地域のあるべき姿の実現をサポートする観光施策DX

デジタル・トランスフォーメーションの取り組みは観光分野でも進みつつあります。観光DXの重要性は理解しているものの、どう活用していいか分からない関係者も多いと思われます。本コラムでは、観光ビジョンや観光振興計画策定と、その実現に向けた実務をPDCAサイクルで回す上で観光DXの活用をどう考えるべきかに焦点をあて、事例から紐解いていきます。

福永 寛

福永 寛 主任研究員

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目次

デジタルトランスフォーメーション(DX)は、長引くコロナ禍の中、急速に高度化し、社会の様々な分野に活用が広がっています。観光も例外ではありません。新しい観光関連の商品やサービスの提供を始める際にデジタル技術はなくてはならないものになっています。
 しかしながら、デジタル技術やデータを活用した観光の取り組みは、まだ実践の機会が少なく、データの取得が高額になるケースも多く、DXの重要性は理解しているつもりでも、具体的にどうしたらよいか分からない関係者も少なからずいると思われます。
 本文では、観光ビジョンや観光振興計画策定と、その実現に向けた実務をPDCAサイクルで回す上で観光DXの活用をどう考えるべきかに焦点をあて、事例から紐解いていきます。

1.目的を見失いがちな観光DXの取組み

観光庁は、旅行者の利便性向上や観光産業における生産性向上を目的として、地域活性化や持続可能な経済社会の実現を目指し、観光分野におけるDXの取り組みを進めています。観光庁は、観光DXを、業務のデジタル化により効率化を図るだけではなく、デジタル化によって収集されるデータの分析・利活用により、ビジネス戦略の再検討や、新たなビジネスモデルの創出といった変革を行うものと位置付けています。しかしながら、観光DXを推進している地域の現場を実際にみてみると、デジタル技術を活用すること自体が目的となり、いつの間にか本来の目的を見失い、事業者が提供するサービスやシステム“ありき”で事業や施策が組み立てられる事案も散見されます。本当に大切なことは、地域が掲げる観光ビジョンの実現に向けて計画を確実に実行に移していくために、デジタルの利点や優位性をどのように使うのか、または従来も活用されているデジタルの仕組みをDXの文脈でより活かしていけるのか、という点にあります。
 「DX」は、手段であり手法です。地域の観光課題を解決するための個々の具体施策については、デジタル活用によって推進すべきこと、別の手法で実現すべきことを仕分け、個々の施策におけるDXを促進することがひとつの手法です。もうひとつは、個々の施策におけるデジタル活用の有無に拘わらず、仮説の構築、施策の試行、効果測定、施策の改善という一連のサイクルをより効果的なものにするために、DXという手法をマネジメントの観点から導入するという視点です。

2.観光DXの捉え方とビジョンに反映するための観光施策DXの必要性

最初に、観光DXを整理するために、観光DXを「観光サービスDX」「観光施策DX」の2つに大別しました。
 観光サービスDXとは、事業者などが提供するサービスをDXによりさらに利便性を高めたり、観光の新しい楽しみ方を提案したりすることです。VR空間に観光地を再現する取り組みやMaaSはその一例です。今後もWeb3など新しい概念・技術を活用した取り組みが多数創出されることが予見されます。
 観光施策DXとは、地域ビジョンや観光振興計画の策定にデジタル技術やデータを積極的に活用し、自治体・DMOがより詳細に実態を把握分析し、課題を抽出し、ビジョンに反映することです。さらに、その技術やデータを継続的に使うことで、単年毎の行動計画に反映し、都度改善を行い、ビジョンの実現を図る仕組づくりが大切だと考えます。前述の観光サービスDXであるMaaSなどは旅行者の動きを把握する技術やデータを持つことから、観光施策DXの大きな機能を担うことになります。以下の図表1は、観光客の計画から旅行後までの一連の行動による取得可能なデータと2つの分類に基づいた観光DXとの関係を示したものです。

【図表1】観光客の行動から取得可能なデータと観光DXの関係
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(筆者作成)

3.精度の高いデータ分析による環境づくりを目指す福井県・関門海峡の取組み

観光施策のDX推進にあたり注目すべき2つの事例を紹介します。1つは福井県、1つは山口県・福岡県の関門海峡エリアでいずれも観光庁の令和4年度観光DX事業として実施されています。両エリアは地域の課題や解決手段に異なる部分はありますが、これまでの観光客の動向に関するデータが存在せず、精度の高い分析が行えなかった現状に対し、ほぼリアルタイムで現状を把握分析し、商品企画・情報発信などの具体的なアクションの効果を即時に確認できる環境づくりを目指していることが共通しています。その中核となるのは観光施策DXの取組みと言えます。
 
