WithコロナのMICE業界 オンラインで再開のMICEに見えてきた新たな課題
新型コロナウイルスにより多くのMICEが中止となる一方で、MICE分野におけるNew Normalも検討が進んでいます。この1年間の国内外のMICE業界を振り返ると共に、明かになってきた課題について考察します。
小島 規美江 客員研究員
目次
音もなく現れた「コロナ禍」によって一時全てがストップしたMICE業界ですが、昨年の夏前からオンライン開催によってリアル再開への動きに転じたことは、大きな前進であると考えます。一方、オンライン開催が定着するにつれ、新たな課題が表面化しつつあります。過去1年の国内外のMICE業界を振り返ると共に、明らかになってきた課題を考えてみたいと思います。
1.過去1年のMICE業界の動き
Face to Faceを前提としてきたMICE業界にとって、今回の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)によるパンデミックが、過去にない打撃となったのは言うまでもありません。MICEのグローバル団体、MPI(*1)及びPCMA(*2)の会員コミュニケーションに見る世界のMICE業界と日本のMICEの新型コロナへの対応には、次のような動きがありました。
新型コロナの拡大が大きな問題となり始めた2020年1月頃、MICE関係者は国内外共に、事態を見守っているように見えました。2月になりクルーズ船のニュースが連日報道されていた時も、海外のクルーズ会社によるインセンティブトラベル関係者に向けた広告メールはまだ届いていました。
MICE業界における最初の大きな出来事は、2月13日にバルセロナで開幕を目前にしたMobile World Congressが開催中止を発表したことではなかったでしょうか。10万人以上の参加が見込まれていた大規模イベントの中止は大きなインパクトとなり、ここからMICEの延期、中止が本格化したように思います。
その後MICE団体は、春から夏にかけて会員に向けた調査や、リアルイベントの再開に向けたガイドライン策定に動きます。日本でも6月初旬には大阪観光局が一早く、主催者向けのガイドラインを発表し、JNTOがMICEアンバサダーに対して緊急アンケートを実施しました。
PCMAが会員(ミーティングプランナー約1000名、関連事業者約500名)に対して、4月から定期的に実施しているアンケートの結果を見ていると、当初は「延期」によって乗り切ろうとしていた主催者やミーティングプランナーが、時間の経過と共に先の見通しを立てられなくなっている様子がわかりました。
そして夏にはアジアで大きなイベント会社の実質的な廃業が発表されます。
この間多くの会議主催者やPCO (Professional Congress Organizer、コンベンションの企画・運営専門企業)やミーティングプランナー、展示会の主催者は、まず開催を延期しました。そして後に中止となったことに伴い、その都度関係者との連絡を調整し、中止の公表、キャンセル料の交渉、参加者へのコンタクト、来年以降の会場の予約、ガイドラインに沿ったオペレーションの構築や、新たなコストの検討などに振り回されていました。
日本国内においては、オンラインのイベントが6月頃に本格的にスタートし、7月にはMICE業界のハイブリッドミーティング(リアルとオンラインの併用型)が開催され、9月には1日5000人の人数制限を守りながら展示会が再開しました。当然ながら、国際的なイベントは中止、又はオンライン開催となっています。
*1 MPI (Meeting Professional International): MPIは世界75ヶ国から17,000名以上のミーティングの専門家(旅行会社、施設、サプライヤー等)が加盟する国際非営利団体。
*2 PCMA(Professional Convention Management Association):Business Event のオーガナイザー、ミーティングプランナー、サプライヤーを中心とする団体。北米、欧州、中東、アジアの37カ国に約7000名が加盟。
2.オンラインMICEと課題
MPIやPCMAの会員同士の議論で最も多かったテーマは、「オンラインMICEのプラットフォームとして何がベストか?」についてでした。MICE業界は、新しいテクノロジーの活用には元々消極的であると言われてきました。「Face to Faceでこそ、MICEの価値が示せる」と考えていた業界関係者が、長年オンラインMICEを採用しなかったのは、人が動くことで成立するビジネスモデルに起因します。それが突然、今回の新型コロナの影響でオンラインMICEを開催せざるを得なくなり、慌てて情報収集を始めたのが実態と思われます。
日本では、10月に開催された(一社)日本コンベンション協会の勉強会において、オンライン・ハイブリッドMICEについて議論が行われました。ここでは、オンライン・ハイブリッドMICEの開催においては、今まで以上にリスクマネジメントが重要であり、通信環境を含めて、開催中に起こり得るリスクの可能性について、クライアントの理解を得ることが大切であるとされました。加えて、MICE事業者も今までとは違う新しいポジションを求められている中で、責任区分の曖昧さを回避する努力が必要であることが確認されました。
一方で夏頃から、オンラインMICEの限界に関する発言が増え始めます。オンライン開催で最も難しいのがインセンティブです。企業が販売員や社員のエンゲージメントを維持し、モチベーションを上げるために行ってきた、インセンティブトラベルやイベントは一切開催できなくなりました。企業にとって販売員や社員のエンゲージメントが下がることは、コロナ禍による営業成績の悪化に更に拍車がかかる可能性もあり、また人材の流動も心配されます。しかし近年「体験」を重要視して開催してきたインセンティブは、移動(旅行)を伴うものが主流であり、オンラインを使ったインセンティブの成功事例は見当たりません。
また展示会においても「オンラインでは本格的な商談は難しい。」という声が聞かれます。中小企業にとって、展示会は新規顧客開拓の場として重要です。新たな取引先に商談でどんな情報を開示するかは、お互いの信頼関係に大きく左右されます。相手の態度や言葉、声、話し方、視線の合わせ方等のコミュニケーションによって、人は相手を信用できるか判断しています。このような重要なコミュニケーションは、リアルに会わなければ十分に出来ず、相手の反応がわかりにくいと感じる出展者、来場者が多いのです。
