クロス・ツーリズム ロゴ 【特別寄稿】“Tourism×カーボン・ニュートラル” ~観光部門に突きつけられる難題~

2021年のCOP26で発表されたグラスゴー宣言は、今後10年間で観光部門の二酸化炭素(CO2)排出量を半減し、2050年までに実質ゼロを目指すとしている。日本で今後10年間の目標達成に向けどんなシナリオがあるのだろうか。交通学を専門とし、長年観光部門に起因するCO2などの温暖化効果ガス排出量の削減方略に課題意識を持つ筆者が、観光分野のCO2排出構造をデータから整理し、取り組むべき課題を考察する。

清水 哲夫

清水 哲夫 東京都立大学 教授
都市環境学部 観光科学科

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目次

1. “カーボン・ニュートラル”という嵐の到来〜グラスゴー宣言の衝撃

いわゆる地球温暖化の問題は、1992年の環境と開発に関する国際連合会議(地球サミット)を契機に気候変動枠組条約締約国会議(COP)が始まり、現在に至るまでに26回の会議が重ねられ、議論されてきている。うち何回かは温暖化効果ガス排出削減に向けた国際協調の枠組みを決める象徴的な会議となり、法的拘束力を持つ先進国による削減目標を定めた「京都議定書」が採択されたCOP3(1997年)、京都議定書の後継で全ての国による2020年以降の排出削減の枠組みである「パリ協定」を合意したCOP21(2015年)が有名である。
 観光部門では2021年のCOP26を強く意識する必要がある。それはこの場で”Glasgow Declaration – Climate Action in Tourism”*1が発表されたからであり、今後10年間で観光部門での二酸化炭素排出量を半減させ、2050年までにネット・ゼロエミッションを達成するための強力な行動をコミットする、との意欲的な目標を立てたのである。近年、観光業界も「持続可能な観光開発」への取り組みが求められており、国内外問わず旅行者の環境への意識は大変な高まりを見せている。加えてスウェーデンを発端に観光に航空機の使用をできるだけ避けるべきとの”Flight shame(飛び恥)”という考え方まで登場した。そのような中、グラスゴー宣言は世間に大きな好感を持って受け入れられているように感じる。
 しかし、交通学を専門とし、工学分野の博士を有する筆者が初めてグラスゴー宣言を耳にしたとき、何かしらの画期的なモビリティやエネルギーの新技術が登場しているかもしれない「2050年までのネット・ゼロエミッション」はともかく、現在の技術を前提とした「今後10年間の排出量半減」の実現は大変難しいと感じ、思わず唸ってしまった。グラスゴー宣言はフランスやスペインが主導しているらしいが、資源エネルギー庁年次報告*2によれば、フランスは電力構成を原子力と自然再生エネルギーで9割、スペインも6割をカバーできるため、実現可能性はより高い。「ずるい。これはやられた!」と思ったのが正直な感情だった。
 では日本の観光部門はどうすればよいのだろうか? 筆者の現所属は「観光を科学する」と称する高等教育組織であり、2011年度に着任して以来、観光部門に起因する二酸化炭素を代表とする温暖化効果ガス排出量の削減方略に大きな課題意識を持ち、観光計画の講義で学生に問題提起を行ってきた。今回の投稿を機に、筆者自身の頭を再整理した上で、改めて我々に何ができるかを考えてみたい。

