コロナ禍を機に、人が起点となって生み出される価値は何かをあらためて考える

コロナ禍で大きく変化する社会環境の中、オンライン接客や売らない店舗など、私たちの購買行動は多様化が進んでいます。購買行動の中心にいる顧客にどう正対するか、企業は顧客満足度向上のために顧客の心情を読み解き理解することが求められます。企業を支えるのは人、人が起点となって生み出される価値は何かを考えます。

濱中 茂

濱中 茂 主席研究員

印刷する

目次

新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)感染症の世界的拡大から、ほぼ2年が経過しました。この間、様々な環境変化とそれに伴う生活者意識の変容が見られましたが、すぐに浮かぶのが「デジタル活用の加速」「ソーシャルディスタンス」をはじめとするウイズコロナでの感染防止に関わる言葉でしょう。そして、新型コロナが変えた私たちの日常生活、その中でも人々の購買行動については、買い手側の顧客も、売り手側である企業も変化を余儀なくされています。それは全世界的に見られる変化であり、人々はコロナ感染拡大前では想定し難い購買体験をしています。
 本文では、新型コロナによる人々の価値観の変容によって、購買活動中の接客、つまり顧客と販売員とのリアルな接点において変質したものは何か、今後人による接客のどの部分が支持されてどの部分が支持されなくなるか、接客販売を生業とする企業と顧客との関係性のあり方を考えます。

1.コロナ禍で企業は消費者や顧客の心情をどう読み解く努力をしているか

コロナ禍では、企業活動にも大小さまざまな影響が出ています。事例の1つが、マーケティングを行う上で、生活者の意識調査を行う調査会社のスケジュール確保が困難になっていることです。この2年間で何度も繰り返された感染拡大と緊急事態宣言等の発出で、移動や外出が制限された結果、実店舗の売上が低迷するとともに、コロナ禍の長期化というこれまでに経験したことのない事態に消費者の行動や意識の変化を把握するための調査が増えていると考えられます。その内容と結果の多くは各社の事業指針に関わるため公開されていませんが、当社を含む国や企業の研究所などがそれぞれのテーマで定点調査を実施し、コロナ禍の生活者の意識や行動の傾向を公開しています。報道などで目にしたコロナ禍の意識調査だけでも、以下の表のようなものがありました(表1)。
 小売業で新型コロナの影響に最も苦しんだのは接客販売を生業とする実店舗で、売上減少はもちろん、コロナ禍で顧客と接点を持つ機会が大幅に減少しました。接客を通して顧客の意識を知る機会を遺失しているのは大きな痛手です。Eコマース(電子商取引)が併用する事業ならば各種データで大きな購買傾向を把握できますが、上得意や高価で希少な商品を対象とする場合、顧客が求める商品の意味づけ、顧客が実感する価値は、リアルな接点だからこそ知り得ることも多いと考えられます。ただし、現在はオンライン相談も増え、デジタルによる解決も可能になっています。

意識調査に関しては、多数の生活者を対象にインターネットで実施する調査がある一方、少人数の対象者との対話を通して実施する調査もあります。実店舗かオンラインのいずれの場合でも、接客という対話によって顧客理解の機会を得ることが可能です。顧客の購入履歴や、ネット上の通信記録等の定量的な情報ではなく、いわゆる定性的な情報として顧客の意識や心理を把握することができます。

buying-behavior-and-customer-service

(表1)この2年間の変化を見る生活者/消費者に関する調査の一例

2. 販売プロセスに顧客は何を望むか

では、顧客側は販売プロセスに何を望むのでしょうか。コロナ禍によりEコマースの取扱額が大きく伸長しています。店舗に行かなくても物が買える時代に、販売プロセスにおける人によるサービスや、おもてなしは必要かという疑問も出てきます。博報堂は「ニューノーマル時代の購買行動調査」で、購買行動におけるオンラインとリアルの接点の分析を行い、下記のような結果を公表しました。

【オンライン/店舗での買い物のイメージ・メリット】
  ・オンラインで買い物する際のメリットとして、「早さ」「安さ」「手軽さ」が上位
  ・店舗のメリットは「安心感がある」が7割超
 【オンライン/店舗での購入に適した価格】
  ・1万円未満の商品は「オンラインで購入したい」と回答した人が過半数
  ・3万円を超えると、6割以上が「店舗で購入したい」と回答
 【これからの買い物意識】
  ・約7割の人が、「今後は何でもオンラインで購入するようになると思う」と回答
  ・一方で6割以上の人が、店舗は「ブランドの想いや思想が伝わる」接点と感じ、より楽しい場所になっていくと期待
 【理想とする接客】
  ・店舗での理想的な接客は「無理に声をかけてこず、こちらから声をかけると接客してくれる」「商品に詳しく、質問や疑問に的確に答えてくれる」が過半数

博報堂「ニューノーマル時代の購買行動調査」
(調査期間:2021年5月29~30日、調査対象:全国18‐69歳の男女計1,100名)
https://www.hakuhodo.co.jp/news/newsrelease/91609/

