「アドベンチャーツーリズム」の推進から考えるコロナ禍を越えて日本が目指すべき観光先進国のあり方

本年9月にアドベンチャーツーリズムの世界大会「Adventure Travel World Summit 2021」がバーチャル開催される。本大会は「共生」をテーマに、アジア初の開催地である北海道の多様な自然環境や独自の文化もフォーカスする予定だ。本文ではATが将来的に目指す姿を紐解きながら、アフターコロナの日本が目指すべき観光先進国のあり方を考える。

山下 真輝

山下 真輝 主席研究員

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目次

本年9月にアドベンチャーツーリズム(以下、AT)の世界大会「Adventure Travel World Summit(ATWS)2021」がバーチャルで開催される。本大会では豊かで多様な自然や独自の文化を持つ北海道をフォーカスし、「共生」をテーマにこれからのATの役割について探求していく予定だ。新型コロナウイルス(以下、コロナ)によるパンデミック以前は、世界の交流人口は拡大の一途をたどり、オーバーツーリズムによる自然や地域コミュニティへの負荷が深刻な問題になっていた。現在、コロナ禍で世界の人流は大きく制限されているが、回復から成長へと向けたプロセスの中で同じ課題に再び直面する懸念はある。コロナの感染拡大をきっかけに旅行スタイルの変化が想定される中、本文ではATがアフターコロナで目指す姿を紐解きながら、わが国が目指すべきこれからの観光先進国のあり方や、観光産業の果たすべき姿を考察する。

1.Adventure Travel World Summit2021のテーマ「共生」と観光産業の責任

本年9月(21日~24日の4日間)、ATの世界大会「Adventure Travel World Summit(以下、ATWS)2021」が開催される。同大会は、世界100ヶ国、約1,300会員からなるATの国際機関Adventure Travel Trade Association(以下、ATTA)が主催し、世界各国からツアーオペレーターやメディアなど約800の事業者が集まる、ATにおける世界最大のカンファレンス・商談会である。弊社で運営している(一社)日本アドベンチャーツーリズム協議会は、本大会の準備から運営に至るまで側面的にサポートしている。本来は、アジアで初めて北海道を舞台に開催される予定であったが、世界的なパンデミックが続く中、参加者の来日が困難なことから、残念ながらバーチャル開催となった。
 今年のサミットテーマは「共生(英語では“symbiosis”」。「共生」は、自然との調和のとれた生活をするアイヌの伝統的な概念であり、自然が人類に生命をもたらし、人類が自然のケアをすることでその恩恵を返していくという、相互にとっての有益な形である。今回のATWSでは、豊かで多様な自然環境や独自の文化を持つ北海道、そして日本にフォーカスし、様々なセッションを行うなかで「共生」におけるATの役割について、世界のAT関係者たちとの議論を通じて探求していくことになっている。
 パンデミック以前は、世界各国で人流が拡大し、観光地によってはオーバーツーリズムによる自然や地域コミュニティへの負荷が大きくなり、観光産業の果たすべき役割について議論がなされていた。ATTAは、その組織理念(Value Statement)の中で、自分たちが果たす「責任」として、地域社会さらには文化及び自然遺産に対しての社会的・経済的なベネフィット(恩恵)は最大化させていくが、悪影響は最小化させていくとしている。ATでは、ツアーを提供する旅行会社や地域側の事業者が長期的な視点でサステナビリティ(持続可能性)の意識を持つことが重要なのである。
 今後わが国が「観光先進国」になっていくためには、観光客数や経済効果だけを目標にしていく「量」の観光ではなく、地域経済の活性化、環境や文化の保全、さらには受入側の地域コミュニティの持続的な発展につながる「質」の観光に政策をシフトしていく必要がある。アフターコロナにおける旅行スタイルが、「小グループ化」「自然回帰」「アクティビティ志向」へシフトしていく中、かつてのような大量送客による経済効果の最大化を図ることを前提とした観光地づくりでは、旅行者から選ばれなくなっていくのではないかと考えている。ATが目指すデスティネーションのあり方にこそ、これからの観光先進国のあり方が見えてくるのではないだろうか。

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【出典】Adventure Travel World Summit2021 ホームページ

2.ATにおける「ガイド」の役割の重要性とサステナビリティへの貢献

ATは、旅行の中で、「自然とのふれあい/Interaction with nature」「文化交流/Cultural Exchange」「身体的な活動/Physical Activities」の3要素のうち、2つ以上が主目的の旅行とされている。ATは欧米市場で発展した旅行形態であり、1~2週間程度の小グループの旅行商品である。旅行先としては、北米・南米・欧州諸国が中心で、さらに東南アジアや中東諸国など世界各国に広がってきている。AT旅行商品では、豊かな自然環境の中でハイキング、サイクリング、カヤックなどのアクティビティに参加することで自然資源の価値や保全することの重要性を感じ、地域住民との交流を通じた異文化体験を通じて、その土地に宿るストーリーについて深く知ることができる。通常の旅行では味わえない特別な経験が演出されている付加価値の高い旅行だと言える。
 そしてこの旅行を特別なものにしてくれるのが、自然や文化の価値を伝えてくれる「ガイド」の存在である。ATTAが制作しているATガイドに関する基準を示した「Adventure Travel Guide Standard(ATGS)」では、ガイドの責務として、以下の3つを挙げている。

