MaaSは観光地の魅力づくりにつながるか?~山梨での実証事業から
全国各地でMaaS(Mobility as a Service・マース)の取組みが行われています。その内容は場所や目的により多種多様です。本稿では、当社も係わり2021年11月に山梨県で実施された観光型MaaSの実証事業を通して、多くの旅行者が感じている地方部の観光地の移動手段の課題とその解決に向けた考え方について述べていきます。
福永 寛 主任研究員
目次
全国各地でMaaS(Mobility as a Service・マース)の取組みが行われています。対象となる場所は大都市、地方都市、地方部の観光地や山間地域など、また利用対象者は住民、観光客と様々です。未来を見据えた地域交通の課題の解決やコロナ禍における地方創生に、MaaSの期待は高まります。本文では、当社も係わり2021年11月に山梨県で実施された観光型MaaSの実証事業を通して、多くの旅行者が感じている地方部の観光地の移動手段の課題とその解決に向けた考え方について述べていきます。
1.進む自動車離れと、自由度が高く手頃で効率的な移動手段が求められる時代へ
地方部の観光地の多くは観光スポットが点在しているため、旅行者にとって旅先をどのような手段でどのように回るかは悩ましい問題です。公共交通機関は人口減少や自動車の普及で多くが減便や路線廃止となり、住民も旅行者も自動車に頼らざるを得ません。一方、近年は若い年代を中心に国内の運転免許取得率は減少傾向にあります(図表1)。何年か前は若者の車離れが話題になりましたが、当時は身分証明書替わりの意味もあり、取得率は今よりは高く維持されていました。またモータリゼーションが進む時代を生き、旅行消費のけん引役でもあるシニア層も、高齢化に伴い運転免許の返納(申請による運転免許の取消し)件数が増加傾向です。こうした状況のなか、地方部の観光地が旅行者を誘客する上で、車を運転しなくとも自由度が高く、手頃で効率的な移動手段を提供できる環境整備の必要性は、今後より高まるものと予想されます。
2.移動サービスを提供するための基盤づくりとは
いつでも、どこにでも自由に移動するための交通手段の選択肢が自動車以外にはない観光地では、出発地からのゲートウエイとなる一次交通の鉄道駅を起点に、目的地までの二次交通・三次交通であるバス・タクシーなどの移動手段に効率的につながるしくみの整備が必要です。また利用者が目的地へのベストな移動手段を見つけられるよう、利用者・交通事業者側にも情報を円滑に提供する仕組みも必要です。事業者は、四季や毎日の天候、イベントなどの情報をもとに、利用者のニーズに合った移動サービスの提供が求められます。こういった仕組みはデジタル化が前提であり、利用者にとってのベストな仕組み構築には以下のポイントに留意することが必要です。
(1)ワンストップのサービス提供の仕組みづくり
- 地域の訪問先情報・移動ルート・バス時刻表・運賃などの情報をウェブの一か所で提供する(現在は一か所ではなく情報が散逸している場合がほとんど)
- 従来は紙資料の提供で行ってきた移動ルートの検索や、チケットの購入機能をウェブ上で提供することで、より便利な環境として構築する(システム開発費用が必要)
(2)システム構築の段階から“見せ方”を意識し、利用者に“伝える”ことを念頭に置く
- システム上での地域の訪問先情報やルート検索・チケット購入、そしてシステム外でのチラシ・ポスター・スタッフのユニフォームにいたるまで、見た目すべてを統一したイメージで提供する
- プロモーションの実施にあたっては、一次交通の鉄道車内で二次交通・三次交通の情報を提供するなど、利用者が必要とする情報を適切なタイミングで伝わるよう工夫する
3.県全体の観光活性化を目指すやまなし観光MaaSの取組