この調査結果から、顧客はオンラインには早さや手軽さなどの機能的価値を求め、実店舗には安心感や共感などの情緒的価値を求めていると考えることができます。高価格で慎重に購買したい場面では実店舗を選択するという顧客の意向が見えます。購買行動には「自分で選ぶ場合」と、「誰かにアドバイスを求めたり任せたりしたいと思う場合」が考えられます。博報堂買物研究所刊行の「なぜ『それ』が買われるのか」に記されている2018年に実施した全国買物実態調査で、購買行動の傾向について図1のような四象限を使って分析しています。
 商品自体に高い関心を持ち、誰かにアドバイスを求めたり任せたりしたいと思う「A象限」について着目してみます。同研究所では、「A象限」に位置付けられる類として金融商品/生活家電/旅行/交通/化粧品などをあげています。誰かに任せたいと考える背景には、多種多様な情報、商品、買い方にストレスを感じた生活者が面倒さを感じていることがあると考えられます。一方、買物自体に高い関心があるのは、購入価格が比較的高めで慎重に検討したいことが背景にあると考えられます。顧客に満足感を持ってもらえるよう努める企業としては、専門的な知識や信頼できる情報を整理したうえで、購入したい顧客の意向に寄り添う接客が求められます。

buying-behavior-and-customer-service

(図1)商品への関心度と購入判断の関係性

3. 顧客満足度はどのような状態で高まるか

顧客の意向に応えられているかどうかを見る指標の1つに顧客満足度があります。顧客との接点において顧客の満足度が高まるのはどういった状態にある時なのでしょうか。JCSI(日本版顧客満足度指数)の調査および診断を行っている公益財団法人日本生産性本部は、顧客満足に関わるポイントをいくつか指摘していますが、その中で業種/企業によって違いはあるものの、「ロイヤルティ(企業に対する信頼/愛着)」、「顧客期待」が特に重要だと考えます。

  • 顧客期待の高さは顧客満足に直接影響する
  • 顧客満足はロイヤルティに影響を与える
  • ※公益財団法人日本生産性本部「サービスエクセレンス(2021年7月)」より一部引用

顧客が企業やブランドに対して事前に抱く期待があり、その期待を上回る若しくは期待通りのサービス提供を受けることによって満足感を得て、結果としてロイヤルティにつながります。顧客満足には、販売側が顧客の事前期待を読み解くことが重要であるとわかります。事前期待については、サービスサイエンティストの松井拓己氏が著書「日本の優れたサービス」の中で、同じ顧客であっても時と場合によって変わる「状況で変化する事前期待」があると指摘しています。顧客の購買行動では、同じものをいつもと同じ手段で購入する場合でも、顧客の心情はその時の体調や気分、その時に置かれている状況によって変わってきます。顧客の心情の変化を読み解くことは容易ではありませんが、企業は顧客満足度を高めるために、顧客のその時々の事前期待の把握に努めることが求められます。接客を通して顧客に起きている問題や顧客が求めていることを把握し、改善策やアイデアを提案するような動きが欠かせません。

4. コロナ禍を経て、デジタル化を前提とした顧客の意向に沿う企業の動き

コロナ禍を受けて、デジタル化が急速に進んでいます。様々なデジタルツールが登場し、人々は移動せず居場所を変えず、様々な購買体験や情報入手がより簡単にできるようになりました。一方、企業側は実店舗を訪れる顧客に対し、デジタルツールを活用した事前期待への対応を始めました。例えば商業施設では、以下のような動きが見られます。

  • 実店舗からオンラインで情報発信を行い、顧客の購買体験を展開
  • 非接触対応の推奨を契機にした店員のオンライン接客(結果として遠隔地の顧客とも接することが可能に)
  • チャットボット(AIを活用したコミュニケーションツール)を活用した顧客からの問い合わせ対応
  • 東京の旗艦店と地方店をオンラインで結び、地方の顧客に対しても豊富な品揃えを提供
  • 売らない店舗をショールーム化し、顧客はEコマースで購入
  • 接客サービスへのロボットの活用

以上の取り組みにより、前述の博報堂「ニューノーマル時代の購買調査」の調査結果に見られたように、「店舗はブランドとの接点の場として、より楽しい場所になっていくと期待」と「オンラインによる手軽さと合理性」との両方をつきつめていくことができそうです。また現在は、顧客が発した文字/声/表情などから感情を読み取って接客に活かすAI技術も生まれています。これにより、企業としては、顧客一人ひとりの趣味嗜好やライフスタイルに合った購買行動を提案することが期待されます。一方、顧客としては、自分のことを理解してくれている、自分のことを知ってくれている、更には価値観を共有できる企業の存在、その企業から受け取る適時適切な情報提供が望まれます。

これまでは接客の多くの場面において人が対応してきましたが、今後はデジタルの活用により人の役割が変化していくのは間違いありません。接客の場面において、人がするべきことは何なのか、真剣に考えていく必要があるでしょう。AIなどの接客技術はまだまだ改善の余地が残されており、人のおもてなしのレベルにまでは到達していません。人ならではの接客技術を活かした実店舗での対応は、今後も引き続き求められていくでしょう。