2.日本における観光部門のエネルギー使用を分析してみる

国の産業関連統計では観光を独立部門として位置づけていないため、例えば生産額、エネルギー消費、二酸化炭素排出量などの統計値は、各部門における観光の寄与分を計上して合算するしかない。例えば清水・印*3は、産業連関表、温暖化ガス排出源単位(生産額あたり)、観光消費統計調査を用いて、2010年現在の日韓の観光産業からの二酸化炭素排出量を推計している。日本の観光部門による二酸化炭素排出量は全産業部門の5.64%と、生産額のシェアである2.88%と比べて2倍も大きいこと、観光部門の中でも運輸部門の寄与が相対的に高いことを示している。2022年現在においてもこの構図に大きな変化はないと考えられる。
 ここで、先の資源エネルギー庁による年次報告を基に日本のエネルギー使用状況を概観しておきたい。一次エネルギー供給については、2020年度はピークだった2004年度の78%程度となっており、着実な減少傾向にある。このうち、石油、石炭、天然ガスの化石由来エネルギー源が74%程度を占めており、東日本大震災前までは10%以上を占めていた原子力は1.8%となっており、水力を除く再生可能エネルギーは10%に満たず、先のフランスやスペインとは全く異なる様相を呈している。現状では、再生可能エネルギーが短期間でシェアを大きく拡大することは考えにくく、エネルギー利用増は二酸化炭素排出量の増加にほぼ直結することになる。一次エネルギー供給の67%が最終エネルギー消費に活用され、最終エネルギー消費の45.6%が産業部門(第一次産業と第二次産業)、22.3%が運輸部門、16.3%が業務他部門(運輸業とエネルギー転換業を除く第三次産業)を占めている。第一次石油ショック以降の長期的な傾向として、エネルギー利用効率化や産業構造変化などで産業部門のシェアは低下し、観光との関連性が高い運輸部門と業務他部門のシェアが増加している。
 エネルギー供給の集約化などを通じて利用効率化を達成できるホテル・旅館、飲食店といった業務他部門に比べ、運輸部門は車両個々でのエネルギー効率改善が必要となり、大幅なエネルギー利用の削減は相対的に困難な状況にあると考えられる。そこで運輸部門の状況を確認しておきたい。2020年度現在、運輸部門の最終エネルギー消費のうち43.6%が旅客部門、そのうち自家用乗用車が83.7%を占めている。旅客部門のエネルギー源については、79.2%がガソリン、7.4%が軽油となっており、化石由来エネルギー源のシェアが依然として圧倒的である。

3.近年の国内観光流動状況を概観する

国土交通省が5年ごとに実施する『全国幹線旅客純流動調査』*4では、都道府県を超える都市間移動の出発地・目的地、交通機関、目的などの集計値を公表している。現時点で公表されている最新の結果は2015年度のものであり、現在では新型コロナウィルス感染症の影響で都市間移動の特徴が大きく変化していると考えられるものの、移動がある程度コロナ前の姿に近づいてくるかもしれない2025年以降を視野に入れれば、十分に参考になると考えている。
 2015年度の旅客流動量は約18億人であり、2010年度から1割増加している。このうち乗用車等が約13.4億人と約75%を占め、鉄道が17.3%、航空が5.0%となっている。平日の32.3%、休日の52.5%が観光目的(冠婚葬祭や親戚・親族訪問は私用目的として観光目的には含めていない)の移動となっており、国内の長距離移動における観光の存在感は大きい。
 出発地・目的地間距離帯別の旅客流動量については、100以上200km未満が44%、100km未満が20%となっており、短距離移動が支配的であることが分かる(図1)。距離帯別の交通機関分担率は、短距離ほど乗用車等のシェアが大きく、200km未満では9割程度が乗用車等、観光目的の休日移動は84.7%が乗用車等となっているなど(図2)、都市間移動における乗用車等の存在感は際立っている。
 観光庁が実施する『旅行・観光消費動向調査』*5で観光・レクリエーション目的の利用交通機関について確認すると、コロナ前までは自家用車等のシェアは減少傾向にあったものの、コロナ以降はそれが再度増加傾向を示している。2021年には日帰り旅行の75%が、宿泊旅行の69%が自家用車等によるものとなっており(図3)、先の全国幹線旅客純流動調査と同様、観光による国内移動では自動車利用が卓越していることが分かって頂けたと思う。
 なお、インバウンド観光客の国内幹線交通利用については、先の全国幹線旅客純流動調査で鉄道、高速バス、航空が利用可能な東京〜中京・近畿・広島・福岡間のデータが報告されており、日本人と比べて(安価な)高速バスのシェアが高いことが特徴的である。ひょっとすると、インバウンド観光客用のJapan Rail Passで「のぞみ」が利用できないことが影響している可能性があるかもしれない。

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(図1)出発地・目的地間距離帯別の旅客流動量の構成比



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(図2)距離帯別の交通機関分担率



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(図3)観光・レクリエーション目的の利用交通機関の構成比

