸売市場が豊洲へ移転した後も築地場外市場は外国人旅行者で賑わいを見せ続けていました。しかしながら、新型コロナウイルスの感染拡大で外国人旅行者の姿が消え、その後日本人の来訪者は少しずつ増えてきたようですが、2020年はこれまでにない静かな1年となってしまいました。そのような中、築地場外市場の築地東通りで牛肉店を営む寺出昌弘氏らが、地域に関わる事業を手がけていた知人に商店街の活性化について相談を持ちかけたことをきっかけに、大学生らによる新たな築地場外市場活性化のプロジェクトが生まれました。

本稿ではコロナ禍の中で進められたこのプロジェクトを概観しながら、ポストコロナにおける新たな観光・交流、地域づくりについて考察します。

TSUKIYOI築地計画サンセバスチャンVOL1

(株)JFEEL提供

 

1. “食の聖地” 築地場外市場の現在

築地場外市場は中央卸売市場に訪れる食のプロたちの要望に応える専門店街として発展し、2019年に中央卸売市場が豊洲に移転した現在も500ほどの店舗が営業を続けています。1935年の中央卸売市場の開業の頃から続いている店も多く、築地移転前の日本橋魚河岸の時代から続いている老舗もあります。また、築地場内にあった約600店舗の鮮魚店の内50店舗が、築地の賑わいの継承を目的に中央区が設置した施設、「築地魚河岸」で営業を続けています。

6割を占めている業務筋を顧客とする店舗は、豊洲市場との配送システムが整備され従来通りの商いが続けられているようですが、1日5万人の入込があった豊洲移転前の賑わいは失われ、コロナ禍はさらに商店街の賑わいを奪ってしまいました。

全国の商店街は商業の集積地であると同時に、人々の交流を通して街の文化、アイデンティティを継承する機能も果たしてきました。築地には食のプロが交流する“食の聖地”としてのプライドとアイデンティティがあり、街の賑わいもこのアイデンティティの大きな構成要素となっています。

街のブランド力からコロナ禍の収束後には多くの観光客が訪れ、賑わいが戻ることは予想されますが、単に来訪者を増やすだけではなく、街のプライド、アイデンティティの継承につながる新たな交流の在り方を模索するプロジェクトがコロナ禍の中で立ち上げられました。

築地場外市場魚屋

(株)JFEEL提供

2. 学生たちの築地での1年 -築地の歴史と現在の確認から未来の検討へ-

プロジェクトの火付け役となった寺出氏は、近江商人のDNAを継ぐ築地近江屋牛肉店の店主。食肉の「目利き」として、銀座や日本橋の料理人に一目置かれる存在で、築地場外市場の若手リーダーとしても活躍しています。寺出氏が商店街の活性化について相談を持ち掛けた知人のネットワークから、横浜市立大学で観光マネジメントを教える有馬貴之准教授、青山学院大学経営学部でマーケティングデータ分析を教える横山暁准教授らが議論に加わり、それから彼らのゼミ生たちを交えた取り組みが始められました。

まず、有馬ゼミの学生たちは訪日外国人旅行者の動向、国内観光の動向、全国の市場や商店街の取り組みなどについてのデスクリーチからターゲットやプロジェクトの方向性を定め、さらに、江戸時代からの築地の歴史の整理、近年の築地内の種類別店舗数や営業時間の変化等の確認、そして場外市場のフィールドワークを行いました。また、横山ゼミでは学生に対する築地場外市場のイメージ調査などが行われ、これらの資料を基に築地の賑わい創出についての検討が行われました。

近年の旅行者の増加を背景に、“海産物を売る築地”から“食事をする築地”のイメージが広がり、店舗の営業時間も遅い時間に徐々にシフトし、昼~夜に食事を提供する店も増えてきていること、東京のナイトライフを楽しみたいという外国人旅行者が多いこと、そして、聞き取り調査から明らかになった、伝統や本物へのこだわりなどプロとしてのプライドの継承を総合的に検討し、「夜の築地の活性化」計画が提案されました。

横山ゼミ生FW

横山ゼミの学生によるフィールドワーク(株)JFEEL提供

3.オンライン会議システムを用いた築地場外市場の探索(Quest)

学生によるプロジェクトが始まって間もなく、プロジェクトに参加していた当社客員研究員の後藤氏が代表を務める㈱makesがZoomを用いたオンラインイベントを企画しました。「ZOOM Quest/オンラインで出会う旅@築地・食の神々編」として、寺出氏と、NPO法人築地食のまちづくり協議会事務局長の鹿川賢吾氏が案内人を務め、マレーシア人留学生がレポーターとして商店街の魅力を伝える企画です。15名の参加者は有馬ゼミ・横山ゼミの学生たち、寿司YouTuber、イラストレーター、そして筆者など多彩な顔触れとなりました。

その名の通り近江商人の流れをくむ寺出氏の「近江屋牛肉店」、料理屋でひと手間加えてメニューになる魚加工品などを扱う「つきじ味幸堂」、100種類以上の佃煮を自社工場で製造している「江戸一」、ジョンレノンなどの有名人がお忍びで訪れていた「米本珈琲店」、築地魚河岸ビル内の鮮魚店「京富」などの店舗を店主の話を聞きながらレポート。商店街レポートの後は、参加者と寺出氏、鹿川氏で質疑応答が行われ、ファシリテーターが築地メンバーと参加者を和やかにつなぎ、築地の現在と今後について議論が交わされました。

