変わる修学旅行の“カタチ”・変わらない修学旅行の“カチ”
学校行事の中でも重要な行事の一つである「修学旅行」。新型コロナによって、昨年度末から今年度にかけて大きな影響を受けました。生徒たちが楽しみにしていた修学旅行の形がどのように変わったのか、また変わらない価値は何か考察します。
山田 麻紀子 担当部長
目次
日本における修学旅行の始まりは明治時代と言われ、長きに亘って学校の重要行事として位置づけられていました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下 新型コロナ)の感染拡大によって、その重要行事が中止や行先の変更を余儀なくされ、今までと同じような内容で実施することができなくなりました。一方で形を変えて実施した事例から、新たな変化の兆しも見えています。今年度の修学旅行の実施実態を踏まえながら考察していきます。
1. 新型コロナによる修学旅行の目的地変更
文部科学省の中学校学習指導要領によると、修学旅行は「特別活動」の「修学旅行的行事」として位置づけられ、「平素と異なる生活環境にあって、見聞を広め、自然や文化などに親しむとともに、集団生活の在り方や公衆道徳などについての望ましい体験を積むことができるような活動を行うこと」と定められています。教育的意義は勿論ですが、生徒たちにとっては、学校行事の中でも最も楽しみにしている行事でもあり、思い出として将来に残っていくものです。例えば、卒業アルバムには、様々な学校行事や部活動の様子が多く掲載されますが、「今年は修学旅行がなく皆揃って写真を撮る場面がなかった」、「マスク姿ばかりで誰が誰かわからない写真しか載せられない」などの声が、学校側からも聞こえてきています。
2020年度の修学旅行が、どの程度中止や方面変更、及び代替行事に変わったのかという結果については、公益財団法人日本修学旅行協会が毎年12月に発行している教育旅行年報「データブック」にて明らかになると思いますが、マスコミ等で報道されているように、多くの学校が影響を受けたことは間違いありません。そのような中で、修学旅行を実施した学校における特筆すべき動きとして、近隣県への目的地変更が見られます。これまでは「西日本(京都・奈良・大阪)」「首都圏(東京・千葉)」「沖縄」という目的地が主流であったところ、同じ地域内へバスを利用して旅行するパターンが増えています。これは緊急事態宣言が発令された地域への旅行を避けたためでもあり、公共交通機関の利用が危機管理的及び物理的に困難になった結果であったとも言えます。そこで、(株)JTBによる取扱いのあった修学旅行実績に基づき、2019年度と2020年度の発着地別割合を比較してみることで目的地にどのような変化があったのかみていきます。
発地別に到着地の割合を見てみると、同じ域内での割合が、北海道~九州までのすべての8地域で増加しています。遠方への旅行を避け、近場に移行したのは明らかです。特に北海道、中国・四国、九州は、陸路で他地域へ移動することが難しい物理的な特性もあり、顕著に結果が現れていました。一方で、一都三県は同一域内の旅行の割合が2%から27%に大きく増加しているものの、西日本を目的地とする割合が48%から43%とあまり減少しておらず、活動内容を変えずに実施している傾向が見られました。緊急事態宣言が発令されている同一域内を周遊することを避け、より感染者の少ない西日本を選定したことが伺えます。地域における外部制約条件や意識の違いというのも影響しているのかもしれません。(図1)
2. 今年度の修学旅行で生まれた新たな“カタチ”
以上のように、修学旅行を実施したとしても、目的地を域内に変更した学校が少なくなかったのですが、どのような内容だったのか、具体的な事例を3点見ていきます。
最初は、近隣県の文化資源を活かした修学旅行の事例です。秋田県では、例年8月に実施されている、全国的に有名な「大曲の花火大会」が中止になり、県内外から約75万人来場する一大イベントが消失しました。花火業者のみならず、地域にとっても経済損失は計り知れません。大曲のある大仙市もこの状況を憂慮し、修学旅行の中止や方面変更を余儀なくされている生徒達に花火を見せて少しでも元気を与えることはできないかと考えました。希望する学校ごとに「メッセージ花火」や「プライベート花火」の打ち上げにより、大曲の花火の伝統文化継承とブランド保護を図るとともに、県内や近隣県からの観光関連業者の受注機会確保による地域経済の下支えを試みました。
また毎年沖縄に修学旅行を実施している青森県のある中学校では、感染者数の増加と移動手段の安全面への懸念から近隣県に行き先の変更を検討したところ、上記のような大仙市の取り組みについて旅行会社からの情報提供を受けました。感染者数の少ない近県で普段体験できない貴重な体験ができるという点に魅力を感じ、花火大会を修学旅行中の一つの体験プログラムとして組み込みました。旅行当日の花火打ち上げに加え、花火制作段階において花火師から花火の作り方を学ぶなど、アクティブラーニング要素も取り入れ、日本有数の花火を学校オリジナルのコンテンツにした新たな取り組みとなりました。
