案内カウンター職員による「近傍情報」の収集と発信 ~観光案内所のデジタルとリアル~
東日本大震災の発生から10年、東北地域の観光業は沿岸部のみならず、内陸部でも大きな打撃を受けました。現状を伝え観光客に再び訪れてもらうための、SNSを活用したプロモーションの成功事例を「もがみ情報案内センター」(山形県新庄市)の活動から考察します。
長島 純子 主任研究員
目次
「もがみ情報案内センター」(山形県新庄市)で案内カウンターを担当する沼澤広美さん(新庄観光協会)は、東日本大震災後の国内観光復興をきっかけに、twitterで近傍の魅力的な情報の発信を始めました。
いま、ウィズコロナで国内観光に注目が集まるなか、地方部へ来訪を促すための観光案内所ならではの地域情報の集め方、担当者を支える組織運営について、参考になる点を考察します。
1. 東日本大震災後の国内観光復興を契機に、手さぐりでSNSに着手
もがみ情報案内センターは、山形県の北東に位置する最上地域8市町村※1の観光案内所です(JNTO認定外国人観光案内所カテゴリー1)。東京から山形新幹線で約3時間、終点のJR新庄駅構内に設置され、最上広域市町村圏事務組合が新庄観光協会に運営を委託しています。
四方を山で囲まれ原生林が多く残る最上地域は、全国有数の「巨木の里」であり、国宝となった土偶「縄文の女神」、最上川の舟下り、新庄まつり山車行事、開湯1,200年の肘折温泉などの観光資源を有します。
東日本大震災発生から1年後、内陸部の山形県においても観光客入込は前年比10%減、最上地域は同15%減となっていました※2。同時期に観光庁が開始した東北観光復興事業の専用アカウントを活用し、もがみ情報案内センターは、エリア内の国内観光を促進するために、twitterで観光につながる地域情報の発信を始めました。
担当者になったのは、現在も案内カウンターで旅行者対応をしている沼澤広美さん(新庄観光協会)です。沼澤さんは当時40歳代後半でSNSの経験は無く、小所帯の観光協会にもノウハウが無い手探りのスタートでした。
2. 来訪を促すために観光案内所は何が出来るかを考えてチャレンジ
案内カウンターは、旅ナカの旅行者の質問に正しく答え、現地を楽しむ提案をするのが基本業務です。一方で、情報発信は、旅マエの誰に何を伝えるかを定めにくく、投稿に反応が無いつらさに心が折れる日々でした。沼澤さんは、旅行者目線の関心を呼び起こす独自情報と、その継続的な発信が必要と考えます。
①地域全体への関心を呼び起こすテーマを見つける
観光案内所の役割を踏まえ、地域全体に係る情報をシリーズ化しました。「方言番付」※3シリーズは、面白い・懐かしいといったコメントが付きやすく、隣接地域の観光案内所からも反応があり、担当者間で現地情報を教え合う連携のきっかけとなりました。
旬の郷土料理を食べられる店とともに紹介した「最上伝承野菜」シリーズには通し番号を入れ、関心を持った人が前後の投稿を見るように誘導を図りました。
②観光案内所を訪れた誰もが楽しめることを創る
山形県最上総合支庁が作った地域キャラクター「もがみる」の被り物を譲り受け、観光案内所を訪れた旅行者が記念写真を撮れるツールとして活用しました。旅行者の許可があれば、新庄市の講習会で学んだFacebookにその場で投稿し、旅行者を「友達」にしていきました。言語不要のインパクトある画像は外国人旅行者の反応を呼び、台湾や東南アジアから「友人の画像が楽しそうで来訪した」「家族や友人に体験させたくて再訪した」などの訪日旅行者を迎えました。
③地域資源を深堀りし実感をこめた情報を蓄積する
最上地域に新しい観光施設やプログラムができると、沼澤さんは休日に自費で体験しに行き、旅行者に響きそうなポイントを考えました。地域の祭りや、ものづくりについては、携わる地元の人に話を聞き、その想いを伝えようと努めました。こうした深堀り作業は、カウンターでのリアルな案内においても、情報発信においても「地元の人の実感」を伝えました。自宅や勤務先の近所では、画像の素材を探しました。桜の開花状況が気になる季節には、通勤前に遠回りして、目を付けておいた桜の木を定点観測して投稿しました。
3.毎日の情報収集・情報発信を支えた組織体制
アイデアウーマンの沼澤さんですが、その力量を発揮させた組織のあり方からも学びを得たいと思います。
①上司の理解と覚悟
取組み当初の数年間、多忙な業務の合間を縫って、ひとりで毎日投稿を続けられたのは、新庄観光協会事務局長の大類好一さんがtwitterの拡散効果に理解があり、沼澤さん曰く「やりたいことを自由にさせてくれた」からです。
観光案内所の公式SNSとなれば、発信前に内容をチェックしたいのが上司の心情です。しかし、大類さんは方向性をすり合わせた後は、投稿内容を沼澤さんに一任する覚悟を決めて、タイミングを外さず「いま」を伝える発信を実現させました。大類さんも個人アカウントを持ち、沼澤さんの投稿を日々確認し、励まし、相談に乗って支えました。
②ボランティアガイド団体の協力体制