3.ハイブリッドミーティング(リアルとオンラインの併用型)のメリットとデメリット
会場に駆け付けられる人だけがリアルで参加し、その他はオンラインで参加するハイブリッドミーティングは、新型コロナの収束後も続くと考えられます。その理由は、オンライン参加によって、これまで時間やコストを理由に参加できなかった層の獲得が見込めることが分かってきたからです。つまり、オンラインに限界を感じた人はリアルに戻り、今まで参加できなかった人たちは、手軽にオンラインで参加します。そして全体の参加者数が増えれば、MICE自体の活性化が期待できるというのが大方の見方です。
ハイブリッドミーティングにも課題はあります。最も解決が難しい点は、リアル参加者とオンライン参加者との交流の場をつくることです。リアルであればコーヒーブレイクやレセプション、展示会場での人や技術、製品との偶発的な出会いが期待できます。このような思いがけない出会いや予想外の発見をセレンディピティと言いますが、MICEに参加する目的としてこのセレンディピティを重要視する参加者は多いのです。しかしながら、オンライン上ではそれはなかなか叶わないため、このような偶然をきっかけとして発展するその後の関係性が期待できないことは、MICEとして大きなマイナスと捉えられています。オンライン上でもネットワーキングの機会をつくっているMICEはありますが、予想外の発見や出会いは、十分に実現できていないのではないでしょうか。
4.開催時間スケジュール
オンラインでクリアできる参加者が一定数存在する一方で、逆にハードルが高くなるのは「時差」のある地域からの参加です。
仮に人の活動時間を8時から20時とし、その時間を日本でのMICE開催が可能な時間帯と考えた場合、ヨーロッパの参加者はわずかに4時間、アメリカ東海岸の参加者は2時間、西海岸の参加者は5時間しか参加できないことになります。
深刻なのはアメリカ東海岸で開催される場合です。世界の重要な課題について話される場において、ヨーロッパの参加者は6時間、アメリカ西海岸の参加者は9時間参加できますが、日本からの参加者は2時間しか参加できません。その分野において日本が遅れをとらないよう注意を払う必要があります。
※JTB総研が作成
MICEの主催者も出来る限り多くの国の人たちに参加してもらえるよう、開催時間を工夫しています。ここでは2つの例を紹介します。
例1
昨年12月の国際会議ICCA(International Congress & Convention Association) Asia Pacific Chapter Summitのセッション「What are Hybrid Meetings?」(ハイブリッドミーティングとは何か?)において、CHI2021(Conference on Human Factors in Computing Systems 2021)の組織委員長である、東北大学 電気通信研究所の北村嘉文教授が提案されていた3つの時間帯に分けて開催する方法を紹介します。
※ICCA AP Summit における東北大学北村教授のプレゼン資料より
①ヨーロッパ、アメリカ東海岸、アメリカ西海岸
②日本、アメリカ東海岸、アメリカ西海岸
③日本、ヨーロッパ
※2020年12月時点の検討中のスケジュールであり、実際のCHIのスケジュールとは異なります。
CHI2021は「人とコンピューターのインタラクション(相互作用)」に関する国際会議で、50か国から4000名が参加してパシフィコ横浜で開催される予定でした。北村教授は、オンラインの利点を「参加する場所を対等にする」と表現され、開催地に行かなくても参加できるオンラインのメリットを最大限活用したいと仰っていました。
例2
以下は2月2日~3日(アメリカ中部時間)に開催されたインセンティブトラベルの国際団体主催の会議SITE Global Conferenceの開催時間です。
※SITE Global Conference 2021プログラムを元にJTB総研が作成
北米の参加者が最も多く、会議の運営がシカゴで行われていたことから、このようなスケジュールとなっていました。1日目のPart2は「A3+I」(America, Asia, Australia + Indiaの意味)として、深夜となる欧州以外の参加者向けのプログラムとなっていました。配信された動画はアーカイブで翌日から公開されています。
時差がある以上、いずれかの地域の人にとっては必ず参加しにくい時間帯になります。全員参加の議論を実現しようと思えば、深夜や早朝であっても参加するしかありません。また時間の設定は、運営をどこで行うかにも大きく影響します。SITE のカンファレンスでは、登壇者数が多く、表彰式もあり、全体のMCにモデレーター、スピーカーやスライド、ビデオ映像等がZOOMやYouTubeを介して、プラットフォーム上にめまぐるしく登場する演出でした。そのため画面の切り替えが多く、運営サイドは準備も含めてかなり重い運営となったのではないかと想像されます。それらを考えると、日本からの参加は厳しいと感じるスケジュールですが、主催者としては最大限配慮した結果なのかもしれません。
5.その他の課題
よりスマートなオンライン又はハイブリッドのMICEの開催を考えると、技術面、演出面、運営面、それぞれに課題はたくさんあります。イベントとしての収益化に伴い、スポンサーに対して何を提供できるのか、その価値をどのように示すかも、今後解決していかなければなりません。またリアル参加が減ってしまえば、開催地への直接消費による経済効果が減り、これまでと同じような自治体等による開催へのサポートも期待できなくなる可能性があります。MICE業界は、テクノロジーを使い、まず「開催する」ことを優先しました。人と人とのコミュニケーションの重要性が再認識される中で、MICEが見直される可能性もあると考えます。リアルに会える日はいつか戻ってくると思いますが、その時MICEがただ元に戻るのではなく、新型コロナ拡大前以上の評価を受けられるよう、一段階進化していることを期待したいと思います。