2021年11月の土日祝日に、山梨県の甲府市と峡東3市(山梨市・笛吹市・甲州市)で、観光MaaSの実証事業が行われ、当社も参加しました。山梨県は首都圏から近く魅力的な観光資源の多い県ですが、観光客の7割がマイカーを利用し、富士北麓地域に観光客が集中しています。しかし、例えば県内の魅力的な観光の1つであるワイナリー巡りの場合、「自動車で行くと運転者はその場でお酒を飲むことができず、参加者が一緒に楽しめない」という課題があります。こうした課題を解決できると、より多くの観光客が山梨県全体を訪れることが期待できそうです。
実証事業は、「シンゲンランド」と名付けられた実施エリアにおいて、以下の概要で進められました。
<実証事業期間中の提供サービス>
(1)交通サービス
- 主要駅(甲府駅、石和温泉駅)起点の路線バスの増便および周遊バスなどの運行
- 勝沼地区のバス停からのAI乗り合いタクシーの運行
(2)モバイル上での情報提供・チケット購入利用サービス
- 観光スポットと交通サービスの情報の提供
- 情報収集→ルート検索→チケット購入利用をモバイル上で完結させる仕組みの導入
(3)観光地の魅力づくりやイベントの活用
- 新モビリティ「PiiMo」の乗車体験の昇仙峡地区での実施
- 地域イベント「ワインツーリズムやまなし」「甲府!ん横丁はしご酒ウィーク」と連携、イベント参加者にチケットのセット販売や割引サービスを提供
- 山梨学院大学など地元大学生による企画、クイズラリー・ビンゴゲームを提供
(以上図表3~6)
また、より多くの人に認知してもらえるよう、ウェブサイト及びリアルな場での情報発信を実施しました。
<認知拡大に向けた活動>
(1)ウェブ上での情報発信
- 公式ウェブサイト「シンゲンランド」上での情報提供
- 公式ブログによるサービスの使用方法の案内、訪問先の魅力の画像・動画・文章での紹介
- 公式Twitterからの情報発信による草の根的な情報の拡散
(2)リアルな場での情報発信
- JR甲府駅に向かう特急列車において、座席前面に広告を掲示
- JR甲府駅コンコースでのスタッフによる案内
- 新宿駅・立川駅・八王子駅などJR中央線の主要駅における宣伝活動
(以上図表7、8)
4.観光・交通サービスのデジタル化で観光地の未来をどうつくるか
新型コロナウイルスの終息が見えていない状況下での今回の実証実験を通じて、改めて以下の点における重要性を認識しました。
(1)季節毎やイベント開催により異なる需要状況に合わせたサービスの提供
観光地の情報提供、予約決済を同一ドメイン内で完結し旅行者の域内移動の効率化を図ることはもちろんですが、デジタル化により得られたデータを活用し、場所毎、時期毎、ターゲット毎の移動需要に合わせたサービスの提供が重要ということです。同じ地域でも、トレッキングやキャンプ(春~秋)、フルーツ狩り(春・秋)、スキー(冬)と、季節により観光資源は異なり、またそれを実施する事業者や移動手段も異なります。これらは多くの地域でウェブ上とはいえ、バラバラに販売されているのが現状です。これを同一プラットフォームおよびリアルの双方で販売が可能なら旅行者の情報取得のストレスを回避し、より多くの時間を体験に費やすことが可能になるはずです。
(2)利用者は個人旅行者だけにとどめない発想を持つ
国体や国際学会などのスポーツ・学術イベント、修学旅行などでも、個人で自由に過ごす時間は存在します。団体需要といえども、マーケット別にひとりひとりの需要に応える移動サービスの提供も地域の魅力としてブランディング向上につながります。
MaaSの究極の将来像は、移動するひとりひとりの需要に応じる自動運転の車両が普及することであると考えますが、その実現の前に、私たちは観光分野で、地域資源の価値を最大化させ、地域ににぎわいと繁栄をもたらしたいと考えています。そのためには、デジタルを活用した合理化を前提に、地域特有の魅力を最大限に引き出す好循環サイクルをもたらすことが必要と考えます(図表9)。