年中無休のもがみ情報案内センターは、地域の観光ボランティアガイド団体の協力を受けて、観光協会職員1名・ボランティアガイド1名のシフトでカウンター案内の業務を行っています。この体制は、案内担当の職員に二つのメリットをもたらしています。
一つは、対面案内以外のさまざまな業務に携わる時間を確保でき、観光協会職員としてキャリアを積めること。もう一つは、観光案内所内に居ながら、ボランティアガイドとのコミュニケーションを通じて、旅行者の好奇心を刺激するマニアックな知見を学べることです。最上地域の巨木、歴史エピソード、民話に込められた寓意など、話題を蓄積できる貴重な機会となっています。
③地域内外の顔の見えるネットワーク
観光案内所ですぐに回答できない質問や要望を受けた時に頼れるのが、地域の観光にかかわる事業者、行政機関、交通機関などの担当者との属人的な信頼関係です。ウェブの公式情報に無い詳細情報、最新情報の確認ができます。新庄観光協会やガイド団体など、もがみ情報案内センターに関わる人々が、各自のネットワークを提供し、案内カウンター業務を支えています。
また、国や県の観光関連事業、JNTOの研修事業を通じて東北地域の観光案内所とつながりを持ち、自地域の観光情報を互いに教え合って、広域周遊を案内しています。
こうした顔の見える人々とのやり取りから、正確で最新の発信材料を得てきました。
4. ウィズコロナの近距離の旅行需要喚起には、魅力的な「近傍情報」の発信が重要
現在、情報発信の取組みは、主に後輩職員の今田美貴さんがInstagramとtwitterで担っています。震災後の数年間と比べて地域のトピックが増え、沼澤さんのシリーズ企画は役目を終えました。フォロワーが爆発的に増えた、観光客が急増したという効果には結びつきませんでしたが、観光が停滞した時期に、自身を含めて人材が育ち、地域外のネットワークができ、チャレンジを良しとする雰囲気が観光協会に定着しました。
沼澤さんは、体験的に知っている地域情報の蓄積を買われて、観光協会の業務のほかに、観光まちづくりに携わる機会が増えました。新庄市・山形県・国などが主催する案内研修やガイド研修の講師を務めるほか、近年は、新庄の食文化を継承するブランド「新庄いいにゃ風土」のおしゃれな農産加工品開発に携わりました。
9年前、東北地域の国内旅行プロモーションは、首都圏と同県内・隣県の旅行者が主な対象でした。もがみ情報案内センターは、「首都圏のように華やかな資源は何もない」「県内住民が目新しさを感じる資源がない」と思い込まずに、担当地域を好意的に見まわして、暮らしや生業から光るものを見つけて発信し続けました。
いま、コロナ禍のもとで、自治体による住民対象の宿泊割引事業や、緊急事態宣言が発出された大都市圏からの移動自粛などにより、マイクロツーリズム※4が注目されています。近距離の旅行需要を喚起するためには、地元の人に、新たなアプローチから地元の魅力を伝え、関心を高めていく情報発信が重要になると思われます。
また、地域資源を見直して新たな楽しみを引き出すにあたっては、地域で観光に関わる人々がアイデアを出し合う中に、観光案内所職員も参加することで、思わぬ場所に宝が見い出され、新たな人流が生まれるかもしれません。
観光案内所は、その立地や担当エリアの広さによって求められる機能や情報が異なるため、もがみ情報案内センターの例をすべてにあてはめることは出来ませんが、近傍の魅力的な情報収集と発信、それを支援する組織のあり方はご参考になるのではないでしょうか。
5. 観光案内所による誘客促進の仕掛けを地域それぞれに創り出す
2020年、もがみ情報案内センターは「旅人への手紙」という企画を始めました。新庄を訪れた人が旅の感想を手紙に残し、次に訪れた人が受け取って、自分も書き残していくリレー式のコミュニケーションです※5。感染対策で人と距離を保つ旅が求められるなか、訪問地での想いを手書きの言葉にして、誰かと心をつなげる体験を提供しました。日・英・繁の3言語で書けるように用意があり、JNTOのVJ案内所ネットワークでも紹介されました。
観光案内所は、旅行者と地域住民、旅行者どうしが出会うリアルの交流施設なので、「訪れて楽しかった」「再訪したい」という想いの種を蒔く方法は、手作りでも地域それぞれに創り出せること、さらにデジタルでその想いを伝え、また新たな交流を生み出せることを、この取り組みからも教えられました。
※1 新庄市・金山町・最上町・舟形町・真室川町・大蔵村・鮭川村・戸沢村
※2 「平成23年度 山形県観光者数調査」より。山形県の観光者数は39,433.7千人(平成22年度)から35398.6千人(平成23年度)に減少。最上地域8市町村は2497.7千人から2115.8千人に減少。同調査報告書は、減少の理由を「交通機関の一部途絶、出控えや、東京電力福島第一原子力発電所事故の風評被害の影響が大きいと考えられます」と分析している
※3 2012年に新庄市の歴史講座「新庄藩校 明倫堂」受講生がまとめた『新・新庄弁番付表』から言葉を選び紹介した
※4 ㈱星野リゾート代表 星野佳路氏が提唱する「自宅から1、2時間の小旅行」
※5 新庄観光協会が手紙の内容を確認した後、オリジナルの封筒・日付印で封入する