4.交通機関別の二酸化炭素排出量を理解する

国土交通省の報告*6では、2020年度の旅客輸送量あたりの交通機関別二酸化炭素排出量(排出係数)は、鉄道が28g/人キロであるのに対して、バスが109g/人キロ、航空が133g/人キロ、自家用乗用車が131g/人キロとなっている(図4)。2020年度はコロナの影響を受けてサービス供給あたりの利用客数が少なかったため、2019年度と比べて鉄道、バス、航空が大幅に悪化しているが、今後輸送需要がコロナ前の水準に戻れば、今後の排出係数は2019年度の水準と同等と考えてよいだろう。なお、自家用乗用車は2010年度には169g/人キロであったことを考えると、この10年間でのハイブリッド車の普及や(数量は少ないが)電動車導入などの効果は大きかったようだ。先の全国幹線旅客純流動調査では、2015年度の交通機関別平均移動距離は航空が1,204km、鉄道が362km、幹線バスが265km、乗用車等が167kmであり、2019年度もここから変化していなかったと考えると、旅行1トリップあたりの二酸化炭素排出量は航空が118kg、鉄道が6kg、バスが15kg、自家用乗用車が22kgと試算される。

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(図4)旅客輸送量あたりの交通機関別二酸化炭素排出係数

5.カーボン・ニュートラルに対して観光部門(特に旅客輸送部門)が考えるべきこと

ここまで、いくつかの調査から観光部門のエネルギー使用や二酸化炭素排出の状況を把握してきた。総合すれば、観光活動に不可欠な移動において相対的に二酸化排出量の多い自家用車利用が卓越しているため、仮に宿泊施設など観光地サイドで自然再生エネルギーへの転換を意欲的に図ったとしても、移動の部分でその努力を台無しにしかねない構造だということである。コロナ期のキーワードとなったマイクロツーリズムのように近隣郊外部での観光が増えてくると、自家用車利用がより卓越してくるだろう。しかも、以上の議論に、実は国際航空サービスによる排出は計上されていない。国際航空はフライト距離が長いため、旅行1トリップあたりの二酸化炭素排出量は1トンに迫ることになる。島国の日本は韓国を除きほとんどのインバウンド観光客が航空便で入国するため、計上されていない国際航空便による二酸化炭素排出量に対して大きな責任を負っていると言えるだろう。
 自動車技術については、電動車の研究開発が世界中で進んでいることはご存知だろう。確かに走行時に二酸化炭素を排出しないが、充電する電気の元のエネルギーが問題である。経済産業省の自動車新時代戦略会議*7では、日本では2015年時点のガソリン車の二酸化炭素排出原単位は132 g/キロで、ハイブリッド車のそれは69g/キロと大きく削減できているものの、電気自動車のそれは59g/キロとハイブリッド車と大きく変わらないことが示されている。一方のフランスは原発や自然再生エネルギーが高度に普及する恩恵を受けて5g/キロとなっており、改めて自然再生エネルギーや原子力の利用を増やす努力が不可欠であることを実感する。
 航空についても、電動化の取り組みは始められているものの、いつまでに実用化できるかは極めて不透明である。そこで、業界ではSustainable Aviation Fuel (SAF)という新しい燃料の導入を徐々に進めている。SAFはバイオマス由来や廃棄物・廃油由来の燃料であり、その燃焼によって二酸化炭素を排出はするものの、これを植物が成長のために固着してくれれば大気圏の炭素量を増やさないために、地下から新たな炭素を大気圏に放出するジェット燃料に比べて持続可能性が高いとされている。世界経済フォーラム(WEF)のモビリティ産業代表であるWolff氏は、国際民間航空機関(ICAO)が2021年に開催した2021 ICAO StocktakingのPre-Stocktaking Webinar*8の中で、欧州のSAF普及シナリオについて言及し、2030年までに全ジェット燃料の10%、2050年までに75%をSAFでカバーできるとしている。ただし、まだ開発中の生成技術に大きく依存したシナリオであり、コストや生成に必要なエネルギー量を含めて不透明感は否めない。日本でも、2021年に国産SAFがJALとANAの定期便に使用され、両社が連携してSAFに関する共同レポートを策定するなど、多様なステークホルダーを巻き込んだ動きが活発になってきている。日本でも2030年までにSAFの割合を10%にする目標を立てており、コストを抑えながらどの程度国産SAFで賄えるかがポイントだろう。2050年に向けては、事実上無限の資源量である大気からSAFを効率的に生成する技術がどのタイミングで実現できるかがポイントである。
 以上、日本の自動車と航空が置かれている現状から考えると、2030年の段階では、電動化技術の導入だけで観光部門の二酸化炭素排出量を半減する都合の良いシナリオは実現不可能であろう。ホテル・旅館、飲食店といった地域事業者のさらなる削減努力をお願いしながら、可能な範囲で航空と自動車の移動量(人キロ)を減らしていく戦略が本命なのだろう。結局、事業者や旅行者が、それぞれできることを積み上げていくしかないのが現実なのかもしれない。
 2030年までに、旅客運輸の部分だけで少しでも二酸化炭素排出量を減らすために、何ができるだろうか? 航空については、500〜700km帯で新幹線と競合する以外は、他の交通機関に転換させることは難しく、長距離の観光移動量をコロナ前のレベルで許容する限りはSAFの導入に期待するほかない。自動車については、高速道路の渋滞を削減できれば走行速度が向上して二酸化炭素排出量を抑える効果も期待できることもあり、可能な限り鉄道やバスに転換してもらいたいところである。 一方で、多くの観光地では自動車がないと地域内での移動利便性が大きく低下するのが現状であり、観光地内の観光客移動の軸線に頑張ってバスサービスや共同送迎サービスを成立させるとともに、パーソナルモビリティ・自転車・電動キックボードなどのシェアサービスをその軸線上で充実させるような二次交通・三次交通サービスネットワークを観光MaaSとして強力に推進することが不可欠である。そして、これらのサービスの動力源として観光地周辺で生成した自然再生エネルギーを活用することで、二酸化炭素排出量を大きく削減できるかもしれない。ただ、以上のようなシナリオの実現には(特に初期に)大きな費用がかかることは言うまでもなく、許容範囲を超えて観光客や事業者が負担する事態は避けなければならない。この課題に対して、観光行政による経済的インセンティブ制度の導入を含めた政策の提案を期待したいところである。
 一方、2050年のカーボン・ニュートラル達成には、国や地域のエネルギー政策そのものが支配的であるように感じられ、観光部門として主体的に動ける余地は大きくないかもしれない。ただ、日本には二酸化炭素を吸着してくれる森林資源は豊富に存在するが、(独)森林総合研究所*9によれば、樹木の老齢化に伴い吸着能力が低くなる問題があるようで、森林管理が行き届かない状況下で、このことが観光部門だけに留まらず全国でのネット・ゼロを達成する大きな障害になる可能性がある。カーボン・ニュートラルの実現を助けるために森林再生活動をエコツーリズムとして積極的に取り入れることの意味は大きいだろう。

