スローライフな旅のお供「時刻表」のいま

旅のお供として100年以上の歴史を持つ時刻表は、令和時代にその多くの役割がデジタル化し、紙媒体としての強みが薄れつつあります。しかし、旅の奥行きを広げる情報量は、今でも十分機能しています。時刻表の持つアナログならではの特性とその変わらない魅力について、改めて考えてみたいと思います。

倉谷 裕

倉谷 裕 主任研究員

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目次

1. 旅の記録と記憶を保存

先日、家の物置から古びた四半世紀前の時刻表が出てきました。今となっては記憶から消えてしまっている列車名や、現在よりも多い線路数(新幹線の少なさ)などに驚かされました。昭和から平成、令和へと、時代の流れとともに、時刻表から姿を消した列車や線区は数えきれません。出張先にいち早く向かう移動方法を考えたり、友人と修学旅行の自由行動の行程を考えたりと、時刻表全盛期時代を知る昭和世代には必須アイテムだったのです。そして「時刻表を開く瞬間からが〝旅〟のスタート」と言われていました。調べた様々な場所や時間、思い出も一緒に刻まれた分厚い時刻表。古い情報が即時更新・削除されるアプリではできない、過去に自身の体験した旅行を振り返るツールとして、手元に残しておくことができる思い出の記憶媒体となり得たのです。

2. 時刻表の起源

そもそも時刻表の誕生とはどのようなものだったのでしょう。 
1872年、新橋・横浜間に鉄道が開通した際、列車の運行スケジュールを駅に掲示する形で登場したことが時刻表の起源とされています。1894年には、現在利用されている冊子形式の時刻表が月刊誌として発刊、当時のスタイルが踏襲されながら、現在に至っています。開業当時は列車の運行本数も限られており、紙1枚で収まるほどの情報量でした。戦時中の紙不足による休刊を経て、戦後の高度経済成長期の最中の1967年、現在と変わらない大きさの分厚い冊子となりました。

3. 発行部数の変化

JTBパブリッシングによると、1925年にJTB時刻表の前身にあたる「汽車時間表」が日本旅行文化協会から発刊されており、間もなく100年を迎えます。1980年代後半にはその発行部数が年間200万部もあったとされますが、令和のコロナ禍においては、約50万部とピーク時の4分の1まで減少しました。

かつて、紙の時刻表は交通機関の手配をする駅員や出張の行程を確認する官庁・企業の庶務担当者などに重宝されていました。旅行会社社員にとっては、業務上なくてはならない必携のアイテムだったのです。ところが最近では、相談カウンターのスタッフなど利用者はごく一部に限られます。時刻表のデジタル化によって紙離れが進んだことが1番の大きな要因と言えます。

4. デジタル化による用途の変化

ウェブ上の時刻検索サイトや時刻検索アプリを使えば、地点間移動の方法や乗り継ぎに便利な車両、運賃や所要時間など、多様な情報が一瞬で表示されます。そのため、最も効率的な答えをすぐに必要とする場合には有効であり、多くの消費者がスマートフォンに常備していると思われます。地図アプリの進化とともに、最近では行き先を音声で伝えるだけで、乗換案内に加え、降車駅から最終目的地までの道案内までしてくれるレベルに達しています。

また、車内の混雑状況や自然災害による運休時の対応方法などリアルタイムに情報更新されることで、即座に知りたい情報が得られるのもデジタルの強みであり、紙媒体にはできないことです。これらの利便性が重宝され、列車等の時刻検索はデジタル活用が主流となっています。

一方で、紙の時刻表にはそうした便利なツールからは得られない多くの情報が扱われています。乗車予定列車の前後の運行状況が一目で分かるので、目的地までのルート設定をサイトやアプリに頼らず自分主導で作ることができます。例えば、とあるローカル線の駅で途中下車をして見知らぬ土地を巡ったり、近くの温泉で癒されたり、地元の有名駅弁を味わったりと、地点間移動のすき間を楽しむ術を提供してくれます。つまり、時刻表は旅程を計画段階から楽しむ人々にとって、旅の魅力にあふれた情報の宝庫といえるでしょう。

5. アナログの魅力と可能性

近年、時刻表はユーザーの視点に立った様々な改善策を講じてリニューアルされました。多様な航空会社の空港ごとの時刻掲載や、JR以外の私鉄や地方鉄道の特急列車等の時刻表記載など、移動を快適にするための「個々人が『移動』に求める情報を一覧で提供する仕様」に進化してきました。

出張などの合理的な旅行よりも、むしろプライベートで「旅マエ」からゆっくり旅を楽しむためのツールとして紙媒体を活用することは、意外な発見につながります。観光地の現地案内、道路地図、飲食店マップなど、地域の現地情報については、紙による一覧性が好まれる傾向もみられます。さらに、調べたかったこと以外の情報も自然に目に入ってくることにより、新たな出会いや交流に結びつくことも期待されます。これらが「紙の利点」であり、デジタル化が進んでも容易には取って代わることができないことかもしれません。

さらに、近年では昔ながらのスタイルの商品価値が高まっています。レコード、絵本、往年のスポーツカーなど、単なる懐かしさだけではなく、当時の完成度の高いデザインや製品の良さが評価され、付加価値化につながっています。

デジタルが当たり前という環境下で生まれた若年層は、欲しい情報がすぐに手に入る便利さを当然として享受する一方、ポラロイドや使い捨てカメラといった修正ややり直しの効かないレトロでアナログなものに対して高い共感や賞賛を示します。時刻表についても、そこから得られる多くの情報とその効果的な利用方法を若年層に伝えることで、紙媒体としての価値を見出してもらい、それをデジタルで発信・拡散することで、昭和世代には真似のできない時刻表の新たな活用法が生み出されるものと期待されます。

デジタル化の波は時刻表にも影響を及ぼしていますが、分厚い時刻表の活躍の場はまだ残っているはずです。今後の時刻表の進化に期待しています。