  • 持続可能性/Sustainability
  • AT参加者は、社会的・環境的な悪影響から保護されている場所でのアクティビティに参加し、地域経済への貢献につながっていくことを期待している。ATガイドは、アクティビティを実施する地域コミュニティや生態系の環境的・社会的・経済的な持続可能性を守っていくことに、基本的な役割を果たしていく。

  • 安全/Safety
  • ATガイドは、リスクを最小限に抑え、参加者、地元のパートナー、地域コミュニティの安全を確保するための研修を受ける必要がある。またATガイドは、雇用主、アクティビティ、旅行先の要件に応じて、適切な応急措置と事故発生後の事後対応についての研修を受ける必要がある。

  • 質と意義/Quality & Meaning
  • 観光は地域経済に重要な貢献をしているが、気候変動の脅威とその影響の増大は、余暇のために旅行するという行為そのものに疑問を投げかけており、旅行はより崇高な目的を探さなければならない。AT参加者は、オンライン上で様々な情報収集ができることから、質の高いサービスと体験への期待も高まってきている。そして有意義な体験を共有し合うことに重点が置かれていることから、その期待に応える上で、ガイドの役割は大きくなっている。

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【出典】Adventure Travel Guide Standard

今回のATガイドに関する基準は、21年2月に改訂されたものであるが、以前のものと比較すると、「持続可能性」の優先度が高くなったことが特徴と言える。さらには、ATガイドの「コア・コンピタンシー(主要行動様式)」として最初に触れられているのが「SUSTAINABILITY AND SUSTAINABLE TRAVEL COMPITENCIES」であり、以下の5点について言及している。

  • ATガイドは、アクティビティの参加者のすべての人権を尊重しなければならない。
  • ATガイドは、生物多様性、生態系、自然環境への悪影響を最小限に抑えなければならない。
  • ATガイドは、アニマルウェルフェア※1を保護し、動物への虐待を報告しなければならない。
  • 違法な野生動物及び文化財の取引に関する国内及び国際的な条約を尊重し、違反を報告しなければならない。
  • ATガイドは、ATを実施する観光地域におけるサステナブルツーリズム(持続可能な観光)の最善の方法を、参加者や事業パートナーに対して情報共有しなければならない。
  • (※1)動物の生活とその死に関わる環境と関連する動物の身体的・心的状態のこと。
    (農林水産省ホームページより)

ATツアーの参加者自身も「持続可能性」への意識が非常に高いことから、アクティビティや体験を提供する事業者は、自然環境や文化財、また地域コミュニティなどあらゆる部分に気を配らなければ、顧客満足を高めることも難しくなってきている。ツアー中に、その土地の自然や文化を後世に大切に守り伝え、その土地に誇りを持つガイドとの触れ合いが、参加者の「自己変革」や「自己成長」を促すことにつながり、忘れがたい特別な経験となるのである。

3.デスティネーション・マネジントの4つの視点と「スチュアードシップ(管理保全)」の考え方

これまで日本においては、効果的に誘客につなげていくための「デスティネーション・マーケティング」の重要性が強調されてきた。しかしながら一部の地域では、観光客増加が地域住民の生活に悪影響を及ぼす、いわゆるオーバーツーリズム問題が顕在化し、さらには観光客数の増加が必ずしも地域コミュニティの活性化につながらないケースもあった。アフターコロナにおいては、持続可能な観光地域を形成するべく、以下の図の通り、4つの視点で、デスティネーション・マネジメントを考える必要があると考える。ATを推進する上で、特に重要な視点として挙げられるのが、「デスティネーション・スチュワードシップ(観光地域の管理保全)」という考え方だ。本来「スチュワードシップ(Stewardship)」は、財産の管理運用の際に使われる言葉であり、ツーリズムにおいては、「先人から受け継いだ財産(資源)を、後世に継承していくことを意識して活用していく」という考え方となる。今までは、地域への訪問を促進させるための「開発(Development)」が中心に考えられてきたが、これからは、国民の共有財産である自然や文化資源を、後世に守り伝えていくことの重要性を、観光事業者のみならず、地域の様々なステークホルダーに対して理解してもらうべくアプローチし、観光事業者、地域住民、旅行者、行政が一体となって、考え行動していくことが重要となる。
 ATの推進は、単に欧米市場に対する高付加価値な旅行商品の開発という視点だけでは不十分であり、デスティネーション側が長期的な視点でデスティネーション・マネジメントを考えてこそ、その土地でのさまざまな体験が世界のどこにもない魅力的なものとなるのである。ATは、自然の中でアクティビティを実施し、地域文化に向き合う旅行であることから、それに関わる事業者のスチュワードシップは極めて重要となる。
 アフターコロナにおいては、我々は改めてツーリズムの役割やその取組み意義について考えなければならない。「サステナビリティからスチュワードシップへ」、もう一歩踏み込んだ考え方を持って、ツーリズムの持続的な発展を考えなければならない。観光客数を追いかけるツーリズムの時代に終わりを告げ、旅行者も、そして受け入れる人たちも一緒になって、私たちの宝(資源)を次世代に繋げるツーリズムを目指していくべきではないだろうか。

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【出所】miles PARTNERSHIP Chris Adams氏コラムを参考に、筆者にて加筆