事例1:オープンデータによる観光動向把握(福井県)

  • 現状と課題:マーケティングデータが乏しく、観光の実態が見えない中、勘に頼った商品開発や政策、事業展開がなされている。様々な観光施策や観光プロモーションの効果や結果が見えにくい状況にありPDCAサイクルを回しづらい。
  • 解決策:多種多様なデータを収集・連携させた上で、さまざまな角度でデータ分析が可能となるデータ管理基盤(DMP)を構築する。
  • データ収集と活用:観光客がQRコードを経由して答えるアンケートを行い、収集した回答データを誰でも閲覧分析が可能なオープンデータとして公表している。
  • 目指す姿:「夏休み期間中に恐竜博物館を訪れる東京からの家族連れが増加している」など、従来では認識できていなかった観光客の属性・規模を把握することにより、効果的なマーケティングが可能となる。
【図表2】オープンデータとしてリアルタイムに更新される福井県観光アンケート結果
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(出典:Code for FUKUI福井県観光アンケートHP)

 
事例2:人流センサーによる人流データ把握(関門海峡)

  • 現状と課題:行政区の管轄の区分から、調査やデータ連携ができておらず、地域一体となった観光地づくりができてない状況が続いている。地域を訪れる観光客がどこからきて、どう回遊しているのかはほとんど把握できていない。
  • 解決策:人流センサーを活用した共通分析基盤を構築するとともに、周遊促進に必要な統一的な情報配信システムを導入する。
  • データ収集と活用:人流のマクロ・ミクロ行動(例:下関の唐戸市場外で寿司を食べている国内外の観光客がどこから来て、域内をどう周遊しているか)が把握できるようになる
  • 目指す姿:多様な交通手段を通じて域内に流入し、域内を周遊する観光客の行動を、センサーで捕捉して人流データとして把握し、域内を周遊する商品を販売し、回遊性の向上につなげる
【図表3】多様な交通手段での来訪分析と域内の動態分析イメージ
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(出典:関門DMO作成資料)

4.観光施策のDXによる効果的なPDCAサイクルの実現

観光施策のDXは各地域で先行的に実施されてきました。箱根地域では、2020年頃に携帯電話のデータを活用した人流の動向把握や、宿泊客にアンケートをとり、ダッシュボード上でリアルタイムに満足度などを把握することも試行されています。福井県・関門海峡のような事例が現れた背景には、技術革新が進んで比較的安価にデータ取得ができるようになったこと、制度が整い、事業資金が増加したことが挙げられます。他の産業では当たり前であった、データに基づく取り組みが観光領域でもようやく可能になりつつあるようです。
 観光施策のDXを実現することは、勘と経験に基づく時代が長らく続いた観光施策のPDCAサイクルのデータに基づく高速化・詳細化につながります。人流センサーでは、観光客がどこから来てどのような移動手段(飛行機・新幹線・自動車など)で来ているか、域内でどの場所を訪れているかを把握できるようになります。観光客アンケートでは、誰と来ているか、訪れた観光地にどの程度満足しているか、お金をどの程度使ったかなどを把握できます。これらを活用することで、旅マエ・旅ナカ・旅アトの各タイミングにおける定量的な行動実績や定性的な意向・嗜好・情動といった、これまで大まかにしか把握できていなかった観光客の実態を詳細かつ即時に把握し、ターゲットを絞った商品開発やプロモーションを行うことが可能になります。またその効果も、詳細かつ即時に測定することができるため手法・内容も随時見直すことができます。このように、PDCAサイクルのCheck(評価)部分を中心としたデジタル化を契機として、より正確で詳細な情報を基にしたより高い頻度で実施するサイクル全体の見直しや、データを活用してPDCAサイクルを回せる人材の確保育成を検討する時期に来ているのではないでしょうか。
 地域の観光事業者は、観光客の詳細な行動に関する情報を詳細に分析して、新しい取組みにチャレンジすることが可能となります。デジタル技術をどのように活用すれば、地域の目指すべき姿に向けた課題が解決できるか、自治体・DMOと意見交換して実現に向けた合意形成につなげることも望まれます。
 自治体・DMOは施策のPDCAサイクル全体の見直しが可能となります。観光施策は予算の優先順位を変更していくことになり、具体的施策は行政中心のイベント・プロモーションから、事業者中心の人材育成・事業助成・サービスのDXにシフトするのではないでしょうか。この環境が周辺地域も含めて整えば、維持費の共有によるコスト削減も可能となり、県域など既存の行政の枠組みをまたぐデータ連携による、より広域な地域単位での観光振興が実現すると考えられます。

【図表4】観光施策のDXによるPDCAサイクルの高速化・詳細化
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(筆者作成)