2点目は、修学旅行をバーチャルで実現した事例です。静岡県のある中学校では、毎年京都・奈良方面への修学旅行を実施していましたが、旅行先や体験プログラムを再検討するのではなく、今年度は同じ内容を学校に居ながらバーチャルで実施することになりました。バーチャルとは言え、VR技術による360度の没入感あふれる映像体験に、オンラインを使った受入地域との交流や日本文化の香りに触れる伝統文化体験、仲間や家族へのお土産選びなど、バーチャルとリアルを組み合わせることで、単なる映像視聴体験ではなく、修学旅行の世界観を感じることができたという感想でした。教育の現場においても、デジタル化、オンライン化が加速しており、新しい修学旅行のスタイルとして取り入れられると共に、「いつかは現地に行ってみたい」という子どもたちの気持ちが高まり、感染収束後のリアル旅行への意識醸成につなげることができたようです。
最後は、敢えて遠出せず、修学旅行を地元の魅力を再発見する機会に結び付けた事例です。岐阜県のある町立中学校では、宿泊を伴う修学旅行を見送り、日帰り旅行で代替策を検討していました。一般的にはバスで近隣を巡って帰るプランが想定されがちですが、地元ならではの企画ということで、岐阜県としても力を入れている「航空産業」と「ふるさと教育の組み合わせで、かがみはら航空宇宙博物館見学と地域航空会社によるチャーターフライトが実現しました。自らの住む地域を空から眺め、地域に根付く航空産業がどのようなものかを実際に働く人々や体験から感じ取ることができ、生徒からも改めて地元への愛着を持つ機会になったという声が聞かれました。併せて、夕食時には地域の有名ホテルにてテーブルマナーを学ぶプランも組み込まれ、普段体験することができない少し背伸びした世界を垣間見ることもできました。地域産業を支えていくためには、その産業に従事する人々が不可欠ですが、中学生という多感な時期の体験が担い手醸成に繋がるかもしれません。
3. これからの修学旅行に寄せる期待
新型コロナによって、修学旅行を取り巻く環境にも変化が起きてきたわけですが、必ずしもネガティブなことばかりではなく、別の見方をし、新たな価値の創出につなげることができると考えられます。
-
生徒たちや先生にとって:共有する時間・空間の大事さを再認識
遠方に旅行することが当たり前であった形態から、近隣県や県内への旅行に変更になった学校が多かったのですが、生徒たちの感想として多かったのは、行き先がどこであろうと、クラスや班の仲間と共に楽しむ時間が何より楽しかったということです。「一緒に過ごす」という日常が非日常になったコロナ禍で、先生も生徒たちと同じ時間や空間を共有できる修学旅行は、改めてコミュニケーションの場として貴重な機会と認識されたようです。これまでは、歴史や文化、アクティビティというコンテンツの集積している地域を目的地として選定しがちでしたが、指導要領等で本来求められている教育的目的を達しつつ、生徒たちの心理的な欲求に応えようとするときには、その目的地の選択肢は広がります。同じく、活動形態としても、生徒たちの自主性を醸成するため、班別行動が近年の修学旅行のトレンドになっていましたが、クラスでの全体行動の良点も見直され始めました。 -
地域や自治体にとって:地域を知る機会を創出、地域の魅力の共有
受け入れ側となる地域が誘客を考えるときには、海外へプロモーションしてみたり、富裕層対策を講じてみたりと、新たなマーケットを探すことが主になりがちですが、産業の担い手づくりや、近年話題のマイクロツーリズムの潮流を鑑みて、地域住民である子どもたちに目を向ける良い機会になったのではないかと考えられます。秋田県はなかなか修学旅行を誘致しづらいエリアでしたが、「花火」という強力な伝統文化資源を活かして、新規の学校の受け入れに成功しました。瞬間風速的な消費額を追い求めるのではなく、持続可能な地域産業の育成のために投ずべき予算を検討する時かもしれません。 -
観光関連事業者にとって:受け入れの在り方の再考、新たな事業機会の創出
岐阜県の事例もそうですが、地域の宿泊施設が修学旅行に門戸を開き始めています。特にコロナ禍で密を避ける要請がありますが、大規模宿泊施設などでは一部屋を少人数で利用したとしても耐えうるキャパシティを有しており、インバウンド需要に頼っていた状況を打開する契機となりました。子どもの頃の思い出を胸に、大人になって家族で訪れるというような需要も考えられ、長い目線でのリピーターづくりにもなるでしょう。また、バーチャル修学旅行では、予め送っておいた資材等を用いて、事業者と学校をオンラインで繋ぎながら各種工芸体験を行うことができ、物理的な場所に囚われない事業機会が生まれました。花火のようにその土地の空気やエネルギーを体感するもの、あるいは遠隔で指導を受けながら自ら創作するものなど、体験にも様々な形態がありますので、事業特性に応じて提供する手法やプロモーション方法を見直してみると良いと思います。
新型コロナによって、今年度の修学旅行の形は変わりましたが、「非日常で共に学び・過ごすことの喜び」という、生徒たちにもたらす本質的な価値は変わらなかったのではないかと思います。学校行事の中でも大きな意義を持つ修学旅行を、改めて有益な機会として、学校、自治体、事業者たちが捉えていくときではないでしょうか。