コロナ禍の中で企画された多くのオンラインツアーとは異なり、目的を共有する人と人をつなぎ、ある地域について議論を交わすことのできるZOOM Questのような手法は、今後の地域づくりにおいて有効な手段となるものと思います。

ZOOM Quest

(株)makes・(株)JFEEL提供

4.夜の築地の活性化イベント 『TSUKIYOI』 の始動

「夜の築地の活性化」を提案した学生たちは、具体的な取り組みとして、築地東通りの路地に“立ち飲み夜店”を出すプロジェクトを企画し、「築地サン・セバスチャン計画」として具体的なイベントが計画されました。サン・セバスチャンはスペインを代表する観光地であるとともに、バスク料理やガストロノミーの街で、ピンチョス発祥の地としても有名です。全国でも類似したプロジェクトが立ち上げられていますが、「築地サン・セバスチャン計画」では“世界と繋がるピンチョス ~世界の国々と出会う、人と繋がる~”をテーマに、食の宝庫である築地に集まる食材で、毎月1回テーマを設定して世界のピンチョスと各国のお酒を提供し、世界と繋がるバルを開催することをコンセプトに設定。有馬ゼミの学生たちは検討を重ね殺風景な路地にスペインのバルの雰囲気を作り上げました。プロジェクト名は、築地、月、宵、ほろ酔い等のキーワードから「TSUKIYOI」と名付けられ、11月14日に第1回のイベントが開催されました。

コロナ禍ということもあり、広く声掛けはしなかったものの、いつにない明るさに誘われた通りがかりの人にも立ち寄ってもらうことができ、ピンチョスをつまみながら、気が付けば面識のない人と自然に話をしている空間は好意的に評価されました。

有馬氏は“学生ならではのデザイン、普通の大人にはない感覚というか、我々にはできない新しい築地の形を表現してくれたと思います”と単に観光を学ぶ学生たちによる型にはまったコンテンツ造成ではなく、実践の中で現れるデザイン性、センス等を高く評価しています。“月がよっぱらってふわーっとなっている感じ”を表現したというロゴマークのデザインもゼミの学生によるもの。

コロナ禍の収束後には、必ず継続的な取り組みとなり、築地の新たな交流によるアイデンティティ形成の場になるものと思います。

TSUKIYOI ロゴ ピンチョス

(株)JFEEL・(株)makes提供

5.ポストコロナにおける観光・交流・地域づくり
~地域の想いをベースに内発的に実践を続けるプレーヤーと、地域の魅力をクリエイトする地域内外のプレーヤーのネットワーク~

コロナ禍はそれ以前から地域における観光振興が抱えていた様々な課題を改めて考える機会になりました。基幹産業として国が進める観光政策を背景に全国で観光施策が展開されてきましたが、入込数と消費額という単純に量的な評価指標を前提とした地域での施策の多くは、ある程度の規模感を前提としたマス・ツーリズム時代の考え方から変化していないように見えます。旅行者意識・行動の多様化などコロナ禍前から観光を取り巻く環境が根底から変化している中で、改めてそれぞれの地域において観光を推進することの意味を問い直す必要があります。観光や交流はあくまでもそれぞれの地域が求めるビジョンを実現するための手段と考えることで、単純な経済効果に還元されることのない、観光や交流が本来持つ様々な可能性が見えてくるのではないでしょうか。

特にポストコロナにおいては、来訪者と地域の関係性を構築することが重要になると思われます。それは、地域内外の人と人とがつながる場づくりであり、地域のプレーヤーたちが活かされる場づくりといえます。(観光推進組織の役割としてはCRM(Customer Relationship Management)や、インターナル・プロモーション等の重要性が増してくるものと思われます。)

その意味で築地の事例はコロナ禍の中でスタートした小さな取り組みですが、食のプロが集まる“食の聖地”としての築地場外市場のアイデンティティの継承というビジョンを学生たちと共有し、商店街の中に人と人がつながる新たな空間を作り上げようとした今回のイベントは、ポストコロナにおける観光や交流を活用した地域づくりに関する多くのポイントが隠されているように思います。

今回の取り組みの中心となった横浜市立大学の有馬氏は、学生たちの地域での実習の際に、商店街の方々へのヒアリングなどによりしっかりと地域について調べコンテンツを造ることに加えて、デジタルを前提としたデザインとして成果をアウトプットすることを指導しています。今回のイベントも空間の演出だけではなく、YouTube等の動画の編集も進められています。

TSUKIYOI当日の様子: https://www.youtube.com/watch?v=RH3Whq-ZzsQ

おそらく、サスティナビリティを志向し、人と人のつながりがベースとなるこれからの地域における観光や交流の推進、地域の賑わい創出の取り組みでは、それぞれの地域が持つ想いをベースに内発的に実践を続ける地域のプレーヤーと、古い観光の価値観に捕らわれずに地域の魅力をクリエイトしていく地域内外のプレーヤーのネットワークが主役となってくるものと思われます。
そしてDMOなどの観光推進団体は、地域のビジョンを明確に示し、いかにプレーヤーたちが活躍できるフィールドを作ることができるかという視点が求められるのではないでしょうか。
築地場外市場のアイデンティティを支える交流の場づくり。ゼミの後輩たち、新たなプレーヤーたちによる今後の発展が楽しみです。

参考資料・URL:
・築地場外市場サイト/NPO築地食のまちづくり協議会:https://www.tsukiji.or.jp/
・日刊スポーツ,2020.11.14,『「夜の築地も元気」欧州風立ち飲みバル 学生が企画』
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202011140001364.html