6.おわりに

以上、日本の観光部門の二酸化炭素排出の構造を公表データから整理するとともに、カーボン・ニュートラルに向けたターゲット年である2030年および2050年までに特に旅客運輸部門が取り組むべき課題について整理してきた。筆者自身も、今回論じた内容について必ずしも自信を持っているわけではないが、多数考えられるいくつかのシナリオのうちの一つは示せたと感じている。今回頂いた執筆の機会を捉えて、この問題を共に論じることができる研究者・実務者同志を発見できれば幸いである。

 
(参考文献:URLは2022年7月10日現在)
*1 Glasgow Declaration – Climate Action in Tourism
https://www.oneplanetnetwork.org/programmes/sustainable-tourism/glasgow-declaration
*2 資源エネルギー庁:令和3年度エネルギーに関する年次報告
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2022/pdf/whitepaper2022_all.pdf
*3 清水哲夫・印承煥(2015):日韓観光産業からの二酸化炭素排出量推計:その抑制に向けた展望,観光科学研究,Vol.8, pp.71-79.
*4 国土交通省:第6回(2015年度)幹線旅客純流動調査,幹線旅客流動の実態〜全国幹線旅客純流動調査データの分析〜
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/soukou/content/001340149.pdf
*5 観光庁:旅行・観光消費動向調査
https://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/shouhidoukou.html
*6 国土交通省:運輸部門における二酸化炭素排出量
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html
*7 自動車新時代戦略会議(2018):自動車新時代戦略会議中間報告
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/jidosha_shinjidai/pdf/20180831_01.pdf
8* Wolff, C. (2021): Ramping up Sustainable Aviation Fuels, presented in the ICAO Pre-Stocktaking Webinars
https://www.icao.int/Meetings/Stocktaking2021/Documents/Prestocktaking%20webinar%203/ICAO%20Prestocktaking%20Webinar%20-%20Christoph%20Wolff%20-%20WEF.pdf
9* (独)森林総合研究所:森林による炭素吸収量をどのように捉えるか
http://www.ffpri.affrc.go.jp/research/dept/22climate/kyuushuuryou/documents/page1-4-per-year.pdf